第9話 頑張るのは所詮フレイ
疲れているだろう、と変なところで気遣いを見せたジールは、フレイとケビンが宿泊する部屋に案内するよう執事に命じた。すでに用意されているという客室は、これから自室になるのだろう。
釈然としないまま、フレイとケビンは大人しく従った。力の無い者が何を言ったところで意味はないのだ。
ジールと別れ、執事の案内のもと、広い廊下を進んだ。
「あの、執事さん。王子様のお話は、本気でしょうか?」
「と言いますと?」
「……私は、ただの庶民じゃないですか。いくら勉強したとしても所詮付け焼刃でしょうし。そんな私があんな大層なことをできると王子様は本気で思っていらっしゃるのでしょうか」
長い銀髪を後ろで括った片眼鏡の執事は、同情めいた目を見せた。しかし一瞬だ。すぐに穏やかな表情へと戻った。
「そうですね。ジール殿下がお決めになったことですから、わたくしどもは望む結果となるよう精一杯務めるだけです。あなたができるかできないかではない。あなたをできるようにすることがわたくしどもの務め」
王子の側近であるのも納得できる優雅な所作。庶民のフレイ相手にも手を抜かないあたり、教育が徹底されているのかもしれない。もしくは、ジールの客人だからという理由かもしれないが。
それでも安心させるような笑みはフレイの心を少しだけ落ち着かせた。
「それに到底無理なことはさすがに仰いませんよ」
その後に続いた「おそらく」はフレイの耳には届かせないつもりだったのだろう、極々抑えた声だった。
(うーん、さすがに王子の執事。紳士っぷりもすばらしい。顔もいいし)
けれど、だ。
これでフレイができるかできないかは問題ではないことがわかった。できることが前提。できないということはあり得ないようだ。
案内された客室はケビンと隣同士だった。慣れない宮殿だからと配慮してくれたのだろう。ざっと説明し、執事は退出していった。
ひとまずケビンの部屋へと移動し、二人おもむろに口を開いた。まずは言いたいことが一つ。
「なんなの、この王子……どうかしてる!」
「おっかねーな。家に帰れなくなっちまった! というかこれはもう外との接触がしばらくできないと考えた方がいいか」
フレイは頭を抱え、ケビンはぶつぶつと言い始めた。
その状態がしばらく続いたが、それから、王子の前でよく耐えたとお互いに称え合った。
「フレイもフレイだぞ。あっさりと依頼を受けちまって」
「そんなこと言ったって! 他の依頼人たちとおんなじ目をしていたから、手を貸してあげたくなっちゃったのよ。あの時は。……今はもう、なんで頷いちゃったのか後悔しかないのだけど」
「まあ、たしかに? けど実はフレイのそんな性格も調査済みで、頷かせるための演技だったりしてな」
ははは、と乾いた声が続き、フレイはぞっとした。
(あり得るわ……。考えたくもないことだけど!)
庶民の常識など簡単にぶち壊してくる王子様だ。フレイの性格を利用するくらい簡単にしてくるに違いなかった。
かぶりを振って嫌な考えを押しやって。助けを求めるようにケビンを見た。
「どうしよう。これから」
「どうしよーもこうしよーもない。三年計画なんだろ。三年はこのままじゃないの。しかも、フレイが誘惑するんだろ、うちの王子様を」
「そう! それも問題よ! できると思う? この庶民の私が!」
「……正直なところ、難しいと思う。フレイの顔は綺麗な方だとは思うけど、それは庶民の中の話だ。王子様なんて、ずっと美人に囲まれてるんだろう。まず見た目じゃ無理だろ。教養だってないんだ。いくら教えてくれるったって、生まれたときからこの世界にいる人たちと張り合えるわけない」
「私も同意見よ。生まれが違うんだから、無理な話でしょ。それをどうにかしろって言うんだから無理難題の極み……!」
ハンカチが目の前にあったなら噛んで引っ張ったことだろう。
ぶつける相手がいないイライラは座る椅子を叩いて発散した。
「でもな、三年はこのままだぞ。やるしかないだろ。頑張ってくれよ。どうせ誘惑はできないんだから、できるふりでもしとく? できるって思っておけば実際にうちの王子様に会うまでは乗り切れそうじゃん。貴族っぽくなる練習、するんだろ」
「言ってることはわかるけど……」
あまりに慌てる様子がなく、違和感がある。じっと見つめて首を傾げた。
「ね、ケビンあなた、なんでそんなに余裕があるの? いきなり閉じ込められたのよ」
「あー、閉じ込まれたといってもこの建物内は融通がききそうだし、俺には家族もいない。いきなり帰れなくなったとしてもおおごとにはならない。さすがに職場には一言言いたいけど、それはさせてもらえると思うし」
フレイを見やって頬を掻く。
「それに頑張るのは俺じゃなくて、フレイだし」
困ったように眉を下げているくせに、口元はひくついていた。
ケビンはこんなときでも楽しそうで、少し羨ましいと思ってしまった。
「もう、他人事だと思って!」
椅子の代わりに、ケビンの背中を思いっきり叩くことにした。
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