第11話
それから一週間後の放課後に、空き教室にて極秘の三者面談が行われた。
参加者はナナと母、そしてナナのクラスの担任だ。小学生の頃給食の時間に行ったように、四つの机を合わせてひとつの大きなテーブルとして使用している。そこにナナと母、そしてそれに相対するように担任が座っているのだ。
「妊娠って……本当なんか?」
学年主任の座を狙っていると噂のこの担任は、事なかれ主義で有名だ。授業中に生徒がいくら騒いでも、自分に危害がない限りは黙認するような人間だった。おそらくはクラスを受け持った当日、ヒーロを注意した際に胸ぐらを掴まれたことが関係していると思われる。
たった一人の男子学生にビビってしまうような人間なので、きっとナナがイジメられていることを知っていたとしても黙認しているだろう。ストレスのせいか年の割に薄くなっている頭髪を撫でつけながら、担任は縋るような声でナナに確認を取った。
「はい。相手はクラスメートです。名前はここでは言いませんが」
「嘘やろ……お前、まさか産むなんて言わへんよな? 大学はどうすんねん?」
「先生? 先生は男だから軽々と産むなと言えるのかもしれませんが、ここでうちの娘がその決断をしたとなると、貴方の立場はどうなると思います? 加害者と一緒になって、事態のもみ消しを謀った担任になりたいんですか?」
「か、加害者って……お前、まさか……嘘やろ……」
あまり生徒の世界には首を突っ込まないようにしていた担任ではあったが、彼は彼なりに事態を把握していたのかもしれない。薄い頭を抱えてこちらを睨む彼の目には、間違いなく悪魔の素養が感じられた。
「先生? 私達親子はなにも……事件化しようと思ってここに来たんじゃないんです。娘は産むと言っています。それを黙認してくだされば良いんです。出席日数は少し危うい状態かもしれませんが、これからこちらには極力通わずに卒業させてくだされば良い。先生は不登校になってしまったうちの娘を心配するふりをするだけで良いんです。大学にはせっかくオープンキャンパスにも招いてくださいましたが、もし辞退の理由を聞かれた時は親の転勤のせいだとお伝えください。もちろん私自身も、その時は謝罪には伺います」
にっこりと笑ってそう取引を持ち掛ける母に、担任はとても長い時間唸りに唸って――そして漸く了承した。
「くそ……なんで俺が担任のクラスでこんなん……ふざけんな……あのクソガキ……」
話は終わったと立ち上がった母とナナを見送りもせずに、担任はブツブツとそんなことを呟いていた。
親が出てくるというのは学校側――とりわけ担任からしたらとても面倒なことのようで、学力テストだけは郵送するから受けてくれと懇願する彼の意見を承諾したら、案外あっけなく母親の意見が通ることとなった。
さすがは学年主任の座を狙っている男なだけはあり、多少強引ではあっただろうが事を荒立てることなく推し進めることに成功したらしい。
学校側の目途は着いたので、善は急げと言わんばかりに母は自身の生まれ育った祖父母の家へと引っ越しを決行した。
短いながらも、それでも数年間生活したアパートとのお別れは少し寂しかった。狭くて古いその空間には、確かに幸せだった頃の親子三人での生活が息づいていたのだから。
――これからは、私がこの子にそれを返さないと。
あれから産婦人科には定期的に通っている。母親の地元に戻って、そこで出産する予定である旨も伝えた。順調に赤ちゃんは成長していて、少し腹の膨らみを感じ始めた頃だった。
祖父母にはまだ、妊娠のことは告げていない。ただ、西の空気には合わなかったようだとだけ、母は伝えてくれていた。それで良い。合わなかったのは、事実なのだから。
これでもう、清算される。逃げと取られるかもしれない。意気地なしだとバカにされるかもしれない。お咎めを相手に与えろと言われるかもしれない。だが、ナナは優先した。自分の感情を。自分の意思を。
憎しみからの報復よりも、これから生まれる命への愛情を優先した。
じんわりと暖かみを感じる自身の腹に手を当てながら、ナナは母と共に祖父母の家へと向かう新幹線に乗り込むのだった。
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