第3話


 校舎内にはまだ部活動等で人が残っている。だが、そういった活動をしている部屋の前は上手く避けて、ヒーロはナナをひとつの教室まで連れて来た。

 そこは『理科室』で、普段から授業時間以外には人が出入りしていない部屋だった。この学校には科学的な部活がないので、この教室は放課後は完全に無人になる。鍵が掛かっているはずだが、ヒーロの手慣れた様子から想像は容易い。どうせいつもの万引きの延長で、職員室から鍵を盗って来たのだろう。本当の意味で、彼は悪人である。

「さ、お待たせー」

 そう歌うように声を掛けながら理科室の扉を開けるヒーロ。そんな彼に続いてナナも引き摺られる形で理科室に入る。

 放課後の強い午後の日差しはこの教室にも健在で、実験の際には閉め切られることもある暗色のカーテンは、今は陽の光の前に解放されている。眩しい白が広い窓から溢れてくるというのに、この理科室にはなんともどんよりとした空気が漂っている。その理由は、窓を開けていないから、なんてことではなくて。

 この高校の理科室は、通常の教室二つ分の広さがある。教室の机とは違う固定された長細いテーブルは、まるでドラマで見るような手術室のような印象を受ける。

 それもそのはず。深い緑色のその長テーブルには、一人の男子生徒が縛り付けられていた。

「……中島くん……」

 先程名前が出ていただけに、まさかとは思っていた。だが、現実に目の前のテーブルに縛られているのは、クラスメートの中島 昴(ナカシマ スバル)だった。

 彼もナナと同じくイジメられていて、どちらかというとヒーロからの暴力被害が大きいだろうか。ヒーロは女子は殴らないが男子にはわりと躊躇がないタイプらしく、中島のような大人しく地味な男子には日常的に暴力を振るっているようだった。さすがに目に見えて顔等が腫れていた中島のことを心配――本当に心配したのは自身の進路に対してだろうが――し、同じクラスの派手なグループが声を掛けていて、このところはマシになっていたと思っていたのだが。

 おそらくヒーロに殴られたのだろう。縛られた中島はぐったりとしていて、その瞳は閉じられたまま理科室に人が入って来たというのにぴくりともしない。室内が明るい為に、彼の顔が酷い色合いで腫れ上がっているのがまだ入り口にいるナナからもわかった。

「未来の旦那さんをそんな風に呼んだんなよー。お前ら、これからここでセックスするんやからー」

「……え?」

 ナナは思わず聞き返してしまう。これから彼に提案されることの想像は出来ていたが、まさか今ここで、とヒーロが言い出すとは思わなかったからだ。

 いくら人の少なくなった放課後と言っても、ここは紛れもない校内で、しかも教室だ。人気はないが、絶対に人が来ないという保証もないし、こんな状態が見つかれば主犯格であるヒーロはただでは済まないだろう。いくら彼が狂暴な悪人でも、言い逃れ出来ない状況にならないようには考えていると思っていたのだが。

「ちょ……ちょっと、それは……さすがに校内はマズない?」

 予想していたよりも危険な提案だったのだろう。さすがのレイナも声を震わせて反対してくれた。校内はマズいというのは間違いないが、彼女が言いたい“マズい”という部分には、場所がどうこうという意味ではないことが滲み出ている。

 彼女の反対に取り巻き二人も慌てて首を縦に振ったが、その三人をヒーロはぐっと鋭く一睨み。そうなってしまえば途端に取り巻き二人は大人しくなり、俯いて動きを止めてしまう。レイナも目に少し涙を溜めながら、しかしそれでも食い下がった。

「ほら……さすがに私らがここにずっといるんは危険やん? やからこの二人ここに閉じ込めて、私らは帰ってゲーセンでも行こうや。それならもっと楽し――」

「――お前、何逃げようとしとんねん? 俺がやるって言ったらやるんや。何口答えしとんねん」

「っ……」

 そう声を荒げて手を振り上げる動作をしたヒーロに、レイナはぎゅっと目を瞑った。思わず漏れたらしいか細い声が、今の彼女の心を表している。それは、付き合っている相手に対して抱くような感情ではなく。

 手を振り上げはしたもののヒーロには愛する彼女を叩くつもりはなかったらしく、大袈裟なまでに甘い声で「何ビビってんねん。俺がお前のこと殴るわけないやろ」と言って涙を浮かべる彼女を抱き締めた。

――絶対……嘘。そうじゃなかったら、あんな反応するわけない。

 すっと冷えた頭でそう、どこか他人事のように考えながら、ナナはこの状況からの逃げ道を探す。だが、ナナ一人の力では、どう考えても逃れることは出来ないだろう。なんとか周りを味方につけるしかない。

「さーて、じゃ……始めよか」

 ニヤニヤと笑いながら抱いていたレイナを引き剥がし、ヒーロの手が目を瞑ったままの中島に伸ばされる。バチンと容赦ない平手打ちが頬に決まり、そこで漸く中島から「う……」という小さな声が響いた。いつもかけている黒縁メガネが吹き飛ぶ程の衝撃だった。

 なんの躊躇いもなく振るわれた暴力に、ナナだけでなく取り巻き二人やレイナですらも声を失った。

「おい、起きろや! お前の愛しのナナちゃん連れて来たでー」

「……っ……星、さん……」

 視力の悪い目を細めてこちらを力なく見た中島は、ナナの姿を認めて「嘘だろ……」と呟く。

 中島もどうやらこの地域の生まれではないようで、クラスメート達が使う方言ではない話し方をしている。方言に罪はないのだが、どうしてもイジメてくる相手が使用している言葉遣いは嫌悪感があるので、中島の聞き馴染んだイントネーションには安らぎすらも感じられた。

「お前俺に言ってたやん。星さんに手を出すなーって。約束通り俺は手ぇ出してへんから、代わりにお前が手ぇ出せや」

「な、何を言って……?」

 狼狽する中島に、ヒーロは悪人そのものの笑顔でぐいと顔を近付ける。そのあまりの威圧感に中島はごくっと息を呑む。

「お前は今からここで、俺らの前でこいつとセックスするねん。記念やからちゃんと見届けたるわ。極上のテクニックを俺らに見せてやー」

 欲望と興奮に歪んだヒーロの顔とは反対に、言葉の意味をゆっくりと理解した中島の顔が青くなる。縛られたまま自由の効かない手足をぎりぎりと動かし、なんとか現状を打破しようとする。しかし、無情にもその拘束がなくなるようなことはなかった。

 ヒーロの手が中島の制服のベルトに掛かり、強引にベルトごとズボンを引き下ろす。中島は手足を縛られているため、服は膝の下辺りで止まった。そしてヒーロはそのままの勢いで、中島の下着まで引き下ろす。

「っ、やめろー! 見るな―!!」

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