第2話


 キスが終わり恍惚としているレイナを抱きながら、彼氏――レイナからはヒーロと呼ばれているが、とてもそう読むとは思えない漢字の羅列が名前の欄には並んでいた――がそう言いながら笑う。その声に滲んだ悪意の冷たさに、ナナは背筋がぞくりとする。既に無抵抗に座り込んだ状態なので、醜く歪む彼の顔を見上げることしか出来ない。抵抗なんて、もう出来ないのだ。

「そう言っていっつも私に決めさせるやん? たまにはヒーロが……それかあんたらもなんか考えーや」

 ヒーロにそう振られたレイナが文句を言った。確かにナナへのイジメの内容を考えているのはレイナだ。これまでのイジメの内容が変わり映えしないのは、レイナが一人でアイデアを出しているからで、それがナナにとっての唯一とも言える救いでもあった。

 レイナの考える内容はおおよそのイジメっ子が考えるようなオーソドックスな内容ばかりで、どちらかというと子供がするような内容ばかりだった。彼女の家は裕福なので金をせびられるようなこともなかったし、身体的な暴力というのも大怪我をするようなものではなかった。

 確かに水を掛けられたり掃除用具で殴られたりはあったが、女子の力で振るわれるそれには限度がある。そういった暴力的なことをする時に、彼氏が手を出すようなことはなかった。取り巻きの男は巻き込まれていたが、おそらくは発覚した場合のことを考えているように思える。

「僕は……その……」

「えっと……私も……その……」

 いいアイデアが出ないレイナが視線を投げるが、取り巻き二人はおどおどと慌てて目を逸らすのみ。この二人だってわかっているのだ。もし仮にこのイジメが露呈して、自分達が加害者として名前が挙がり、挙げ句アイデアまで出していたとなったら……間違いなく進学に問題が出る。

 だが、このクラスの中心でもあるレイナの機嫌を取らないわけにもいかないのだ。今から思えばナナはその選択を入学早々間違ってしまったのかもしれない。でも……

――いや、私は悪くない。こんな幼稚なことをしてくるこいつらが悪いだけ。

 ナナは幼い頃より合理的ではっきりとした性格だった。そして頑固でもある。どう考えても自分に非がないまま続いたイジメだが、ここまで耐えたのだから卒業まで我慢しようとまで考えていた。クラスメート達からイジメられているのも事実だが、ナナが既に難関大学への入学が確実視されているのも事実だった。

――変に騒いで内申点下がるのが、一番困る。

 今の自分にとって一番損であることを考えて、ぐっと唇を噛む。頭ではわかっていても、やはりイジメは屈辱的だった。だが、やり返そうにも周囲に味方はいない――担任には一年の段階で相談したが時間が解決してくれるなんて言われたし、クラスメート達は論外だ――し、数の力で相手が勝っている。おまけに男子生徒までいるのだから、力では絶対に敵わない。

「結局私が考えるんー? ほんま、たまにはあんたが考えてーや」

「えー? 俺ー?」

 やはりいい案が浮かばなかったレイナが、最終的にはそう彼氏に振った。彼女はもしかしたら、ナナへのイジメに飽きてきたのかもしれない。

 レイナにそう振られたヒーロが、少し考える“素振り”をする。隣に立っていたレイナ達からは見えなかったようだが、片手を顎にやりながら唸った彼の口元が歪んでいるのをナナだけは見逃さなかった。

 もったいぶったような時間を掛けてヒーロは手を顎から外すと、「俺が考えたらちょっと過激になってまうけどー」と前置きしてからナナを見下し続けた。

「お前、見た目も中身も陰キャやから当然処女やろ? 俺らが相手見繕ったるわ」

「……なっ」

「つーかもう、相手は決めてんねんなー。俺の“友達”の中島くんー。実は……スタンバってもらってます」

 ニヤニヤした顔で続ける男の言っていることが、ナナには理解出来なかった。もちろん言葉の意味がわからないナナではない。とにかく……頭が理解することを拒否しているのだ。

 ギャハハと笑いながら腕を強引に掴んで来るヒーロに、ナナはようやく我に返った。

 今までの幼稚なイジメとは明らかに違うことが、これから起ころうとしている。それがわかってこれまでと同じように無抵抗でいるわけにはいかない。

 伸びて来た鍛えられた腕を手で払い、抜けかけていた腰に力を入れて立ち上が――ろうとしたところで、ヒーロに腹を蹴られてうつ伏せに倒れ込んでしまった。

「なに逃げようとしてんねん。お前も早くオトナになりたいやろー? 俺らが見届けたるわ」

 相変わらず下品に笑いながらそう言って、ヒーロは強い力でナナを押さえ込んで来る。そのままぐいっと無理矢理立たされて、ズルズルと引っ張るようにして移動を開始する。

 暴れようにもこれだけの力で押さえ付けられては逃げることが出来ない。助けを求める一心で取り巻き達を見るが、二人はナナと同じくらい恐怖を植え付けられ――むしろ次は自分達の番だという恐怖の方が大きいかもしれない――ているのか、不安な表情をしながらも止めに入ってくるようなことはしない。

 それはレイナも同じようで、その表情には陰りがあるものの、口に出して制止を掛けるようなことはしなかった。迷っているようには見えたが、ナナの身を案じてのようには思えなかった。

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