第8話
伊400と大型護衛艦“さがみ”は、この世界に来た時と同じ地点で停泊していた。
それぞれ艦首にロープを結び付けていて伊400が戻るときに共に行けるようにとの処置である。
「0600時に元の世界に一瞬の間に戻りますが時間軸が不安定なので前後半年間の間です」
吉田技術長が日下達に説明する。
「吉田さん、本当にいいのですね? 全てを棄てていく事になるのですよ? 別れたとはいえ奥様と息子さん達とは永遠に……」
日下は初めて紹介された時から直ぐに、この吉田と仲良くなっていたのである。
日下の言葉に吉田は笑みを浮かべながら頷く。
「ええ、前にも言いましたが技術畑一筋で生きていきましたがずっと思っていたのです。このまま空しく生き続けて朽ちていく人生よりも何かを世に残して生涯を終えたいと。今の心境は十八歳の若者のように心驚いているのですよ」
吉田の力強い言葉に日下は相当な覚悟を以てこの時代と決別することを感じたのである。
「そうですか、歓迎いたします! それに吉田さんがいなければこの伊400に何かあればどうしようもありませんので」
日下の言葉に吉田は任せてくださいという笑みを見せる。
伊400艦内では乗員達が一年前と全く違う艦内に驚いていた。
「おい、これを見ろよ! トイレが洋式でウオッシュレットがついているぞ!」
「潜水艦独自のあの嫌な匂いが全くしない!」
「空気が美味しいし陸上と同じだ」
「艦の狭さは変わらないが居住性が段違いだぜ、水も海水を濾過して無尽蔵に飲めるのもいいな」
「機関室も快適だ! 制御室にいればいいだけだからな」
「食料も真空パックとかに出来立ての各料理が密封されて圧縮されているので嵩張らなくて二年間は補給しなくてもいいそうだ」
「狭いながらも寝台は自分専用じゃないか! 最高だぜ」
「全区画にエアコン完備というのもいいな、電気は使い放題だそうだ」
「水が使い放題だから風呂やシャワーも好きなだけ使えるのもいいな」
伊400艦内で乗員達が歓声を上げている所で共に行く“さがみ”では有泉達が各機器の最終チェックを行っていた。
「艦長、人工衛星“おおわし五号”の積み込みと設置完了です!」
令和時代に打ち上げに成功した“おおわし”も代を重ねていく。
途中、“おおわし”計画が中止に追い込まれる寸前に朝霧コーポレーションが権利等全て買い取り独自に改良を重ねていたのである。
この衛星の仕組みだが五つの媒体をバラバラで打ち上げて宇宙空間で媒体を展開しながらドッキングしていくシステムである。
最終的に展開した時には直径五十メートルの大きさの衛星になる、
「所で我が艦はどのように運用されるのですか? 常に伊400と一緒に行動するというわけにはいけないですし?」
副官の柳本が有泉に尋ねると彼はその質問に答える。
「基本、私達は戦闘に参加できるわけではないがステルス性と光学迷彩を生かして太平洋上の無人島を拠点としてサポートに回る予定だ。全地球上をカバーするから何処にいてもリンク出来るしTVモニターで通信もできる」
「では、我々は伊400の目と耳になるわけですね? それは重大な使命ですね」
柳本の言葉に有泉は頷く。
「基本、伊400でも探索機能関係は秀逸だが局地的だからな、彼らに比べれば私たちは気楽なのかもしれないね? それに……無事に日本を救うことが出来れば復興せねばならない! その復興を手伝う使命もあるから無駄に私たちは死ぬわけにはいかない」
それと“さがみ”には過去への道という片道切符を手に各部門の技術者も乗っているのである。
熱核融合炉やレールガンの万が一の故障等に対応する為である。
その人選も志願制で全員が熱意に溢れていたのである。
桟橋ではこの時代に残る旧乗員達が手を振っている。
朝霧翁の話によるとこの時代に残る乗員達は特性を計られて各グループ会社に派遣されたが全員が凄まじい優秀社員として頭角を現しているという。
「何処にそんな優秀な人材が転がっていたのだ? 素晴らしい!」
数年もすれば幹部に昇進するだろうとの事で日下は大いに喜んだ。
日下は桟橋に向かって帽子を振って二度と会うことはない旧部下達の一人一人の顔を見ながらうっすらと涙を浮かべる。
朝霧翁がこちらをじっと見ていて目が合うとお互い、頷く。
前日の夜、朝霧翁から衝撃的な事を暴露されて今でも信じられなかったのである。
朝霧翁が実は五百年間、生きている事を。
自分は戦国時代の武将で『明智十兵衛光秀』だったが山崎の戦いで敗北してあわや落ち武者狩の手で死ぬ寸前、徳川家の服部忍者衆に助けられて天海僧正と名乗り徳川政権安泰に勤めて来た事を。
「私はこの国を愛している、その国を貶める行為をする馬鹿は許さない! しかも原子爆弾と言う大量破壊兵器を使用して何十万の国民を焼き尽くす国を」
日下も頷く。
戦後、いかに連合軍のやったことが卑怯で邪悪だったか。
そんなことを思い出していると時計の秒針が0時をさして〇六〇〇時になる。
その時、伊400上空の地点に白銀色の光が出現する。
朝霧翁と旧乗員達は、神秘を真当たりにして光を凝視している。
その光が伊400と“さがみ”を包み込みその光が収まると既に両艦は存在していなかった。
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