第5話

 彼女の言葉に日下以外の乗員はまだ戸惑いながらも頷く。

 何故かこの女性の言葉に逆らうことができない感じがしたのである。

 朝霧と彼女の後を日下以下の乗員全てがドックから出て自動ドアの向こうに行くと目の前に見たこともない綺麗なエントランスが広がっている。

「凄い……本当にここは日本か?」

 伊400の乗員が建物内に驚いていると朝霧翁が彼たちに言う。

「日下中佐と高倉少佐は私と一緒に来ていただけませんか? この不思議な事態について説明いたします。他の乗員の方は各自、個室部屋を用意していますのでゆっくりとしてください」

 朝霧翁の言葉にまだ乗員たちが戸惑っていると日下が笑顔で言う。

「先ほども言ったが何も心配しなくてもいい! 同じ日本人だ、こうして日本語が話せるだけでも安心だと思うぞ?」

 日下の言葉に乗員たちはお互い顔を見あっていたが全員が頷く。

 彼女の案内で乗員たちがエントランスに設置されている巨大エレベーターに乗り込んでいくのを確かめた朝霧翁が感心したように言う。

「流石は一流の上官ですね、部下の信頼と信用が絶大ですね、流石です」

 朝霧翁の感心した言葉に日下は恐縮ですというような表情をしている。

 それから五分後、三人は三十畳の広さの個室に案内される。

 そこは正に伝統ある格式高い日本式の和室で朝霧翁は畳に置かれているクッションを指さして座るように勧めると二人はクッションの上で正座をする。

 正に軍人らしい感じで見事な態勢で会った。

 朝霧翁は微笑むと部屋の隅にあった茶道具を取り出すと茶を点てていくがこれもまた茶道のベテランでも裸足で逃げていくような見事な手順をしていて素人同然である二人からも見て惚れ惚れする動作である。

 朝霧翁が点てた茶をゆっくりと飲み干すと彼が経緯を説明する。

「日下さん、この事態についてきっと頭の中が混乱していると思います。ですので順を追って説明します」

 朝霧の言葉に日下は頷くと高倉の方に向いて頷く。

 朝霧翁の話によると良く似た世界観を持つ空間が沢山あってそこでは歴史が全く違う方向に進んでいるのである。

 今、ここにいる世界は日下が転移する前の世界でこの地に日下家代々の墓があるのだが他の世界では自分が生まれていない世界も存在するということ。

「すると今この世界は私がいなくなってから百年後の世界と言う訳ですか、それでは私が死ぬ前に転移した世界は別の世界と言う訳ですね?」

 日下の言葉に朝霧が頷くと驚く話をしてきたのである。

 あの世界の日本滅亡の危機を救ってほしいとの事でその為に色々と方策を考えている時に日下敏夫という人物を見つけて自分の事を調べて行くうちに相応しい人物だと決定したとのこと。

「所で朝霧翁さんにお聞きしたいのですが私は何故か伊400に再び乗りましたが歴史を変えてしまったと思うのです」

 日下の言葉に朝霧翁はそれを否定する。

「あの世界の日本はどのように転んでも本土決戦が行われて日本民族滅亡が決定されているのです。貴方がインディアナポリスを撃沈しなくても撃沈しても本土決戦は行われて今上陛下、当時の裕仁陛下もね? 陛下の死で国体は崩壊して日本は降伏して連合国に分割統治されて日本民族は消滅するのです、その最初の切っ掛けは陸軍によるクーデターです」

 ここまで聞いた日下はパナマ運河攻撃前にそれを知ったがそのままパナマ運河を攻撃する前に海底火山に巻き込まれてこの世界に飛んだことを話す。

「成程……ね、日下さんはこの世には全てを超越する何かの存在がいると思われますか? まあ、神の存在? とか」

 日下は頷きその超越する何者かが自分を別の世界に転移してまた、元の世界、それも百年後の世界に飛ばしたと。

「それで、その神は私に何をさせたいのでしょうか?」

 日下の質問に朝霧は淡々と答えるがその内容に驚く。

「あの世界での日本滅亡を救うのですか? この私が? どうやってですか?」

 日下の言葉に朝霧は淡々とその方法を言うと日下と横にいた高倉は驚愕する。

「この世界に来た伊400を徹底改造して再びあの世界に戻すと? それと同時に片道切符であの世界に行くこの世界の技術者等を載せた輸送艦と一緒に?」

 日下と高倉はあまりにもの想定外の答えを聞いて絶句状態であったがじっと何も言わずにこちらを見つめている朝霧翁の目を見て冗談では無くて本気だと言う事が分かるがやはり突然な事に戸惑っていると朝霧翁がゆっくりと喋り始める。

「日下中佐、貴方はまだまだこの世と言うか生に対して未練を残しているのではないかと思うのだが? インド洋で発生した連合国商船乗員銃殺事件を?」

 その語句を聞いた日下は思い出したくもない嫌な記憶、だがその記憶は永遠に消えなく死ぬ寸前まで後悔と懺悔の気持ちで死ぬに死にきれなかったのであった。

「朝霧翁さん……貴方は一体……何者ですか? その通りです、私はあの事件を生涯忘れる事はないです。私がはっきりしない態度と返事で虐殺が始まった。いくら司令部からの命令だったといえどきちんと拒否すればよかったと思っています。戦後、BC戦犯として五年の刑を受けた時には私は無実と固く信じていましたが時が経つにつれて自分が犯した過ちに潰されそうになったことはずっと……」

 日下は両手をぐっと握り締めていて忘れることが出来ない情景を思い出す。

 それを見ていた朝霧翁は、表情を緩めて償いの意味でこのミッションを引き受ければいいのでは? 偽善かもしれないが案外、心の安寧を得られると思う事を日下に言うと彼は朝霧翁の顔を見て頷く。

「そうですね、贖罪を兼ねて……。朝霧翁さん、よろしくお願いします」

 高倉も日下の心情を始めて知ってこのミッションをやり抜こうと決意する。

 その様子を見た朝霧翁はにっこりと笑みを浮かべる

「あの伊400潜水艦を不沈潜水艦に改造する期間は一年かかる故、それまでこの世界の最新技術を乗員達と共に勉強すればいい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る