第12話
リビングのほうからする朝御飯を準備する音。俺はその音で目が覚めた。今日もあの夢はみなかった。だけど昨日はみた。徐々に嶺に言われた通りに自分と向き合ってみると夢を見る回数は減っていったように感じる。いったい自分は何をしたいのか。俺は生きていてもいいのかもしれない。そうやって少しずつ自分の間違った価値観を修正しながら今後のことを考えていった。リビングへいくと北斗が「おはよう」と言ってくれた。だから俺も「おはよ」って返した。「朝御飯どうする?」
「いらない」
「わかった」
いつもどおりの会話。
あれから1週間が経った。明後日からはテストだ。正直なぜこの時期にテストをやろうとするのかと思う。まだ
「樹ー?そろそろ行かないと人いっぱいになっちゃうよ。」
「わかったーいま行く。」
北斗に声をかけられ時間が思ったより進んでいたことに気づかされた。
そこから適当にノートやら筆箱やらを鞄に投げ入れいつも通りバタバタして家を出た。
歩いていても頭にあることはテストと
「いつき?」
俺はその声でもとの世界に意識が戻った。
「あ、ごめん。どうした?」
「大丈夫?また自分追い込んでない?」
北斗の声でまた俺は自分を気づかないうちに追い込んでいたことに気がついた。だけど心配はかけたくなくて、そもそもかけていいような人じゃないから。
「大丈夫だよ。今日も
そう聞くと北斗はなぜか一瞬不安そうな顔をしたあとに
「樹が行くなら俺も行く。」
そう小さい子供のように言った。
気づけば何気ないいつもどおりの1日がもう終わりかけていた。俺は帰りのホームルームを片耳にいれながら勉強していた。担任もべつにそこまで厳しい訳じゃないから堂々とやっていた。ここ最近はずっと空いた時間はすべて勉強に追われていた。元気に借りたノートを写し終わったのは結果的に木曜日ぐらいだった。そのせいでいつものテスト期間に比べて勉強時間が少なくなっていた。でもなんとかどうにかなりそうだ。(というかそうだと願いたい)俺は元気の「樹帰ろ?」という声と同時にホームルームがもう終わっているということに気づかされる。急いで机の上にあった文房具やノートを適当にバックの中にいれ元気と一緒に北斗の教室へ向かう。
たけど廊下に出るともう北斗を含め他の4人はいた。
「あ、きたきたよし帰ろ」
そう言う真哉の声で俺たちは歩き始めた。
そういえばいつからだっけ。なんの口約束もしていないのに自然と6人で集まって帰るようになったのは。
いつからだろう、俺の隣に自然と北斗がいるようになったのは。
俺は気づいたら目の前で騒ぎまくっているこいつらを見ながらそんなことを考えて歩いていた。すると隣から
「あ、俺ら病院行くからここで。」
そう北斗が言った。
「今日も行くの?」
嶺は少し不安そうな顔をしている。たぶんそれは俺のせいだろう。
あれから俺と北斗は気づけば毎日、
「俺今日バイト休みだし行こっかな。久しぶりに。」
優弥が急にそんなことを言い始めた。俺は驚いた。だって今はテスト期間だからみんな行きたがらない。ましてやあの成績優秀な優弥が行くというなんて思ってもみなかった。
「え、じゃあ俺も。」
「え、真哉も行くなら俺も行こっかな…」
「え、みんな行くのじゃあ俺も!」
優弥につられた真哉と真哉につられた元気そして元気につられた嶺も行くと言い出した。
「え?いいの?テスト明後日だよ?」
そう北斗がいうと
「それは樹たちもじゃん。」
「そうそう気晴らしに。勉強ばっかだと頭おかしくなるもん。」
と真哉と元気に言われなぜか今日は俺達は6人で
「
そう聞いてもいつもどおり彼女はどこか上の空で窓のそとを見ていた。
「今日はねみんなきてくれたよ。」
俺がそう言うと俺の後ろから他の5人が顔を出した。それぞれ「こんにちは」や「久しぶり」と
「なんか、本当にくらげみたいだね」
ぼそっと言った元気の言葉に
「くらげ?」
そう疑問系で返してきた。彼女にとって聞き覚えがあったのだろうけど意味がわかっていないそんな返しかただった。
俺はすこし驚きながらも携帯を取り出し『くらげ』と検索して出てきた画像を彼女に見せた。
「これがくらげ、
俺が1通りくらげの説明をすると彼女は急になにかを思い出したかのように目を見開いて焦ったように
「くらげにならないと。」
そう呟いた。そしてまだ腕に点滴の針が刺さっているのに点滴台を待たずに部屋から出ようとした。俺は急いで
「
と優しい声で聞くと
「くらげ、くらげにならないと、」
そう言ってドアの方に進もうとしている。
「ちょっと一回座ろ」
俺は
「くらげ、くらげにならないと」
そう言っていた。まるで約1ヶ月まえの俺のように。でも俺はここまでひどくはなかった。とにかく点滴の針が抜けないよう腕をおさえながら彼女を落ち着かせようとした。だけど彼女が思いっきり前に行こうとして点滴台が俺の方へと倒れてきた。
「危ない!」
俺はまずいと思ったがどうすることもできなかった。ただ気づいたらとっさに目をつぶって
「ありがとう」
俺はチラッと横を見て北斗にお礼を言った。
そして優弥が反対側に回ってベッドに座り
「ありがとう」
俺は優弥の目を見てお礼を言った。北斗は座らした時に点滴が抜けないように俺の代わりに
「
そう彼女の肩をつかみながら優しく言った。すると彼女から急に力が抜け、そして2つの丸くて黒い目が潤んでいった。
「でも、でも、ママが、あんたの名前はくらげの読み方を変えただけだって、だからあんたはくらげなんだって言ってたからくらげにならないと、生きてちゃダメだから、」
そう話す彼女の息はどんどん上がっていっていった。そしてどんどん目に涙がたまって溢れそうになっていた。俺は彼女の頭を撫でながら
「
そう言っても彼女は首を横にふるばかりだった。
でもどうにか呼吸は落ち着いてきた。だけど俺には彼女がずっとなにかに怯えているように見えた。俺はそんな彼女を見て次なんて声をかければ良いか分からなくなってた。だからただ彼女の頭を撫でることしかできなかった。
「そんなに首ふったら首取れちゃうよ。」
俺はすこし笑いをまじえながらそう言った。正直なんでこんなことを言ったかは分からない。ただどうすれば彼女のこの思考を変えられるかその事ばかり考えていた。今の彼女は昔の記憶が根強く残っているせいで死なないといけないと考えているんだと思う。まるで約一週間前の俺のように。今の彼女はあのときの俺だ。
「ねぇ、
俺は彼女に届いてくれ、そう願いながら伝えた。すると彼女は何かのリミッターがはずれたように目にたまっていた涙がぽろぽろと溢れ始めた。
「泣いていいよ。泣きな。よく頑張った。ひとりでよく頑張ったな、ごめんな、ひとりにして」
やっと言えた。ずっとひとりにしてごめんって言いたかった。俺は彼女を抱き締めた。髙地それと同時にベットからおりた。なぜだかどんどん目の前が歪んでいった。ずっとずっと俺達は過去に縛られてきた。でも俺にはこいつらがいた。こいつらが助けてくれた。逃げ場を作ってくれた。自分と向き合うことができた。だけど彼女はまだ縛られている。闇のなかにずっといる。そこから引っ張り出したい。彼女を助けたい。彼女の逃げ場になりたい。
俺は彼女を体から離してまた目線をあわせた。
彼女は不思議そうな顔をして俺の目を見た。
俺はそんな彼女の目を見て少し笑顔で
「
俺は涙で前が見えないなか声を震わしてゆっくりそう言った。
そのときだけ心なしか回りの音が聞こえなくなった気がした。彼女は困ったような顔をしていた。そもそも忘れていたが彼女がまともに話せるかは怪しい。あの頃から彼女とまともに話せてない。いつも寝ているか、パニックになるか、空を見ているかだった。
「でも、」
そう彼女が声をだした。彼女があのとき以来はじめてパニックとしてではない落ち着いた声を出した。俺はそれが嬉しかった。
「迷惑かけちゃう、」
「そんなことない。全然迷惑なんかじゃない。俺は
俺がそう言うと
「俺も
北斗はそう言って俺のとなりにしゃがんだ。そして海月の左手首を押さえていた手を少し下げ
「いいの?私悪い子だよ?」
「大丈夫。
そういうと彼女はすこし悩んだような表情を見せた。もしかしたら彼女のなかで迷惑をかけるなら住みたくないというのがあるのかもしれない。「
そう北斗が付け加えて言うと彼女の顔が少し曇ったのがわかった。
「海月?どうした?」
俺が優しくそう言うと彼女は
「いつき、ごめん、私できない。分からない。」
そう言った。俺はその言葉の意味があまり理解できなかった。
「何が分からない?」
俺は続けてそう聞くと
「もう何が辛いのか分からない。どうしよう、しんどいのとか悲しいのとか自分がどう感じているか分からなくなっちゃった。だから伝えられなくなっちゃった。どうしよう。できない。わからない。」
そういうことか。彼女はずっとあの闇のなかにいたのだ。俺よりも長く暗い深い闇のなかに。だから辛いことがどんどん当たり前になっていった。きっとそれでもう感情が分からなくなったのだ。そして俺がいなくなってからは周りに頼れる人がいなくなった。俺がいた頃はこんなことが最近あるんだーとか話せていた(と思う)。でも俺が幸せになったせいでそれを誰かに言うことさえできなくなった。だから彼女は自分の気持ちを誰かに伝えるということをしなくなっていった。確かに俺と住んでいたときを思い出すと前ほど俺に話しかけてこなくなった気がする。そもそもおとなぽくなったというか。でも彼女は自分でわかっていたのだろう。どんどん自分自身がうまく伝えられなくなっていったことを。どんどん幸せを諦めて周りに壁を作ってしまっていること。どこか孤独を感じていること。彼女にとってそれは嫌だったのだろう。なのに甘えてもいいよ。辛いって言ってもいいよ。と言われ逆に彼女にとって圧になっていたのだ。自分の感情すらわからない自分。それが普通じゃない。周りより衰えている。そのことが彼女にとって後ろめたいものになっていたのだとこのとき俺は理解した。
俺はそのことに気づきまた彼女の頭に手を当て
「いいよ。大丈夫。ちょっとずつ分かるようになっていこう?それで分かってきたらちょっとずつ伝えられるようになればいいから。ねぇ大丈夫だから。これからはずっと一緒にいよう?」
そう微笑みながら言った。
「うん。」
彼女はちいさく声を震わしてそう答えた。そして再び泣き始めてしまった。俺はそんな
「
そう言って俺は彼女の背中をさすったり時おりトントンと叩いた。俺はこのとき彼女の本当の泣き声を聞いた気がした。
気づくと泣き声ではなく静かな呼吸音が聞こえてきた。隣にいる北斗に小声で「ねた?」と聞くと北斗は
俺は彼女をベッドに寝かそうと少し体を離したらまた「んー」と言って俺のことを探そうとしていたのでまたもとの状態に戻した。少ししてから俺は静かに彼女をベッドに置いた。そしてゆっくりと離れて彼女を見てみるとぐっすり眠っていた。
「あのー大丈夫でしたか?」
と後ろから声がした。振り返ってみると看護師さんがいた。
「あーはい。」
そう言うと。看護師さんは少し笑って
「でも本当にすごいですね。私たちじゃ全然落ち着かないので。きっと樹さんは
光?俺が?
「あ、点滴終わってるんではずしちゃいますね。」
看護師さんはそう言って終わった点滴をはずした。「あ、それと晩御飯そろそろなんですけどたぶん起きないですよね?」
「あぁそうですね。たぶん、起きないですね。今寝ちゃったので。」
「じゃあキャンセルしときますね。」そう言って看護師さんは部屋をあとにした。
「これでもう戻れないんだね。」
隣で北斗がそう言った。でも少し笑っていた。
俺は
「そうだな、」
と言った。
「そうだ。俺、北斗たちと暮らそうかな。」
急に元気がそう言い出した。
「え?」
「ほら樹たちバイトすんでしょ?だったらバイトに行っている
俺はそれを聞いてたしかにそうだなと思った。たぶん働くってなったら帰りは遅くなるしまた迷惑をかけてるって思わしてしまうかもしれないと思った。
「まぁ確かにそうだけど。」と俺が言うと
「俺はいいけど元気のおばぁさんがどうなのかによらない?」
「たぶんいいって言うと思うよ。」
「そもそも元気はそれでいいの?」
「言ったでしょ。俺はちゃんとサポートするって。まぁ今日聞いてみるよ。」
「えーじゃあ俺だけ実家暮らしじゃん」
と嶺が言うと真哉が
「じゃあ俺のとこ来れば。何てね」
そう言って笑っていた。
「そうしよっかな。うん、そうしよう。俺も今日親に聞いてくる。」
そんな突拍子もない嶺の決断に優弥は
「は?お前嘘だろ?」
と焦っていた。一方真哉は笑いながら「いいじゃん楽しくなりそう。」何て言っていた。そして優弥は「まぁ親御さんがいいって言うなら来れば?ただ生活費はとるからな」と言った。まさか元気のよくわからない発言からここまでスケールがでかい話になるとはだれも思ってもいなかっただろう。だけどそんな話をしている時間はとてもたのしかった。俺たちはこれからの少し先の未来について盛り上がっているとコンコンと、とびらをたたく音がした。
「はーい」
俺が返事をすると来たのは
「樹くん今日もありがとうね。あと面会時間30分しかないんだけど少し話いいかな。」
「はい。大丈夫です。」
「あ、樹くんだけじゃなくてきょうはみんなもいいかな?」
そう言われると他の5人は分かりました。と言った。俺達は帰る準備をし
と言って
なんなんだろう。俺だけじゃないってそんなに
そこで話されたのは何事もなければ来週の土曜日には退院できるということ。退院後どうするつもりなのかそして今後の対応についてだった。どうやら俺が考えていた不安とは無縁だったようで心なしかすこし安心した。俺達は先生に
そして先生からはだったら病院は変えずに週に1回は精神科に通院することになるであろうということを言われた。
そして色々話していると時間も時間になったので話はこれで終わりとなった。
病院から出ると北斗の父さんがいた。
「お帰り。もう遅いから乗っていきなさい。」
そう言って俺達を車にのせてくれた。
そこでは最近はどうなのか?とかテストは大丈夫かみたいな話題ばかりだった。嶺が出ていき、元気が出ていき残り4人になって家に着いた時。
「北斗、樹くん少し話したいことがある。」
そう言って北斗の父さんは俺と北斗を引き留めた。
「それって俺達いちゃダメですかね?」
そう聞く優弥に北斗の父さんは
「長くなってもいいならいてくれても構わないけど」
そう言った。優弥たちは「だったら俺達も聞いていきます。」そう言った。たぶん
「まず
「俺達と住むことにした。本人にも今日話した。」
「そうか、そう言うことだったら俺があのこの保護者になる。それとお前らにもうひとつ聞いておきたいことがある。
俺と北斗はこの事をしっかり忘れていた。
「俺は転校は4月からがいいと思うんですけどさすがにここから通うのは遠すぎると思うんですよね。」
俺がそう言うと北斗の父さんは
「まぁそうだな。」
と言った。
「そもそも学校に行けるのかが問題だよな。」
と北斗がいった。
「え?」
「ほら精神的にいまやばいわけじゃん?」
「それはたぶん
「まぁでも生活リズムが変わるからな」
そこで急に真哉が
「俺の親に車で送って貰うのは?それだったら通いやすいんじゃない?まぁ聞いてみないと分かんないけど。」
と言った。確かに車で送って貰うとなると20分ぐらいで着く。それだったらいけるのではないかと思った。
「確かにそれだったらいけるかもね。確認お願いしてもいい?」
そう北斗が言うと真哉は
「じゃあちょっと電話してくる。」
そう言って車を出ていった。
「あとは引っ越しか、」
優弥がそう言うと、
「その事ならうちで車を出すから安心して」
そう北斗の父さんが言ってくれた。
俺はふと思ったことを言ってみた。
「あの
そう言うと北斗の父さんは「もうその事なら大丈夫だ。警察の方で何とかした」
俺はその言葉を聞いて安心した。
「じゃあ、話はそういうことで。また退院の日はたしか土曜日だったよな。」
「うん」
「じゃあおやすみ。」
そういわれ俺達は車を降りた。降りるとちょうど真哉が「あ、うちの親大丈夫だって。」と言った。
こうして俺は新たな道を切り開いた。
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