第8話
「
俺は北斗が言った言葉が理解できなかった。周りの音がしばらく聞こえなくなった。
まただ。俺はまた、
その後は北斗のお父さんが車で迎えに来てくれた。来てくれるまでは
病院に着いて案内された場所はガラス張りの部屋だった。入り口のところには『ICU 』と書かれていた。そこにはたくさんの機械があって、たくさんの無機質な音が流れていた。そして案内されて立ち止まった先にはたくさんの管に繋がれ、変わり果てた
「どうぞ近づいて、声をかけてあげてください。」
そう俺らのことを案内してくれた医者らしき人は言った。
俺はそう言われ自然と足が動いた。そして自然と
「手を握ってもいいですか?」
俺がそう聞くと医者らしき人は「どうぞ」と言った。俺は静かにベッドの横でしゃがみ
すると背中にあたたかさを感じた。北斗の手だった。俺は
目を覚ますと北斗のお父さんがいた。
「お、起きたか。」
俺はまだ頭がぼーっとしていてなにも考えられなかった。何があったのか自分は今どこにいるのか分からなかった。すると北斗のお父さんは
「てか、樹くんいままでどこにいたんだ?北斗すごく心配して大変だったぞ。」
そう携帯をさわりながら俺に話しかけた。
俺はそこで今までのことを少し思い出した。そして俺は冷静な振りをしてでも内心すごく慌てながら
「その件についてはご迷惑お掛けしました。北斗との家を出てからは
俺は短く端的に答えた。
「そうか、まぁでもあいつからは離れないであげていくれ今回本当に大変だったから。」
そう言う北斗のお父さんは笑っていた。
俺は話しながら
「あの、
「今は面会時間外だから中には入れないけど外からだったら見れると思うよ。まだ北斗は寝てるけど一緒に見に行ってみるか?」
俺は、「はい」と答え北斗の父さんと部屋を出た。部屋を出るとまだ全体的に暗くてまだ夜なのだということに気づいた。さっきいた部屋は電気がついていたしカーテンも閉められていたから気づかなかった。
北斗のお父さんについていって少し歩いていくとさっきみた景色になっていったことに俺は恐怖を感じていた。だけどそんなことは無視して北斗の父さんについて行った。そしてついに彼女のいる部屋が少し見えてきた。突き当たりを右へと曲がってすこし、歩いて足を止める。そしてガラス越しに部屋の様子を見てみる。そこにはさっき見た姿と変わらない
俺は彼女とみたくらげの水槽に吸い込まれるように彼女がいる部屋と俺を遮るガラスに触れた。
俺はくらげを見つめるように彼女のことを見つめていた。ただ、ただ夢中になっていた。あの時みたいに何故か目が離せなくなっていた。
「なんで、なんでまた、なにも言わずに、」
俺が彼女を見てボソッとそう言うと
「そういえば、樹くんと
そう北斗の父さんに聞かれた。
そういえば彼女との関係は一体どんな名前だろうか。今となっては戸籍上の義理の兄と妹。だがそれは戸籍上の話だ。だったらその前の俺と
「わかんないです。だけど俺はもう
俺はそう彼女を見つめながら言った。その時俺に聞こえる音は部屋の中から聞こえる無機質な音だけだった。
「そろそろ、戻ろっか」
北斗のお父さんにそう言われて俺は
「はい、」
と言って北斗がいる場所へと戻った。
北斗の父さんはなんかやることがあるらしく反対の方向へと歩いていった。
部屋に戻ると北斗はまだ眠っていた。俺は北斗が眠っているソファの横にしゃがみ、寝ている北斗と目線を合わせる。そして、あの日近くで見ることができなかった顔をまじまじと見て、頭を撫でた。この瞬間あの日の記憶がよみがえった。何で北斗はこんな俺と一緒にいたいと言うのだろうか。ただ迷惑をかけているだけなのに。俺のなかで北斗に対する申し訳なさもどんどん込み上げてくる。
「ごめん、ごめんな、迷惑ばかりかけてごめんな、」
俺は気づいたらまた泣いていた。そして俺はずっと北斗の顔を撫でていた。
そうすると目の前の北斗が目を覚ました。そして俺の顔をみるなり寝ぼけた声で
「いつき?泣いてるの?」
と言った。俺は急いで涙を拭った。北斗は起き上がって俺の頬を撫でる。そして北斗もどこか申し訳なさそうに
「いつき。ごめん、ごめんね。俺全部話す。
「分かった。分かったから1回落ち着いて」
北斗はなにかに焦りながらも決心したような北斗を俺は落ち着かせる。俺はなんのことか分からなかった。何で北斗が謝っているのかが分からなかった。
北斗は昨日いや、正しくは一昨日かもしれないけど
「ごめん、
「もういいよ、」
俺は幼稚園児のように言葉に詰まっていながら一生懸命に話す北斗の話を遮った。もう北斗が自分のことを責めるのはして欲しくなかった。だって全て悪いのは俺なのだから。彼女に助けられそばで彼女を見ていたのは間違いなく俺だ。なのにその異変に気づけなくて、守りたいって思っているだけで助けた試しはなかった。北斗の言葉を聞いているとそんな自分を認めてしまうようでもうそれ以上聞きたくなかった。部屋にはただすすり泣く声と少し荒い呼吸が鳴り響いていた。
そして暗かった部屋に後ろから光が指した。
「おまえら、どうした」
北斗のお父さんだった。
北斗は何にもないと答えた。
俺は口を開いて
「
そう聞いた。たぶんひどい顔だったと思う。まともに北斗の父さんをみることができなかった。だけど俺はたぶんこの事を知らなくちゃいけない。このまま知らないままだとまた彼女が離れていってしまう気がした。また気づいたら手放してしまう気がした。
隣の北斗は心配そうに俺を見つめて
「樹、本当に大丈夫?」
と俺に問いかけた。「大丈夫」
俺はそう言って北斗のお父さんの顔をまっすぐ見つめた。「お願いします」俺は立ち上がり頭を下げた。
北斗のお父さんは少し黙り込んだ。
「わかった。北斗はどうする??」
北斗は「俺も一緒に聞く」そう言った。そうして北斗のお父さんは俺たちが眠っていた部屋の電気を付け近くテーブルのところにある椅子へ座るよう俺らに促した。俺らは隣同士で座った。
そこから北斗の父さんがしてくれた話は想像を絶するものばかりだった。
俺は自分に絶望した。俺のせいで彼女は自分のことを追い込んだ。俺には北斗が逃げ場をくれた。だからあの地獄から逃げることができた。だけど彼女は逃げることはできなかった。彼女に逃げる先などどこにもなかった。北斗のお父さんは話終えると一呼吸おいて
「まぁ、そういうことだ。でももう安心しろあの子は児童養護施設に入れることだろうから」そう言って北斗のお父さんは部屋から出ていった。俺は北斗の父さんが言い捨てた言葉を疑った。俺はまた彼女の手を離すことになるのか。今の
「ねぇ、ほくと、」
俺は震えた声で北斗の名前を呼んだ。
「どうした。やっぱりダメだった?」
北斗は俺の方をみて俺の肩に手をおいた。
「ひとつわがまま言ってもいい?」
俺は北斗の目をみて言った。正直この時点で目の前は少しぼやけていた。北斗は優しく微笑んで
「いいよ。」と言った。
「
言ってしまった。もう言ってしまったからには取り返しはつかない。でも俺はそれでもいい。俺はもう彼女の手を離したくない。彼女をひとりにしたくない。北斗は一瞬驚いたように目を見開いて
「俺は反対。」
そう冷たく返してきた。そして北斗は俺に背を向けた。
「なんで、」
俺は恐る恐る聞き返す。
すると北斗は俺に背を向けたまま顔は上を向いて震えた声で
「樹がまた自分のこと責めちゃうから。あの子と関わったらまた、樹が壊れちゃうから。樹がまた自分のことおいてけぼりしにして
声はだんだんと大きくなっていっていた。北斗の肩は少し震えていた。だけど俺も引くわけにはいかない。俺はまた彼女のことを1人にすると今度こそ後悔する。一生脳内に悪い記憶として残ってしまう。そう思った。
「北斗?聞いて、俺は
北斗は俺が言っているのを遮り振り返って俺の方を見て言葉を強く表した。でもだからといって俺は
「なんにも知らないくせに、」
俺は気づいたら冷たく言いはなっていた。だけど言葉が止まることはなかった。
「このまま俺たちが
俺はそう強く北斗に訴えた。本当はこんなこといっちゃいけない、北斗は俺のことを考えて言ってくれているのに。北斗も俺も次に何をいえばいいのか分からなくなっていた。俺はどうしたらこの気持ちを伝えられるのかを沈黙のなかで考えていた。たぶんそれは北斗も一緒だったと思う。するといきなりドアが開いた。
「どうしたんだ」
そう低い声で言ったのは北斗のお父さんだった。どうやら俺らの喧嘩は相当な音量だったようだ。
北斗は「別に」と言って眠っていたソファに腰を掛けた。
北斗のお父さんは「まだ夜中なんだから寝とけと」だけ言ってドアを閉め部屋から出ていった。
俺はソファに横たわって寝ようとする北斗の背中に
「ごめん、北斗が俺のことを大切に思ってくれているのは分かっている。分かっているつもりだけど俺は
そう恐る恐る伝えてみた。北斗はなにも答えなかった。俺はそんな北斗のとなりにいって自分も眠りにつくことにした。そして北斗が首をかけている方とは反対側に首をおいて目を閉じた。
*
「まぁ北斗には分かんないよな、こんな気持ち」
俺にはその言葉が重くのし掛かった。
なんで?俺はただ樹な幸せに生きてくれればいいのにただそれだけなのに。なんでこんなことでぶつからなきゃいけないの。なんでそこまで
少ししてドアが開いた。どうやら俺らの言い合いは少し度が過ぎていたようで父さんに「寝とけ」と言われた。俺は不満に思いながらもこれ以上何も伝えられない。伝わらないと思い眠りにつくことにした。そうすると後ろから
「ごめん、北斗が俺のことを大切に思ってくれているのは分かっている。分かっているつもりだけど俺は
と樹が言った。俺はなにも聞かなかったかのように目を閉じた。
俺が次に目を覚ましたのは微かに感じた明るい光だった。
起き上がろうとすると腰になにか巻き付いている。腰のほうに目をやると樹が俺に抱きついていた。樹の顔には涙のあとがあった。俺は樹の頭を撫でながら
「ごめんな、」
俺は気づいたらそう言っていた。なんでだ、なんで俺は樹に謝っているのか。謝って欲しいのはこっちのはずなのに。なんで、なんでだ、なんで目の前が歪んで見えるのか。なんで、俺は、一体、どうすれば、どうすればこの気持ちはおさまるのか。
そんな思考はドアが開いた音によって遮られた。俺は急いで涙をぬぐった。
「あぁ北斗か、もう起きてたんだな。」
俺は父さんの問いかけに小さく「うん」と言った。
「朝御飯買ってきたぞ、ほい」
そういって渡されたのは鮭のおにぎりと小さいペットボトルに入った緑茶だった。
俺は「ありがとう」とだけいい、一旦樹から離れて近くのテーブルに行き椅子に腰を掛けた。
あまり食欲はなかったがせっかく買ってきてもらったんだから食べないとなんだか申し訳なくて、とりあえずペットボトルのふたを開けて緑茶を1口のんだ。
父さんは俺の前に座った。まるで昨日の話をするように。しかし昨日と違うのは新聞を読んでいることだった。なぜかその光景は俺の体に緊張感が走った。
「ねぇ父さん。」
そして俺はまた自然と声を出していた。
「どうした。」
父さんは読んでいた新聞から目を離し俺の目をまっすぐ見た。
「もし、もしだよ、俺が樹だけじゃなくて
なんで、なんでだ。なんで俺はこんなこと言っているんだ?なんで、声を震わしてまでこんなことを言っているんだ?
「急にどうしたんだ?」
父さんはぎこちなく笑っていた。
俺はなぜかまっすぐ父さんのことを見つめていた。それをみて父さんは俺が本気で言っていると思ったのか1回息を吐き一瞬目線を下げてそしてもとに戻して
「もしお前と樹くんがそうしたいと言うなら自分達の学費か
と言った。驚いた。俺の父さんは否定するか肯定するかのどちらかだと思っていたからだ。はっきりダメともいいとも言わずまさか肯定しながらも条件を出されるとは思わなかった。
俺はそっかと言って鮭のおにぎりのラベルを剥がし大きく1口食べた。
「おまえ、
そう言う父さんは少し笑っていた。
俺はその言葉でやっとわかった。俺もまだ、
俺は自分の考えに対する疑問と共に一気におにぎりを食べ緑茶で喉に流し込んだ。
「俺、今日1
「そうか、面会時間は13:00《いちじ》からだからな」
そう言って父さんは樹の分の朝御飯をテーブルに置いて出ていった。
俺はドアが閉まったと同時に部屋を見渡した。そしてソファに置いてあった携帯を手に取り画面をつける。
見ると時間は朝の8時半だった。
そして時間表示の下には大量の通知、上のほうには遅れてきた充電残量残り20%のお知らせ。
俺は一気に来た情報にため息をつき画面の明かりを消した。
そして昨日来る途中で買った充電器を取り出しソファのそばにあったコンセントに差す。
そしてUSB接続端子にUSBを差した。
「うぅん、ほくと?」
少し物音が大きかったのかソファで寝ていた樹が目を覚ました。
「あ、おはよう。樹。」
俺はあえて昨日のことは忘れた振りをしていつも通り樹に声をかけた。すると樹は俺のことを見つけるとだんだんと泣きそうになっていた。そして目線を下に落とした。
「どうしたの?」
俺は自分の手を樹の背中に置きさっきとは少し違う幼稚園生に話しかけるように優しく声をかけた。
樹は顔を上げて俺のことをまっすぐみた。だけどその目は水分量が多かった。俺は一体何があったのだろうかと心配になった。
「樹?また夢みちゃっ「ほくと、北斗、ごめん、おれ、きのう、あんなこと、言っちゃって、ごめん、ほんとうに、ごめん、だけど、だけど」
樹は俺が話している途中でまるで怒られて急いで言い訳をする小学生のように必死に言葉を紡いでいた。俺はそんな樹の話を遮って樹の背中においてあった手を樹の肩においた。
「樹?
そう笑って問いかけた。だけどたぶん俺うまく笑えていなかったと思う。
樹は少し暗い顔をしながら「うん、」と言った。きっと樹のことだから申し訳なさが心の中で勝っているんだろう。
俺は樹に「朝御飯あるから食べな、」そう言って部屋を出た。なんで部屋を出たかは自分でもよく分からない。とりあえずドアに寄りかかった。そしてなんでか分からないまま歩いた。だけど俺の足はとある場所で止まった。そこから見えるのはたくさんの管に繋がれたり、普通に眠っているように見える人だったりと様々な人がガラス越しに見える場所。
だが俺の目線の先は樹が離れたくないと言っていた人。その人のことしか目に入らなかった。
なんでだろう、昨日会ったばかりだというのになぜ俺は樹と同じようにこの人を守りたい、深い闇から助けたいなどと思うのだろう。この子と一緒に住むことになったら働かなきゃいけないのに。デメリットばかりなのに。なんで離れることができないんだろう。そうやって自分に対する様々な疑問が頭の中でぐるぐるまわっていた。答えがないであろうその問題を考えながらぼーっと彼女をみていると急に中の看護師達が騒がしくなった。俺は樹のいる部屋へと走った。
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