第6話
「ねぇ俺のわがままを聞いてよ、樹、おねがい、俺と一緒にいてよ。俺とまた一緒に笑ってよ。」
彼に「わがままを聞いて」と言われてしまうとなぜだか聞きたくなってしまうのはなぜだろう。誰かこの現象に名前をつけてほしい。
彼にとって俺は邪魔でしかない。そのはずなのに彼の抱き締めてくる力はどんどん強くなっていく。本心を言うのならば俺も彼とずっと一緒にいたい。だけど俺と北斗は生きている世界が違う。俺はいなくならないといけない人。彼は人間として生きていい人。だけどそんなこと言われたら俺は生きていていいのか?彼と一緒にいていいのか?俺はくらげにならなくてもいいの?こいつの言葉を信じていいのか?そんな風に勘違いてしまう。でも彼と一緒にいても幸せでいる自分がこわい。幸せを感じていることがこわい。なんでか分からないけどこわい。だけど彼がいいと言うならいいのかもしれない。もしそれで地獄に落ちることになっても俺はかもしれない。
俺はゆっくり後ろへ振り返って彼の目を見つめた。
「ほくと?ほんとにいいの?おれ、めっちゃ、めいわく、かけるよ?」
そう震えながら声を出すと彼はひまわりのような笑顔(だけど涙でひどい顔になっていた)で
「いいよ、いいに決まっている!俺は樹といれば、樹が生きていればそれでいい!」
そう言った。そして言い終わったあと急に抱きついてきた。
「わぁっ。ちょっとほくと」
俺はその勢いに耐えられなくて後ろに倒れてしまった。俺はもう北斗も完全に海に沈んだ。そしてふたり揃って顔を出した。そしてそのまんま浜へと上がった。そんな状況がだんだんと面白くなってふたりで笑っていた。久しぶりに素直に笑えた気がする、
あぁなんか幸せだな。
なんて考えていると北斗が
「ねぇ、樹?また一緒に住んでくれる?」
まるで捨てられた子犬かのような目をして俺に言ってきた。もう少しこいつのとなりにいてもいいかな。俺はそう考えて力強く「うん、」と笑顔で言った。
「ねぇーごはん一緒に食べよー!」
声がする方向を向くと海月がいた。
俺らは一回顔を見合ってなんでかニヤッと笑ってから声をあわせて「はーい」と言い立ち上がった。そして歩きだそうとしたとき北斗はなにか悪巧みをしているような顔をして急に走り出した。すると振り返って「樹かけっこしよ!」と言ってきた。
「あ、ちょっと北斗まって!」
俺は先に走って行った北斗の姿を追いかけた。
波の音、小学生が下校している賑やかな話し声、太陽の光、俺はいろんなものを感じながら走っているなぜかとても楽しかった。運動会とかは行っていなかったからこそかけっこってこんなに楽しいものなのかな、なんて思った。
結果は僅差で負けた。
「北斗、あれはずるい」
俺がそう言うと北斗は笑っていた。
そして海月の顔を見るとすぐに
「このバカ!勝手に抜け出すな、てか、学校サボったでしょ。」
そう言われた。でも海月は怒っているようでどこか嬉しそうだった。
「それはほんとに、ごめん。あと俺また北斗と暮らす。いままで本当に色々ありがとう。だけどまたこんど遊びに行くよ。」
俺がそう言うと海月は一瞬北斗の方を見て「そっか、」とどこか悲しそうに呟いた。だけどすぐ笑顔になって
「わかった、よかったじゃんじゃあ今日はふたりとも泊まっていきな」
「え、それはさすがに悪いよ今までも居候させてもらったんだし」
「なに言ってんの?いつも通りふたり分の食材を買っちゃったんだから食べてほしいの。1人じゃ無理」
そう言われても、と俺が悩んでいると
「じゃーお邪魔させてもらおかっな」
と隣から声がした。
「え?」
北斗がこんなこと言うなんて珍しいくておどろいてしまった。
「だって、明日も休みだし。今から帰るのもめんどくさくない?俺も色々と海月ちゃんと話したいし。」
と笑顔で言われてしまったら俺もつられてべつにいっかなんて思ってしまい「じゃあお願いします」と言った。
でも俺はこのとき心のどこかで罪悪感があった。このままだと、また海月はひとりぼっちになってしまう。俺はまた同じことを繰り返して同じ罪悪感にかられつづけてしまうのではないか。また勝手に幸せになって、またその幸せが怖くなるのではないか。せっかくの決断が無駄になるのではないか。
だけどそんな考えは気づいたらふたりの明るい話し声と笑い声に書き消されたいた。
彼女の家に戻ると玄関には彼女が言っていたように、到底一人では処理できない量が入っている袋がいくつか並んでいた。俺らはその荷物運びとして使われながら家に入っていった。
そのあとは手を洗ってリビングへと行って、立ちすくんでいると彼女は台所で手を洗いながら
「今から作るから待ってて」
そう言った。その後彼女は洗面所からクリップを持ってきて髪をくるくるとまとめ、袋のなかから食材を出していく。
俺も最後くらいと思い
「手伝うよ」と言って彼女の横に立つ。
「え?いいよ、別に。てか、狭いし」
俺はその言葉を無視して余っていた袋の中から食材を出した。
「俺もやるー」そう言って北斗まで狭い台所に来た。
「えーてか、なに作る決めてないし」
海月はそう言いながら冷蔵庫のなかをみて困っていた。そして「どうしよっかな」なんて言いながら頭をフル回転させて考えてた。その結果海月考え着いた先は卵巾着とかぼちゃの煮物と炊き込みご飯と豚汁のザ、和食だった。
そして「手伝う」と駄々をこねまくった俺と北斗はふたりで炊き込みご飯を任された。しかしさすがに3人で一気に作ろうとすると、場所が狭いので俺たちはリビングのほうで作ることになった。と言っても炊き込みご飯の具材をただ切って調味料をいれ、そのあとは炊飯器という便利なものに頼るだけだった。
その間海月はその真ん前で油揚げを半分に切っていた。そしてその半分に切った油揚げの中を開けて、卵を入れて、上をつま楊枝で閉じて、鍋に入れるを繰り返していた。まだあと5.6個あったので隣に行き
「手伝うよ、これのなかに卵いれればいいの?」
「うん、でもあと5個くらいだし炊き込みご飯やってもらったからゆっくりしてていいよ。ほら北斗くんと話したいことあるんじゃない」と彼女は片付けをしている北斗の方に目線をやった。
俺はそんな言葉は無視して半分に切ってある油揚げを1枚とって中を開けて卵を手に取る。
「北斗とはさっき話したからいいの。今まで迷惑かけてきたわけだし今日くらい俺のことこき使ってよ。」俺は遊んでもらえない子供のようにふてくされた声でそう言った。そうすると彼女は諦めたような声で
「もう、わかったよ。じゃあかぼちゃ、北斗くんと切っといてくれる?」と言った。
ん?まって、なんで北斗もセットなの?俺もしや舐められている?
「何で俺がやるとき北斗がセットなんだよ!」
「怪我しそうだから」
事実それは否めなかった。正直包丁なんて持ったのは今日が初めてだった。だがなんか年下に舐められているのは気にくわなくて
「失礼な、一人でできるし」
こういう時にでる、俺の悪い癖。できもしないくせに強がって言ってしまうこと。そして俺は近くにあったかぼちゃを手に取りさっきまで炊き込みご飯を作っていたところに戻った。
「あ、樹次はかぼちゃ?手伝うよ」
「いい!ひとりできる!」
そう俺がむきになった子供のように言うと北斗は驚きながら自分が使っていたまな板と包丁をもって海月がいる台所へ行った。
ふたりがなんか俺のことを話しているようだが俺はそんなことを気にせずただ無心で包丁を持った。
俺だってかぼちゃ切るくらいってえ?固くね?
そう俺はこのとき初めてかぼちゃが固いことを知った。そしえなんとか全体重をかけて半分に切ることができた。
俺はそこで驚いた。
かぼちゃを半分に切ると中心部分に紐のようなものに絡まっている種のようなよくわからないものがあった。
俺は今までかぼちゃの中身なんてみる機会がなかったからこの後どうすればいいのかわからず固まっていると、
「次へたとって。このかぼちゃね大家さんから貰っちゃったんだよね。畑で採れたから丸々どうぞって」
そう言って海月はまな板と包丁をもって後ろからこちらへと歩いてきた。
俺はそもそもへたってどこ?ってなっていると彼女は少し笑って半分貸してと言い俺が半分に切ったかぼちゃを取り、上の方にあったへこんでいる付近を三角形に切り落とした。
「はい、もう1個やってごらん」
と言われたが俺はさっきの固さを思い出しこんな細かいこと怪我するんじゃねぇかと不安になった。柄にも合わない誰かそばにいてほしいと思っていると海月はそんな俺の気持ちに気づかずキッチンの方へと戻った。俺はまさかここで海月がこの場から離れるとは思ってもいなかったので海月の動く姿を思わずじっと目で追いかけてしまった。
すると海月はその視線に気づいたようで
「大丈夫、今行くから」
そう笑って言ってラップとスプーンと少し深さのある皿を鍋にいれもって来た。
「はい、やってみな。見といてあげるから」
そう言ってさっきのように俺の隣に座った。俺はさっき海月がやっていたのを見よう見まねでやってみると海月は「できたじゃん」と言った。そして「反対側も同じようにやって」と言わたのでその通りにやる。彼女はそれが終わったのを見て
「じゃあ次もう半分にきって」
俺はまた全体重をかけて半分にきった。
「じゃあ次は種とワタを取って」と言ってスプーンを渡された。俺の頭のなかには、クエッションマークしか浮かんでいなかったがスプーンを受け取り彼女が綺麗に中にあるよくわからないものをそぎおとしてボウルのなかにいれたのをみた後またみよう見まねでやってみた。
「ちゃんと取ってね、取らないと煮崩れしちゃうから」
俺はそう言われたのでちゃんと残らずすくいとった。だけどやはり彼女の方が手際がよくて気づいたら終わった自分の分をラップに包んで冷蔵庫にいれていた。
「終わった?じゃあこの皿にいれてラップかけて」
と言ってラップを渡してきたので俺は素直にかぼちゃを皿に移しラップをかけた。
「はい、ありがとう。ちょっと待ってて」
と言って海月は電子レンジの方へ行きさっきのかぼちゃを温め始めた。
俺はそれを待っている間ずっと疑問に思っていたことを口にした。
「ねぇ、何で今日帰ってこなかったの?」
そう聞くと、海月は戸惑った様子で少し目線をずらしてから
「少し仕事でトラブルがあって」
そうやって黙り混む彼女との話を遮るかのように電子レンジがなった。
「はい、じゃあ次のことやるよ」
そう言って彼女はあつあつのかぼちゃを持ってきた。
「次はこれくらいに切ってで終わったら鍋にいれる、わかった?」俺は頷いて言われた通りかぼちゃを一口大くらいにきり鍋にいれていった。海月はもうできると思ったのか立ち上がった。その時昨日までなかったはずのアザが見えた。だけどそれを今聞くわけにもいかないと思い、俺は黙ってかぼちゃを切っていた。
結果料理が出来上がったのは日が落ちる頃で、昨日ぶりに食べた料理はとても美味しかった。これは言っちゃいけないのかもしれないが北斗の料理を越えたと思う。北斗も同じようなことを思ったらしく食べながら小さい子供のように興奮して「レシピ教えて!」まで言っていた。
早めの晩御飯を食べ終えたあとは各々好きなことしていた。海月は洗い物をして、勉強してた。洗い物ぐらいって思ったけど海月は「北斗くんと久しぶりにあったんだから、」そう言ってかえされた。そして夜が更けてもう小さい子は寝るであろう時間になった。すると彼女は急に立ち上がり隣の部屋に行った。少し待っているといつも通りメイクしていつも通り大人っぽい服を着て出てきた。
今日も行くんだ。。
そして俺の予想通り、海月は仕事に行く準備をし出した。
そのときちょうど北斗が風呂から上がってきた。首からタオルをかけていた北斗はその姿を見て
「え?海月ちゃんどっかいくの?」
「まあ少し用事があるので」
そう言って彼女は小さい黒いショルダーバックを肩にかけて玄関へと向かった。そして靴箱から黒の高いヒールの靴を取り出した。その靴を履いている海月の手首を北斗は後ろから慌てたようにつかんだ。
「まだ怪我治ってないでしょ、変に出歩かない方が」と北斗は言った。
怪我?なんで?なんで北斗は海月が怪我していることを知っているの?傷が見えていたとしてもメイクで薄くしてあるはずなのに、
俺がそんなことを考えていると彼女は北斗の話を遮って「大丈夫です。」そう答えて彼女は北斗の掴んでる手をどかして出て行ってしまった。
「ねぇ怪我しているってどういうこと?」
そう聞くと彼は「あっ」と戸惑ったように黙り混んだ。
北斗はなにか隠している。俺は北斗の仕草を見てそう思った。もう何年一緒にいると思っているのか。北斗が嘘をついてるときぐらい簡単に見抜ける。
というか今思ったらなんで海月は北斗のこと知っているんだ?北斗もなんで海月のことを知っているんだ?ふたりに話していないのに。いや、話したことはあるかもしれないけど名前は言っていない。
「ねぇ答えて、今日なんで北斗は海月のことしってたの?なんで北斗は海月が怪我していることを知っているの?」
俺は疑問を投げかけていく。
北斗は下をむいて黙り混んで俺はどうしよか次何を言うべきかと考えているとき閉まっていたはずのドアが開いた。
「ごめん、忘れ物した。」
そう言って海月は靴を脱いでリビングにある机の方へ向かった。俺は彼女に話をしっかり聞かなければいけない。北斗の話から彼女を仕事に行かせてはいけないと直感的に思った。そして俺は彼女の手首をつかんだ。
「今日は仕事行かないで」
自分でも怖いくらい冷たい声だった。
彼女はそれに対して
「無理、わかっているでしょ、私は働かないといけないの」
「じゃあせめて、なんで海月は北斗のこと知っているの?帰りが遅くなった理由はなに?もしかしてだけど昨日実家に行った?ねぇ答えて。」
俺は早口でただ自分が思っている彼女に対する疑問をぶつけた。すると彼女は俺の顔を見て
「ごめん今日は本当に急がなきゃだから。でも今日は日付変わるまでには帰るから北斗くんと一緒に待ってて?いいね?」
と自分の右手を俺がつかんでいる手に重ねて悲しそうな瞳と深刻そうな声で俺に問いかけた。
「わかった、」
俺はそんな声と瞳で言われたらそう言うしかなかった。俺は握っていた彼女の手首をそっとはなした。
彼女は「じゃあね」と言って玄関の方に向かう途中固まっている北斗に小声で何か言った。そして家を出ていった。そのとき聞こえた玄関のドアが閉まる音はいつもよりも重く低く感じた。
*
「ねぇ怪我しているってどういうこと?」
こう樹に聞かれた瞬間、俺は約10秒前にした自分の発言を恨んだ。俺は今日知った事実言っていいべき、なのかそうではないのか、迷っていると樹は浮かんできた俺への疑問を次々に投げかけてきた。だが俺はどうすればいいのかわからず、そして何となくこの事は言っちゃいけない気がして、ただ黙ることしかできなかった。俺が黙ってしまったせいかお互いどうするべきかわからず沈黙が流れていた。すると後ろからドアが開く音がした。
「ごめん、忘れ物した。」
海月ちゃんだった。そんな海月ちゃんを見て樹はなんか怒っているようだった。そして俺ですら聞いたことないぐらい低い声で
「今日、仕事行かないで」
そう海月ちゃんに言った。
え?どういうこと、たしか海月ちゃんはまだ中学生だよね。そもそも高校生だとしても今の時間は働けないはずだ。なのになんで働いているのだ。俺がそんなことを考えている間、樹はただ自分のなかにある疑問をさっきのようにどんどん海月ちゃんに投げかけていた。
海月ちゃんはその問いに対してただ冷静に返して樹を落ち着かせた。俺はただその姿を見ることしかできなかった。話は終わったようで立ち尽くしていた俺の方へ向かって歩いてきた。
俺は急に歩いてきたのとこの緊張感にビックリして目線をしたにした。すると海月ちゃんは俺の横に止まり
「私のことは帰ってから説明するからあなたはなにも言わないで、」
そう俺の耳元でささやいた。俺はうなずくことすら何故かできなかった。彼女はそんな俺の顔を1度見てから俺の横を通りすぎた。
そしてただ靴を履いている音、ドアを押す音、ドアがしまる音を背中で聞くことしかできなかった。
俺は少ししてから目線を変えず
「海月ちゃん仕事してるってどういうこと?」
と聞いた。樹は答えられないのか少し黙っていた。そしてまるで俺の質問はなかったかのように
「じゃあなんで海月は北斗のこと知ってるの?さっきなんて海月に言われたの?」
と聞いてきた。たぶんお互いがお互い海月ちゃんのことを心配して、相手は知っているけど自分は知らない隠されている真実を知りたがっている。だけど自分が知っていることはいいたくない、言ってはいけない。こんなことを樹もこの時感じていたと思う。俺はもうこれ以上は無理だと思い「ごめん、俺からはなにも話せない」そう言って樹の横を通り奥のソファへと座った。
樹はそんな俺をみて隣に座ってきた。俺らはなにか話したりするわけでもなくただ隣どおしで座っていた。
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