第5話
『あんたのせいで、あの子が傷ついているんだよ。そうだ。くらげになっちゃいなよ。。あんたなんかいなくなればいいんだよ。』
「はっ!はぁはぁ」
まただ。
俺はまたあの夢にうなされて起きた。最近見始めた、見知らぬ女の人からくらげになれと言われる夢。
この夢を見たときも父さんの夢と変わらず過呼吸になってしまい何がなんだか分からなくなって得体の知れない恐怖感が俺のことを襲ってくる。
最近なら北斗の代わりに
あれ、こういうときっていつもどうしていたっけ?
『樹!大丈夫、大丈夫だから息を吸うより吐くことを意識しよ。』
あ、そうだ、こういうとき息は吸うんじゃなくて吐くんだっけ。俺は俺が夢を見て苦しくなったとき、北斗がいつもかけてくれた言葉を思い出して息を吸うのではなく吐くことに意識を向けた。
そうするとだんだんと息が整ってきた。
気づけば真っ暗だったはずの俺がいる部屋には微かに光がさしてきていた。
俺は立ち上がり窓に近付いてカーテンを開けると朝日が出ていた。
窓を開けベランダにでると小鳥が鳴いていた。
俺は酸素がまだしっかり脳までまわっていなくて頭がぼーっとしていて何も考えられなかった。
もうすぐ冬が明けるような少しあたたかみのある風に当たりながら遠くのほうに見える海をぼーっと眺めていた。
そういえば何故か俺は昔からこの海が好きだった。この海だけは何回見ても飽きることはなかった。この海を見ていると自分が持っている不安が自然と体の中から出ていく気がしていた。
そういえば今日帰ってくるの遅いな。
仕事で何かあったのかな。
そんないろんなことを考えていると肌寒くなり部屋に戻った。今何時だろうなんて思いながらテレビをつけると朝の情報番組がやっていた。
「え、」
その朝の情報番組を写し出している画面の左上の時刻をみるともう朝の7時半だった。
おかしい、今まで彼女がこんな時間まで帰ってこなかったことはなかった。そもそも俺が朝起きる頃には隣の布団で寝ていて俺が学校の準備をする時間に起きてくる。俺が起きていなかったら起こしてくれて一緒に学校に行く準備をする。
なのに彼女の姿は見渡す限りどこにもない。いる気配もしない。俺以外が部屋にいる音もしない。俺はさっきのとは違う恐怖感が襲ってきた。そして朝の情報番組をつけたまま家のありとあらゆるところにいないか探した。
「海月!?」
時々テレビから聞こえてくる穏やかで明るい声とは裏腹に俺の心の中はひどく焦っていた。何度も同じ部屋を見て、何度も彼女の名前を読んだ。だけど彼女の姿はどこにもなかった。俺はとりあえずさっきの部屋へと戻った。
そこでは彼女と久しぶりに会った2週間前程の記憶がよみがえってきた。あのとき確か彼女は俺の実家から出てきて。それで、
うん?実家?そういえばなんで、あいつはあのとき実家にいたんだ?お金を渡すため?そしてなんであいつは時々傷をつけて帰ってきたんだ?売春が仕事なら傷なんて逆に影響するから、つけてこないはず。そして父親に接触禁止令が出ていることを彼女は知らなかったのになんで俺に危害はいかないと言っていたのか。もしかして、
俺はそう思った瞬間急いで玄関へと向かった。
そして居候させてもらっている家を勢いよく出た。すると下にちょうど俺のことを迎えに来てた校長がいた。俺は
「ごめん、今日学校休む!」
そう叫んで校長のまえを通りすぎた。校長がなんか言ったの言ってないのかも分からないまま俺は何も気にせず必死に走った。まだ冷たい朝の空気が肺の中へ入ってくる。時には登校中の小学生や中学生とぶつかりそうになった。俺はそんなことを気にせず実家まで走った。もう回りの目なんて気にしていられなかった。ただまた海月を守れないかもしれない。またあいつが傷ついているかもしれない。今度こそあいつを守りたいそう思った。この路地を曲がれば実家がもう見える。
俺はもうどうなってもいいと決心する。彼女と交わした「実家には行かない。」という約束は破ってしまうことになるが今はそんなことを言っている暇はない。あのとき助けられた分今度こそ彼女を、海月を助けたい。その一心だった。路地を曲がると警察が何人かいた。実家のところにいた。俺は何が起こっているのか分からず警察の人に事情を聞いた。
「あの~何かあったんですか?」
「こちらから詳しいことはいえないのですが関係者のかたですか?」俺はそう聞かれたがすこし黙ってから「いえ、」とだけ答えて来た道を戻った。俺は何が起こっているのか分からずそのまま歩き進めた。そのとき近くにいたおばさんが
「物騒よね、こんなとこで暴力事件なんて、」
「でも前からあったわよね?怒鳴り声が聞こえてたのは。」
「そうね、というかお子さんいらしたんじゃなかったけ?」
「そういえば最近見てないわね。」
と話していた。俺はとりあえず家に帰り力尽きて玄関に座りんだ。
暴力事件?なにそれ?知らない。怒鳴り声?もしかして海月は俺みたいになってたの?ねぇなんで帰ってこないの?遅いよ、ねぇ、
結果的にお昼の12時を告げるのチャイムがなっても海月は帰ってこなかった。俺は玄関から立ち上がることもできなかった。
だけどまだ信じていたかった。海月は大丈夫だって。あ、もしかしたら学校に行っちゃったかなと思い、俺は靴を脱いで家の中を見た。だけど学校に持っていく鞄も、制服も朝俺が出た時のまんまだった。窓から朝よりもキラキラ光る海がチラッと見えて俺はある考えがよぎった。
もしかしたらあそこにいるのではないか。
俺は冷静に考えるよりも先に走り出していた。まぁまぁの田舎だしお昼時だと言うこともあり人とはすれ違わなかった気がする。走って少しすると海の湿っている風と潮の匂いを感じる。
あの海が見えてきた。俺は砂浜に繋がる階段を降りる。そして息をきらしながらまわりをみる。
だけど彼女の姿はどこにもない。
その事実を突きつけられたとき俺はもう体力的にも精神的にもなんか疲れてしまい近くにあった丸太に座った。
俺は海を見ながら彼女はもしかしたらくらげになってしまったのか。彼女は俺をおいていったのか。俺はまた彼女のことを守れなかったのか。俺はこの先どうすればいいのか。そんな考えがどんどん頭に浮かんできた。
というかなんで俺こんなとこにいるんだっけ。
なんで海月の家に行ったんだっけ。あ、そうだ
もとの場所に戻るためだ。
くらげになるためだ。
だけど俺は生きている。
なんで、
なんでだ、
俺はくらげにならないといけないのに、
生きてちゃダメなのに、
そんなことを思いだしたらどんどん視点が上がっていく。気づいたら海が近づいていた。いや、正しくは俺が立ち上がって歩いているから海に近づいているのだろうけど。波が迫ってきて引く音が心なしかだんだんと大きくなっていっている気がする。そういえばちょっと前にもこんなことあったっけ。あのときは、えっと、誰かが俺のことを助けて、えっと。
そのときにはもう靴の中に水が入っていた。
その冷たさを感じながら歩いていると後ろから誰かに抱き締められる温もりを感じた。
*
父さんが出ていったあと俺らはこの選択が正しかったのか分からず沈黙が続いていた。
少しして優弥が
「俺らにもうできる事はないから先帰るね。樹が見つかったら連絡ちょうだい、あとは北斗に任せる。」
そういって真哉と帰っていった。それと入れ変わりぐらいで父さんともう一人、海月ちゃんの担当医らしき人が部屋に入ってきた。
「失礼します。松木さん事情は伺いました。ですが医師としてはまだ外出は本来許可できない状態です。」
その担当医らしい人の発言で俺はやっぱり無理かと思った。しかし彼女の方をチラッと見るとベッドに座りながらそれでもいきますが?と言わんばかりの顔でまっすぐその担当医らしき人を見つめていた。そしてその眼差しにはどこか圧を感じた。
その担当医らしき人は目線を一旦床におとしてから「ですが、」と前置きをして彼女をもう一度見た。
「今回は事情も事情らしいので特別に外出を許可します。ただし明日、明日のお昼までには帰ってきてください、いいですね?」
その条件に対し彼女は「わかりました、ありがとうございます」と頭を下げた。俺はひとまずよかったと思う反面もう後戻りはできないんだという感覚が沸いてきた。そして彼女は続けて
「あと、お手数ですが私の着てた服など返してもらえます?さすがにこれで会いにはいけないので」
と言って自分の着ている病院服をみた。
すると父さんと担当医らしい人は一瞬黙ってしまった。
俺はその沈黙にどこか違和感を感じた。
「とりあえず着替えはこれを着てくれ」
と父さんは右手にもっていた紙袋を彼女に差し出した。
彼女は紙袋を受け取って中身を見ると
「あの~私の鞄は?」
と言った。それに対して父さんは
どれが海月ちゃんの鞄なのかわからなかったらしく、その答えに対して彼女「はあ~」っと前置きをして
「テーブルの上に黒い小さな鞄があったと思うんですけど」
それを聞いた父さんは「あとで持ってくるから先着替えといてくれ。」と言った。
彼女は「分かりました。あとヘアゴムももらえます?」と言った。父さんは分かったと言った。
俺はそんなやり取りをみながら俺はいろんな不満が出てきた。
なんであんなに反抗的なのか。偉そうなのか。
なんで樹は俺じゃなくてあんなやつのところに行ったのか。
そんなことを色々と考えていると父さんに「行くぞ。」と言われたので部屋を出た。
俺は部屋を出た瞬間俺は思わず
「ねぇあの子って一体なんなの?」
そうぶっきらぼうに聞いてしまった。父さんはそんな俺に驚いたのか一間置いたあと少し笑って
「たぶんだけど人が信用できないんだよ。見つかったとき彼女は服は着ていなかったし、アザだらけだし意識不明だった。それほどの環境にいたんだよ、あの子は。」
それを聞いて俺は言葉を失い父さんは少し黙って俺の顔を見てから
「彼女の荷物を取ってくる」
そう言ってどこかへ行ってしまった。
俺はどこかわかった気がした。樹みたいな人の事を俺がどれ程理解しようとして受け入れようとしてもそんな思いは偽善でしかないのかもしれない。樹を苦しめていただけなのかもしれない。彼女の方が樹の苦しみが分かるのだろう。俺は今まで自分のしていたことが正しかったのか分からなくなった。でもここで樹に会うことをやめたらそれこそいけないことだと思い一度深呼吸をして心を入れかえた。
そんなことをしながらドアの横の壁に寄りかかる。なにかを考えようとするとマイナスなことしか浮かばないのでボーッとしていると
「着替え終わったんですけど」と彼女が出てきた。
俺はその声にビックリして少しその場で跳ね上がってしまった。俺はその同様を隠すように「あー」とか「えっと~」とかを並べてみた。
正直動揺を隠そうとしたのが逆に表に出たと思う。
まず第一にまだ父さんは戻ってきていなくてどうすればいいかわからずこのただただ気まずい時間をどうやり過ごすかを考えていた。すると
「すまん待たせたな」
と小さな鞄と書類を手に持った父さんは戻ってきた。そして
「これかな?君の鞄は?」
と彼女に小さく黒いショルダーバッグを差し出した。
「そうです。ありがとうございます。」
と彼女は会釈しながら言って中身を確認し始めた。父さんは続けて「あとこれヘアゴムね、」と言って彼女に小さな袋に入ったヘアゴムを渡した。
彼女はまたありがとうございますと言って受け取りもといた部屋へと戻った。
俺は彼女を待っている間なぜかとても怖かった。
そもそも彼女は一体樹にとってどういう人でどうして樹と繋がっているのか。俺は樹の事を苦しめていたのか。樹も彼女と同じようなとこをされていたのか。樹は無事なのか。そんなことばかり考えていた。するとドアが開き
「お待たせしました、」と言う声と共に彼女が出てきた。
彼女は高めのポニーテイルにスニーカーよく分からない英語のロゴが入っているTシャツに水色のショーパン、そしてさっき父さんが渡した小さく黒いショルダーバッグをかけていた。
俺は父さんに行ってくるといい彼女と病院を出た。
病院から彼女の行く先はさほど遠くはないらしく歩いて向かうことになった。よく見ると彼女は薄くメイクをしていて傷があったところも不思議なことにさっきよりあまり目立たなくなっていた。俺は向かっている途中彼女にとある疑問をぶつけた。
「ねぇ君はいったい樹の何なの?」
「今だったら義理の妹だね。」
「え?」と俺がいいかけたとき彼女は
「あ、スーパー寄っていい?」
と目の前のスーパーを指した。
「まぁいいけど」
そう俺が言うと彼女は足早にスーパーへ入っていった。俺は
「え、ちょっとまってよ」
と言って彼女を追いかけた。
スーパーに入ると彼女はかごを持って「何しようかな。」と言いながら食材をならび時には「うわやっす。」何て言いながら商品をかごにいれていった。そして買い物が済んで店を出る頃には俺はなぜか片手に荷物を持たされていた。
「ねぇほんとに君はいったい樹のなんなの?」俺は気になってもう1回彼女に聞くと彼女はそれを無視して「次右ね」と言った。
俺はそんな彼女の返しに不満に抱きながらもそのあとはもうダメだと思い何も聞かず彼女についていった。
少ししてとあるアパートにつき階段を登り一番奥の部屋まで進んだ。彼女は小さいバックから鍵を取り出し部屋の鍵を開けて俺に
「待ってて、樹見てくる。」
と言ってからドアを開けて、入っていった。
そのとき俺はただ待つことしか出来ないから外で待つことにした。彼女はなにをしているかわからないが中から慌てているような音が聞こえた。
そして勢いよくドアが開いた。
「樹がいない。。」
俺は彼女のことを手で少しどかして中の様子を伺ってみると確かにそこには誰かがいる様子はなくただ静かだった。彼女は誰かに電話をかけていた。そして気づいたら彼女は焦った様子で俺の腕の中をくぐり走り出した。
「おい、どこいくんだよ!」
「樹の実家!もしかしたらそこに行ったかも!」
そう彼女は叫んで階段を降り走っていった。
「待てよ、俺も行く!」
俺は上から彼女にそう叫ぶと彼女は「いい、私一人で行く!あんたは家のなかで待ってて!」
そう言ってまた走り出してしまった。
俺はこればかりは彼女の言うことは聞けないと思い彼女の家の中に持っていた荷物を玄関に置きドアだけを閉めその後ろ姿を追いかける。
一応俺もそこまで足が遅いわけではないのですぐに追い付き彼女の手首をつかんだ。
「病人を一人で行かすわけには行かないだろう。」
息切れしながら彼女に言うと彼女は
「大丈夫だから離してよ!樹を探すんだったらあんたは別のところ探して!そっちのほうが効率いいからほら学校とか海とか!とにかく私は一人で行くから!あんたはきちゃいけない場所だから」
そう言って彼女は俺の手を振り払い走っていった。
『きちゃいけない場所』
樹にも言われたこの言葉。だけど言われて三秒程俺はフリーズしたかのように固まってしまった。だけどすぐさまこのままではいけないと思いながらも彼女の姿は見えなくなっていた。俺はとりあえず年下であろう彼女に言われた通り戸惑いながら通った学校に行ったり俺の実家に行ってみたりしたが樹はどこにもいなかった。
どこにいるんだよと思いながら歩いているとつめたい風が吹いた。その風は微かに潮の匂いがした。その時俺は彼女の言葉を思いだし海へと走った。
走っている間は冷たい空気が喉のうるいを乾かしながら肺に入っていってどんどん苦しくなっていく。
だけど走ることスピードを落とすことはなかった。正確にはできなかった。もうなにがなんだか分からなくなるほど必死に走っていると海が見えてきた。そして海の端っこのほうで海に向かってゆっくり歩いていく人影があった。
樹だ。
「樹!ダメだ!もどれ!前に進むな!」
俺は樹の名前を呼びながら樹の方へと走る。
だけど樹はまるで別世界にいるようで俺の声はまったく届いている気配はなくて、ゆっくりだがどんどん前へと進んでいく。
俺はそんな樹の姿から目が離せないまんま砂浜へと繋がる階段をかけ降りる。
やっと俺の靴にも砂がついた。
邪魔になる靴を脱ぎ捨てながら俺は無我夢中で樹の後ろ姿を追いかけた。
足に海水がついた時はとても冷たく進んでいけば進んでいくほど足が鉛のように重くなる。
そしてやっとの思いで樹を勢いよく後ろから抱き締めた。
「いつき!」
すると彼の足も止まった。だけどなんにも言ってくれない。
「ねぇ、樹帰ろうよ!俺また樹の笑った顔がみたいよ!確かに俺には虐待された人の気持ち分からない!樹の気持ちが全部分かる訳じゃないけど!だけど俺は、樹と一緒にいたい。。」
そう彼に念を送るように叫んだ。最後の一言は届いているか分からないほど小さな声だったけど。とても広い海の端で樹に届いているか分からないが伝えなきゃ、ただその一心だった。そのせいか俺は樹の細い体が折れるんじゃないかっていうぐらいぎゅっと強く抱き締めた。
「ほくと?」
俺はその声で顔をあげた。樹は視線を変えず海をみたまま
「俺はいなくならないと、みんなと生きている世界違うから、生きてちゃダメだから。ねぇ離して。くらげにならないと」
そう淡々と言葉を並べて再び前へ進もうとする樹の体を必死におさえて
「やだ!絶対離さない!樹が帰るっていうまで離さない!」
そう言って俺は樹を抱きしめ直した。
「ねぇ北斗!はなしてよ!俺と北斗は違うんだよ!」
聞いたことないくらいの声量で樹は叫んだ。その声は最後のほうは泣いているようにも感じ取れた。そして樹は抱き締めている俺の手から抜けようとしていた。
だけど俺もそれに負けじと叫ぶ。
「ちがくない!」
ちがかったら俺はなんのために樹と一緒にいるんだ。俺はもう樹を離さない。離したくない。樹のそばで笑っていたい。これからも樹といろんなことを共有したい。俺には樹の苦しみが分からないことぐらい分かっている。だけど俺はただ、ただ、
「樹、ねぇ、本当にくらげになっちゃうの?俺はやだよ、樹は生きていていいんだよ、ねぇ俺のわがままを聞いてよ、樹、おねがい、俺と一緒にいてよ。俺と一緒に笑ってよ。」
自分で言っときながらもうこれで無理だったらどうしようなんて不安になった。もうどうすればいいかわからなかった。そのとき俺が抱き締めていた体が動いた。
俺は抱き締めている手の力を緩め顔をあげた。
樹がゆっくりこっちを振り返った。
「ほくと?、ほんとに、、いいの?おれ、めっちゃ、めい、わく、かけるよ?もしかしたら、北斗のこと傷つけるかもよ?」
樹はまるで捨てられた子供ようにそう俺に言った。声は震えていて、目には涙がいっぱいたまっていた。俺からすると迷惑なんて思ったことは一度もない。今までさんざん樹のことを傷つけていたのはきっと俺のほうだ。今さら樹に傷つけられたって気になんない。俺は樹の姿をみて泣きそうになったが深呼吸をしパッと顔を上げ
「いいよ、いいに決まっている!俺は樹といれれば、樹が生きていればそれでいい!」
俺はそう言ってすごい笑顔で樹に次は正面で勢いよく抱きついた。樹はその衝撃を受け止められなくて後ろの海へ倒れた。そのせいで俺たちの体は海に沈んだ。全部がびちゃびちゃになり髪まで濡れていた。
俺たちはふたりそろって海から顔を出した。
「おまえ、俺を殺す気か?」
「ごめんって。とりあえず上がろ」
そう言って俺たちは海から上がった。そして浜に上がり、びしょびしょになったお互いを見た。俺たちはそんな状況がだんだん面白くなっていってそのまま笑いあっていた。
やっぱり冬の海は冷たくてだけどどこかあたたかみがあった気がする。少しして俺は樹の顔を見て
「ねぇ、樹?俺とまた一緒に住んでくれる?」
と問いかけてみると樹は涙目で「うん、」と言って微笑んでいた。
その笑顔はとてもきれいだった。
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