第4話

「はい、お待たせ」

そう言って俺の目の前にはピンクの細長い皿の上にある卵焼きが置かれた。

俺はその行動に対してどうしていいか分からずに内心戸惑った。すると

「てか上着脱げば、あと、床に座った方が楽だと思うよ。」

と彼女に言われ俺はそこで自分がまだ上着を脱いでいないことに気づいた。とりあえず言われた通りに上着を脱いでソファから降りて床に座った。

その間に彼女は味噌汁とご飯をふたり分持ってきた。

俺はそんな彼女の行動を見てなんでふたり分あるんだろうなんて考えていた。

「ごめんね、質素でいつもこんな感じだからさ、許して。」

「いや、全然、ってえ?これ俺の??」

「逆にあんたのじゃなかったらふたり分なんて作るわけないじゃん。」そう言って彼女は俺の目の前に箸を置いた。

俺は驚きながらもここで食べないのはなんか悪い気がしてありがたくいただくことにした。俺は小さく「いただきます」と呟くように言って味噌汁を飲んだ。

美味しい。

彼女は俺の方を見て微笑んだ。

どうやら、心の声が漏れていたようだ。

「よかった。とりあえず何あったか知らないけどさ、あんな家に戻るくらいならうちの家にいとけば。」

「え?」俺は思わず顔を上げて彼女の方を向く

「うちの家今実質1人だし」

てか、ありがたくいただいているがそもそも今、彼女の家は3人家族のはずだ。たしかに父親は亡くなったがまだ弟と母親はいるはずだ。

「え?どういうこと?おばさんは?るいは?」俺は意味が分からなかった。そして俺は彼女の様子を伺うこともせず、どんどん自分の中から出てくる彼女に対しての疑問を投げてしまう。

「いきなりそんな質問責めしないでよ」

と言って彼女は一口、味噌汁を飲む。なんか、慌てている俺がおかしいみたいに彼女は落ち着いていた。そして飲んでいた味噌汁が入っているお椀を机の上に置くと彼女はまっすぐ窓のそとを見て


「るいは亡くなった。」


そう言った。言った後の彼女は深刻そうに目線だけを下に向けた。

「え?なんで?」

「事故、お父さんと一緒、車にひかれて亡くなった。隣の部屋に遺影もちゃんとある。」

そう言って俺が座っているところから真ん前に見える引戸を指した。

俺は「そうなんだ、」と彼女に聞こえているか分からない声で呟いた。俺は話題を変えようと声色を変えて

「じゃあ、おばさんは?」

となるべく明るめにそう言うと彼女は動かしていた箸を止めた。

「そこ聞いちゃう?」

と彼女は少し笑って俺に目線をやった。まるで悪巧みをやっている小さな子供のように。たぶん彼女の反応からしてあまり聞かない方がいいんだろうけど、それよりも上に俺は知りたいことがたくさんあった。

「うん、聞きたい。あと、なんであそこにいたの?」

俺がそう言うと彼女は箸をおいて諦めたように

「わかった、全部話すよ。」

そう言って俺の方をまっすぐと見た。

「まずね樹のところ離婚したよ。」  


え?


1番最初から衝撃的なもので俺はそのことを聞いた瞬間、思わず声を出してしまった。だが彼女はそんなことは気にせず話し続けた。


「あとね私今中2だけど体売っている。」


え?

俺にとって戸惑いの連続でしかなかった。体売っているって確か売春のことだよな。てか売春ってたしか、違法だよな?なのになんで?


「でこっからはそうなった経緯を説明するね。」

そう言って彼女はまるで雑談を話すように平然と話し始めた。


元々海月の家族は仮面家族だった。

父親は不倫しており離婚話も出てきたが当時小2の海月が「離婚するのはやだ。」と言って離婚はしなかったものの父親と不倫相手の関係はそのままとなっていた。

母親はそんな生活に耐えれなくなり酒に逃げるようになっていった。その結果アルコール依存症になった。その話はお互いの親戚までいきその影響で双方の親戚の関係は悪くなった。

そして海月が小3のとき家計を支えていた父親が不倫相手との旅行中事故で亡くなった。

その事により海月の母親は安定がなくなったことに対する不安からいろんな男と関係を持ち、別れて、酒に溺れるを繰り返していた。しかも関係を持つ男達からは色々搾取されていった。その影響で母親は働こうとしないので働く人がいなくなった。だけどそんな状況でも助けてくれる人はおらず生活はどんどん切り詰めていった。そんな生活に嫌気が指したのか海月の母親は「あのときあんたが離婚しないで何て言わなければ。」と海月のことを責め立てた。だけど海月はそんな母親のことを嫌いにはなれなかった。そこから海月達は生活保護まで受けるようになっていった。

ここまでは俺が昔海月から聞いていた話。

だが俺が知っていた話は海月の苦しみを作った入り口の話でしかなかった。

話を聞くとまず海月の母親は俺が中三の終わりかけぐらいの時に俺の父親と海月のお母さんの共通の知り合いからの紹介で、俺の父親と出会った。そこで海月の母親は俺の父さんから薬まぁいわゆる覚醒剤に誘われた。そこから海月の母親はどんどん薬にはまっていった。その影響で薬が切れるといままでよりも海月にあたるようになっていった。

しまいには金がなくなるのはお前らのせいだ。だからお前が働けと言い。海月を働かせた。その時に海月に売春の仕事を紹介したのは俺の父親だった。

俺はその話を聞いてとてもやるせない気持ちになった。俺が中3のときならまだギリギリ彼女と会っていた。確かに俺はあのときあまり家には帰らなくなっていたから気づかなかったが(というか追い出されていた)会っていたのだから話を聞くことだけでもできた。そして直接父親に海月だけには手を出さないでくれって頼むこともできた。俺が身代わりなることもできた。

なのになんで?なんで俺にそのことを教えてくれなかったの?なんでまた1人で抱えていたの。

「なんで教えてくれなかったの?」

俺がそう言うと彼女は「え?」と言ってやっと俺の方を見た。

「だから、なんで教えてくれなかったの?俺が中3ってことはまだ会っていたじゃん、なんでその時教えてくれなかったの?なにかたすけることができたかもしれないじゃん。ねぇそこまで追い込まれていてなんで話さなかったの?」

そう俺は彼女によく分からない怒りをぶつけると彼女は


「だってさ、もうあの時には樹と私は住む世界が違ったじゃん。」


と呆れたように彼女は笑った。

それから続けて

「私は樹に幸せになってほしかったの。まぁこれは私のわがままとも言えるのかな?だって私が樹にもしこのことを言ったら、樹私のこと守ろうとしてあいつに歯向かおうとするでしょ?だからだよ。私のせいでこれ以上誰かを不幸にしたくなかったの。」

俺はなんかもう彼女がすらすらと並べる言葉に理解が追い付かなくて言い返す気力がどんどん薄れていってしばらく黙り混んでしまった。すると「まぁまだ終わってないんだけど」と言ってまた話し始めた。

彼女はそれからは学校に行きながらまわりにバレないように夜働き。

家にお金をいれ母親の機嫌取りをしたりしていた。だけど気づいたら母親が俺の父親と不倫関係になっていた。

それが去年の4月頃の話で不倫関係になったことが俺の母親にばれ俺の父親はめんどくさくなりその母親を捨てたらしい。

ちょうどそのとき弟である、るいが一人で留守番しているとき海月も母親もなかなか帰ってこず不安になり外へ探しに行ったとき車にひかれ亡くなったらしい。その時海月は慣れないなかの仕事だったのもあり帰ろうにも帰れずにいたらしい。

海月の母親はるいの死を受けて「るいが死んだのはお前のせいだ、」そう言って彼女をこの家に置き去りにしてついに俺の父親と一緒に住むようになったらしい。海月は今の家で暮らして家賃も自分のお金で払うことになった。そしてそれに加え毎月8万円よこせと言われ働きながら俺の実家へ行きお金を渡していたらしい。そしてそんな生活が続いて少し経ったとき俺が実家にいて父さんに襲われていたのを見た。その時海月は別にその日は用事があったわけではないが、仕事に行く途中にいつも出歩かない母親が外に出ていたのを見て不思議に思い父親の家に行ったらしい。

俺はその話を聞いて1つだけ欠けていたピースがはまったように忘れかけていた記憶がよみがえった。


「もしかしてあのとき助けてくれたのって海月?」


あの時のことはよく覚えていないが正体がよく分からない女に実家に連れていかれた。そして家に無理やり入れられて、あの時のように父さんに殴られて、無理やり酒飲まされて確かヤられてあぁ俺はもう無理なのかって思った。確かその時何故か父さんが急に部屋を出ていった。そして次に入ってきたのは父さんでも俺のことを実家に連れてきた人でもなかった。その人は俺に服を着せて一緒に外に出て途中まで送ってくれた気がする。

正直なことをいうと俺はヤられたところからあまり覚えていない。その時の誰が助けてくれたのか、父さんがいなくなっていたときどんなことがあったのかも。

「あ、覚えていたんだ、あのときほぼ意識とんでいたから覚えていないと思ってた。」

「いま、ちゃんと思い出した。ねぇだから俺と電話しなくなったのはそのせい?」

「うん、大正解だけど安心して、もう樹に危害が行くことはないし」

「あー接触禁止令出されたから?」

そう、その日家に帰ったとき泣きながら北斗に話すと北斗はわざわざ父親に頼んで接触禁止令を裁判所から出してもらった。だからあれ以来俺は親と会っていない。

「え?そうなの?」

でも彼女はその事を知らないようだ。

「うん、え?逆にそうじゃないの?」

「私が知るわけないじゃん、まぁでも安心しなそんなことも出ているなら尚更もう大丈夫だよ」

そう彼女は笑って味噌汁を飲んだ。

湯気が出ていた味噌汁はもう冷めていた。



 「じゃあ、行ってくるね」

そう言って彼女はいつも通り暗闇へと足を運んだ。あれから俺は彼女の家に居候させてもらっている。何回か実家に行くと言ったが彼女が許してくれるはずもなく毎回いこうとすると止められを最初の1週間は繰り返していた。そして学校はどうするか考えているとまさかのうちの学校の校長が海月の住んでいるアパートの大家さんの旦那だった。

そこからは海月がなんとかうまいことやってくれたみたいで別室登校という形で留年しないよう考えてくれた。まぁ人と会いたくないから校長に車で送ってもらっているけど。そして気づけばもうあの家を出てから二週間が経とうとしていた。俺はこの二週間これでいいのかと悩んでいたが海月が「とにかく実家には行っちゃダメだからね」と住むとき釘を刺された。だから俺は北斗のところに帰るわけでもなく実家に行ってくらげになるわけでもない、よく分からない生活を過ごしていた。そして俺は彼女がいない間はテレビをみたりそもそも彼女は出ていく時間が夜が遅いので寝たりしている。彼女は夜のドラマが始まりそうな時間に家を出て毎日丑三つ時といわれるような時間や日が上りそうな時間などバラバラな時間に帰ってくる。時々帰ってきた時に腕や足ににアザがあったりするけど彼女は大丈夫の一点張りだった。そして俺がみた傷やアザはその学校に行くときにはなぜか消えている。

彼女はどんなことがあっても学校だけはちゃんと行って、帰ってきたら俺のご飯と一緒に自分のも作って食べてみたいな生活を送っている。正直一体彼女はいつ寝ているのかと心配になるほどだ。

今日はなんかテレビを見る気にもならなくて彼女の弟が使っていた布団で寝た。

あれから二週間ほどが経った。父さんからはまだなんの連絡もない。俺はあれから魂が抜けてしまったような日々を過ごしている。

一応学校には行ってはいるが授業の内容などもうすぐテストだというのに頭のなかには全く入ってこなかった。

俺が学校に行っている間に樹が帰ってくるかもしれない。

そんなあり得ないことを毎日考えていた。

何回も実家の方に行って樹の実家を探しに行ってみたけど樹らしき人を見つけることはできず父さんに聞いても行くなの一点張りだった。

帰りもお昼もいつも通りあいつら過ごすが樹がいないだけで何故か雰囲気は違った。さすがに俺の魂が抜け続けているもんだから、たまに優弥と真哉が俺のことを心配して家に来てくれたけど毎回「ご飯食べてる?」とか「これ授業のノート、どうせとっていないだろ」と言ってノートのコピーを持ってきてくれたりしている。(ノートは一応とっていたが記憶はない)

そんな悲しい中身がぬけた生活が日常になりかけていたそんな日の朝、いつもあまり聞くことのない着信音がなった。

まだ朝早いから誰だろうなんて思ってスマホをみてみると父さんからだった。 俺は樹が見つかったのかもしれないと思い急いで電話に出た。

「もしもし!」

「あ、北斗?」

「樹みつかったの?ねぇ樹は大丈夫なの?」

まだ父さんはなにもいっていないのに俺は勝手に樹のことだと思って勢いに任せて言ってしまっていた。

「北斗、落ち着いてくれ」

俺はそう父親に言われ落ち着いた振りをする。心の内は早くそのつぎの言葉が聞きたくて心臓の音がどんどんうるさくなっているのが自分でもわかる。

だけどそんな状態で俺にかけられた次の言葉は


「結果的に言うと樹くんはまだみつかってない」


だった。

俺はその言葉をきいた瞬間絶望した。だったらなんで連絡なんかしてくんだよ。はやく見つけてくれよ。樹の事はなんでも話すのに。いつも薄い青のパーカーを着ていて卵焼きが好きで運動神経はいいけど体力はなくて、偏頭痛もちで雨の日やその前の日は光や音がダメになって。他にも俺はいろんなこと知っているのに。そんなよく分からない感情に支配された。

でもこの電話が俺にとっての希望の光になるとはこのときは考えてもいなかった。

「でも、樹くんのお父さんは見つかってその場で捕まったからそこは安心しろ。で本題はここからだ。樹くんの実家で女の子がみつかったその子は今近所の上石病院にいる。もしかしたら樹くんについてなにか知っているかもしれない。どうする?くるか?」

俺はそういえば樹が「守りたかった女の子がいる。」と言っていたことを思い出した。


「わかった、すぐ行く。」


気づいたら口が勝手に動いていた。

父さんが「わかった。病院で待っている。あともし受付で俺がいなかったように場所送っておくから受付で問い合わせてくれ。」

俺はわかったと返しすぐ電話を切った。

そこから急いで着ていた制服から私服に着替えて準備してドタバタしながら家を出た。

外に出ると制服姿の真哉と優弥がいた。

俺はそんなことを気にしている暇がないためふたりを知らない振りをしてすぐ立ち去ろうとした。

「北斗!ちょっと、そんな格好でどこに行くの。」

そういう真剣な表情をした真哉に手首を捕まれた。

「ちょっと急ぎの用事ができたから、今日学校休むから。」

早く離してくれないかな、なんて思いながら手短に伝えると

「樹がみつかったの?」

その優弥の声で真哉の目が変わったのが分かった。

「見つかったわけではないけど手がかりになりそうなことがあったから、ごめん急ぐからもういい?」

とりあえず早く行きたかった。

「じゃあ俺らも行く。」

と真哉が優弥に一瞬アイコンタクトをとって俺の目を見つめながらそう言った。

俺はそこからめんどくさくなってついてくることを承諾し3人で上石病院へと向かった。


上石病院に着き見渡しても父さんがいなかったから受付で言われた場所を言って問い合わせてもらうとちょうど父さんが来た。

「北斗!あれ、その子達は?」

とふたりを指した。

「あー友達」と俺がいうと2人は会釈して

「佐藤真哉です」「髙橋優弥です」とそれぞれ自己紹介した。

そして父さんは俺らをとある部屋へと案内した。ただ着いた部屋は病室じゃなかった。俺はなんでだろう?と不思議に思いながら案内された部屋へと入った。

「まず、女の子の名前は松木海月ちゃんだと言っている。」

ん?言っている?まだ正確じゃないってことか?「え?言っているってどういうこと?」

「まだ身元がはっきりしていないんだ。で親は誰かとか今調べている。」

あーそういうことかなんて思いながら話を聞く。

「あと、話に行く前に聞いて欲しいことがある。」

「聞いて欲しいことって?」

「今回保護した子は誰かに殴れたりなどの暴行に加え性的暴行もされていたんだ。」

俺はその場で息を飲んだ。樹と一緒だ。

「そして彼女はそのせいかは分からないが強い警戒心を持っていて必要最低限しか話さないし、そもそも樹くんのことを知っているかも怪しい。」

「樹のことは聞いたの?」

「あぁ、だけどなにも話そうとはしないんだ。ただ樹くんの話になると早くここから出して欲しいと言っている。」

俺はここでひとつの疑問が生まれた。なぜ彼女はここから出して欲しいと言うのだろうか。だって発見された場所が彼女の住んでいる家ならば彼女はここから出ても行く場所がないはずなのに。

もしかしたら樹の場所を知っているからそんなことを言っているのではないか。

もしかしたらその子も樹のお父さん達と手を組んでいてもし、そうだったら高校の時に姿を現した人ではないかはないかと考えてしまう。

「わかった、それでも俺は話を聞きたい。だからはやく会わして欲しいんだけど」

と早口で言うと父さんは


「わかった、だけど話を聞きに行くのは

そう言った。

「え?なんで?」

「警戒心がかなり強い子だ。いきなり4人で話を持ちかけても彼女が話すわけないだろう。あと性的暴行がもし複数だった場合過呼吸とかを起して話しにならない可能性があるって言うのが担当医からの判断だったんだ。」

あぁそっかなんて思いながら俺は少し悩み真哉と優弥の方を見た。ふたりは俺になにかを託したかのような目で俺のことをじっと見ていた。俺は少し間をおいて「わかった、」と答えた。


「じゃあいこう。」と父さんに言われ部屋を出てとある病室の前へと着いた。

父さんに「行ってこい」と言われもう一回真哉と優弥の顔を見る。ふたりは静かに頷いた。

俺は1回呼吸を置いてからなにかを心に決め扉を3回叩いた。そのあと失礼しますと言ってからドアを開けるとそこにはベッドに座っている女の子がいた。その子はあの時見た女と同じような雰囲気があったが背丈や顔つきが違った。

「はじめまして、岩田北斗です。」

警戒されないように慎重に声をかけたが彼女はなんにも言わず会釈をするだけだった。

完璧に怪しまれている。

彼女の目は警戒そのものだった。

俺はどうしようと困っていると

「何しにきたの。」

そう彼女は冷たく聞かれた。

「あの、いきなりなんですが松木樹についてなにか知っていることありませんかね?」

といかにも怪しそうな質問を投げ掛けてみた。すると

「それには答えられない、てか、早くここから出してよ。」と彼女は言った。

俺はそんなことを言われ次は何を言うべきか分からずただ立っていると彼女は急に立ちドアの方へ向かう。

俺はそんな彼女の行動に戸惑っていると彼女はドアを開けてしまった。

俺はその姿を追いかけドアの前で止まる。

チラッと横を見ると真哉と優弥はとても驚いていて父さんは彼女と話している。

「あの~早く出してもらえません?」

「まだちゃんと傷ちゃんと治ってないからダメだって言っているじゃないですか。」

「こんなん今日やられただけですよ?大丈夫です。」と言って彼女は自分の体を見る。もう父さんは半分呆れて

「どうして、君はそんな早くここから出たいんだ?」そう言った。

「私のこと待っている人がいるから」

え、待っている人?

「それは誰?」

「警察なんかに言えるわけないじゃん。」

父さんと海月ちゃんの言い合いをみていると誰かがなんかの紙を父さんに渡して父さんが口を開いた。

「君のお父さんとお母さんは捕まっているだからもう安心していいんだよ。早く帰んないといけないなんてことはもうないんだ。」

その言葉を聞いて俺は自然と彼女が待っている人がいるって言う理由がわかった気がした。あ、そう言うことか早く帰んないと親になんかされるって思っていたんだ。だから早くここから出たいなんて言っていたんだ。と考えていると思いがけない発言を彼女はした。


「あのね、私がそんなことでこっから出たいなんて言うわけないじゃん。もしかしておじさん頭悪い?」


は?どういうことだ?じゃあなんで?なんで彼女はここから出たいのだ?

「とにかく今の君の状態ではここから出せないしそれともなんだ父親のグルに脅されてんのか?」

「はぁ、もう意味分かんない、どうでもよくない?とにかく早くここから出して。」

「じゃあ、俺らが納得できる理由を言ってくれ。」

と父さんが言うと彼女は黙りこんでしまった。

「もしかして樹?」

彼女は明らかに真哉のその言葉に反応した。そして

「はあ、もう分かったよ。でもここじゃできない話なんで、とにかく中に入ってもらっていいですか?そしたら話します。お二人もどうぞ。」そう言って父さんと優弥と真哉のことをも中に入るよう促した。

俺は再び部屋の中に入った。

彼女はベッドの上に座った。

「えーとあなた方は樹のこと知りたいんだっけ?」

俺らは黙って頷く。

「樹は今私の家にいるよ」

「ちょっと待ってくれあの家はちゃんと隅々まで調べたし、誰もいなかった。」

彼女の発言に対し父さんが慌てて強く言うと彼女は冷静にただ冷たい声で

「ほんとに、おじさん頭悪いよね」

そう言った。

「しっかりお母さんの住所みた?」と彼女は言い、父さんが持っている書類を指した。父さんはさっき貰っていたなんかの書類を確認する。

そしたらなにかわかったようで目を見開きはっとして

「わかった。ここに樹くんがいるんだな。」

そう言って父さんは持っている書類を彼女に見せた。

「うん、だからこれでここ出てもいいですよね?」

と圧をかけた。父さんは

「まだちゃんと傷ちゃんと治ってないからダメだといっているだろう。」と言うと彼女は

「でもあんたたちは行かないほうがいいと思うけど。」

と言った。

俺は意味が分からず

「どうゆことだ。」

と自分でも驚くぐらい低い声で彼女に言っていた。

そうすると彼女はため息をついて

「あのね、あなた達と私みたいな人たちは生きている世界が違うの。だから今あなた達が樹のとこにいっても樹を苦しめるだけだと思うよ。」

そう当たり前の事を言うかのように自然と言われた。 

「君が苦しんでいたことはよくわかっているつもりだ。でもそのためにその人達を守るために警察はいるんだ。君はまだ体が万全ではない。だから今回の件は俺たち警察に任せてくれないか。」

そう父さんは冷静に彼女に向かってまっすぐ言った。その発言に対して


「警察なんてなんの意味もないじゃん。」


彼女は恨みが入ったような声嘲笑いながらそう強く言った。

「お母さんたちことだってそう。薬にはまった方が悪いとか暴力したほうが悪いとか言うんじゃん。それでただ逃げ場がなかった人たちを追い詰めるんじゃん。違う?私みたいな人を守るためにいる?なにか事件が起きたら手のひら返しで悪者扱いする。なのに証拠不十分なら立件すらできない。そんな奴らに私たちの気持ちのなにが分かるの?ねぇ、教えてよ。」

彼女は大声で父さんに詰め寄りながら言った。

父さんも俺たちもなにも言い返すことができずに沈黙が響いている。

いや、彼女の理論に対して言い返せないだけではなかった。彼女は目を見開いていて息も上がっていた。その圧に圧倒された。

彼女はひとつため自我を取り戻したように息をついてベッドに戻り座った。気まずく重い空気が流れていた。


「じゃあ俺たちはどうなの?」


その沈黙を破った正体は真哉だった。

彼女が「え?」と言うと真哉は

「俺らは確かに君の気持ちが100%分かる訳じゃない。だけど俺たちは警察とは違う。樹を守るためならなんだってするつもり。だって樹を助けたいから、そんな世界から救い出してはあげたい。そう思ったから。それでもダメ?」

優弥と俺はただ真哉と彼女のやり取りを見ることしかできなかった。

彼女はその言葉を聞いて

「じゃあ1人だけ私に着いてくれば。そこで実際に樹の姿みてみればいいんじゃない?ただ1つ約束して私が樹とこれ以上関わるべきじゃないと判断したらその時は一旦樹からはなれて。」

そう言われて俺はどうすればいいかわからず考え込んでいると俺の右肩になかにかが触れた。

俺が顔を右の方に向けると優弥がいて俺の耳に顔を近づけ

「お前が行ってくれ、頼む。」

そう小声で俺に言ってきた。

俺はその言葉を聞いて真哉にもアイコンタクトをとり樹に会いに行くことを心を決めた。


「わかった、俺が行く。」


そう言って俺は彼女の目をまっすぐみた。

彼女は了解ーと言って父さんに近づき

「これでここ出てもいいですよね?」

と再び圧をかけた。

父さんは黙りこみ担当医に確認してくるとだけ言って出ていった。

彼女はあー荷物とかどこなんだろうと呑気に言いながら上機嫌で動き回っていた。

そんな彼女を見ると本当は何にもされていなくて無傷なんじゃないかと疑いたくなるほどだった。

しかし時おり着ている病院服からアザなどの痛々しい傷が見えた。

俺はその時心のどこかがいたくなるのを感じた。




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