第3話
*
優弥から「あ、北斗?樹見つかった。北斗の言う通りだった。行ってみたらいたよ。樹、ひとりじゃ帰れなそうだから迎え頼んでもいい?」そう連絡が来た。
やっぱり樹はあの海にいたらしい。
なんでかは分からないけどたぶん樹は今俺のことを避けている。だからなにかと体力とコンビネーションと人に寄り添う力があるふたりに樹の様子を見に行ってほしいと頼んだ。
そしたら見事にいたようだ。樹がいたのは地元の海。何故か樹は昔からあの海が好きだった。
俺は優弥に「分かった」とだけ言って電話を切った。
いつも通りトレーナーとデニムを身に付けその上から近くにあった上着を羽織り財布と携帯だけ持って家を出た。ここからだとまぁまぁ距離があるがなんとなく歩いていきたかったから歩いて行くことにした。歩いて30分くらいしたとき潮の匂いを連れた少し湿った風が吹いた。そこから少しすると波の音が微かに聞こえた。堤防のそばを歩きながらあとは階段を降りるだけとなったときいつもあまり聞くことのない真哉の大きい怒声が聞こえてきた。
俺はただ事ではないと思って少し歩く早さをはやめ、堤防の階段をかけ降りた。
すると真哉が樹の方に近づき胸ぐらをつかんでいた。俺はその光景に恐怖を感じ思わず走った。そしてこの焦りがばれないように冷静を装ってあたかもいま偶然来たように声をかけた。
「ごめん、遅くなった。お待たせ。」
俺がそう言うと真哉は樹の胸ぐらをつかんでいた手を離し優弥は真哉の腕を握っていた。3人とも気まずそうにしていてとてもくらい雰囲気だった。
「どうしたの?」
俺はあえて少し笑って3人に向かって聞いた。だけど何も答えなかった。すると樹が口を開いて「なにもない、もう帰ろ。」と言った。
樹が「もう帰ろ。」などと言って場所を変えようとするときは基本的になにかを隠しているとき。そして何を聞いても話してくれないとき。だからこれはもうなに言ってもダメだと思った。
「わかった。」
俺はそう言って今日のところは帰ることにした。
そして歩き始めて少しすると樹が「忘れ物をした。」そう言って優弥と真哉の方へ行った。俺はその後ろ姿をみていることしかできなかった。そこで俺が覚えているのは樹がふたりの前で頭を下げていることだった。俺は不審に思ったが何があったかは後であのふたりに聞けばいいそう思った。
季節的に帰るときはもう真っ暗だった。俺たちを照らすのは街灯と月の明かりだけだった。さすがに帰りは歩いて帰る気にはなれずバスを使うことにした。
その日はいつも通り家に帰って、普通にご飯を食べて、普通にたわいもない話をして、いつも通りおやすみって言って各々の部屋に戻った。
寝る前にふたりへ連絡をいれるか迷ったがめんどくさかったのでまぁいいかっと思い眠りについた。
だがそれが間違いだった。
次の日携帯のアラームでいつも通り起きて、ふたりぶんのお弁当を作る。
そのついでに樹は食べないと思うけどふたりぶんの朝食も作った。
いつもなら作り終わる時間よりもすこし早く起きてくるはずの樹が今日は来なかった。俺のいる部屋にも物音すら全く聞こえてこない。誰かが出てくる予感がしない。
こんな時間まで寝ているの珍しいな。
また夢見ちゃっているのかな、でも泣き声は聞こえないし。
そんな軽いことを考えて樹の部屋へと行った。
「樹~起きてる~?そろそろ学校行く時間だけど、」
部屋からはなんにも音がしなかった。まるで誰もいないみたいに。俺は恐怖を感じ
「樹?入るね?」
そう言ってドアを開け樹の部屋に入った。
「樹?、」
その時俺は背筋が凍るとはこのことかと思った。
俺の目の前に広がる部屋はずっと前から誰もいなかったかのようにベットもなにもかもきれいに整えられていて誰もいなかった。
だけどそこは確実に樹の部屋だ。俺は今までこんなことがなかったからさらに恐怖心が高まり俺は慌ててスマホを手に取り連絡を入れる。
『いまどこにいるの?』
俺は次はなんと送るべきか悩んだが、同時に少し遠くから別の通知音が聞こえた。
それは樹の机のほうからで樹は携帯も置いていっていた。なんなら制服も学校に持っていく鞄もそのまんまだった。
樹を探そうにしろなぜ出ていったのかそもそもわからない。だから行きそうな場所もわからない。
俺はそのままどうするか悩んでいると昨日のことを思い出した。
もしかしたらあのふたりなら何か知っているのかもしれない。
そう思い付いてからの行動は早く適当に荷物を鞄に積め急いで制服に着替えた。そして、もしかしたら戻ってくるかもしれないという小さな望みをかけ、俺は汚い字で
『帰ってきたら連絡して、学校行ってくる。』
と適当な裏紙に書いて机の上にいつも食べるはずの朝御飯のそばに置いて家を出た。
俺はとにかく早く樹の居場所を知りたくて学校まで全力で走っていった。そして急いで自分の教室へと入り荷物を雑に置き、急いで隣のクラスをみる。あいつらはいつも来るの早いからもういるはずだ。
隣の教室を見渡してみると端のほうで友達と楽しそうに話している優弥を見つけた。
「優弥!」
そう俺がいつも出さないかなりでかい声で叫ぶと優弥は驚いて、すぐさま俺に気づいた。なんならまわりにいた人達が一斉に俺のほうをみた。そして優弥は駆け足でこちらへ来た。
俺は一回も止まらずに走ってきたもんだから胸が苦しくてたまらなかった。
「どうした?」
「はぁ、はぁ、樹、いつき」
「え?樹がどうしたの」
「樹、知らない?」
「え?」
優弥はまだなんのことか分からないようだ。
「だから、樹知らない?朝起きたらいなくなっていて、ほら昨日なにか話していたじゃん、なんか知らない?」
俺は息を整えながら優弥に早口で問いただす。
「ほんとにいったのかよ、あいつ」と優弥が聞こえるか聞こえないかぐらいの音量で呟いた。
俺はその呟きを聞き逃さなかった。そして自分の予想は間違っていないと確信した。
「なに?なにか知ってるの!?ねぇ昨日!なにがあったの?はやく教えて!なぁ教えろよ!」
俺は自分が自分ではないのではないかと思うぐらいの勢いで優弥のことをさらに問い詰めた。俺の体は気づいたら優弥のクラスに足を踏み入れていた。そんな俺の体は優弥によって廊下へと出された。ただ事ではないと思ったのかまわりには先生とか今登校してきた人ら何人かが俺と優弥をみている。
「北斗、とりあえず一旦落ち着け」
そう言われたが落ち着けるはずもなく。
「とにかく早く教えろ!」
俺は優弥をドアとドアの間にある壁に胸ぐらをつかんで叩きつけていた。
その優弥の顔は強ばっていて声が出せなくなっていた。
「はやく、教えてくれ、おれ、樹がいないと、もう、」
俺は力尽き、泣きながらそう優弥に呟いた。
俺はなぜだかだんだん力が抜けていってしまい、優弥の胸ぐらを徐々に離しながらその場に崩れ落ちた。
そこからの記憶は正直曖昧だ。たしかちょうど学校に来た元気が崩れ落ちて泣いている俺を心配して、俺のそばに来て「どうしたの?」なんて優しい声をかけながら泣いている俺の背中をさすってくれた。騒ぎの一部始終をみていた先生がとりあえず保健室連れてけと元気に言っていた。俺はもうなにも考えられなくて立ち上がる気力すらなくなっていた。気づいたら元気が俺のことを立ち上がらせて優弥もそれを手伝ってくれてふたりに支えられるように保健室へいくことになった。その途中、真哉が驚いた顔をしていて嶺はその驚いている真哉に事情をきいていいるようだった記憶がある。そして気づいたら保健室にいた。
「失礼します、」
そんな優弥の声が聞こえた。
「はーい、ってまだ朝だよ。ってどうした?」
途中まで明るかった保健の先生の声は急に暗く、俺らがとれだけひどい空気をかもし出していたかを表した。
「ちょっと色々あってベッド使いますね。」
そう言って元気は俺を保健室の奥にあるベッドに座らせた。
「とりあえず、なにがあったの?」
「実はちょっと僕もわかっていなくて。」
「そっか、髙橋くんは?」
その空間はただ沈黙が流れている。
「何か知っているみたいだね。まぁいいや、とりあえず本宮君は教室に戻ろう。ちょっと待ってて」
と保健室の先生は言った。そしてつぎになにかを書く音が保健室に響いていた。
「はい、これ金石先生と中井先生に渡しといてくれるかな。」
そう保健室の先生は元気になにかを渡したようだ。
「はい、」元気はすこし落ち込んでいる声色でそう言った。そして「失礼しました。」と言った元気の声と同時ぐらいにドアがしまる音がした。
「そーしてとりあえずなにがあったの?もしかして樹に何かあった?」
俺と優弥はほぼ同時に顔をあげた。
「やっぱり」
「なにか知っているんですか?」
俺は今まで力がなかったのに急にからだの奥底から力が沸き上がった気がした。俺はその力を頼りだけに立ち上がり保健室の先生とのところへ一歩近づいた。
「言っとくけど俺はなにも知らないよ、あと教室に遅れることは気にしなくていいから。」
俺はそんなさらっとした言葉にまた力がなくなりベッドに座りこんだ。
「で、髙橋君はどうした?」
「ちょっと、昨日いや、今日色々あって、」
優弥はそう言うと言葉に詰まって言い出せなくなっていた。
その時学校開始のチャイムがなった。
保健室の先生は俺らに気を使ってくれ「ゆっくりしていきな」と言い俺が座っているベッドのカーテンを閉めてくれた。
その時優弥は俺のまんまにある窓のうちに寄りかかって立っていた。
少しして朝のホームルームが終わった影響からか何人かの先生や生徒が出入りしている音をカーテン越しに聞いた。
そして1限の始まりのチャイムがなって少し経った頃保健室の先生がカーテンを開け
「ねぇ北斗?樹今日どうした?まだ学校来てないみたいだけど。いつも一緒だよね。」
と俺に訪ねてきた。俺は一呼吸置いて
「朝起きたら、いなくなっていました。」
そういうと保健室の先生は顔色を変えた。そしえ
「え?心当たりは?」
と訪ねてきた。
俺は首を横にふる。
「今日の件はそれか、どうするふたりとも今日は集中できないでしょ、帰っとく?」
そう提案してくれた。正直先生がこんなこと言っていいものかとも思ったが、俺はこのまま学校にいても意味ないと思い、帰ることにした。優弥もそうするらしく、その事を伝えると保健室の先生はわざわざ俺たちの鞄を持ってきてくれた。「じゃあふたりで仲良く帰りなねマンション一緒なんだし。」と帰してくれた。
でもそのあとの帰り道は最悪でお互いなにを話せば言いかわからなくなってただ無言だった。そして気づいたらエレベーターの中だった。
じゃあな、と俺が言ってエレベーターから出ようとした瞬間、
「北斗!」
俺の名前が呼ばれた。振り返ると優弥はエレベーターから出ていてそして俺の事をみまっすぐみていた。そして一呼吸おいてから
「樹、昨日実家に帰るって言ってた。」
そう小さくでもどこか芯のある声で優弥は言った。
え?意味わかんない、なんで?
その事実は俺にとっては戸惑いと不安でしかなかった。
「それほんと?」
俺の声は自然と震えた。信じられなかった。いや、信じたくなかった。
「ほんと、俺らとは生きている世界が違うからだって。ほんとは昨日北斗に言おうと思った。だけど昨日帰るとき樹がさ、言うとしても俺が家を出てからにしてくれって頼まれたんだ。ごめん。」
優弥の言葉が全く入ってこなかった。だけどとにかくこの状況がやばいということだけは分かった。俺は意識が呆然としたまま
「分かった、ありがとう。」
俺はそう言って自分の家へ入ろうと後ろを向くと優弥が「あと俺からもひとつお願い。あいつの選択を責めないでやって、この選択はあいつがあいつなりにお前のことを考えた結果だと思うからさ。」
そう小さい子供に言い聞かせるように言われた。
理解できたようで理解できていなかったけど俺は優弥に「わかった」とだけ返して歩き始めた。俺は早歩きで自分の家のドアの前まで歩き、急いで鍵を開けた。
家に入ってからは鞄からすぐに携帯をだし父さんに電話をかけた。この時いつもなら気にならないであろう呼び出し音の長さにすらイライラしてしまう。早く出ろよとか思いながら足で早いリズムを刻む。でも相手は仕事中だ。やっぱり無理かと諦めようとしたその時
「北斗?どうした?学校は?」
俺が求めていた声が聞こえた。
俺はその声でなにかのスイッチが入ったロボットのように早口で話し始めた。
「父さん、頼みたいことがあるんだ。樹の実家教えてくれ。」
「は?お前急にどうした?なにがあった?」
父さんが実の息子の発言に対しての驚いているのが電話越しだがこちらまで伝わってくる。
だけど俺は例え自分の身に危険を犯してでも樹を守る。あの時からそう決めていた。
「樹がいなくなったの。たぶん実家に行ってる。早く助けないと、樹が、、い、つきが、、」
俺は気づいたら言葉に詰まっていて、目の前が歪んで泣いていた。そして靴を履いたまその場にまるで迷子になった小さい子供のようまるくしゃがんでいた。
電話の奥からは父さんが誰かに呼ばれている声が聞こえる。父さんがなにか返事したのだろうけど聞き取れなかった。そんな、俺に対してなんの返事もかえってこない状況がただただ不安だった。この時俺はまるで暗い闇のなかに一人でいる気分だった。
そして父さんは少しして俺に
「わかった、樹くんのことはこっちで何とかするだからお前はなにも考えるな、何かあったらまた連絡する、じゃあ切るな、」
そう言って父さんは俺との電話を切った。
ツーツーという電話が終わったのを知らせる音はただただ俺の心を置いていった。
俺は過去の自分を恨んだ。
なんで、なんであの時樹の実家を無理にでも知ろうしなかったのか。
あの時、小6の時、「樹の家まで着いていきたい」と言ったら「危ないから来ちゃダメ。、北斗は寄り道なんてしたらダメ。」そんなことを言っていた。俺は樹がこわい顔をして言うものだから本気で危ないんだと思い、それ以上模索しようとはしなかった。
その事を俺は今になって後悔した。
とりあえず靴を脱がなければと思い、重い体を無理やり立ち上がらせて、鉛のように重く感じる靴を脱ぎ捨てた。
俺はそのまま自室へと行き鞄を投げ捨てる。
そのままベッドへと倒れこみ、ぼーっとする。
いま樹はなにをしているのだろうか。ちゃんとご飯を食べているのだろうか。いま笑えるところにいるのだろうか。そんなことを考えているとなんか寂しくて苦しくなっていった。だれかに分かってほしいと思うが、きっとこの気持ちは俺にしか分からない。そして気づいたら樹の部屋へと足が動いていた。
ドアを開けると朝と変わらずきれいに整えられている部屋が目に入る。俺はなんとなく樹のベットに近付いて顔を布団の上にのせる。
樹の匂いが微かにする。
その時樹の顔が思い浮かんだ。樹は俺といて幸せだったのだろうか。それとも俺といない方がよかったのか。あ、目の前がぼやけてくる。今、泣いてるんだ俺。俺は、樹を守っていたんじゃなくて、気づかないうちに守られていたんだ。
俺はそれに気づくと涙が止まらず、泣き続けた。
そして気づいたら泣きつかれたのか眠っていた。
次に目を覚ましたのは家のインターホンの明るい音。
俺は寝ぼけながら重い体を動かし「はーい」と気だるい声を出して玄関へ向かう玄関のドアをあけると4人がいた。
それぞれなんか気まずそうな雰囲気を出していた。
「なにしに来たの?」
自分でもこわいなって思うくらいに低い声だった。そんな声とは裏腹に元気の明るい声は
「北斗大丈夫かなって思って」
そう言った。
「大丈夫にみえる?」
いつもはありがたく思う元気の気遣いですらイラつきを感じてしまう。
「じゃあ、とにかく家入っていい?」
俺のこの態度にも動じずこんなことを聞いてくる元気のメンタルはすごいと思う。
まぁ入ってはいけない理由など特にないのと、なんとなく1人でいるとダメになりそうだったので4人を家にいれた。
4人は次々にいつもよりも暗い声のトーンで「お邪魔します。」と言って家に入ってきた。
俺は4人をリビングへ連れていき飲み物を出す。そして近くの椅子に座った。
「ねぇ、北斗。今日なにがあったの?俺、北斗のあんな姿はじめてみたからさ気になっちゃって。」
と元気が俺のことをまっすぐ見て訪ねてくる。俺はどう答えるべきか悩んでいると
「あとさ、樹どこ行ったの?」
と嶺が言った。そのとき真哉と優弥と俺は少なからず反応してしまった。その反応から読み取られたのか
「え、なにかあったの?え、樹はどこに行ったの?」そう戸惑いながら元気は俺に詰め寄ってくる。
「樹はもとの世界に戻ったんだよ。」
目の前からいつもとは違う真哉の声が聞こえた。
「は?」
元気は真哉の言っていることが理解できないのだろう。
「昨日、樹実家に戻るって言っていた。」
「は?なんで意味わかんない、ねぇ北斗、樹のこと守るんじゃなかったの?このままだと樹は危ないんじゃないの?」
そう言って元気は手を出しそうな勢いで俺に近付く。
「元気、一回落ち着け。」そう言って嶺は元気を落ち着かせようとするが
「それにさ優弥お前はなんなんだよ。さっきからなんにもしゃべんないでなんか知っているんだろ?知っているから朝あんなことになってたんだろ?なんか知ってんなら言えよ!」
いつもは怒鳴ることなんてない、まるで女子みたいに穏やかな元気が怒鳴った。
その瞬間俺たちがいる空気は重くなった気がした。
優弥は何も言えないようで下を向いている。すると真哉がなにか決心したように話し始めた。
「樹、俺らのこと友達じゃないって。」
そう言った真哉の事を「ちょっと」と優弥が止める。
「お前それ本気で樹が言ったと思っているの?」
もう元気は心の底から怒っているのだろう。こんな姿いままで見たことがなかった。
真哉は元気の返事に対して黙りこんでしまった。
そしたら嶺が口を開いた
「とりあえずさ、北斗お父さんに電話したの?たしか警察官でしょ?」
「した…でもこっちで何とかするからお前は考えるなって言われた。」
「そっか。じゃあ、あとは任せよう」
「なんで、そんなこと言えるの?もしかしたら樹また殴られているかもしれないんだよ?」
元気の怒りはまだおさまっていないようだった。それに対し嶺は。
「じゃあ俺たちになにができるっていうの?なんもできないじゃん?だからこんなことになっているんじゃないの?」
と冷たく言った。確かにそうだ。嶺の言っていることはもっともだった。だからみんな、なんにも言えなくなっていた。
なんかこのまま帰らすのも悪い気がして俺は
「とりあえず今日みんなうち泊まりな、こっから帰るのもめんどくさいだろうし、何かあったらすぐ言えるしさ。」
と偽りに染まった笑顔を作ってそう言った。その日はみんなでただ静かな時を過ごした。みんなはリビングで寝たが俺は樹の部屋へ行った。
次の日起きたらみんな学校に行っていた。
机には字的に優弥が書いたであろう置き手紙があった。
『昨日はありがとう、俺ら先学校に行くね、なんかあったら連絡して』
そう書いてあった。
*
部屋を片付けたり、いままでの思い出に浸っているともう3時半になりかけていた。
俺は早く家をでないと北斗にばれると思い、家を出る準備をすすめた。なぜか泣きそうになりながらも自然と準備する手は止めなかった。部屋は綺麗になり最後に自分の携帯を画面は伏せて机の上に置いた。俺はその携帯を見つめてこの後起こるであろう事に決心をしてそのまま家を出ようと部屋を出た。だがふと北斗の顔を最後くらいみたいなと思った。北斗の部屋の前まできてドアを少し開けて、自分の子が寝ているかを確認する親のように北斗の寝顔をみた。
何故だか北斗の綺麗な寝顔を見た瞬間泣きそうになった。
俺はそこでドアを閉めた。
そして目の前が歪んできていたのを無視して早足で玄関へ行き靴を履いた。そのまま家を出てエレベーターではなく階段を降りエントランスを出た。そのあとは後ろを振り返らず前を向いて帰るべき場所へと向かった。
歩いて30分ぐらいしたとき懐かしい景色が見えてきた。
この先の角を右に曲がればもとの家の路地に入る。
俺は角を右に曲がり家の前へと着いた。
いまインターホンを鳴らして入るべきか、もう少し待つべきか迷いながらもインターホンを押すことを決心した。そしてインターホンに指が触れそうになったその時目の前のドアが急に開いた。たぶん父さんだ。俺は1歩後ろへ下がってこの後起こることを覚悟して下を向いた。
「いつき?」
あの低くてこわい父さんの声とは違う、どこか懐かしく感じる優しい声で俺は顔をあげる。すると目の前には見覚えがあるようなだけど思い出せない女の人が立っていた。
その人は俺の反応をみて俺だと確信したのか俺の手首をつかみ早足で歩き角を左へ曲がる。
そして立ち止まり
「答えて、樹だよね?」
そう迫ってきた。
俺はその問いに戸惑いながらも小さく頷いたらその人は
「やっぱり、今更何しにきたの?」
と言ってきた。俺は
「もとの場所に戻ろうかと。、」
と言ったがその声はどんどん小さくなっていった。そして言い終わりそうになった瞬間俺の右の頬に何かがあたった。少ししたらあたったところがじんじんと痛むのが分かる。
「あんた、バカじゃないの!」
そう小声で怒られた。俺はその事に驚いてボーッとしてると
「もういい、ついてきて」そう言って俺の手首を掴んで歩きだそうとする。俺はくらげになるために戻ってきたのにこのままだと、またダメな方へ戻ってしまう。そもそもこの人は誰?俺はどうしたらいいか分からず立ち止まってしまう。
「ねぇ、あんただれなの?」
俺がそう言うとその人は俺の手首を離して俺の顔を見た。
「はぁ?うそでしょ、私はみづき、覚えてない?」
そう半分怒っているような声で彼女は自分の名を言った。
みづき?
みづき、
あぁ
え?
なんで?なんで
「ねぇ、なんであそこにいたの、」
俺が聞くと彼女は
「ねぇ?それ後じゃダメ?早くいかないとあいつが帰ってくるから」
あいつ?あいつって誰だ?そんなことをぼーっと考えていると彼女は
「もう行くよ。」
そう言って、再び俺の手首を引っ張て歩き始めた。
俺はもうその手を振り払う気力は自然と消えていた。そして、俺より小さいけどどこか強さがあるようで悲しみも入っているような背中を追いかけることしかできなかった。
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