第1話

いつき、樹!」

遠くから聞こえて来る俺の名前を呼ぶ声。

俺はその声でいつもの悪夢から現実へと意識が引き戻された。目を覚ますと汗をびっしょりかいてシーツが湿っている嫌な感覚がした。

そしてなにかリミッターが外れたかのように目から涙がぽろぽろと溢れてきた。

 またあの夢だ、もう高2になったというのに何故こんな小さい頃のトラウマが夢に出てくるのだろうか。こんな昔のことに縛られている自分が嫌になる。あのときの恐怖が蘇ってうまく呼吸ができない。助けて、誰かおねがい。ひとりにしないで。

そのとき俺の部屋のドアが開いた。

ドアからでてきたのはいつも通りの制服を着ている北斗ほくとだった。

「樹おいで。」

ドアを開けた彼はそう言って俺に近づき自分の胸に俺を納めて泣きじゃくる俺を落ち着かそうとしてくれる。毎回大きな手で背中をリズムよく叩いてくれたり頭を撫でてくれたりしてくる。俺はそんな彼のせいで自分をコントロールできなくなる。

「大丈夫。おれがいるよ。」

俺はそんな彼の声に安心して小さい子どものように泣きわめく。

「こわ、がったもう、やだ、たすけて」

「大丈夫。ここには来ないからね。大丈夫だよ。」

北斗はそう言って俺を力強く抱き締め優しい言葉だけをかけてくれた。

あれからどのくらい経ったのだろう。

やっと落ち着いてきた。なんとかいつも通りの平常心が戻ってきた。

しかし不思議なことに頭のなかがぼーっとする。

毎回こうだ。たぶんだけどいつも泣きすぎて過呼吸になったせいで頭にまで酸素がまわっていないせいだろう。なんて冷静に自分のなかで分析する。

「樹学校行ける?」

そんな俺に彼はそう優しく問いかけた。

「いく。」

俺がすぐさまそう言うと彼は「じゃあ着替えよっか。」と言って俺の部屋のクローゼットを勝手に開けて俺の制服を取って、渡すと彼は俺の部屋から出ていった。俺は渡された制服を着て上から彼が一緒に住むときに買ってくれたパーカーを羽織る。

そして適当に身支度をしてリビングに向かい北斗に「早く行こう」と言う。

その時彼は情報番組を見ながらのんびりと朝御飯を食べていた。

「え、もう行くの?ちょっと待って、てか樹また朝ごはん食べないの?」

「食べたくない、早くいきたい。」

正直俺は朝から何か食べる気力がわかない。だから基本的には食べない。彼の作る飯はうまいんだけどね。

「はい、はいちょっと待ってね。」

北斗はそう言うと急いで口のなかに朝御飯を詰めていた。そして食べ終わった皿を流しに入れて、鏡を見て身支度をしていた。彼は俺の目の前でドタバタしながら準備をしてバッグのなかを確認すると「よし行こう。」と言った。そして俺達は家を出て学校に向かう。

そもそもなぜ早く行きたいかというと人に極力会いたくないからだ。案の定同じ制服を着ているのは俺と彼しかいないというか人すらあまりいない。そんな静かな環境のなかで学校に行く間はたわいもない話しかしない。今日の体育だるいなぁとか。もうすぐテストかぁとか。昨日見てたテレビの話。ゲームの話など本当に中身なんてないんじゃないかといいたいぐらい薄っぺらいものだった。


 学校に着くと俺と北斗はクラスが別だから一旦各自の教室へと入る。だけどすぐに自分の席に荷物を置いたら廊下に出て北斗と一緒に階段を上って屋上へと行く。(本当はダメだだけど)

そして少し騒がしい声を聞きながらふたりでまた話したり勉強しながらチャイムがなるギリギリまで過ごして急いで教室に戻る。

そして朝のホームルームを受けて授業を受ける。そして出たくない授業があったら保健室に逃げる。休み時間も極力人と関わりたくないから寝たふりをする。昼休みになったら同じクラスの元気げんきに誘われて一緒に北斗のクラスへ行く。

「ほくとーお昼食べよー」

という元気の声を背に聞きながら窓から青く澄んだ冬の空を見上げる。

「樹?疲れちゃった?」

不意に隣からそんな声がして振り返ると優弥ゆうやがいた。正直なことを言うとあってるけど心配をかけたくなくて平気な振りをする。

「大丈夫。」

「そう?」

そんなことをしているうちにいつもの6人が集まった。

「よーしみんなそろったからいつものとこいこー」

そう元気よく言うのはいつも真哉まや

そして俺達はいつもの屋上に行って輪になってお昼を食べる。ちなみに俺のお昼は彼が作ってくれたお弁当を食べる。正直俺は彼に迷惑しかかけていないと思う。だって俺のことをあんな家族として機能しているか怪しい所から守ってくれてるのも、毎日お弁当を作ってくれるのも、俺が疲れたときに寄り添ってくれるのも、それ以外にもいろいろやってくれるのは彼だから。俺はたまに俺なんかいない方がいんじゃないかって思う。その方が彼も楽なんじゃないか。もっと笑えてるんじゃないかと思ってしまう。

他の4人だって俺が人混みが苦手なことを知っているから6人で集まって遊びに行ったことなんかない。まぁ6人で誰かの家に集まってどんちゃん騒ぎをすることはあるけど。

そもそも俺とみんなは生きる世界が違う。なのにそこから半分無理矢理連れ出してくれたのは紛れもない彼だった。

だけど俺は1つがある。

をひとりぼっちにして逃げてしまったことだ。

 俺のあのときの選択は本当によかったのだろうか。


「樹?どうした?大丈夫?」


そう目の前にいるりょうに言われて俺は元の世界へと戻ってきた。

「お弁当美味しくなかった?」

隣にいる彼が心配そうに俺の顔を覗いた。

「え?美味しいよ」

美味しくないわけがない。彼の作る料理は世界で一番と言ってもいいほど美味しいのだ。

「そう、よかった。箸が全然動かないから美味しくないのかと思った。」

笑いながら彼はそう言った。

 そこからまたチャイムがなりギリギリで教室に戻り午後の授業を受けてホームルームを受けてまた元気と一緒に北斗のところへ行く。

「ほくとーかえろー」

そう元気が彼に呼び掛ける。そしてだんだんと人を集めてまたいつもの5人と一緒に下駄箱へ向かう。その途中で元気が

「ねぇ、今日も家行っていい?」

 そう彼に聞いていた。なんか子犬みたいなんて思いながら俺はその姿を見てた。他のみんなも「いいねぇ」「いや、最近行きすぎでしょ」と彼のまわりで騒いでいる。

 なんか、いいなぁ。そう思う反面なんだかひとりぼっちな気がした。自分だけ見えない壁で囲われているようなそんな感覚。そんな気持ちを隠したくて俺はパーカーのフードを深く被った。そして楽しそうな5人の後ろでとぼとぼ歩く。

「えーまたー、ねぇ樹いい?」

 そう言う彼は何だかんだ嬉しそうな声で俺に言った。俺は顔を上げて「うん、」とだけ返す。すると彼は俺の顔が死んでいるのが分かったのか。

「樹疲れちゃった?」

 俺の方にきて優しく聞いてくれた。他の奴らもその言葉で俺の異変に気づいた。そして気を遣わして嶺が

「俺の背中乗る?」

と言った。だけど俺は迷惑をかけたくないから「いや、いいよ。」と言いかけると

「乗せて貰えばもらえば。」と真哉が言ってくれた。俺は他の4人の心配そうな視線に負け、申し訳ないが甘えて嶺の背中に乗せてもらった。

こいつらは怖いもんで帰っている間会話が止まることはなかった。俺も会話に入りたい。だけどなんか疲れすぎて無理だった。

 そして家に着き俺はみんながわーわー騒いでいる声を背で聞きながらまっさきに洗面所へと行った。とりあえず手を洗おうとしたとき彼がきた。

「樹?疲れたでしょ寝てきな。」

「やだ、またあの夢みたくないしあんな姿4人に見せたくない。」

「じゃあそうなる前に起こしにいくからもし夢を見ても落ち着くまでいる。それならいいでしょ?」

「わかった。」

もはやこんな言い合いをしているのも辛かったから自室へ行って寝ることにした。洗面所をでるとテーブルの上に他の4人が帰る途中に買った飲み物やらお菓子を広げていた。

「おまえらーくつろぎすぎ」

いつもはなんとも思わないそんな彼の声すらなぜだか今日はうるさく感じる。

「北斗、うるさい。」

「あ、ごめん。」

「あれ樹寝るの?」

そう真哉に言われ「うん。」と答えるとみんなから「ちゃんと寝なー」とか「ゆっくり休みな。」「おやすみ~」という声をまた背で聞きながら俺は小声で「おやすみ」と一言だけ言って自室に行った。そして深い海に沈むように眠りに入った。

 *

「ねぇそう言えばさ北斗と樹っていつから一緒なの?」そう嶺に聞かれた。

確かに今思うといつからだろうか。

もう俺の中では樹という存在はあたりまえだし守らなくちゃいけない存在。でも記憶を遡るとたしか

「小4からかなたぶん。」


始めはただの好奇心だった。

小学校に入って4回目のクラス替えで樹と同じクラスになった。だけど4月からずっとなぜだか樹は毎日のようにクラスのみんなから悪口を言われていた。分かりやすく言うといじめられていた。周りの人になんでいじめられているかと聞くとまさかの見た目だった。見た目から怖いやつ、まともじゃないやつという印象をとられていた。たしかに毎日体にはあざとか怪我の跡が何個もあったし、着てくる服も2パターンしかなかった。なんでこんな状態なのに学校にきているんだろう。俺は新学期が始まって2週間ぐらいしてそう思った。そして本人の席に行き聞いてみたら

「行かないと、怒られちゃうから。ダメな子だから周りの言うこときかないと。」そう返ってきた。俺はそれを聞いたときからその本質が気になってその日からずっと樹といた。授業中とか席に座っていなくちゃいけない時は無理だったけど。休み時間や帰るときも人見知りな癖に自分から話しかけた。そしてよくよく話を聞いてみると樹は家で虐待を受けていたことを話してくれた。あと分かったのは本当はとても優しくて繊細な人だということだった。

そこから俺はなんかよくわかんないけどクラスが離れても樹と一緒にいるようになった。

そして小6になってもうすぐ卒業間近となったとある日、交流遠足の話題が出た。

そこで俺は気づいたことがひとつあった。

それは樹が1回も校外学習などの学校外に行く行事に来ていないことだった。樹はいつもそういう話題になったら保健室に逃げていた。今まではただ来たくないから来てないだけだと思っていた。

でも最後くらい来てもいいんじゃないかと思って樹に「最後くらい行こうよ。」と誘うと「行っても迷惑かけるしそんなお金ないから。」そう言った。

そこで俺は最後の行事である交流遠足だけはつれていきたいと思った。

学校からの手紙に書いてあった金額を見るとお年玉で払える額だったので樹の分を払おうとした。だけどさすがにその時はお弁当が作れなかったので母親に2つお弁当作ってくれと頼み込んだ。そこで母親に怪しまれ事情を話す結果になったのだがいまじゃそれも懐かしい。親は事情を聞くと樹の分までお金をくれた。俺にとってそれが小学校生活1番の思い出になった。

しかし中学生になっても変わらず行事の話になるとその授業はサボるようになった。そして行事の話をしようとするといつも話をそらされ連れていくことは出来なかった。


そんな昔のことを思い出していると

「あとさ樹の親って今どうしているの?」

そう真哉に聞かれて俺は昔の懐かしい記憶から現実へと意識が戻った。そういえば

「あー何しているんだろう」

そうとしか答えられなかった。

「てか、親御さんは樹とはもう会っていないの?」

そういえば樹が親と最後に会ったのは

「会ったといえば高校入って4ヶ月したときぐらいに親に殴られて帰ってきたぐらいかな」

たしかそれが最後だ。


「え、」


みんな俺の顔を見て言葉を失っていた。

そりゃそうだ友達が親から殴られていたと聞かされたのだから。

あれは遡ること約1年と半年ぐらい前高校に入って少ししたとき急に知らない女の人が

「樹くん少し借りてもいい?」と下校中の俺らの前へ現れた。

俺は怪しいと思った。だけど樹に聞くと「行く」と言うので行かすことにした。

しかしその日樹は夜遅くまで帰ってこなかった。

帰ってきたと思ったら心ここにあらずみたいに感情が死んでいた。そしてたくさんの傷をつけて帰ってきた。

話を聞くと父親のところに連れていかれたらしい。だれかが逃がしてくれたけどだれだかはわからないと言っていた。

 そのあと警察官である父親に無理を言って頼んで樹の両親に裁判所から接触禁止命令を出してもらった。

「ってことがあったからもう会うことはないんじゃないかな、」

「なおさら守んないとじゃん。」

真哉は深刻そうな顔をしてそう言った。

「そういえばもう樹結構寝てない?そんな、疲れていたのかなぁ、」

俺は元気のその言葉でさっき樹に言った言葉を思い出し時計を見るともう長い針が一周していた。

まずい時間が経ちすぎた。

急いで樹の部屋へと行くと案の定、息は荒く汗もびっしょりかいていた。


「樹、樹!起きて」


樹は目が覚め勢いよく起き上がると何が起こっているか分からないようだった。そして周りを見て俺を見つけ俺の方へと来た。俺はそれを優しく受け止め抱き締めた。

「ごめん、ごめん。大丈夫。大丈夫だから。」

俺は謝りながらいつも通り樹を落ち着かせた。すると樹は息を荒くしたまま


「今日夢違かった。」


そう呟いた。

初めてだった。樹が違う夢を見たと言うのは。

俺は驚きながらもとにかく今は落ち着かせることを第1にし、落ち着いてから話を聞くことにした。

少し時間が経ち落ち着いた樹に話を聞くと

「だれかにくらげになれってゆわれた。くらげってね、みずにとけていなくなっちゃうから、おまえもさっさと消えろって」

樹は小さい子供のように途切れ途切れに話した。

「だれか、ってだれ?」

「わからない、でもどこかであったことがある気がするんだけどでも初めてだったから怖かった。」

そう言う樹は今にでも消えてしまいそうでいつもより儚く感じた。

とりあえず服を着替えさせて「一緒にみんなのいるところに行こう。」と誘う。

そしたら樹は頷いたが眩しいのかフードを深く被って甘えた子どものように俺の服の裾を握っていた。


「あ、樹おはよ」

そう優弥が言ったのに対して樹は「おはよ」とだけ返していた。

「ねぇ北斗ごはんまだー」

と意味のわからないことを真哉が急に言ってきた。

「え、食べてくの?」

と俺が言うとみんなあたりまえじゃんみたいな顔をしてくる。

 そこからは文句を言いながら冷蔵庫にあるもので適当に作ってみんなで食べて4人を帰らせて樹といつも通り過ごした。

 *

「あんたのせいであいつが傷ついているんだよ。あんたなんかいなければよかったのに。そうだ、くらげになっちゃいなよ、くらげは水に溶けていなくなるんだよ。知ってるでしょ?あいつと一緒にいたんだからだからあなたもくらげみたいにいなくなりなよ、ね、全部あんたが悪いんだから」


「っは!はぁ、はぁ」


まただ、

これで何回目だろうか、

この夢で目を覚ますのは。

1回あの夢を見てから時々今までのように父親から殴られて、殺されかける夢じゃなくて誰かにくらげになるよう言われる夢を見るようになっていた。いつもの殴られたり蹴られたり殺されかける夢より存在を否定されているようなこの夢の方が辛いし、ほんとに俺なんかいない方がいんじゃないかと負のループに落ちていってしまう。

 リビングの方からは北斗がお弁当と朝御飯を作っているのか物音が聞こえる。とりあえずなんか飲み物飲もうと思いリビングへ行くと

「あ、樹おはよう」

と彼はキッチンから声をかけてくれたが声がでなかった。

彼のことを見ると俺が彼のことを縛り付けているようにしか思えなくてなんか申し訳なく感じて、だけどずっとそばにいてほしいて思ってしまう。


「樹?どうした?また夢見ちゃった?」

そう優しい声で彼は聞いてきた。

やめて、そうやって優しいまなざしで見ないで本当に彼から離れられなくなっちゃう。

「ほんとにどうした?」

よっぽど俺の様子が変だったのだろう。わざわざ朝御飯を作っている途中であろうのに火を止めて俺の方へくる。

「ごめん、なんでもない、」

俺はそう言って顔を伏せる。このまんま彼の顔をみると泣いてしまいそうだったから。

「樹?顔あげて。なにがあったの?教えて?」

そう言って彼は俺の顔を覗き込む。

俺はとりあえずなにか言わないとと思い顔をあげて


「ほくと、ごめんね。」


そう少し笑って俺は言った。とっさに出た言葉だった。そしていまの俺に出きる精一杯の強がりだった。

俺がこの言葉を言った瞬間、彼は少し固まってから呆れたようにすこし笑い口を開いた。

「なんで?」

「え?」

「なんで?樹が謝るの?なにも謝ることしてないじゃん」


違う、


違う


俺は悪い子だから。

「だって、いつ、も、ほくと、に、あまえて、ばっかりだし、おれ、わるいこだから。」

言葉に詰まりながらゆっくり彼に伝えると


「樹、さすがの俺でもそれは怒るよ。」


と急に低い声で言わた。俺はなぜだかそんな声がとても怖く感じた。

 そして彼は「ねぇ樹?」といつもの優しい口調で

「いつきはわるいこじゃないよ?迷惑もかけてない。俺は樹のことが大切でずっとそばにいたいの。これは俺からのわがまま。だから俺から離れないで、俺に守られてお願い」

 そう言われた。正直俺はそんなこと言われたらもうなにも言い返すことが出来なかった。だからもう少し、嘘でもいいから生きていても、くらげにならなくてもいいのかもしれないと思った。

「わかった…ねぇ北斗?俺から離れないで」

俺は少し勇気をだして甘えてみた。すると北斗はは少し微笑んでうん、と言った。気づいたときにはなぜかお互い泣いていた。


「よし、ごはん作ろうと、樹も一緒にやる?」

「うん。」

そう言って俺と彼は一緒に朝御飯とお弁当を作った。そして俺にとってその朝はなんだか特別な朝だった。

 しかしあんなこと言われてもやっぱりどこか罪悪感があってごはんを作っている彼の横顔を見ているとなぜだか悲しくなってきた。

朝から動いたせいか久しぶりに食べる気力が湧き久しぶりに朝御飯を食べた。食べながら俺はふと学校に行きたくないなと思った。

「ねぇ北斗今日学校行かなくてもいい?」

俺は思い付きでそう言ってみると

「うん、わかった学校に連絡いれとくね。あ、そうだせっかくサボるならどっか行こうよ。どっか行きたい場所ある?」

そうなんだか興奮している北斗に聞かれて1番最初に思い浮かんだのは俺が1度だけ参加した学校行事である交流遠足で行った水族館だった。


「水族館、小6で行った水族館にいきたい」


 *


「水族館、、小6で行った水族館に行きたい」


 樹にどこか行きたいとこある?と聞いたらこう返ってきた。今まで水族館に行きたいなんて1言も言わなかったのにたしかあの場所は

「あー鴨川の?」

「そう」

「わかった、準備したら行こっか。」

そう言って俺は食べ途中だった朝御飯を再び食べ始めた。すると目の前の樹はもう食べ終わったようで

「うん、準備してくる。」

そう言って彼は「ごちそうさま」と言って自室へと行ってしまった。

 でもなぜだろう水族館なんていっぱいあるからわざわざ交流遠足で行ったとこなんて言わなくてもいいのに。正直ここから鴨川より近いところにある水族館はたくさんあるのに。もしかしてつい最近見た夢が関係しているのかな。とか考えながら俺も朝御飯を食べ終え、食器を下げて着替えて学校に休みの連絡をいれた。そのあと軽く家事とかをして準備をしていると

「ほくと、そろそろいこ?」

 いつもなら学校に行くとき以外「行こ?」なんて樹は言わないので驚いた。

そんなに行きたいのかなとか思いながら

「そうだね、そろそろ行こっか」

と言い俺は鍵と準備した荷物を持って家を出た。

 歩いて最寄りの駅まで行って、電車に長いこと揺られて、安房鴨川駅に着いたら改札を抜けシャトルバスを待った。その間、樹は特に話すこともなくずっとスマホをいじっていた。少し覗いてみるとくらげのページを見ていた。

 あーやっぱりなとどこか納得した。俺はくらげのページを見たと同時に小6の時樹はくらげのところにずっといたような記憶がうっすら思い出された。だれかといたようないなかったようなんてことを考えながら樹の様子を見る。

 樹はいつも通りパーカーのフードを深く被って歩いている。そこで俺は聞いてみることにした。

「そういえばどうして急に水族館行きたいなんて言ったの?」すると樹は


「くらげの夢見て思い出したの。ひとりの女の子を」


「え?」

「その子さ、俺とおんなじ感じだったんだよね」

「どうゆうこと?」

俺は樹の言っていることがよく分からなかった。

樹はその子は兄弟の1番上でしっかりしていて、だけど父親が事故で亡くなってからは母親はおかしくなっちゃって悪いやつにはまって男に金とられたりは殴られていた。その子はそんな母親を見過ごせなくて守った。だから母親の代わりに殴られたり弟の面倒を母親の代わりにみたり色々していた。だけどそんな母親はお前のせいでこうなったんだってその子のこと責めた。だけどその子はそんな状況でも家族を守ろうとした。その子とは交流遠足で会ったんだという。その子は夢中でくらげみていた。だから気になって隣に行ったらその子からくらげの話を聞いた。そこからふたりでよく会うようになった。俺と一緒に暮らすまで2人でよく近くの海で遊んでた。という誰だか分からない人と樹の物語を長々聞かされた。(俺から聞いたのだけど)

樹はそんな子と会ってたんだとか思いながら俺はその子とは今どうしているのかが気になった。

「へー高校には行ってからはその子とどうしてんの?」

「会ってない、俺が引っ越すって言ったら幸せになりなって、ただそれだけで。まぁ俺から電話することあったけど父親に会ってからはなんでか分からないけど、もう電話すんのもやめよって言われたし、だからまじ今あいつがなにをしてるかわからない。」

「え、」

「だからこそあのときと同じくらげ見に行きたい。あいつがあの時なにを考えていたか今ならなんだかわかる気がするんだ。」

俺はそうなんだと呟いてから言葉を失った。

今まで樹のことは誰よりも知っていると思ったけど違かった。

1人で勝手に暗くなっているとバスがきた。

俺らはとりあえず乗り込み約10分間無言のまま過ごした。


目的地についてお礼を言って降りてとりあえずチケットを買った。そして順路にそっていろんなものを見た。そしてついにくらげのゾーン。

樹はくらげのゾーンに入るとパーカーのフードを脱ぎくらげがいる水槽に吸い込まれるように足を運んだ。

それに俺もついていった。

そこで樹が呟いた。


「きれい」


たしかにくらげは綺麗だった。水槽の水のなかをプカプカ浮かんでいた。

「そうだね」


「くらげになりたい」


「え?」

 急な樹の発言に俺は驚いた。樹は続けて

「くらげって脳がないから喜怒哀楽を感じないんだって、だからくらげになりたいってその女の子が言っていたの」

そう話す樹はほんとに目の前のくらげのように消えてしまいそうに儚かった。

そして俺からすると樹はその女の子に心残りがあるようにも見えた。


「樹はくらげにならないよね」


俺は恐る恐るそう聞くと

「どうだろう」

そう返された。俺はもうなんて言えば分からず

「俺がいる間はならないでね」

なんて適当なことを言った。だけど樹からは何も言ってこなかった。

樹はただくらげを夢中で見つめていた。

 *

 小6以来のくらげ。

 記憶よりもきれいで吸い込まれそるように俺はくらげの水槽に近づいた。

「きれい」と俺が呟くと彼は「そうだね」と返した。

俺はなんだか無意識に

「くらげになりたい」

そう言った。

俺は彼が俺に対して驚いているのを感じたと同時にあることを思い出した。


「くらげってね脳がないからなんにも感じないの。もちろん喜怒哀楽もない私たちもそうだったらどれ程楽だろうね」


 名前は思い出せないだけど、あのときの彼女は本当にくらげになってしまうのではないかと思ったのを今でも覚えている。

彼女は俺が初めて守りたいと思えた人であり、初めての年下の知り合いでもあり俺のことを分かって守ってくれる人だった。


「樹はくらげにならないよね」


そう北斗に言われて正直戸惑った。

とっさに「どうだろう」なんて言ってしまった。


 そういえば彼女はくらげになれたのだろうか、もしかしたら目の前にいるきれいなくらげは彼女の生まれ代わりなのかもしれない。


 隣にいる彼がなにか言ったような気がするけど今の俺にはそんなことはどうでもよかった。やっぱり俺みたいな人はくらげになるべきなんだろうかと考えながらそのあとの生き物を見た。

そして海を見ながらお弁当を食べて帰ることにした。

帰りの電車の中。

俺はこれからどうしようなんて答えのでない問いについて考えながら電車に揺られた。

そうすると左肩に北斗の頭がのかってきた。

俺は毎回北斗のきれいな横顔を見るたんびに心のなかで『俺はこいつになにをしてやれているんだろう』と思う。


「あ~さっさと消えねぇとな」


 俺はそう小さく呟いて目的地に着くのを電車に揺られながら待った。 



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