オカ研部員からエージェントへ
妖魔八大将の頭、山皇は語る。
すべてのコトの始まりを。
『我々妖魔は闇より生まれた。ゆえに原初の世界の記憶がある。光無き世界の記憶がな。この世界に光が満ちたとき、深淵の奥で取り残された闇があった。それこそが原初の闇。それは光ある世界にどうあっても干渉することはできないはずだった……だが、その闇の声を聞くことができる娘がいた。それこそが貴様らが常闇の女王と呼んでいる存在だ。娘は闇と契約を交わし、強大な力を得た。闇はその娘を触媒として、この世界に進出した』
緊迫した空気が部屋に満ちる。
底冷えするほどの真実を、俺たちは耳にしている。
『わかるか? 怪異の長と恐れられている女王すらも、所詮は原初の闇の駒に過ぎない。奴を滅ぼすことができたとしても……原初の闇は新たな器を探すだろう』
「そんな……」
「では、この戦いに終わりはないんですか?」
山皇の言葉を聞いて、レンとスズナちゃんが顔を青白くする。
「原初の闇……それは意思を持った力そのもの。我々機関はそう解釈しています」
薄さんが補足するようにそう語る。
「つまり……機関も原初の闇のことを知っていたんですね?」
「はい。数百年前から、女王の背後に『何か別の強大な存在がいるのではないか?』という予測はすでに立てられていました。女王はたびたび口にしていたのです──『お父様のユメを叶えてあげたい』と」
お父様……本来ならば敬称であるはずの言葉が、ひどく薄気味悪いものに聞こえた。
「そして白鐘家が妖魔と盟約を交わし、彼らから原初の世界の話を聞かされたことで、機関は方針を改めました。女王を滅ぼすだけでは足りない。その原初の闇の干渉を完全に封じなければならないと……そして長年の研究の結果、それを可能とする霊術は完成されました。あの夜の決戦は、原初の闇の干渉を断つための大儀式でもあったのです。ですが……」
『……我々は失敗した。大儀式を完遂させるどころか、駒に過ぎない女王すら討伐できなかった』
山皇が重苦しく語る。
……そうか。妖魔八大将も璃絵さんと共に戦っていた。
彼らも『最悪の月夜』の実情を知っているんだ。
『奴の力は……日に日に力を増している。我々百鬼夜行が数百年前に決戦を挑んだとき以上の力を得ていた。奴は……もはや「邪神」の類いと化している。千年単位で原初の闇と同調していたためだろう。いまや女王は神の力を持ってしても手に負えない存在と化している』
神──『銀色の月のルカ』の世界において絶対にして最強の存在。
そんな神でも手に負えない敵……いや、敵自身がそういう絶対的な存在と化してしまったのだ。
『……白鐘瑠花。貴様が仇を討とうとしている相手は、そういう次元を超越した怪物だ。それでも貴様は母の璃絵と同じ道を歩むか? 璃絵の遺志を継ぐか?』
山皇を始めとした、妖魔八大将たちがルカの答えを待つ。
『白鐘家は我々妖魔を霊装へと変え、原初の闇の縛りから一時的に逃れる
厳粛な声の中に、わずかな慈しみを感じたのは気のせいだろうか?
『我々百鬼夜行の望みは、ただひとつ。原初の闇の縛りから解き放たれること。闇の眷属である我々は輪廻転生から外れており、消滅後は原初の闇に還るしかない。ゆえに我らは反逆を企てた。真に自由を得るため、女王と戦う道を選んだ。人間に力を貸すのもそれが理由だ。そして……その目的を完遂できるのならば宿主が貴様である必要はない』
それは突き放すようでもあり、同時にルカの未来を慮っているようにも聞こえた。
『貴様が望むのなら白鐘家との盟約をここで断ち、貴様の体から出ていってやろう』
「……優しいね。そんな選択肢をくれるんだ」
ルカはフッと柔らかく微笑む。
「お母さんは、本気で世界を救おうとしていたんだね。私のために、そして皆のために……だったら、私も同じことをしなきゃ」
「ルカ! お前……」
「考えは変わらないよ。私は、常闇の女王を滅ぼす。原初の闇とかいうやつも何とかする。お母さんの遺志は──私が継ぐ」
確固とした意志を掲げて、ルカは宣言した。
『……貴様ごときの小娘が? わかっているのか? 璃絵ほどの術者でも完遂できなかったのだぞ? それを貴様がやろうというのか? 我々の力を一部しか引き出せぬ未熟者の貴様が!』
雷のごとき怒号が叩きつけられる。
本能的に萎縮してしまうような声を前に、しかしルカは真っ直ぐに向き合う。
「だったら、なってみせる。お母さん以上の霊能力者に。あなたたちの力も、お母さん以上に使いこなしてみせる!」
『……フ。フハハハハ!! 大きく出たな小娘!』
声にどこか歓喜のようなものを混ぜながら山皇は笑う。
『数百を越える妖魔が糸に姿を変えた霊装「紅糸繰」……それを使いこなそうというのだな!? 璃絵ですら我々八体の力しか引き出せなかった! なぜだかわかるか? 半端な妖魔の力を借りようものなら、宿主そのものが徐々に怪異と化すからだ! 我々のように各妖魔を束ねるほどの頭領でなければ、その反動を抑制、制御することができない! 貴様が扱おうとしているのは、そういう類いの力だぞ!』
「っ!?」
ルカが、怪異に!?
紅糸繰とは、そんな危険なリスクのある霊装だったのか!?
『我々妖魔八大将であっても力を多用すれば、肉体に何かしらの変化が起きるであろう。璃絵はそれを承知で我々を使役していた。貴様にもそれができるのか? 戦い続ければ、貴様も化け物となるかもしれないのだぞ!』
「……」
ルカは一度、俺たちを見てきた。
特に俺には、切なげな眼差しを向けた。
だがすぐに目を伏せて、再び妖魔八大将たちを見据える。
「答えは同じ。私は戦う。たとえこの体がヒトでなくなっても」
「ルカ!」
「止めないでダイキ。私、もう決めたの。お母さんは私に紅糸繰を託した。だから、私がやらなくちゃいけないんだ。それに……守りたいんだ。ダイキのことを。皆のことを」
「ルカ……」
ダメだ。
止めることなどできない。
ルカの決意は固い。
それがわかってしまうから。
「山皇。いまの私は確かに未熟……でも、いつか従わせてみせる。残る六体のあなたたちも惚れ込ませてあげるよ」
『……ならば見定めさせてもらおう。貴様が新たな主に相応しいか』
掛け軸が一斉に多彩な色の炎となって燃え上がる。
『貴様の今後の行動次第では、あるいは力を貸す物好きもいるやもしれんな』
『ご冗談を山皇。わたくしは雹妃や走焔のように甘くはございませんわ』
『オデ、シバラク見守ル』
『ふん。口先だけならどうとでも言える。大言壮語にならないことを願うよ』
『ほほほ。妾はちと気に入ったぞ。さすが璃絵の娘じゃ。まあ、今後の成長に期待させてもらおうかの』
『……キヒッ……』
六枚の掛け軸は再び糸となって、ルカの中に戻っていった。
『では、ルカ。必要なときはいつでも私たちを呼んでね?』
『呵呵呵呵! かっこよかったぜ、お嬢! 山皇の旦那相手にあそこまで強気に出れるとはな! ますます気に入ったぜ!』
雹妃と走焔の掛け軸も糸となってルカの中へと入っていった。
「……薄さん。お願いがあります。私も、逆月のメンバーに加えてください」
妖魔八大将が消えるなり、ルカは薄さんに言った。
「……いままでの話を聞いても尚、決意は揺らがないのですね?」
「はい。私が、闇の眷属を滅ぼします。母以上の霊能力者になって」
そう言い終えると、ルカは俺たちのほうへ振り返り、深々と頭を下げた。
「皆……いままでありがとう。皆と出会えて、本当に良かった。オカ研として、いろんな人たちを怪異から助けてきたけど……ここからは、私個人の問題。皆を巻き込むわけにはいかない。だから、これからは私ひとりで……」
「おりゃ」
「にゃっ!?」
ルカが顔を上げたタイミングでレンが両頬をつまんだ。
「なーに水くさいこと言ってんのさ! ここまで一緒に死線を乗り越えてきて今更『はい、サヨナラ~』なんて言われて納得すると思ってんの~!?」
「そうですルカさん! 悲しいことおっしゃらないでください! スズナはこれからもルカさんと一緒にいたいです!」
「はにゃ……で、でも、こればっかりは皆を本当に危険に巻き込んじゃう……」
ルカの世迷い言を聞いて、全員で大きな溜め息を吐く。
「あのね~? さっきの話聞いたでしょ? 常闇の女王のことは、もうルカだけの問題じゃない。アタシたち人類すべての問題よ! このまま何もせずにいたら、アタシたちはどの道滅んでしまうのよ!? それを知って今更引けるわけないじゃない!」
「キリカさんのおっしゃる通りですわ。いまこそ常人、霊能力者に関わらず結託してこの危機を打破すべきですわ」
「皆……」
「そうだぜルカ。俺たちは、もう運命共同体だ」
戸惑うルカの肩を俺はがっしりと掴む。
「存分に巻き込め。俺たちはルカのためにいくらでも力を貸す。だから……ひとりで背負うな! 一緒にルカの重みを背負わせてくれ!」
「ダイキ……ぐすっ」
涙を流して、ルカは俺の胸の中に飛び込んできた。
「そういうわけなんで薄さん……俺も、逆月に加えてください! できることなら、何でもします!」
「私も! 専門家には敵わないかもしれないけど……頭脳労働には自信があります!」
「スズナも入れてください! 皆様の傷を癒すことしかできませんが……どうかこの力を役立てさせてください!」
「アタシもお願いします。どうせ藍神家には見捨てられた身ですから、どこに所属しようが文句は言わせないわ」
「わたくしは教会所属ですので参加はできかねますが……まあ! 助っ人としてどうしてもお力添えをしてほしいのならば手を貸してあげなくもないですわよ~!」
俺たちの気持ちは一緒だった。
ルカのために、そして人類の未来のために、常闇の勢力と戦うと決めた。
「……どうするの薄さん? 半分は素人同然の連中を仲間として迎えるの?」
緋凰が不安を滲ませて薄さんに聞く。
薄さんは瞳を閉じて、しばらく熟考する様子を見せる。
「……ひょっとしたら、そのほうが皆さんにとっては最善かもしれませんね。建前上は我がチームに所属すれば、機関の力を使って皆さんの安全を確保できますし、万が一怪異や侵徒と交戦する事態になった場合、全面的にサポートをする理由付けにもなります」
「なるほど。それに仮に白鐘瑠花が暴走したとしても、我々が責任を持って処分する……そういうことにしておけば上も納得するかもしれませんしね」
「そんな事態には絶対にさせませんが……少なくともこれまでのように軽率に殺処分を降すことはしにくくなるでしょう」
薄さんはゆっくりと俺たちのもとに近づき、ルカの手を取った。
「璃絵と約束をしていました。もしも娘がすべてを聞いても尚、戦う覚悟を固めたなら、受け入れてほしいと……逆月のリーダーとして、私があなたがたを支えます」
「薄さん……」
「逆月は、皆さんをエージェントとして歓迎します」
かくして俺たちは、オカ研の部員から秘密組織のエージェントとなったのだった。
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