明かされる真実②
諦めた、だと?
「待ってください! それは、つまり……機関は『負け』を認めたってことですか!?」
「……結果的に言えば、そうなります。機関の上層部は『人類はいずれ滅びゆく運命にしかない』と受け入れてしまったのです」
頭が真っ白になる。
機関──気にくわない組織だが、それでも人類を存続させるために動いてくれていると信じていた。
だが……その役割すらも、すでに放棄していただと?
「『女王はどうあっても滅ぼせない。ならばもう対処可能な脅威のみを退け、できる限り人類存続の時間を長引かせ、緩やかに滅びを待とう』……そういう結論に至ったのです」
……何だそれは?
何なんだ、その結論は!?
「そんなの……そんなのもう組織として破綻してるじゃないですか!」
レンが声を荒上げて、正論を突きつける。
「つまり何ですか? 機関は目に見える汚れだけは掃除して、その汚れの原因となるものは、もう触りたくもないから目を逸らして手を付けずにいる……そういうことでしょ!? そんなの……怠慢どころじゃない! 人類への裏切りだよ!」
薄さんは瞳を閉じて、レンの言葉を黙って受け入れる。
「自分たちの世代が無事ならそれでいいんですか!? 未来の世代のことは考えてないってことですか!? そんなのヒトとしての……いや、生き物としての役割すら放棄している!」
「……レンさんのおっしゃるとおりです。いまの機関は、歴代の中で最悪の腐敗を起こしていると言っていいでしょう。千年に渡って先達から受け継がれてきた意志や希望を踏みにじって、現実逃避をしている……だからこそ、我々『逆月』は結束したのです」
薄さんは目を開き、灰色の瞳に力強い光を宿す。
「以前におっしゃいましたね? 機関は現在ふたつの派閥に分かれている。『諦めた者たち』と『諦めていない者たち』……我々『逆月』は、その『諦めていない者たち』の集まりです」
「……え?」
「私たちはまだ諦めていません。常闇の女王を滅ぼすことを」
決して揺らがない意志のこもった声に、俺は怯んだ。
儚い印象の女性だが……この人は、きっと璃絵さんと同じタイプだ。
「形式上、我々は侵徒に対する抑止力として存在しています。女王を復活させようと目論む残党を排除することが主な役割です……ですが、女王の討伐自体に過剰に干渉することは禁じられています」
「要は上層部は臆病になってるのよ」
薄さんの言葉に、緋凰クレハが割り込む。
「『臭い蓋を開けようとする輩がいれば積極的に殺してくれ。でも自分たちで臭い蓋を開けて中身を処理しようとするのはやめろ』……こう言っているわけよ。呆れちゃうでしょ? その蓋の隙間から悪臭が漏れ出てるってのに、上層部は知らないフリを決め込んでるのよ」
心底軽蔑した顔を浮かべて、緋凰は嘆息した。
「……そうですわね。異空間に女王に閉じ込めているにもかかわらず、現実として怪異はいまだに発生し続けている。つまり封印は完全ではないってことですわよね?」
アイシャの問いに、薄さんは頷く。
「封印当初は怪異の発生率は落ち着いていました……ですがそれも徐々に戻りつつあります。女王の力は確実にこの世界に再び影響を与えている……璃絵の封印術は強固ではありますが、それもいつまでも保てるかは不明です」
あの璃絵さんの封印術でも、閉じ込めきれない存在……。
やはり常闇の女王は、とんでもない化け物のようだ。
「……だとしたら、先日のルカの殺処分はあまりに軽率な判断でしたわ。女王の力が徐々に復活しようとしているのなら、即ち新たな侵徒の発生もありえるということでしょ? もしもルカの魂が女王に奪われ、侵徒化していたらどうするつもりでしたの?」
「っ!?」
そうだ、アイシャの言うとおりじゃないか。
ルカの力が敵に渡ることを恐れて、そんな非情な判断をしておきながら、結果的に最悪の事態になっていたかもしれない。
そんなことも予想できないほどに、機関の上層部は愚かになってるのか?
「……侵徒化を防ぐための術式は以前よりも強化されていますから上層部としてはそれで解決できると思い込んでいたのでしょう。ですが私としては楽観が過ぎると思っています。敵の力は日々進化しているのですから。だからこそ、何としてもルカさんを救出する必要がありました」
……どうやら機関でマトモな判断ができるのは、目の前にいる薄さんだけのようだ。
この人がいなければ、今頃本当に最悪の結末が待っていたかもしれない。
「ルカさんの殺処分は確かに取り消されました。ですが……まだ安心はできません。必要と判断すれば、機関は再びルカさんを処分しようとするでしょう。今回のように、侵徒たちに力を奪われそうになれば……」
「……機関はそこまで恐れていますの? ルカの母君の力が、女王に奪われそうになったことが」
「……はい。璃絵は間違いなく当時最強の霊能力者でした。口にした言葉が現実となる『言霊』……そして神に匹敵する力を持つ『妖魔八大将』。彼女ひとりで万の軍勢にも匹敵する実力の持ち主でした」
……やはり璃絵さんってとんでもない霊能力者だったんだな。
そんな人が敵として立ちはだかったら、絶望以外のなにものでもない。
だからこそ機関は必要以上に恐れるのか。
璃絵さんの力を継ぐルカのことを。
「その『妖魔八大将』のことも教えてください。母は、そのことに関しては何も教えてくれなくて……」
──そこからは『我々』が説明しよう。
「っ!?」
ルカの問いに反応するように、異変が起こる。
ルカの体から、あの掛け軸のような物体が再び出現した。
「何者!?」
薄さんの護衛である緋凰が腰元の剣の柄を握る。
「クレハ、よしなさい! ……お久しぶりですね、妖魔八大将の方々」
薄さんは緋凰を嗜めると、まるで神々に拝するように、恭しく頭を垂れた。
宙に浮かぶ、八枚の掛け軸。
雪女と大百足の絵が描かれた二枚以外は、相も変わらず墨のようなもので覆い隠されている。
『久しいな透真薄。ここからは我々が受け持とう』
中央に浮かぶ掛け軸がゆっくりとルカの前に迫る。
「っ!? こ、これは……」
「なんて……凄まじい霊力ですの!」
「この気配……神域の霊!?」
凄まじい重圧が俺たちを襲う。
何だ、このバカデカい気配は?
わかる……八枚の掛け軸の中で、コイツだけ格が違う!
『我は「
「山皇……」
『名を呼んでも無駄だ。我は貴様の召喚に応じるつもりはない。いまの貴様程度では、力を貸す価値はない』
山皇と名乗る妖魔は、厳かにそう断言した。
ルカは眉をつり上げて、目の前の掛け軸を睨む。
「……宿主である私の言うことを聞かないってこと?」
『言葉を選べ。我々はまだ貴様を主と認めた覚えはない』
「人の体に住み着いといて偉そうだね。雹妃と走焔は力を貸してくれたのに」
『……雹妃! 走焔! 貴様らの軽率な行動がこの娘を調子づかせているぞ!』
山皇に叱咤されて、雪女と大百足の掛け軸がユラユラと近づいてくる。
『申し訳ありません山皇。あまりにも愛らしいので、つい……』
『呵呵呵呵! いいじゃねえかよ山皇の旦那! 俺様は未熟な奴が徐々に成長していくさまを眺めるのが大好物なのさ!』
雪女の雹妃、そして大百足の走焔は、特に悪びれる様子もなくルカの傍に寄り添う。
『相変わらず貴方たちは人間に甘いですわね。いくら璃絵様のご息女だからといって、将来有望とは限らなくってよ?』
『ヌゥ。ルカ、マダ弱イ。オデタチノチカラ、使イコナセテナイ』
『ククク……雹妃と走焔の力の一部しか発現できていないようでは、まだまだですな』
『手厳しいのぅお主ら。まあ
『……フンッ』
他の掛け軸からもそれぞれ特徴的な声が上がる。
まだ姿も名も能力も不明な妖魔たち……その言葉を聞くに、ルカはまだ彼らに認められていないようだった。
『白鐘瑠花よ。我々「百鬼夜行」は先達の白鐘家の当主との盟約により、代々この力を貸し与えてきた。すべては常闇の女王を滅ぼすため……そして『原初の闇』の呪縛から解放されるために』
「っ!?」
山皇の言葉に、俺はとあることを思い出す。
それは白鐘家の書庫で見つけた手記の内容。
──アヤカシの
──原初の闇は望んでいる。再びこの世が始原の形に戻ることを……ゆえにヤツは契約を交わした。己を知覚する童女を器として。孤独な童女を「闇の長」として祭り上げ……地獄を生み出した。怪異とは、原初の闇より生まれし眷属である。原初の闇がある限り、この戦いに終焉の時は訪れぬであろう
アヤカシの頭……まさか。
山皇。アンタのことなのか?
『そこにいる小僧と小娘はすでに知っているであろう? あの手記に書かれていた通りだ。常闇の女王など……所詮は操り人形に過ぎん。真に滅ぼすべき存在は別にいるのだ』
「っ!?」
衝撃的な発言に、誰もが言葉を失う。
……あの手記を読んでから、予想はしていた。
常闇の女王の他に、倒すべき存在がいるのではないかと。
まさか、それが本当に……。
『千年前、孤独な人間の娘を化け物へと変えた原初の闇……それこそが常闇の女王を誕生させた諸悪の根源だ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます