作戦成功


 しばらくして山頂に物々しい連中が到着し、俺とルカのもとに近づいてくる。

 まるでSF映画に出てくるような黒いパワードスーツと銃器を武装した集団だった。

 紫波家の師匠たちと、キリカとアイシャが真っ先に、俺たちを庇うように立った。


「我々は対侵徒チーム逆月さかづきだ」


 先頭に立つ者が、そう口にした。

 どうやら薄さんが言っていた部隊とは彼らのことらしい。


「道を開けて。私が話を聞く」


 凜々しい声がしたかと思うと、武装集団の隙間から、ひとりの少女が現れた。

 ゾクリ、と背筋が震えた。

 べつに少女の顔が恐ろしかったわけではない。

 むしろ男を一瞬で虜にしてしまうような美貌の持ち主だった。

 ただ……その髪の色が、俺にとって恐怖を呼び起こす赤色だったというだけ。


 赤く長い髪が、まるで炎のように夜風で揺らぐ。

 琥珀色の釣り目が、俺たちを順々に射貫く。

 ……ただ者じゃないな、とすぐにわかった。

 少女は他の武装集団と違って生身だった。

 白いシャツの上に黒のレザージャケットを着込み、下もレザーのショートパンツに、ニーハイブーツと登山には向かない格好だが、疲労している様子はまったくない。

 その左の腰元には、鞘に収められた西洋剣が提げられていた。

 同い年ほどの少女に見えたが、明らかに裏の人間であることがわかる。


「逆月のエージェントのひとり、緋凰ひおうクレハよ。上層部の命令に従って、白鐘瑠花を殺処分に来た……そのつもりだったけど、見たところ常闇の侵徒がいないようね。この状況を説明してもらえるかしら?」


 尊大な態度で緋凰と名乗る少女はそう聞いてきた。

 ルカを殺処分することは本意でない薄さんは、別動隊である俺たちを先行させ、本部隊が到着するまでに邪心母を倒すようお願いしてきた。

 そして予定通りのシナリオとなった。

 その作戦内容は薄さんを通して、彼女たちにも知らされているはずだが……。


「……」


 緋凰は眼力で「余計なことは口にしないように」と訴えていた。

 もしかしたら機関の上層部が、この状況を監視しているのかもしれない。

 演技をしろ、ということか。


『……ダイくん。とりあえず私の言うことを復唱して? ダイくんの霊獣のこととか、ルカの妖魔のこととか、そういうことは一切口外しないで』


 天眼札を通して、そう指示をしてきたレンの言葉に内心で頷く。

 言われたとおり、俺はレンの言葉を復唱する。


「邪心母は俺たちで倒した。ルカが融合で取り込まれる心配はない。殺処分する理由はもうないよな?」


 しばしの沈黙が流れる。

 俺はルカを抱き寄せ、逆月の面々を見据える。

 ルカに変な真似をするようなら、すぐに動くつもりだった。


「ダ、ダイキッ」

「……心配するなルカ。俺たちが守ってやる」

「う、うん」


 緋凰は俺の胸に抱かれるルカを一瞥して「……ふん」と鼻を鳴らすと、スマートフォンを取り出し連絡を始める。


「……状況が変わった。邪心母は消滅。白鐘瑠花は健在。怪異化の兆候は見られない。指示を求める……了解。一度帰投する」


 電話を切ると、緋凰は「ふぅ」と年頃の少女らしい溜め息を吐いた。


「殺処分の指示はいま取り消された……そういうわけなんで、救出作戦は見事に成功よ。お疲れ様」


 一気に肩の荷が下りて、俺たちも「はぁ」と地面に腰を下ろす。

 とりあえず、機関を相手にした第二ラウンドが開始されることはなさそうだ。


「……ちなみにだけど、邪心母と護衛の影浸を討伐したのはどなた?」


 ふと、緋凰はそんなことを尋ねてきた。


「……それは答えなきゃダメか?」

「べつに。ただの個人的な好奇心よ」


 報告のための情報収集ではないということか。

 とはいえ、はたして答えていいものか。

 というか、全員で力を合わせて勝ったようなものだしな。


「誰かひとりでも欠けてたら、今夜は生き残れなかった。全員で掴み取った勝利だ。それでいいだろ」

「ふぅん。つまりあなたもその中に含まれているってことね。一般人でしかないはずのあなたが」

「おっと……」


 もしかして失言だったか?

 霊獣を引っ込めたいま、俺は霊力がない一般人に戻っている。

 どうやら俺の霊力はスイッチを切り替えるようにオンオフできるっぽい。


 緋凰は前屈みになって、俺をジッと興味深げに見てくる。

 気まずい空気が漂った。

 ……ていうか前屈みになったせいで胸の谷間が丸見えだ。

 すげえ。ルカに負けず劣らずのサイズだ!

 ……って、いかんいかん。

 初対面相手の胸をマジマジと見るんじゃない俺!


「……お、俺の顔に何かついてますかな?」


 目線を逸らしながらそう聞くと、


「べつに何も。ただ……なかなか男前な顔がつていると思っただけ」

「はい!?」


 とつぜん何を言い出すのかねこのお嬢さんは!?

 俺の反応を見て、何かおもしろそうに笑ってるし!


 ……その瞬間、ブチッと、何かが切れる音がしたような気がした。


「あのさ~? 私たちもう帰ってもいいんだよね~?」


 ユラリとルカは立ち上がって、緋凰に眼力を向けた。


「ていうかアンタらも用が済んだならさっさと帰りなさいよ~? 無駄話できるほど暇じゃないんでしょ~?」


 キリカもいまにも木刀で斬りつけるような勢いで凄みを利かせる。


「おぉん? この国のエージェントは任務を放ってナンパまがいのことをするんですの~? おぉぉぉん?」


 アイシャ、乙女がしちゃいけない顔してるぞ?


「あらあら~♪ あんなに嫉妬しちゃって可愛らしいわね~♪ ダイちゃんも罪作りな男の子ね~♪」

「はっはっはっは! まあダイキが男前なのは事実じゃからなあ!」

「離してツクヨさん。あの赤髪ちょっとボコす」

「落ち着けってウズエ。お前の『ボコす』はシャレになんねーんだよ」


 師匠たちは俺たちのやり取りを微笑ましげに見てたり、何やらじゃれついていたりした。


「……あの、緋凰部隊長。早めに帰投しないと上層部に不審がられますよ?」

「あー、はいはい。わかってるわよ。総員、帰投」


 パワードスーツさん(仮称)さんのひとりに諭され、緋凰は俺たちから背を向けた。


「とりあえず、あなたたちも今夜は帰っていいわ。今後の方針や、白鐘瑠花の母親についての情報は、後々に改めて薄さんが説明するはずだから」

「っ!?」


 緋凰はそれだけ伝えて、仲間と共に下山していった。


 無事に終わったら、すべてを話す。

 透真薄は、そう俺たちに約束した。

 ……とうとう、明かされるのか。

 璃絵さんの死の真相が。

 そして……ルカに託した思いが。


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