帰投

「……とりあえず、オレたちも帰るか。ひとっ風呂浴びてサッパリしたいぜ」


 ツクヨさんの言葉に頷いて、俺たちも灰崎の工房を目指して下山した。

 なにはともあれ、全員生き残って帰れる。

 こんなにも嬉しいことはない。




「みんな! お帰り!」

「ルカさん! よかった! 本当によかったです!」

「レン、スズナ……ただいま」


 紫波家の客間に無事に戻れた俺たちは、再会の喜びを分かち合った。


「ツクヨちゃん。よかったよ。生きて帰ってきてくれて……」

「熔……悪かったな。お前が正しかったよ」


 危うく命を落とすところだったツクヨさんを、熔さんは涙を流して抱きしめる。

 友人が死ぬかもしれない様子をここで見せられて、さぞ不安だったに違いない。

 俺も、怖かった。

 レンとスズナちゃんのサポートが無ければ……俺が霊獣を目覚めさせることができなければ、本当にツクヨさんを失っていたかもしれない。


「熔さん。改めてお礼を言わせてください。あなたがくれた数々の霊装のおかげで、俺たち全員生き残って、ルカを助け出すことができました」

「いやいや、あたしはただ道具を用意しただけ。それを使いこなして、苦難を乗り越えた君たちのほうが立派さ。本当に凄いよ、君たちは」


 熔さんは感慨深げな瞳で、俺たちを見回した。


「特に黒野くん! 君には驚かされたよ! とつぜん霊獣を四匹も解放するだなんて……いったい何者なんだい君は!?」

「え? いや、ソレは……あはは! 俺にもよくわからなくて」


 熔さんがキラキラと好奇の目線を向けてくるので、俺は誤魔化すように笑った。

 まさか前世のペットたちが霊獣になって俺を助けにきてくれた、なんて言っても信じてもらえないよな?

 というか俺自身が、いまだにビックリしてるんだよな。


「よくわからないですって!? 本当でしょうね!? あんなにも霊獣を使いこなしておいてよく言うわよ! ていうかアタシより霊力の使い方うまかったじゃないのアンタ! アタシなんて共鳴輪のおかげでやっとマトモに戦えるようになったっていうのに!」

「うおっ、そんなにムキになるよなキリカ。お前だって凄かったって!」


 俺が霊力を得た影響か、キリカは妙な対抗心を燃やし始めてしまったようだ。


「ふんっ! 見てなさい! アタシだってアンタに負けないくらい、もっと強くなってやるんだから!」

「その意気ですわよキリカさん! なにはともあれ、クロノ様もわたくしたちと同じく霊能力者として足を踏み入れた……これからは共に切磋琢磨して、より成長していこうではありませんか!」


 アイシャが笑顔でそう言ってくれる。

 ……そっか。俺もキリカやアイシャやルカと同じように、霊能力者として同じ立場になったんだよな。

 なら、これからの俺たちは、アイシャの言うように互いの力を磨き合う仲だ。


「アイシャ……ああ、よろしくな! とことん特訓に付き合ってくれ!」

「結婚を前提にお付き合い!? はぁぁぁぁん♡ 不束者ですがああああ♡」

「いや、言ってないよ?」


 今日のアイシャは聞き間違いが多いな~。


「でも、ダイキ、本当に凄かった。ありがとう。私のためにあそこまで戦ってくれて」

「ルカ……」


 潤んだ瞳を向けて、ルカは俺の手をそっと握る。


「すごく、かっこよかったよ? いま思い出しても、胸がドキドキする」

「はい。スズナも、ダイキさんの勇姿を目に焼き付けました! あまりにも逞しいお姿に、スズナはまたダイキさんのことを……」


 ルカとスズナちゃんは頬を赤らめて、俺に熱い視線を送ってくる。

 これまでにないほどに艶やかな眼差しだ。

 ちょ、ちょっとドキドキ。


「……私としては、ダイくんにいろいろ聞きたいことがあるんだけどね」

「え?」


 いつのまにか俺の後ろでレンは背を向けながら、ボソリと呟いた。


「……何か、私たちに隠してるでしょダイくん?」

「っ!?」


 俺だけに聞こえるように、レンは小声で言った。

 まさかレンのやつ……気づき始めてる?

 俺が前世の記憶を持った転生者であることを。

 ……そういえば、影浸と戦っているときに、その場のノリでつい口にしてしまったな。

 前世がどうのこうのって。


 ……これは、ついに打ち明ける流れだろうか?

 でも、信じてもらえるかな?

 この世界が漫画の世界で、皆はその登場人物だなんて話……。


「……べつにいいよ? 無理に話さなくても」

「え?」

「隠してるってことは、言いにくい何かがあるんでしょ? だったら、いつかでいいよ。ダイくんが話す気になったそのときに」


 レンはそう言って微笑んで、俺に背中をくっつけた。


「とりあえず、お疲れ様ダイくん。滅茶苦茶かっこよかったよ?」


 後ろ向きで、レンは小悪魔な笑みを浮かべた。

 ……いくら霊獣の力で強くなっても、やっぱりレンには敵いそうにないな。


「……あれ? ていうかダイくん。霊力が使えるようになったなら、怪異も殴れるようになったってことだよね? つまり、もう怪異にビビる必要ないんじゃない?」

「お?」


 レンの発言に、俺も他の皆も「あ~」と頷く。


「そうだよね。ダイキが怖がりさんなのは『怪異が物理的に殴れない』って理由だったわけだし」

「いまのダイキさんならどんな怪異も拳ひとつでケチョンケチョンにできちゃいますものね♪」

「つまり……黒野もついにビビリ卒業ってこと?」

「まあ! 今後はより逞しいクロノ様が見れるということですの!? はぁぁん♡ そうなってしまったらわたくし、もう……んっ♡」


 皆の言うとおりだ。

 怪異が殴れるっていうなら、見た目がグロいだけの猛獣を相手にするのと変わらない。

 すなわち……


「俺、もう怪異に怯える必要がないんだ!」


 やったぞおおお!

 世界は相変わらず怪異だらけだけど、火花たちのおかげで俺はついに心の平穏を手にしたのだ!

 もうどんな怪異が現れようが関係ない!

 霊獣たちの力で粉微塵にしちゃるわい!


「わーはっはっはっは! もう誰にも俺を『ビビリ』とは言わせないぜ! どっからでもかかってきな怪異ども! 長年怖がらせてくれた鬱憤を返してやるぜ!」


 おめでとう俺!

 もう『【悲報】ビビリの俺、ホラー漫画に転生してしまう』なんて嘆かなくていいんだ!

 恐怖の日常は終わった!

 これからは『【吉報】無敵の俺、ホラー漫画で無双する』の開幕だ!


『ヒュ~ドロドロ~……ラブコメの波動を感じたのでお邪魔しま~す……アオハルが羨ましいので呪いま~す……』

「あらま。通りすがりの怨霊が侵入してきちゃった」

「ひえええええええ!? やっぱり無理ぃ~~! 殴れるとわかってても呪われそうで怖い~~!!」


 すみません無理でした!

 やっぱり怖いです!


「やれやれ。やっぱりダイキはダイキだね。ほれ、成仏しろ怨霊」

『おひぃぃん!? 時代は単独エンドよりハーレムエンドおおおおお!!』


 いつものようにルカがあっさりと除霊してくれた。

 ありがとうルカ!


「はぁ~。『三つ子の魂百まで』とはよく言ったもんだね。そうそう人間が変わるわけないか」

「でも、ダイキさんらしいですね♪」

「まっ、いきなり変わられてもこっちの調子が崩れるしね」

「はぁん♡ 小動物のように震えるクロノ様も愛らしくてス・テ・キ♡」


 悪かったな相変わらずビビリで!


「あらあら~。せっかく霊獣を使えるようになったのに、これじゃ先が思いやれるわね~」

「これは性根から鍛え直す必要がありそうじゃのう」

「ん。もっとビシバシ鍛えなくちゃね」

「だな。同じ霊獣使いになったことだし、これからはマジの遠慮無しで鍛えられるからな」


 師匠たちが不穏なことを口にした。

 ……パワーアップした俺ですが、この先も生きられるか不安でいっぱいです。

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