影浸の最期
『た、倒した……ダイくんが、ついに影浸を倒した!』
レンはしかと見た。
炎の怒濤に呑み込まれた影浸の体が爆散する瞬間を。
『ダイキさん……流石です! それでこそ、スズナのヒーローです!』
「黒野! アンタってやつは……本当にとんでもない男ね!」
「シュコー(クロノ様ー)! シュコー(ラブですわー)♡」
「マジでやりやがったか、アイツ……」
少年の勝利を見届けて、少女たちの瞳に感動の光がきらめいた。
「ダイキ……本当に、本当に、凄いよ!」
ルカは感涙を流し、最愛の少年の勇姿を目に焼き付けていた。
「う、嘘……嘘よ! 影浸が……影浸が、死んだ? そんなの……そんなの嘘よ!!」
対して邪心母は顔面を蒼白にして錯乱した。
ありえない、ありえないと首を何度も振り、現実を受け入れることを拒むように。
『っ!? ギィ……ギィイイイイイイイイ!?』
ツクヨたちを拘束する水の怪異がとつぜん苦悶染みた悲鳴を上げる。
邪心母の心の乱れの影響か、またはダイキの奥義による残火を浴びた影響か、拘束力が緩んでいく。
その異変にツクヨがいち早く気づく。
「っ!? いまだお前ら! 総出でこのスライムを叩くぞ!」
「っ!? はい!」
「プハー! やっと酸素のある世界に戻れましたわ!」
ダイキの霊力の余波を浴びたためか、水の怪異が持つ『霊力吸収』と『霊装封じ』の能力すらも弱まっていた。
ツクヨ、キリカ、アイシャは自力で拘束から抜け出し、弱体化した水の怪異に渾身の一撃を加える。
──餓狼拳・炎武
──流閃一刀
──聖剣展開
『ギエエエエエエエ!!!?』
弱体化した水の怪異は三人の霊術による直撃を浴び、実に呆気なく消滅した。
「っ!? しまった! 融合が解け……があああああ!!?」
「うっ……うわあああああ!!」
ルカと邪心母の間で、バチン、とスパークが弾ける。
邪心母による融合は水の怪異の能力によって行われていた。
その
「ルカ!?」
弾け飛んだルカの体をキリカがすかさず受け止める。
「大丈夫ルカ!? 体に違和感は!?」
「けほっ……けほっ……だ、大丈夫。ちょっと頭がボーっとするだけ」
ルカは微笑を浮かべた。
事実、白い裸体には融合による傷跡らしきものはひとつもなかった。
「とりあえず、これを着なお嬢さん」
全裸のルカにツクヨは上着のジャケットを着せる。
ルカは頬を赤く染めながらジャケットで丸出しの前を隠した。
『ルカ! よかった! 元に戻れたんだね!』
『ルカさん! いますぐスズナが癒してさしあげます!』
「その声は、レンとスズナ? そっか。二人も頑張ってくれたんだね?」
天眼札から聞こえるレンとスズナの声を聞いて、ルカはまた嬉しくなった。
浄耀鐘の音によって、消耗していたルカの体はたちまち回復する。
「みんな……本当に、ありがとう。私のために、ここまでしてくれて」
ルカは涙ぐみながら感謝の言葉を伝えた。
「なに水くさいこと言ってるのよルカ! 友達を助けるなんて当たり前でしょうが!」
『そうだよルカ! ルカはこれまで何度も私たちを助けてくれたじゃない! だからおあいこ!』
『ルカさん! 本当にご無事でなによりです!』
「まったく! ライバルであるわたくしと決着をつける前に死なれてはたまりませんわ! この借りは百倍にして返してもらいますわよ!」
「お嬢さん。オレは璃絵さんへの義理を果たしにきただけだ。だから、お気にせず」
「みんな……」
ルカは自分を温かく囲む面々を見回した。
自分の危機に、こんなにもたくさんの仲間が助けてにきてくれた。
いつのまにか、そんな存在が増えた。その事実に、ルカの胸は歓喜に打ち震えた。
「あ」
そして、どんなときも、必ず駆けつけてくれる最愛の少年の姿がそこにあった。
昔から変わらない。
彼はいつだって、ルカの心の悲鳴が上げたときに来てくれる。
いまこの瞬間も。
「ルカ!」
「ダイキ!」
目が合うなり、ダイキとルカはお互いを目指して走り出した。
ひし、と二人は強く抱き合う。
もう二度と離れないとばかりに。
「よかった……生きててよかった、ルカ!」
「うん! うん! ダイキ……ありがとう。私のために、こんな危ないところまで来てくれて」
「何言ってるんだ。ルカのためなら、これぐらいなんともねえ。本当に、無事でよかった」
「うん! うん! 私、嬉しい。また生きて、ダイキと会えて!」
ルカは大粒の涙を流しながら、ダイキの胸元に何度も顔をすりつけた。
「ああ、ダイキの匂いと温もり……もう数ヶ月も味わってなかった気がする」
「大袈裟だなぁ」
「ううん、大袈裟じゃない。体感としては77日間くらい離ればなれになってた気がする」
「いやに具体的な数字だな」
そうしてダイキとルカはしばし再会の抱擁を堪能した。
『ちぇっ。相変わらずお熱いな~お二人は』
『うぅ、感動の再会にスズナは涙が止まりません!』
「こらアイシャ。さすがに空気読みなさい。二人の間に割り込もうとするんじゃないの」
「キィィィィ! 離してくださいましキリカさん! ああ、ルカったら、クロノ様にあんなにあっつぅぅいハグをされるだなんて羨ましすぎますわ! 次はわたくしと代わりなさい!」
「ったく、マセたガキどもだ」
抱き合う二人を見て、一部は微笑ましげに、一部はヤキモチを焼き、一部は照れくさげにしていた。
「さて。あとは……邪心母だけだな」
しばらくしてダイキはルカから身を離し、祭壇の奥で蹲っている邪心母を見据える。
他の面々も武器を整え、祭壇に目を向ける。
「ぐっ……よくも……私の儀式を、台無しにしてくれたわね!」
融合の失敗により消耗しているのか、邪心母の霊力はほとんど残っていないようだった。
苦しげに身を抱きしめながら、ダイキたちを忌々しげに睨む。
「許さない……絶対に、許さない……よくも私のユメを奪ったわね! それどころか……影浸まで!」
「そっくりそのまま返すぜ、邪心母」
ダイキの拳に炎が燃え上がる。
怒りを示すうように、煌々と。
「お前も奪ったんだ。多くの人からユメを、命を……清香さんのユメと命もな!」
大谷清香。
理不尽な理由で殺され、無理やりに怪異にされかけた悲劇のアイドル。
彼女の無念を、ダイキは決して忘れない。
清香をそんな惨劇に追い詰めた目の前の邪心母を、決して許さない。
「……ツクヨさん。俺に、やらせてください。コイツだけは、俺の手で仕留めます」
静かにそう告げるダイキに、ツクヨは頷きを返した。
「……わかった。見たところ、もう怪異を産み出す霊力も残っていないようだしな。いまのお前なら、容易い相手だ」
少女たちは息を呑む。
ダイキはいまから邪心母を殺す。
その事実に、重い緊張が走る。
侵徒はすでに死した人間だ。生ける屍だ。
……それでも女性の姿をした相手に、あのダイキが手をかける。
その場面を想像すると、どうしても身震いしてしまうのだった。
見た目が完全に化け物になった影浸とは違う。
生々しく、凄惨な命のやり取りを目にすることになるのだ。
(清香さん……いま仇を討ちます)
決意を新たに、ダイキは邪心母の間近まで近づき、拳を振り上げる。
「……呪ってやる。お前を地獄から呪ってやる! 黒野大輝!」
もはや抵抗できる術はないと諦めたのか、邪心母は涙混じりにダイキを睨むことしかしなかった。
その瞳には深い怨嗟と……深い悲しみが滲んでいた。
「……いいさ。アンタの気がそれで晴れるなら」
いまから息の根を止める仇敵に対して、不思議とそんな言葉が出ていた。
あまりにも悲しげに泣く邪心母に、最後に情が湧いてしまったのか。
だがダイキの決意は揺るがない。
もはや話し合いの余地などない。
邪心母に引導を渡す。
それ以外の道などあるはずがないのだから。
「終わりだ、邪心母」
ダイキは拳を振り下ろす。
その瞬間。
黒い影が邪心母を庇った。
「なっ!?」
『あれは……影浸!?』
全員が驚愕に目を見張る。
ダイキの拳が邪心母に直撃する寸前。
空間転移によって現れた影浸が、代わりにダイキの拳に貫かれた。
「まだ生きていたの!? しぶとすぎるにも程があるわよ!」
『待ってください! あの体では、もう……』
スズナのひと言で、周りの警戒心が一斉に静まる。
影浸の状態を見て、誰もが思った。
彼はもう、消えかけの炎だと。
魔骸転身の状態は解除され、人の姿に戻っている。
肉体は爆散し、上半身と頭部だけが残った状態だった。
……そんな瀕死の状態で、影浸は空間転移をしてきたのだった。
それが、最後の力だったに違いない。
体が再生される気配はなかった。
ダイキの拳に胸を貫かれたことで、残る体も燃える灰のように散り始めた。
「……無事、か……邪心母……」
「影浸……あなた……」
影浸の素顔を隠すローブはなかった。
邪心母は始めて間近で、影浸の素顔を見た。
「……ああ、見られてしまったな。俺の素顔を……君だけには、見られたくなかった……」
レンがひと目見ただけで悲鳴を上げたほどの素顔。
口元から上が、火傷したかのようにひしゃげて、紫色に変色していた。
血管は浮き出て、まるで蛆虫が頭部に寄生しているような薄気味悪さがあった。
瞳は白く濁っており、間近で見なければ常時白目を剥いているようであった。
「……生まれつき、こうだった。誰もが俺の顔を見て怯え、忌み嫌った……俺の顔は、醜いだろ?」
「……いいえ。そんなことない」
震える手で、邪心母は消えゆく影浸の頬を包んだ。
「とっても、優しい眼をしているわ」
「──ぁ」
影浸は言葉にならない声を上げた。
「そうか……その言葉が聞けただけで、充分だ……」
影浸は満足そうに笑った。
「ありがとう……君の影として生きれて……俺は幸せだった」
「……どうしてなの影浸? どうしてそこまで、私のために……」
どうしてか。
それは影浸もわからない。
ただ……何となく感じていたのかもしれない。
彼女が、自分の素顔を見ても、怯えないと。
事実、そうだった。
それどころか、おぞましい瞳を『優しい眼』と言ってくれた。
そんなことを言ってくれる存在は初めてだった。
(……いや、違う。もうひとり、いた。俺の眼を、顔を、怖がらない存在が……)
それは、いったい誰だったろうか。
消えゆく意識の中で、影浸は過去に思いを馳せた。
人間として生きていた頃のことを。
──おにいちゃん。
ふと、自分の傍に誰かが寄り添っていることに影浸は気づいた。
邪心母ではない。
いったい、誰だろうか?
自分を兄と呼ぶのは。
──おにいちゃん。もう、いいんだよ? それ以上、自分を責めて、苦しまないで……元のおにいちゃんに戻って!
おさげの少女が、涙を流していた。
──……
自然と名前が出ていた。
……そうだ。佳蓮だ。
どうして、忘れていたのだろう。
妹の存在を。
自分を受け入れてくれた、たったひとりの『家族』だったのに。
(そうだ。俺は……)
兄として守らなければならなかった、掛け替えのない存在がいた。
どうして、それを忘れていたのか。
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