英雄光来④
「影よ! 我が身に纏え!」
『っ!? ダイくん! 一度下がって!』
「むっ!?」
あと一歩でトドメを刺せそうかという局面で、影浸に異変が起こる。
レンの警戒に従って、ダイキは後方に下がった。
瞬間、影浸の周りに黒い墨のようなものが集まっていく。
『これは……周りの影を集めてる!? そんなのってアリなの!?』
レンが驚愕の声を上げる。
山頂に満ちていた闇がまるで液体のように蠢き、影浸の体に吸収されていく。
闇が無くなったことで月明かりしか光源がないはずの山頂は、不自然なほどに明度を上げた。
明らかに自然法則を無視した現象を前に、レンは目眩を起こしそうになった。
だが、さらに目を覆いたくなる現象が起こる。
周囲の闇を吸収したことで、影浸の体は数秒で再生した。
ダイキが断ち斬った片翼も片腕も、たちまちに元に戻る。
(傷がアッサリと治って!? せっかくダイくんがあともう少しまで追い詰めたのに!)
敵のあまりのしぶとさにレンは歯噛みした。
「闇こそが我々の味方だ。次で終わらせる」
フッ、と影浸の姿が霧となって消える。
空間転移の霊術であった。
『卑怯者! 姿を眩ませて不意打ちする気!? ダイくん! 警戒して!』
ダイキの高速機動による連撃から逃れるため、影浸は身を隠す選択をしたらしい。
姿を隠されてしまっては、如何に素早く動けようと意味がない。
ダイキは構えを取って、周囲を警戒する。
(どこだ影浸! どこから来る!)
神経を研ぎ澄ませ気配を探ろうとするも、相手の匂いどころか視線すらも感じない。
これでは、どこからでも相手の奇襲を許してしまう。
(案ずるなダイキ。
ダイキの頭の中に、厳格な武士のごとき声が響く。
「この感じは……なるほど。お前はいつも小さい俺が無茶なことしないように、傍で見守ってくれてたもんな」
ダイキは穏やかな笑みを浮かべ、籠手を交差させる。
「霊獣解放──
第三の霊獣解放。
双星餓狼の霊玉が金色から翡翠色に変わり、『地』の文字が『風』へと切り替わる。
ダイキの瞳と獣操具の明かりも翡翠色に染まる。
『ケエエエエエエエエ!!』
ダイキの背後に翡翠色の風が猛禽類の形となり、翼を広げ、堅強な嘶きを上げた。
「今度は、風の鳥!?」
『ダイキさんの周りに翡翠色の羽が舞い始めました!』
ダイキの足下を中心に、翡翠色に輝くいくつもの羽が上空に向かって舞い上がる。
サークル状に舞う羽は、あたかもダイキを包み込むように光り輝き、一種の幻想的な光景を生み出している。
その羽に包まれながら、ダイキは瞳を閉じる。
「く、黒野!? 敵がどこから来るかわからないのに目を瞑ったら危険よ!」
キリカが慌てて忠告するが、ダイキは至って落ち着いていた。
彼の意識の中では、周囲の動きが、まるで時間が止まったかのように流れていた。
すべてのものが緩やかに動き、その流れを容易に追うことができる。
それどころか、気流の音、ずっと遠くで水滴が落ちる微細な音さえ耳が拾った。
まるでスローモーションに流れるVR空間を体感しているようだった。
だからこそ、わかる。
影浸が、どこから来るのか。
「──そこだ」
ダイキは何も無い空間に向けて手刀を放った。
たちまち、絶叫が上がる。
影浸のものだった。
「な、なぜ、わかって……」
鎌を構えて奇襲を仕掛けようとした影浸が、ダイキの背後にいた。
「い、いま、黒野のやつ、影浸が姿を現す前に攻撃したわよね!?」
『は、はい! まるで未来予知をしたかのような動きでした!』
少女たちの目には、ダイキが事前に影浸が現れることを予測して動いたようにしか見えなかった。
事実、いまのダイキには肉眼では見れない敵の姿を特殊な感覚で追うことができた。
「おのれ!」
影浸は再び姿を消した。
だがもはや無意味であった。
霊獣『颯影』の力ならば、どれだけ巧みに姿を消そうと、どれだけ遠くに逃げようと、確実にその動きを追える。
(……見える。見えてるぞ影浸。無防備な背中がな)
上空に向かって飛翔する影浸の後ろ姿をダイキはしかと捉えた。
(この羽が舞う空間の中に立っている限り、視覚、聴覚が強化される……それがお前の力ってワケか、颯影)
霊力による動体視力強化を凌駕する超感覚を手にしたダイキの目には、もはや影浸の動きは鈍くしか見えない。
「
ダイキは鉄球型の霊装、
最後の一発である鉄球に、翡翠色の風が纏う。
鉄球はダイキの掌の上で高速回転を始め、さらに風を強める。
──
風と回転のエネルギーを加えた
凄まじい唸りを上げた鉄球は小型の嵐のごとく荒れ狂いながらも、標的に向かって一直線に進撃した。
肉を貫く、生々しい音が上空に響いた。
「ぐおおおおおっ!!?」
悲鳴を上げながら影浸が姿を現す。
その腹部には大きな風穴が空けられていた。
『やった!』
「……いいえ、まだよ!」
「影よ!」
影浸は再び影を集め、肉体を再生。
さらに滞空した状態で無数の黒い球体を空中に生成する。
「動きが見破られるというのなら……躱しきれず、捌ききれない数を打ち込めばいいだけのことだ!」
黒い球体はすべて、影浸の身の丈よりも巨大に膨らんでいく。
「消し炭となれ、黒野大輝!」
──疾黒ノ砲光
球体から黒い稲妻による破壊光が放たれる。
ダイキどころか、その一帯を破壊し尽くす勢いの絨毯爆撃であった。
『ダイくん!? 逃げてえええ!!』
『いけない! すぐに浄耀鐘を!』
「あんなの躱しきれないわ!」
「シュコシュコシュコー(クロノ様危なああい)!!」
「ちくしょう! 動けよオレの体!」
「そんな……ダイキ!」
「あはは! これであのガキも今度こそ終わりね!」
少女たちが悲鳴を上げ、邪心母が歓喜の嗤いを上げる中、ダイキは次の行動に移っていた。
(ほほほ。そろそろ
のんびりと間延びした年寄りのような声がダイキに囁く。
ダイキは棍棒型の霊装、
「おお、頼むぜ最年長。バッチリ守ってくれ」
第四の霊獣。
百年以上生きた長寿の魚類の名をダイキは叫ぶ。
「霊獣解放──
双星餓狼の霊玉が翡翠色から青色に。
霊玉に浮かぶ文字が『風』から『水』に切り替わる。
その直後に、闇色の破壊光が地面に直撃し、周囲一帯を焼き尽くす。
「ダイキぃぃぃぃ!!!」
ルカが喉が裂けんばかりの悲鳴を上げる。
『そ、そんな……』
「ふはははは! さすがの貴様もこれには耐えられまい! 終わったな!」
少女たちは顔を絶望の色に染め、影浸は勝利を確信して高らかに嗤う。
だが。
「……ふぅ、間に合ったぜ」
「っ!?」
黒い煙の中で、ダイキの声が上がる。
「あれは!?」
少女たちは見た。
うっすらと晴れていく煙の中で、ダイキの五体が無事であることを。
ダイキの体の周りには、水色のガラス細工のようなものがドーム状に広がっていた。
『な、何あれ!? 水のバリア……違う! アレ、全部「
ドーム状の障壁は一枚いちまいが宝石のように輝く鱗が密集してできたものだった。
『ダイキさんの背後にいるのは水のウツボ……いえ、龍!?』
『ゴオオオオオオオオオオ!!』
ダイキの背後で、水で構成された東洋龍のような魚類が咆吼を上げた。
「バ、バカな!? そのような薄っぺらい障壁でいまの攻撃を防いだというのか!?」
「そういうことだ。大した硬度だぜ。ありがとうな、水月」
鱗はドーム状から形を崩すと空中に分散し、ダイキの周囲をくるくると旋回する。
「おのれ!」
影浸は無数の黒い球体をダイキの間近に発生させる。
至近距離による攻撃で仕留める算段だった。
球体は槍へと変わり、ダイキを串刺しにしようとするが……
「なにっ!?」
鱗は瞬時にダイキの体に纏い、槍による攻撃を防いだ。
それどころか槍を弾き返す。
『な、なんて防御力なの!』
「しかも相手の攻撃に反応して自動で防いだわ!」
霊獣『水月』が生み出す堅牢な守護力に少女たちは空いた口が塞がらなかった。
「さて、今度はこっちの番だ。引き寄せろ水月!」
「ぐっ!?」
鱗の一部が影浸を目掛けて飛散する。
鱗はたちまち影浸の体にまとわりつき、動きを拘束した。
「か、体が重く……うおおおお!」
飛行するための翼の自由も奪われ、影浸は地に墜落する。
密集した鱗はあたかも軍隊蟻のように蠢き、影浸の体をダイキのもとへ引き寄せる。
「く、くそっ! 体の自由が利かないッ!」
徐々に近づいてくる影浸に向けて、ダイキは撤鮫棍を突きつける。
「鱗よ──
無数の鱗は撤鮫棍の先端に向かって螺旋状に集う。
棍棒の先頭から、密集した鱗による刃が伸びた。
『棍棒が……槍になった!』
水色に輝く両刃を装備した
──
ダイキの攻撃に合わせて、影浸に纏っていた鱗が散開する。
無防備になった影浸の懐に、槍の刺突が決まる。
「ヌアアアアアアアアアアア!!」
その威力は凄まじく、影浸の体は彼方へと吹っ飛ぶ。
「影浸!?」
「お、おのれェ……黒野大輝ィ……!」
咄嗟に影で障壁を造っていたのか、致命傷を避けた状態で、影浸はまだ立ち上がってくる。
金色に光る眼には、燃えるような憤怒が宿っていた。
「これで小細工は効かねえってわかったよな? 正々堂々とやろうぜ。男ならよ」
再び霊獣を火花へと切り替え、ダイキは拳を構える。
「──上等だ!」
影浸も覇気を放ちながら、鉤爪が伸びた双腕に剛力を込める。
「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」
雄叫びを上げて拳を撃ち合うダイキと影浸。
拳同士がぶつかり合うたび、白光と衝撃波が巻き起こり、一帯を破壊し尽くす。
拳の勢いは止むことはなく、双方の雄叫びに合わせてさらに速度が増す。
『す、凄い……』
「戦いの、次元が違う……」
「ダイキ。お前、ここまで成長して……」
異次元染みた戦いは、もはや誰も付け入る隙を与えない。
彼女たちにできることは、戦いの決着を見守ることだけだった。
『ダイキさん……勝って、勝ってください!』
「シュコー(クロノ様ー)!」
少女たちは祈った。
少年の勝利を。
「影浸……負けないで! あなたは……無敵なんだから!」
邪心母は信じた。
影浸が立てた誓いを。
「ダイキは……絶対に勝つ!」
ルカには見えていた。
ダイキが勝者として最後に立っている姿を。
「火花! 俺に力を貸してくれ!」
ダイキは両手首を合わせ、手を開く。
最大奥義である掌底打ち──
「お前との力を掛け合わせれば、さらにパワーアップしたあの技が使えるはずだ!」
ダイキの掌に炎が灯る。
炎は激しく燃え上がりながら、球体状のエネルギーとなって凝縮されていく。
「黒野大輝ィィィィ!!」
無防備に構えを取るダイキに向かって、影浸が翼を広げて突撃する。
「これで……決める!」
一瞬も目を逸らすことなく、最大の一撃をぶつけるべく、その力を解放する。
「──
掌底打ちの構えを取った両手を、前に突き出す。
掌に満ちた炎の塊が、前方に向かって爆ぜる。
掌底打ちのエネルギーを宿した炎は、凄まじい熱の怒濤となって影浸の全身を呑み込む。
「ヌアアアアアアアアアアアア!!!?」
もはや破壊光に等しい熱波を前に影浸は絶叫を上げる他なかった。
「ハアアアアアアアアアア!!!」
『アオオオオオオオオオン!!!』
ダイキと炎の狼のシルエットが重なり、二重の雄叫びが上がる。
雄叫びに合わせて、炎の威力はさらに増していき、山頂を赤白い光で包んでいく。
「お、俺が……ヒトを超越した力を得た俺が……バカなああああああ!!!」
断末魔の叫びと共に、天に届かんばかりの爆炎が生じた。
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