英雄光来③



    * * *



 数度の撃ち合いよって、山頂はすでに惨憺たる戦いの爪痕が刻まれている。

 まるで俺たちが立っている場所だけに隕石でも墜落したかのような状態だ。

 それでも俺と影浸の拮抗が止むことはない。

 どちらかが、どちらかの命を奪う、その瞬間まで。


「戯れ合いはここまでだ!」


 膠着状態を破るため、先に動いたのは影浸だった。

 蝙蝠のごとき翼を大きく広げ、上空の彼方へと飛翔していく。


「くそっ!」


 霊獣『火花』を解放した状態が、近接戦に特化したものだと気づいたのか。

 俺の拳が届かない距離まで、影浸は上昇していく。


「届けええええ!!」


 だが霊獣解放により身体能力が強化された状態なら、跳躍もいままでの比ではない。

 まるで翼が生えたかのように数メートルを飛ぶことができる。

 だが……。


「ぐっ!?」


 それでも、翼を持つ敵のところまでは飛べない。

 あと少しというところで、手が届かない。

 それどころか……。


 ──疾黒ノ槍


「うわっ!?」


 上空から放たれた無数の槍による投擲が俺を襲う。

 連続の正拳突きで攻撃自体は捌けたが、その反動で上昇エネルギーが失われ、地に墜落してしまう。


「これならば、もはや貴様の拳が届くことはあるまい」


 影浸はさらに上空へ向かっていく。

 ちくしょう。さすがにあの距離では荒鷲礫を直撃させるのも厳しい。

 鷲瞳丸の残弾も一発。貴重な一発をここで使うわけにはいかない。

 どうすれば……。


「くそっ! もっと速く、高く跳べれば!」


 そう口にした途端、


『なら、オイラの出番だ! さあ、呼びな! オイラのことを!』


 頭の中に声が響く。

 火花とは、また別の声が。

 この感じは、まさか……。

 自然と口元に笑みが浮かぶ。


「なるほどな。確かにお前は、いつもすばしっこかったもんな!」


 双星餓狼を交差させ、意識を集中させる。

 火花と同様、家族として暮らした悪戯っ子な愛猫。

 その名を、声高に叫ぶ。


「霊獣解放──砂霧サギリ!」



    * * *



 再びダイキに変化が起きり、少女たちは目を見張った。


『ダイくんの眼が、今度は金色に!?』

『双星餓狼の霊玉も、赤色から金色に変わりました!』


 レンとスズナは、双星餓狼の霊玉に浮かぶ文字が『火』から『地』に変わる瞬間を見た。

 獣操具の切れ込み線から発光している色も、ブゥンと電子音に似た音を響かせて、赤色から金色に変化する。

 同時に、ダイキの背後に、巨大な虎のシルエットが浮かぶ。


『ガオオオオオオオオオン!!』


 金色の虎は猛々しい咆吼を上げた。


「今度は……砂の虎!?」


 キリカの目には、現れた虎の体が、渦巻く砂塵によって構成されているように見えた。

 虎のシルエットは砂人形のように徐々に崩れ、ダイキの足下に向かって塵となっていく。

 足下に集まった砂は、ダイキの具足の霊装『閃影虎月』の踵部分に密集し、何らかの形を成していく。

 それは砂によって形成された刃だった。


「……行くぞ」


 ダイキの姿が、フッと掻き消える。

 あまりにも一瞬の出来事で、少女たちはダイキの行方を見失う。

 それは影浸も同様であった。

 強化された視力であっても、捕捉できないほどの動きであった。


「っ!? 奴はどこに……」

「ここだ」

「なっ!?」


 返答は影浸の頭上からあった。

 月光を背にして、砂の刃を纏った右足を構えるダイキがそこにいた。


 ──猛虎裂脚・砂刃さじん


 金色の斬撃が上空で閃く。


「ヌアアアアアア!?」


 直撃を受けた影浸は、地上に向かって墜落していく。


「逃がすか」


 上空にいたダイキの姿が再び掻き消える。

 影浸が墜落するよりも先に、ダイキは地に足をつけていた。


「もう一発!」


 そして影浸が地に墜落する寸前に、回し蹴りを撃ち込む。

 蹴られた方向に向かって、影浸が吹っ飛ぶ。

 するとまたもや、影浸が飛ぶ方向にダイキは先回りをしていた。


「ハアァァァ!!」


 今度は上空に向かって蹴り上げる。

 衝撃で飛ぶ影浸の上を、ダイキは素早い跳躍によって追い抜く。


「ドラアアアア!!」


 踵落としによって、影浸は再び地に向かって落下。

 そしてやはりダイキがその方向に先回りをして、渾身の回し蹴りを浴びせる。

 それが数回、繰り返される。

 影浸はあたかも羽根突きのごとく何度も蹴りの連撃を喰らっては、空中を跳ね回った。


(は、速い! 速すぎる! こ、これが、人間の動きか!?)


 重力を無視するかのように、ダイキの体は軽々と跳ね回り、四方八方を自在に行き来した。

 その光景を少女たちは唖然と見る。


『は、速すぎて、もう目で追えないよ! ダイくんの姿がほとんど見えない!』

『す、凄いです! ダイキさんがまるで瞬間移動のように、あちこちに!』

「高い跳躍力と超高速移動……それが、あの虎の霊獣の能力ってことね」

「シュコー(きゃー)♡ シュコシュコシュコー(クロノ様かっこいいですわー)♡」


 少女たちが各々の反応を見せる中、ツクヨは霊獣憑きとして冷静にその力を分析していた。


(狼といったイヌ科の霊獣なら格闘に特化した能力となり、虎のようなネコ科の霊獣は瞬発力や機動力に特化した能力を得る。どうやらダイキの霊獣も例に漏れず、その性質を持っているようだな)


 空中を高速で旋回しながら連続の蹴りを喰らわせる。

 あの戦法はまさに蹴り技の達人であるミハヤが得意とするものである。


(ミハヤのやつ、みっちりと修行をつけたようだな。ぶっつけ本番で空中戦ができていやがる)


 連続の猛攻は、着実に影浸を戦闘不能へ追い詰めていった。

 ただ一発の破壊力だけならば、先ほどの火花を解放した状態のほうが間違いなく上であった。

 ネコ科の霊獣は身軽さと機動力に特化した分、パワー自体は落ちてしまうのだ。

 ……であるならば、防ぎきれないほどの連続攻撃を浴びせればいいだけ。

 ミハヤを始めとしたネコ科の霊獣を宿す紫波家の霊能力者たちは、そうして怪異を屠ってきたのである。


「ダイキ……凄い! 凄いよ! 勝てる……いまのダイキなら、勝てるよ!」


 強靱な戦闘力を得た最愛の少年の勇姿に、ルカは目を輝かせながら鼓舞した。

 一方、邪心母は焦燥の色を強めている。


「そんな……魔骸転身をした影浸をあんな一方的に……ありえない! 影浸! あなたは負けないわ! 覚悟を決めて真に人間を超越したあなたが、負けるはずがない!」


 悔しさか、悲しみなのか、邪心母の目には涙がこぼれていた。


「勝って! 勝ってよ影浸!」

「っ!? うおおおおおお!!」


 邪心母の切な叫びが届いたのか、空中を乱舞する影浸が唸りを上げる。


「つけあがるなよ小僧がァ!!」


 先回りをしていたダイキに向けて、影浸は黒い膜をぶつける。

 動きと霊装の効果を封じる『影膜』であった。

 首だけを剥き出しにした状態にして、その無防備な箇所に向けて影浸は大鎌を振るう。


「終わりだあああああ!!」

「……砂霧! 腕に刃を!」

「なにっ!?」


 金色の閃きと共に、影膜が引き裂かれる。


「うおおおおおおお!!」


 雄叫びを上げて、ダイキは影浸の鎌を受け止める。

 籠手の肘から長く伸びた、砂の刃によって。


「コ、コイツ! 次から次へと、小癪な真似を!」


 憎々しげに影浸は鎌に重圧を加えるも、双腕に生成された砂の刃が崩れることはなかった。


「砂霧! 指先にもだ!」


 ダイキの指先に砂が密集し、鉤爪のごとき刃が生じる。


「シャアアアアアア!!」


 猿叫のごとき声を上げ、ダイキは両腕を十字に振るう。

 刃同士が弾け、隙間ができた瞬間をすかさず狙い、ダイキは再び猛攻を仕掛ける。


「ジャラララララララララ!! ウラアアアアアアアアアアアアア!!」


 金色に輝く光の流線が幾度も瞬く。

 爪、腕、足。

 三つの箇所に生成された砂の刃で、苛烈に斬り込んでいく。


 ──猛虎百裂刃もうこひゃくれつじん


「グアアアアアアアアアアア!!?」


 あまりにも目で追いきれない斬撃の嵐に、影浸の体に無数の切り傷が生じ、左腕、片翼が断ち斬られる。


「影浸!?」

「ダイキ……やっちゃえええええ!!」


 邪心母の悲鳴混じりの声を打ち消すように、ルカの声援が上がった。


 決着は着々と近づいている。

 その予兆を、乙女たちは感じ取っていた。

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