英雄光来②
* * *
世界の見え方がまるで違う。
体の軽さも以前と比べものにならない。
これが、霊力による動体視力強化か。
……不思議だな。
初めて味わう感覚だというのに、すごく馴染む。
紫波家での修行の成果?
もちろん、それもあるだろう。
でも、それだけじゃない。
戦い方を──
「……そうか。お前の力は、そう使うんだな?」
両腕を交差させる。
「燃えろ! 双星餓狼!」
双星餓狼の赤く変色した霊玉が光を放つ。
すると黒い籠手から炎が生じた。
……使える。
この状態なら、ツクヨ師匠と同じ技が!
──餓狼拳・炎武
炎を纏った正拳突き。
空気が爆ぜ、炎の衝撃波となって影浸に直撃する。
「ぐおおおおおおお!!?」
影浸は折りたたんだ翼を盾にして防いだが、その壁すらも拳圧は突破する。
たちまち影浸は火達磨のように燃え上がる。
「ぬぅ……おのれええええ!!」
炎を掻き消しながら、影浸は右手を大鎌に変え斬り込んでくる。
それを拳で迎え撃つ。
「うおおおおお!!」
大鎌を拳で破砕し、続け様に影浸の顔に一発お見舞いする。
「ぬあああああ!!」
そのまま地面に向けて影浸を叩きつける。
ズシン、とクレーターが発生するほどの破壊力を持って、影浸を地中に埋め込む。
……我ながら凄まじいパワーだ。
霊力による身体強化だけの影響じゃない。
これが、霊獣として進化した火花の力なのだ。
火を操る力。そして格闘に特化した剛力。
いまの俺ならば、巨大な鉄骨すら楽々と片手で持ち上げられるだろう。
「……るああああああ!!」
だが敵もタフだ。
影浸は黒いオーラを纏いながら、すぐさま翼を広げ戦線に復帰する。
異形に姿を変え、能力値を数十倍に上げているだけあって、一筋縄ではいかないようだ。
強大な力を得ても、状況は好転していない。
それにも関わらず……俺は笑みを浮かべていた。
「いいぜ……とことんやろうぜ影浸!」
纏う炎のように、俺の闘争心にも火が着いていく。
* * *
一方、ツクヨたちはルカが囚われる祭壇の前に辿り着いた。
「ルカ! 待ってなさい! いま助けるわ!」
「ライバルであるわたくしに救出されることを感謝なさい!」
「とりあえず、この水の壁をぶっ壊すぞ!」
防壁として立ちはだかる水の怪異に各々が技を仕掛けようとする。
その三人を見て、ルカは血相を変える。
「ダ、ダメ! 近づいちゃダメ! この水の怪異は霊能力者にとって……」
『っ!? 皆、離れて! 何かまずいことが!』
「これ以上アンタたちの好きにさせるかああああ!!」
ルカとレンが忠告を言い終わる前に、怒気を募らせた邪心母が仕掛ける。
「なっ!?」
水の怪異に異変が起こる。
桃色に発光していた液体が赤色に変わり、生き物のように奇声を上げる。
水の壁から触手状の液体が何本も生成され、ツクヨたちの体は瞬く間に絡め取られる。
「くっ!? 霊力が、練られない!?」
「霊装も起動しませんわ!?」
「チッ! 体まで動かせねえ!」
ツクヨたちもルカと同じように水の怪異に拘束された。
霊力、霊装、行動を封じる合成怪異。
その能力はいままでの比でないほどに強化されていた。
生みの親である邪心母から供給される霊力によって。
「さあ、もっと強くなりなさい! ルカちゃんから取り込んだありったけの霊力を注いであげるわ! ははは! 素晴らしいわ! これほどの霊力があれば、いままで以上に強力な子どもたちを産み落とせる!」
もはや半分以上ルカと同化した邪心母。
彼女はすでにルカの霊力を自分のものとして扱えるようになっていた。
「ちくしょう。あと少しでお嬢さんを助けられるってところで!」
「うっ! ちょっと! 変なところに絡みつかないでよ!」
際どい箇所に伸びる触手の感触にツクヨとキリカは苦渋の顔を浮かべた。
「お二人とも、ご安心くださいませ! この程度の窮地、わたくしの『聖域創成』を使えばあっという間に抜け出せますわ! では早速、聖痕を発動させるための愛の儀式を! おっ♡ おおん♡ この触手がクロノ様の逞しいお手々だと思うだけで体が熱く……がぼぼぼぼぼ!?」
「アイシャァァァ!?」
奥の手を使おうとするアイシャの全身を水の怪異は包み込み、水没状態にする。
「何かイヤな予感がするから、そこのやらしいシスターちゃんにはしばらく沈んでてもらうわ」
真顔で邪心母は言った。
水の牢獄の中でアイシャは両手の中指、薬指を内側に曲げ、親指、人差指、小指を伸ばす謎のポーズを取りながら溺れた。
「そのままジッとしてなさい。ルカちゃんを取り込んだら、次はあなたたちの番よ」
妖艶な笑みを浮かべながら、邪心母は舌舐めずりをした。
「っ!? 師匠! 皆!」
ツクヨたちの状態にすかさずダイキが気づく。
救出に入ろうとするダイキだったが、その背後を影浸が狙う。
『ダイくん! 後ろ!』
「くっ!」
レンの掛け声で無事に攻撃を受け止める。
「ダイキ! オレたちに構うな! こっちのことはこっちで何とかする! お前はその黒いヤツを倒せ!」
ダイキを戦いに専念させるため、ツクヨはそう叫んだ。
「師匠……押忍!」
ダイキは一度躊躇を見せるも、意識をすぐに影浸に戻した。
「……負けられねえ。影浸! お前を倒して、ルカも、ツクヨさんたちも助け出す! うおおおおお!!」
ダイキの瞳が。
双星餓狼の霊玉が、より赤く発光する。
「だらあああああああ!!」
雄叫びを上げてダイキは影浸に進撃する。
「ウラウラウラウラ!!」
「オオオオオオオオ!!」
ダイキによる拳の連撃。
影浸も両腕を武器に変え、応戦する。
激しい衝撃波が逆巻く中で、ダイキの顔はますます凶暴化していく。
「ウワアアアア!! グルワァァァア!!!」
『ダ、ダイくん落ち着いて! 攻撃がどんどん雑になってるよ!?』
「ルアアアアアアア!!」
『こ、声が届いてない? ダイくん! しっかりして!』
レンの注意も聞き取れないほどに、ダイキは闘志を昂ぶらせていた。
「精度が落ちているぞ、黒野大輝!」
「ルオッ!?」
影浸に隙を突かれ、ダイキは後方へと吹っ飛ばされる。
四脚獣のように受け身を取り、すぐに立ち上がるも、その顔に正気は感じられない。
「グルルルル……ウオオオオオ!!」
瞳孔を赤く光らせながら、ダイキは獣のごとく雄叫びを上げた。
単なるアドレナリンの過剰分泌ではない。
明らかな力による暴走だった。
(まずい! ダイキもオレたちのように霊獣の影響を受けてやがる!)
ダイキの急変を見て、ツクヨは焦る。
霊獣を解放することで発生するリスク。
それはダイキにも例外なく発生していた。
宿主本人と霊獣の意思にかかわらず、心が凶暴化していく。
このままではダイキはまともに戦えない。
「……持ってきて正解だったぜ」
ツクヨは辛うじて動く右手で懐からあるものを取り出す。
それは紫波家の女傑たちが首に巻いていたのと同じチョーカーだった。
「ダイキ! これを使え!」
「っ!?」
ツクヨはダイキに向けてチョーカーを投げる。
師の声で多少理性が戻ったのか、ダイキはチョーカーを見事にキャッチする。
「ソイツを首に巻け!」
ツクヨに命じられるままに、あるいは本能に導かれるように、ダイキはチョーカーを首元に押し当てた。
チョーカーは自動でダイキの首元に巻き付いた。
瞬間、チョーカー全体が赤く光り出し、形態を変える。
──獣操具、展開。
ダイキの口元を鋼鉄のマスクが覆う。
狼のごとき牙を剥いた造形の黒光りするマスク。
展開と同時に、通気孔から蒸気が吐き出され、切れ込みの部分が赤く光る。
「……ありがとうございます師匠。おかげで意識が冴えてきた」
マスクの奥で、くぐもった感謝の声が上がる。
ダイキの瞳にはすでに理性が戻っていた。
一方、闘争心はより鋭く、刃のように研ぎ澄まされていく。
「死ね! 黒野大輝!」
影浸が両手の鉤爪を振るい黒い斬撃波を飛ばす。
「……カァッ!!」
空間を裂く斬撃を、ダイキは気の放出だけで打ち払った。
「なにっ!?」
「行くぞ影浸!」
「っ!?」
ダイキの跳躍と共に、足場の地面が割れる。
──餓狼拳・炎武
「ガアアアアア!!?」
影浸の胸元に重い一撃が入る。
理性を維持する獣操具の効果によって、より精度を増した正拳突きは、的確に影浸の急所に入った。
「まだまだァ!」
「ぐっ……舐めるな小僧!」
再び力の衝突が暴風を生む。
激しい攻防の様子を、女性陣たちは唖然と見ていた。
『す、凄い……』
『ダイキさん……なんと凄まじいお力!』
「あれが、霊力を得た黒野の力……」
少年の勇姿に、レンは見惚れ、スズナは目を輝かし、キリカは打ち震えていた。
特にキリカは息を呑んで、ダイキの戦いに見入っていた。
改めて痛感させられたのだ。ダイキが異様な潜在能力の持ち主であることを。
「……アタシと同じだわ。霊力を得ることで、動体視力を強化できるようになることで、アイツのポテンシャルはより真価を発揮する!」
身体能力の高さを頼りに危機を脱してきたダイキとキリカ。
ある意味で似たもの同士の二人。
だからこそわかる。
もう誰にもダイキを止められないと。
「ただでさえアイツの身体能力の高さは異常だった。そんなやつが霊力を得て肉体強化までしたら……そんなの、もう鬼に金棒じゃないの!」
「ああ、その通りだ。霊獣を解放したことで、アイツの力は完成形へと至った」
キリカの賛辞に、ツクヨも同ずる。
(ダイキ……思えば、アイツはガキの頃からすでに異常だった。そもそも一般人のガキが紫波家の修行をこなせること自体がおかしかった。素質や才能とは違う。もっと何か……異質な何かを感じた)
幼いダイキに修行をつけ始めた頃のことをツクヨは思い返す。
いま振り返ってみれば、ダイキはあの時点で人外染みた肉体を持ってはいなかったか?
それはダイキが霊獣の『雛』を宿しているからだと、そう思っていた。
だが、こうして霊獣を解放して戦う弟子の姿を見ていると、本当にそうなのか? と疑念が生まれる。
天地を破砕しかねないほどの戦闘力。
あれは、はたして霊獣の力だけによるものか?
(アイツの異常な身体能力には……何か、また別の出自があるんじゃないのか?)
ダイキ、お前は何者なんだ?
長年育ててきた愛弟子に、ツクヨはそう問いかけたかった。
* * *
「シュコーシュコー(さすがはクロノ様)! シュコシュコシュコー(なんて逞しいお姿なのでしょう)! シュ~コ(あ~ん)♡ シュコシュコシュコン~(またしてもお慕いしてしまいますわ~)♡」
「ていうか、アイシャ。アンタ、いつのまに酸素ボンベなんか付けて……どっから持ってきたのよソレ」
「シュコシュコシュコシュコーン(熔さんの占いでこれがラッキーアイテムと言われましたの)! シュコシュコシュコシュッコーン(胸の谷間に挟んで持ってきて正解でしたわ)!」
「何言ってるかわかんないけど、とりあえず溺死する心配はなさそうね」
水の中でサムズアップするアイシャを見届けて、キリカは再びダイキの戦いを見守った。
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