英雄光来①
ダイキの掛け声と同時に、籠手の霊装、双星餓狼に変化が起こる。
手の甲のパーツが電子音の似た音を響かせ、上下左右に開く。
内部に埋め込まれた白い霊玉が顔を出し、眩く輝き出す。
霊玉は白色から赤色に変わり『火』を思わせる文字が浮かび上がった。
『アオオオオオオオオオン!!』
狼の遠吠えが山頂に響き渡る。
ダイキを包む赤い炎が形を変え、巨大な狼と化し、夜空に向かって咆吼を上げる。
『な、なにアレ!? 火の狼!?』
『ダイキさんの体に、まるで纏うように……』
とつぜん起きたダイキの変化に、天眼札の向こうでレンとスズナが戸惑う。
現場にいる少女たちもまた同様の反応であった。
「あ、あれはまさか……霊獣!?」
「クロノ様の身に、霊獣が!?」
キリカとアイシャは、ダイキが纏う炎をひと目で霊獣と見抜き、動揺を隠せずにいた。
祭壇にいる邪心母も、この急展開に混乱していた。
「な、何が起こっているのよ!? どうして! あの子は、ただの一般人のはずでしょ!? なのになぜ……霊獣が!?」
「ダイキ。あなた……」
ルカも目を見張る。
幼馴染の少年の異変に。
ルカは、はっきりと感じた。
ダイキの体から生じるエネルギーの波動を。
「ダイキに、霊力が!」
火の狼はまるでダイキの身に宿るように姿を消す。
すると肉眼でも視認できるほどの霊気が、ダイキの体から迸る。
「──うおおおおおおおおおおお!!」
ダイキは天に向かって吠えた。
それだけ地響きが起こり、凄まじい霊力の余波が大気を震わす。
「ぐおおおお!?」
近距離にいた影浸は、その霊力の奔流に吹っ飛ばされる。
「バ、バカな!?」
ありえない事態を前に影浸は眼を疑う。
霊力の余波を浴びた……ただそれだけで、影浸の体が火傷に似た傷を負っていた。
魔骸転身。
それによって全身に影を纏い、真に無敵となったその体は、ツクヨたちのいかなる攻撃をも無効化した。
だというのに……。
(こ、これは何だ!? なぜ霊力の余波を浴びただけで俺の体が傷つく!? 本当に霊力なのか!?)
それはあまりにも異質な霊力だった。
いや、霊力と言っていいのか。
いままで感じたことのない、まったく未知のエネルギーと断定すべきものだった。
(な、何なんだお前は……黒野大輝……貴様は、何者なんだ!?)
それは敵味方問わず、現在全員がダイキに対していだいている疑問だった。
「……そうか。これが、霊力ってやつか」
赤い霊気を纏って、ダイキは影浸と向き合う。
『ダイくんの眼が、赤くなって……』
霊玉と同じように赤く変色した眼光を、ダイキは影浸に放つ。
「……行くぞ」
「っ!?」
一瞬にして、ダイキの姿が掻き消える。
間もなくして、影浸の頬に重い一撃が衝突した。
空気が、唸った。
たった一撃の拳だけで、地形が変わるほどの衝撃波が生じる。
「ぐおあああああああ!?」
重力を無視して、影浸の体は彼方へと吹き飛んだ。
「ぬううう!!」
影浸は翼を翻し、すぐさま体勢を立て直す。
しかしその表情には困惑が満ちていた。
(……あ、ありえない!)
魔骸転身によって影浸の能力値は数十倍に上昇している。
並の拳ではもはや殴った相手の手が粉砕されるはずだというのに……負傷したのは影浸のほうであった。
(何が!? 何が起こっているんだ!?)
あまりに理不尽な事態に、影浸は現実を受け入れることができずにいた。
そんな影浸に、ダイキがゆっくりと忍び寄る。
「……お前、殴れるんだな?」
「っ!?」
影浸は幻を見た。
赤いオーラを纏いながら歩み寄る少年の背後に、異形の影を見た。
鬼だ。
鬼がいる。
コイツは普通ではない、と魂が理解する。
「殴れるんだな? なあ、お前……殴れるんだよなア?」
赤く染まった鬼気が差し向けられる。
影浸は悟る。
殺さなければ殺される。
目の前にいるのは、死力を尽くして排除すべき最大の障害であると。
「オオオオオオ!!」
影浸は霊力の出力を最大までに上げる。
「殺ス! 貴様ダケハ、コノ手デ必ズ!」
異形の姿に相応しい毒々しい霊気を纏って、影浸は牙を剥く。
「「おおおおおお!!」」
拳同士が炸裂し、空気が爆ぜる。
いま再び、二人の男による死闘が始まった。
* * *
「はっ!? 見惚れている場合ではありませんわよキリカさん! わたくしたちもクロノ様に加勢いたしましょう!」
「え、ええ!」
「待て。ここはダイキは任せたほう良さそうだ」
加勢に入ろうとしたアイシャとキリカをツクヨが止める。
「なぜ止めますのツクヨさん!? 事態は把握できかねますが、クロノ様は何らかの異能の目覚めたご様子! この好機を逃さず、全員で畳みかけるべきですわ!」
「落ち着きなシスターの嬢ちゃん。あの黒いヤツの体は完全にオレたちの攻撃を無効化していただろ? 恐らくその霊術はいまだ持続している。だが……理屈はわからねーが、どうやらダイキの攻撃だけは通じるらしい」
魔骸転身によって真に無敵の体を得た影浸。
ツクヨたちの如何なる霊術も無効化されたにも関わらず、なぜかダイキの拳だけは通じている。
摩訶不思議な現象ではあったが、現状この場で唯一影浸に対して特効を持つのは、ダイキだけであるらしい。
「オレたちがいたら却って足手まといだ。ここはダイキに任せて、オレたちはお嬢さんの救出に向かうぞ」
ツクヨの判断を聞き、アイシャとキリカは顔を見合わせて頷いた。
三人は祭壇に向かって走った。
『……ツクヨさん。ダイくんから出てきた火の狼みたいなものについて、何か知ってるんですか?』
ツクヨたちの周囲に浮く天眼札から、レンの問いかけがあった。
キリカとアイシャも気になる様子で、視線でツクヨに答えを求めた。
「……オレも詳しいことまではわかっているわけじゃない。ただハッキリしていることは──ダイキの身の内には最初から霊獣が宿っていた。璃絵さんは、それを見抜いていたらしい」
「「──っ!?」」
思わぬ内容に、少女たちは絶句した。
「正確には霊獣の『雛』のようなものだった。動物霊から霊獣へと進化しようとしている魂が、ダイキの中に四つ宿っていたんだ」
『四つ!? それじゃあ、あの火の狼は四匹の内の一匹に過ぎないってことですか!?』
「そういうことだ。ありえないことだ。オレたち紫波家の人間でも憑依する霊獣は一匹だけだっていうのに。だが事実、ダイキの中には四匹の動物の霊がいた。だからこそ璃絵さんはオレたち紫波家にダイキを託したんだ。『雛』の状態である霊獣たちがいずれ完全に目覚めるその日まで、チカラをコントロールできるようにな」
少女たちは息を呑んだ。
親しんだ少年の衝撃的な真実に、耳を疑った。
『でも、どうして、ダイくんにそんな霊獣たちが……』
「さあな。だが璃絵さんの予想では、前世で強い絆を結んだ動物たちが今世のダイキの魂に付いてきたんじゃないかって、そう言っていた。ありえない話じゃない。動物の霊ってのは恩義を感じた主人の力になるために、時には精霊の域まで進化することがある。ダイキの場合も、そのケースかもしれない」
『前世……』
ツクヨが何気なく口にした言葉を、レンは反復した。
そういえば、ダイキは気になることを言っていた。
──人は死に際を選べないか……ああ、確かにそうだな。俺だって、自分の死に際に納得してるわけじゃないからな。いまだに無念だよ。あんな最期を迎えて。
あれは、いったいどういう意味だったのだろう。
黒野大輝。
人一倍ビビリで、でも拳が通じる相手には誰よりも果敢で、いまやレンにとっても特別な存在となった少年。
もうすっかり彼のことは知り尽くしていると、そう思っていた。
だが……ひょっとしたら自分たちはダイキのことを何も知らないのかもしれない。
(ダイくん。あなたはいったい……)
何者なの?
そう問いかけたい気持ちをレンは押し込めた。
いまはとにかく、ダイキの戦いを支援し、ルカを救出することが先決だった。
それに……たとえダイキが何者だったとしても、わかりきっていることがある。
(ダイくん。あなたは人のために命を張って戦える──そう、私にとって、ヒーローのような人。初めて会ったときから、ずっと、そう思ってるよ?)
そう、こうしているいまも、ダイキは戦っている。
ルカを救うために、あのように恐ろしい強敵と。
それがすべてだ。
ダイキがどのような秘密を抱えていようと関係ない。
ダイキへいだくこの気持ちが揺らぐことは、決してないのだから。
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