ツクヨVS影浸
ツクヨはもともと頭を使うことが得意ではない。
考えている暇があるのなら、殴って沈黙させる。
それが彼女に一番合った戦い方だった。
「オラァ!!」
止まぬ猛攻が影浸を襲う。
炎を纏った拳が弾丸のごとく打ち出され、影浸の黒い体に吸い込まれていく。
ツクヨの攻撃は相変わらず通じている様子はない。
まるで実体のない空気を殴っているような感触に、ツクヨは気色の悪さを覚えた。
こちらの攻撃を無効にするカラクリは、はっきり言ってわからない。
……ならば、通じるまで殴るだけだ。
息も吐かせぬほどの猛攻によって、敵もいずれはボロを出すはずだ。
その瞬間を、ツクヨは決して見逃さない。
わずかな隙を突き、一気にこちらのペースに持ち込む。
まさに獣が獲物を狩るがごとく。
それこそが紫波家ならではの戦い方だ。
思考よりも直感に従うことで、ツクヨは常に活路を開いてきた。
何より結果的にそれが一番、敵にとっては厄介なのだった。
「……攻撃は最大の防御とはよく言ったものだ。ここまで手こずる羽目になるとはな」
苦々しく影浸が呟く。
影浸も負けじと技を繰り出しているが、その悉くをツクヨの拳によって打ち砕かれていた。
単純な破壊力だけによるものではない。
それらはツクヨに宿る霊獣の力でもあった。
「こちらの霊術を炎の熱で溶かしているわけか……まさか俺の『影』まで焼かれるとはな」
影浸は影で構成された針を無数に打ち出すも、ツクヨの体に直撃する寸前にそれは炎に包まれて消滅した。
ツクヨの全身には常時、赤い霊気が展開されている。
それらが障壁の役割となって、攻撃を無効化しているのであった。
「そちらの攻撃は俺には効かず、俺の攻撃もそちらに焼かれるか……これは完全に消耗戦というやつではないかな?」
「ああ、そうだな。どっちが先に
ツクヨは両手で巨大な火球を造り上げ、影浸の頭上に向けて放つ。
影浸は素早く躱し、黒衣を大鎌に変えてツクヨの懐に入り込む。
ツクヨは籠手から炎の刃を生成し、すぐさま応戦する。
「はっ! 正面から向かってくるなんてよぉ、意外と男らしいじゃねえか! さっきみてぇに不意打ちで空間転移を使ったりしねえのかよ!」
「……」
ツクヨの挑発を、影浸は沈黙で流す。
その様子を見て、ツクヨは歯を剥き出しにして笑う。
「やっぱりそうか。影を使った空間転移……何度も使えるワケじゃねえんだな? そりゃそうだな! あんな大技を何度も使ってたら一気に霊力がスッカラカンになるもんなぁ! はっ! 意外と大したことなさそうだなオメェ!」
「安い挑発だな。俺をムキにさせ、霊力を消耗させる作戦か」
「さてどうだろうなぁ! もっとも、あんな小賢しい真似をされたところでオレには通用しねぇけどなぁ!」
「……そうか。では、これは躱せるか?」
「っ!?」
ツクヨの左胸の部分に、とつじょ黒い球体が出現する。
まずい、とツクヨは直感で体をずらした。
その瞬間、黒い球体は鋭い槍へと変化した。
ツクヨは戦慄した。
あのまま立っていたら、心臓を貫かれていた。
「はっ!?」
眼前に再び黒い球体が出現する。
今度はふたつ。
「瞬影!」
咄嗟に射程距離から離脱。
十字型に展開された槍が、虚しく空中に浮いていた。
「ぐっ!?」
移動した先の足下にも黒い球体があった。
地面から伸びる茎のごとく、黒い槍がツクヨの体をかすめる。
「『疾黒ノ槍』は自由な位置で生成が可能だ。貴様の言うとおり、空間転移など使うまでもない」
背後で霊術が展開された気配を感じ、ツクヨは前方に向けて疾走する。
案の定、後方では無数の黒い槍がトゲのように広がっていた。
「そして、この攻撃を避けるということは……至近距離による貫通攻撃は障壁でも焼き切れないということだな?」
疾走した先で、影浸が大鎌を構えて待っていた。
ツクヨは忌々しげに鎌を籠手で受け止める。
内心で「正解だよ」と舌打ちしながら。
ツクヨに宿る霊獣『燎炫丸』はある程度の霊術を炎で焼くことができる。
だが先のような急所を狙った不意打ちとなると、相手の霊術を焼き切る前にツクヨの命が奪われてしまう。
(ちくしょうが。これじゃあオレのほうが先に限界が来る!)
予測不可能な不意打ちの連撃。
体力どころか、精神力すらも消耗していく。
長引けば長引くほど、こちらが不利となり、敗北……すると、どうなる?
影浸は真っ先にダイキを始末に向かうだろう。
その最悪な場面が思い浮かんだ途端、ツクヨの中で火が着いた。
「そんなこと……させてたまるかよ!」
ツクヨの全身が赤銅色の炎に包まれる。
膨大な熱気が周囲に広がり、影浸を中心に渦を巻く。
「っ!? これは……」
影浸を囲むように、赤い結界が展開される。
もはや出し惜しみなどしない。
一気に片を付けるべく、ツクヨは最大威力の技をぶつける。
──
ツクヨが地面に向けて拳を打ち出すと、影浸を囲む結界内で爆炎が生じた。
凄まじい衝撃音と共に炎の柱が天に昇っていく。
「無敵かなんだか知らねえが……弟子だけには手出しさせねえからな?」
* * *
ツクヨさんが時間を稼いでくれている。
このチャンスを決して逃すな!
「ルカぁ!」
「ダイキ!」
祭壇まで無事に辿り着く。
桃色に光る液体の中で、ルカは邪心母と身を寄せ合っていた。
「っ!?」
俺は目を見張る。
ルカの体の一部が、邪心母の中に取り込まれている!
まるで粘土細工を繋げるように、ふたつの体が、ひとつに溶け合っていた。
なんてことだ……もうここまで融合が進んでいたのか!?
「あらあら、いけませんよぉ、黒野くぅん? 女性の裸をそんなにまじまじと見つめたら~」
教育実習生と偽っていた頃と同じ声色で邪心母が言う。
「それとも、あなたも混ざりたい? 歓迎するわよ! 愛しのルカちゃんと一緒に取り込んであげる!」
「……ふざけてんじゃねえ!」
口数の減らない邪心母に怒りが湧く。
衝動の導くまま、俺は祭壇の中へと足を踏み入れる。
「ルカを……返しやがれええええ!!」
拳を構え、邪心母に向けて打ち出そうと瞬間……
「なっ!?」
桃色の液体がとつじょ浮き上がり、壁のように行く手を塞いだ。
「くそっ! 何だこれは!? コイツも、怪異なのか!?」
だったら殴り飛ばして押し通るまでだ!
熔さんがくれた御札はまだ残ってる!
霊体だろうと関係なく殴れるはずだ!
「餓狼拳!」
拳は炸裂し、風穴があく。
だが……流れる滝のように、すぐに穴は塞がれてしまった。
「くそっ!」
ならば一気に水の壁を突き抜けようとタックルを仕掛けるも、凄まじい水圧によって弾き飛ばされてしまった。
「ぐあっ!」
「ダイキ!?」
「あははは! さすが男ねぇ! 勇ましくて惚れ惚れしちゃうわ~!」
ちくしょう。もう手の届くところまでルカがいるのに……。
清香さんを命を奪った仇敵がすぐにそこにいるのに!
「うおおおおおお!!」
俺は我武者羅に壁を殴り続けた。
こうなったら根気比べだ。
水の怪異が限界を迎えるまで殴り続けてやる!
助けるんだ。ルカだけは、絶対に!
* * *
「ダイキ……」
水の壁を殴り続けるダイキを、ルカは切なげに見ていた。
最愛の少年が助けに来てくれた。
こんなに嬉しいことはない。
だがそれ以上に……怖い。
自分のせいで、彼が危険な目に遭うことが。
(悔しい……悔しい!)
ダイキたちがここまで命を懸けているのに、いまの自分は無力だった。
融合の進行は確実に進んでいる。
このまま邪心母の一部になってしまうのか? 何もできないまま?
それでは、ダイキたちの行動が無駄になってしまう。
(動いて……動いてよ!)
ルカは歯噛みしつつ、己の霊力を引き出そうとするが、やはり変化はない。
(どうして……どうして私はいつも肝心なところばかりで、何もできないの!)
悔しさと己に対する怒りから、ルカは涙を流した。
「……泣くなよ、ルカ」
「え?」
そんなルカに向けて、ダイキの優しい声が届く。
いつものように穏やかで、ルカを安心させる笑顔がそこにあった。
「絶対に、大丈夫だから。一緒に、帰るんだ」
「ダイキ……」
「だから……ルカも諦めるな!」
「っ!?」
ダイキは再び壁を殴り始めた。
……そうだ。ダイキの言うとおりだ。
最後まで、抗おう。
いつだって自分たちは、そうやって活路を開いてきたじゃないか。
信じるんだ。
ダイキを信じるように、自分自身の力を。
(私の中にはワケのわからない力がある。でも……それが何?)
紅糸繰に秘められた謎を明かされて、ルカは己の力の異質さに怯えていた。
だが、いまはそんなことはどうでもいい。
母がどんな思いで、無数の妖魔が宿る霊装を託したか……それもいまは考えるべきことじゃない。
いま、すべきことは……ここから生きて帰ることだ!
「……羨ましいわね。あんなにも大事に思ってくれる人がいて」
「え? ……ぐっ!?」
底冷えするような呟きと共に、邪心母がルカの両頬を乱暴に掴んだ。
「ああ、本当に憎らしい。私の生前には、あんな風に体を張って助けてくれる男なんていなかったわ。あなた、どれだけ自分が恵まれているかわかる?」
蛇のような眼光が、ルカを忌々しげに射貫く。
明らかな妬みと憎しみのこもった視線にルカは動揺する。
そして同時に、邪心母の発言に引っかかりを覚えた。
「……生前ですって?」
「そうよ。私たち常闇の侵徒は──全員が死者よ。ほら、心臓が動いてないでしょ?」
邪心母はルカの手を取り、自らの胸元に導く。
ルカは血の気が引いた。
手の向こう側からは、命の鼓動を感じなかった。
そして、今更になって気づく。
邪心母の体は、氷のように冷たいことを。
これは……死者の冷たさだ。
「私たちは侵徒は、全員がこの世に未練と憎しみをいだいた死者の成れの果て……そんな私たちを女王様は救ってくれたのよ。第二の生と異能の力をお与えになってね」
「未練と、憎しみ……ぐっ!?」
ルカはとつぜん頭痛に襲われた。
頭の中で、覚えのない映像が浮かび上がる。
『……いやっ。私から■■を奪わないで!』
『返して……私の■■を返してよ!!』
『……許さない。絶対に許さない!』
それは言葉にできないほどの絶望と憎悪。
そして途方もない喪失感。
これは、いったい何だ?
どうして、こんな記憶にないものが頭に浮かぶのか。
(これはまさか……邪心母の?)
もしも融合による一体化によって、相手の記憶が共有できるとしたら……これは、邪心母の生前の記憶だというのか。
もしそうだとしたら……。
(なんて……救いのない……)
ルカの頬を濡らす涙。
それは、はたして悔しさと怒りによるものか。
* * *
諦めるな。諦めるな。諦めるな。
ツクヨ師匠が命を張っているんだ。
俺も命を懸けて、ルカを助けるんだ!
『ダ、ダイくん!!』
懐の天眼札からレンの声が響く。
俺のところに再びに通信が来たということは……キリカとアイシャは無事に難を逃れたのか?
「レン! キリカとアイシャは……」
二人の無事を確認しようとするとレンの切羽詰まった声が遮った。
『ツ、ツクヨさんが……ツクヨさんが!』
「え?」
『どうして……スズちゃんがずっと浄耀鐘を鳴らしているのに!』
ドクン、と心臓が跳ねる。
固唾を呑み、ゆっくりと背後を振り返る。
そんなはずない。絶対にありえない。そう自分に言い聞かせながら。
だが……最も想像したくない光景が、そこには広がっていた。
黒い膜に包まれたツクヨさん。
そしてその体を……無数の槍が貫いていた。
「師匠オオオオオオオ!!!!」
絶叫が虚しく山頂の空に響いた。
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