究極の合成怪異
ひとまず、まだ最悪の事態は起きていないようだ。
周囲には邪心母が産み出した合成怪異の姿も気配もない。
ルカを助けるなら、いまがチャンスだ。
邪心母自身の戦闘力は未知数だが、こちらにはツクヨさんもキリカもアイシャもいる。
総出でかかれば、やれないことはないはずだ!
「待ってろルカ! いま助ける!」
「覚悟なさい邪心母! この間のお礼をたっぷりしてやるわ!」
「おーほっほっほっほっ! わたくしに助けてもらえることに感謝なさいルカ! お礼はクロノ様独占権100年分で結構ですわ!」
「ガキども! だからオレよりも先に前に出るなって言ってんだろ!」
四人でルカのもとへ駆ける。
あと少し……あと少しでルカに手が届いて……
『っ!? ダメ皆! 止まって!』
天眼札からレンの悲鳴混じりの声が上がる。
だが、もう遅かった。
「──あ」
目の前にとつぜん、黒い渦が広がった。
ルカを攫ったときと同じ、黒い渦が。
「ダイキ! 下がれ!」
「うわっ!」
疾走の勢いで黒い渦と衝突しかけたところで、ツクヨさんに引っ張られ、後方に下がることができた。
しかし……、
「きゃあああああ!!」
「あ~れ~! 今回のわたくしこんな役回りばっかりじゃないですの~!?」
「キリカ! アイシャ!」
キリカとアイシャは黒い渦の中に吸い込まれ、姿を消してしまった!
「レン! 二人はどこに!?」
「落ち着いてダイくん! 二人ともまだ辰奥山の中にいる! でも……かなり離れた距離に飛ばされちゃったみたい」
ひとまず二人が無事だったことに安堵する。
だが状況は絶望的だ。一瞬にして頼もしい味方たちと分断されてしまったのだから。
そして、こんな真似ができるのは……。
「やはりお前だったか。敬意を表そう。只人の身でここまで来れたことを」
「──影浸!」
ルカを攫った黒衣の男……常闇の侵徒、影浸の姿がそこにあった。
「許せ邪心母。二人ほど転移に失敗した」
「構わないわよ影浸。警戒してた二人を分断させてくれただけでも上出来よ。後は私の新しい仔たちが始末してくれるでしょう」
「っ!?」
影浸と邪心母の不穏な会話で冷や汗が出る。
「邪心母、テメェ……キリカとアイシャに何をする気だ!?」
「あの二人は力が未知数で邪魔なのよ。藍神ちゃんの守護霊はもちろん、あのやらしい体つきをしたシスターちゃんも何か秘策を隠しているみたいだしね。儀式の障害にならないよう、ここでご退場してもらうわ」
前回、守護霊の力を垣間見てか、邪心母はよほどキリカのことを警戒しているらしい。
そして、どんな方法を使ったかは知らないが、アイシャが新技を身につけたことを把握しているあたり、こちらの情報は筒抜けらしい。
「彼女たちには取っておきの合成怪異を用意させてもらったわ。今頃その仔たちのテリトリーで遊んでもらっているはずよ」
「っ!?」
まずい! このままだとキリカとアイシャの身が危ない!
「レン! ここはいい! キリカとアイシャのサポートに回ってくれ!」
『ダイくん!? でも……』
「こっちにはツクヨさんがいるからひとまず大丈夫だ! 頼む! 二人を助けてやってくれ!」
『わ、わかった!』
ひとまずレンのサポートをキリカとアイシャのほうへ優先させる。
それにしても……あの二人を相手にするために用意した取っておきの合成怪異だと?
いったい、どんな化け物なんだ?
──キリカ……アイシャ……無事でいてくれ!
敵と相対しながら、俺は二人の無事を祈った。
* * *
「くっ……ここは?」
黒い渦によって別の場所に転移させられたキリカは、すぐに周囲を警戒した。
鬱蒼と茂る森林空間……そして頂上で感じた澱んだ霊力の気配が遠ざかっていない辺り、どうやら自分はまだ辰奥山の中にいることを把握する。
だが、再び頂上に戻るには時間がかかりそうだった。
(油断したわ。空間転移の力を持つ敵がいることは黒野から聞いていたのに)
とにかく、いまは現在位置を把握するべきだ。
レンの天眼札で、ルートを教えてもらおう。
「レン、聞こえる? アタシ、いまどの辺に……」
『キリちゃん! 上! 避けて!』
「っ!?」
ルート案内よりも先に警報を知らされたキリカは、すぐに動体視力を強化してその場を離れた。
上空から巨大な岩石が墜落し、地面に深々と突き刺さる。
レンの指示が遅ければ、今頃ミンチになっていた。
「この攻撃は……っ!?」
キリカはすぐさま神木刀を構えた。
暗い木々の向こう側から、異質な気配が迫ってくるのを感じ取る。
ズシン、と巨大な何かが地を揺らす。
キリカは固唾を呑んだ。
先刻まで相手にしていた合成怪異の群れとは明らかに霊力も力量差も異にする個体。
そんな化け物が自分に差し向けられたのだと、キリカは悟った。
「祝福……祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福!!!!!」
まるでノイズまじりの機械音声のように同じ単語を繰り返す巨影。
それは、全身が石で構成された人型の巨人であった。
体のところどころに、ボロボロの赤い布が絡まり、流血のように垂れ下がっている。
顔と思われる部分には、赤黒く光るふたつの目と口があり、天に向かって狂気の笑みを浮かべている。
「おお、神よ! 愛しき神よ! 罪深き我に神罰を降したまえ! 神父の身でありながら多くの殺戮と恥辱を繰り返した罪深き我を! 神罰、神自らの鉄槌……それを祝福と呼ばずとして何と言う!?」
キリカは戦慄した。
合成怪異が、言葉を発している。
ハッキリと自我を持っているかのように。
血のように赤く光る目が、キリカを睨めつける。
ねっとりと、舐め回すような視線に、キリカは生理的な嫌悪を覚えた。
間違いない……この合成怪異は、素材となった怪異の自我を色濃く残している!
「娘よ! 神域に至った守護霊を宿す娘よ! 我にその力を存分に揮うがイイ! 味わわせておくれ! 神の力を! 神罰の剣をこの身に浴びせておくれええええ!!」
石の塊は両腕を広げ、天に向かって咆吼を上げた。
「我が名は
* * *
「アウチ!?」
アイシャは顔から墜落した。
ひっくり返ったスカートから白のTバックショーツと巨尻をだらしなく丸出しにしながら、ピクピクと体を震わせる。
「んもぅ~、今朝はルカに隣町まで吹っ飛ばされるわで災難続きですわ~。……はて、ここはいずこ?」
スカートを直しながら、アイシャは周囲をキョロキョロと見回す。
霧の濃い森林地帯……だが、山と違い、平坦な大地が果てしなく続いており、砂利道の上には線路が敷かれている。
そしてアイシャの近くには『めぐる駅』と表札のかかった無人駅が建っていた。
辰奥山から別の場所に飛ばされてしまったのか?
……否、そうではないとアイシャは冷静に分析する。
「……これは異空間ですわね。それも誘い込んだ人間を閉じ込める『異界駅』の一種ですわ」
周囲の異質な空気と、漂う邪悪な霊気から、アイシャは自分のいる場所が怪異が生み出した別世界であることを見抜いた。
……そして、自分を睨めつけている存在がいることも。
「覗き見とは趣味が悪いですわよ。わたくしを狩るおつもりなら、正々堂々と姿をお見せなさい!」
アイシャの言葉に「クスクス……」と返す笑い声があった。
「ああ、妬ましい。その綺麗な顔。無駄に発育した体。どんな男も虜にできるんでしょうね~……ああ、妬ましい妬ましい妬ましい……でも残念! その綺麗な顔も体も、ここで醜く干涸らびていくんだよぉ~?」
霧の向こう側から、女のくぐもった声がする。
ついで地をズルズルと這いずり回るような、虫が脚で壁をカリカリと掻くような、神経に障る音が近づいてくる。
「聖砲射出!!」
音のする方向へアイシャは砲撃を放つ。
だが直撃した手応えはなく、破壊光は霧の彼方へと消えていった。
「クスクス……無駄だよ。この空間はワタシの世界……アンタは手も足も出せず、絶望しながら死んでいくんだよぉ」
かくして異形の姿がアイシャの目前に現れた。
蛇のように長い体に、ムカデのような足をウネウネと蠢かしながら、嘲るように笑う女の顔。
爬虫類と昆虫が混じり合ったような女怪が、空高く首を伸ばして、アイシャを見下ろしていた。
「ワタシは
現実から切り離された異界駅で、女怪の高笑いが木霊した。
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