紫波家の女傑



    * * *


 レンとスズナちゃんによる十全なサポートに加え、戦闘力が強化されたキリカ、ベテランの師匠たちとアイシャの存在のおかげで、着実に戦果を上げていく。

 だが、それを嘲笑うかのように合成怪異の数がますます増えていく。

 邪心母はいったい何体産み出したのか。冗談抜きで無尽蔵に湧いて出てくるかのようだ。


「はぁ……はぁ……」


 体力に関しては、スズナちゃんの霊装『浄耀鐘』のおかげで尽きることはないが、ここまでくると精神的な消耗が目立ってくる。

 いつまでもルカのもとに辿り着けない焦りも手伝って、攻撃のキレが鈍り始めているのを自覚する。


「あらあら~、このままだと、ただの根比べになってしまうわね~」


 悠然な態度を滅多に崩さないミハヤさんも、さすがに笑顔を消して呟く。


「うむ。頃合いじゃな。ミハヤ、ウズエ、我が輩たち三人でやるぞ」

「ん……わかった」


 カザネさんの言葉で、ミハヤさんとウズエさんが俺たちの前に出る。


「ツクヨ、お主は童子たちを連れて頂上へ向かえ。殿しんがりは我が輩たちが務める」

「っ!? 待ってくださいカザネさん! だったらオレだけが残ります! それより三人がダイキたちの傍にいたほうが……」

「たわけ。いくらお主でも、単騎でこれだけの数をどうにかできるか。なにより、ダイキと最も息を合わせて戦えるのはお主じゃツクヨ。お主が適任じゃ」


 カザネさんの指摘に、ツクヨさんは面持ちを硬くしながらも、ゆっくりと頷いた。

 そんな……師匠の三人を囮にして行けというのか。


「カザネ師匠!」

「案ずるなダイキ。この程度の化生の群れなど、我が輩たちだけで充分じゃ」

「そうそう。お師匠さんの腕を信じなさ~い」

「ん……これくらいで死ぬほど、紫波家の女は柔じゃない」


 口々に俺の心配を振り払う三人の師匠たち。

 こちらに向ける笑顔が、ゆっくりと戦士としての面構えに移っていく。


「では、始めるとするかの……」


 カザネさんが手元の鉄扇を開き、一呼吸置く。


「ミハヤ! ウズエ! 霊獣を解放するぞ!」

「は~い」

「ん……派手にいこうか」


 カザネさんの号令で、ミハヤさんは妖艶に脚を撫で、ウズエさんは口元まで上げていたジャージのジッパーを下ろす。

 それは、彼女たちが身の内に宿った霊獣を解放するときの合図。


 霊獣。

 獣憑きの一族である紫波家には、生まれながらに何らかの霊獣を宿している。

 紫波家の人間たちは宿った霊獣を解放することで、力を発揮する。

 その霊獣の首輪がいま、解き放たれる。


 ──霊獣解放。


 三人の女傑の声に合わせて、膨大な霊力が噴き出す。


「ウゥゥ……」

「グルルル……」

「ガァァァ……」


 見目麗しい女性が上げるには不釣り合いな獣ごとき唸り声が、師匠たちの口から漏れ出る。

 彼女たちの瞳孔が猫の目のごとく縦長になり、夜の闇の中で鋭く光を発する。


 ──オオオオオオオオオオオオオ!!!


 三つの咆吼が夜空に轟く。

 凄まじい力の奔流が骨にまで届く。

 ヒトと異なる強大な存在の気配が、表に出現したことを悟る。

 四脚獣のごとき構えを取り、歯が牙のように鋭くなった師匠たちを前に、俺は思わず身を竦ませた。

 これが……霊獣解放!


 ──獣操具じゅうそうぐ、展開。


 師匠たちの首には、それぞれ黒色のチョーカーが巻かれていた。

 それが、ふと光を発し、異なる形状に変化していく。

 チョーカーは口元を覆う金属製のマスクと化した。

 ミハヤ師匠は、肉食のネコ科の口を思わせるマスクを。

 カザネ師匠は、猛禽類のような嘴を連想させるマスクを。

 ウズエ師匠は、サメのあぎとを想起させるマスクを。


 獣操具……確か、霊獣の力を制御するための霊装だと聞いた。

 紫波家にとって霊獣は、共に生まれ育った味方ではあるが……その力を引き出すとき、どうあっても理性が削がれ、怒り狂う獣のごとく暴走してしまうのだという。

 あのマスクは荒ぶる霊獣をコントロールする、いわば拘束具。

 それを展開したことにより、唸り声を上げていた師匠たちは徐々に落ち着きを取り戻していった。

 しかし、体からほとばしる修羅のごとき覇気は変わらず、むしろ刃のように鋭さを増していく。


 完全に気配が変わっていた。

 ヒトと獣が合わさった、戦士の気配だった。


 三つの影が空高く舞う。

 早すぎて、目で追えない。


「あはははは! 行くわよ! 斬り刻んであげるわ~!!」


 ミハヤ師匠は過剰なまでにご機嫌に笑いながら、異形の群れの中へ飛び込む。


「狩り尽くすわよ──磊岩らいがん!!」


 ミハヤ師匠の背後に虎のシルエットが生じる。

 幻ではない。

 あれこそはミハヤ師匠に宿った霊獣──磊岩らいがんの姿だ。


「取っておきを喰らいなさ~い!」


 ミハヤ師匠が片足で大地を思いきり踏み抜くと……


 ──剣岩山けんがんざん


 大地から、先端が鋭く尖った、黒光りする岩が突き出した。

 合成怪異たちは瞬く間に串刺しにされ、身動きを封じられる。


「あはははは!! ピクピク痙攣しちゃって可愛らしいわ~! もっと凄いの味わわせてあ・げ・る!」


 ミハヤ師匠の足下に装着された『閃影虎月』の踵の部分──もともと刃物が付いていたその箇所に、黒光りする石の刃が生じ、長刀のように伸びていく。


 ──猛虎裂脚・石刃せきじん


 ミハヤ師匠は高らかに笑いながら、まるでコマのように旋回し、両足から伸びる二刀で合成怪異の体を斬り刻んでいった。


「はっはっはっはっは! 調子が良いのぉミハヤ! 我が輩たちも負けてはおれんな! 薙ぎ払え──七風しっぷう!!」


 カザネ師匠の背後に鷲のシルエットが浮かび上がると同時に、周りに複数の鉄球が出現する。


 ──荒鷲礫あらわしのつぶて嵐空らんくう


 右手に握った鉄扇でひと扇ぎすると、森の木々が傾くとほどの凄まじい突風が起こる。

 複数の鉄球は風の勢いにのって、弾丸のごとく合成怪異の体を貫き、風穴をあけていく。


「ん……あたしたちもやろうか。呑み干せ──喰波くいなみ


 ウズエ師匠の背後にサメのシルエットが浮かぶと、両手に構えた長槍の先端に大量の水が発生し、渦を巻く。


 ──潜鮫牙せんこうが大乱渦だいらんか


 渦を纏った長槍を前に突き出すと、地形を変えるほどの大津波がほとばしり、合成怪異を呑み込んでいく。

 波はやがて天に向かって伸びる大渦へと変化し、中に呑み込まれた合成怪異を次々と細切れにしていった。


 先刻の戦いなど比にならない圧倒的な殲滅力を前に、俺もキリカもアイシャも口をポカンとあけていた。


「す、すげぇ……」

「な、なに? このデタラメな強さ……」

「こ、これが霊獣を飼い慣らす紫波家の力ですの?」


 俺も実際にこうして見るのは初めてだ。

 これが霊獣の力……てか、俺の師匠たちってやっぱ凄かったんだな。

 彼女たちの修行は地獄すら生ぬるい過酷なものだったが、ここまで大規模な戦闘力を見せつけられると、俺は随分と優しく手加減されていたのだと思い知らされた。


「呑気に突っ立てんじゃねえぞガキども! カザネさんたちが頂上までの道を拓いてくれた! さっさと登るぞ!」

「っ!? 押忍!」


 ツクヨさんに牽引されて、俺たちは頂上を目指した。



    * * *



 途中の道すがら、群れから抜け出した合成怪異が足止めをしてきたが、四人でも楽々片付けられる数だった。

 俺たちは順調に頂上まで登り……その異様な光景を目の前にした。


「な、何だここは……」


 そこは石造りの遺跡のような場所だった。

 山の頂でありながら、グラウンド並の広さの平地が開拓されている。

 このような深山幽谷には不釣り合いな、古代文明を思わせる空間だった。

 その中央……毒々しい光に包まれながら、桃色の液体に浸かる二つの人影が見えた。


 見間違えるはずがない。

 そこにいるのはルカだった。


「ルカあああああ!!」

「っ!? ダイキ! 皆!」

「あら、お早いご到着ねナイト様」


 不適に笑いながら、ルカの傍にいるのは水坂牧乃……否、邪心母だった。


「お姫様のピンチに駆けつけるのは素敵だけれど……いまはご遠慮してくださるかしら? 見てのとおり、いま私たちお楽しみ中なの。紳士ならマジマジと見るべきではないわよ」


 見ると、ルカも邪心母も生まれたままの姿で密着している。

 まるで、いまにも溶け合ってしまいそうなほどに深く。

 俺の中で怒りが頂点に達する。


「テメェ……ルカにどんなエッチなことをしやがった!」

「こんなときに何ふざけとんじゃお前は!」


 キリカに頭を殴られた。

 キリカ! 俺は真剣なんだ!


「ふっ……ルカちゃんのおっぱいとお尻は柔らかかったわよ!」

「ダイキ! 安心して! ダイキにあげる初めてはちゃんと守ってるから!!」

「そっちも悪ノリするな!!」


 キリカの鋭いツッコミが山の頂に響いた。

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