新たな霊装②天眼札


「うおおおお!」


 息を吐く暇も無く、連撃を繰り出していく。

 ちくしょう。いったい何体いやがるんだ。

 倒しても倒しても、次々と異形の群れがやってくる。


 合成怪異……少なくとも三体の怪異を複合させた存在である以上、こいつらは一体いったい特殊な能力を三つ持っていることになる。

 これがとても厄介だった。

 火を噴いたかと思いきや、氷の槍を吹き飛ばしてきたり、雷撃を放ってきたりする。

 厚い装甲を纏っているかと思いきや、軟体動物のように伸縮し、高速で襲いかかってきたりする。

 中には攻撃を仕掛けることで能力が発動するモノもいる。

 どいつもこいつも、どんな力を持っているのかまったく予想できない。

 だからと言って、攻撃を躊躇っていたら即死だ。

 この場における最適解はひとつ。


 ヤラれる前にヤル。

 それしかない。

 他の皆もそれを承知しているようで、呑気に分析するよりも先に必殺の一撃を叩き出している。

 だがそれでも、敵の数が減らない。

 とにかく多すぎる。

 このままじゃ、ルカのもとに辿り着く前に……。


『ダイくん! 足下! 地中から敵が来る!』

「っ!」


 この場に居ないはずのレンの声が響く。

 幻聴ではない。

 その呼びかけを信頼して、俺は瞬時に動いた。


「瞬影!」


 俺の立っていた地面から、牙を生やしたミミズのような合成怪異が飛び出す。

 危なかった。あのまま立っていたら丸呑みされているところだった。


「助かったぞ、レン!」

『うん! 任せて! 敵の動きは私が確認するから!』


 レンに礼を言うと、すぐさま本人から返事がやってくる。

 無論、スマートフォンの通話ではない。そんなことしている余裕はない。

 これは、もっと効率のいい方法による通信だ。


『アイシャちゃん! 三時の方向から増援! 砲撃で一掃して!』

「承りましたわ! 《聖砲射出》!」


 アイシャが十字型の霊装から翡翠色の破壊光を放つ。

 するといくつもの異形の断末魔が、遠くへ遠くへと上がっていく。


『キリちゃん! そこのバカデカい怪異の足元を斬って、横転させて! そうすれば他の怪異ごと押し潰せる!』

「なるほどね。セイッ!」


 一際巨大な怪異の足下をキリカが切断する。

 支えを失った巨大怪異は倒れ伏し、周りにいた合成怪異を巻き込んでいく。


『皆! バラバラにならないで! 一箇所に円陣を組んで、各方面からの攻撃に対応して!』


 再びレンの声が届く。

 その声に従い、俺たちは円陣を組む。


 灰崎さんから貰った御札とは、また別の御札が、俺の懐で青白く輝いている。

 それは眼のような絵柄が描かれた、一見すると栞のようなものだった。

 だが、これもれっきとした霊装だ。

 同じものが、この場で戦っている全員に配られている。


『皆は戦いに集中して! 私が全力でサポートする! だから……死なないで!』


 光り輝く御札からレンの声が響く。

 切な祈りのこもった声が。


「死なないさ。レン、お前の『指揮』があるんだからな」

「ええ、頼もしいわね。戦いの場で、レンの『眼』があるのは」

「信頼していますわよレンさん。あなたの『知恵』に、わたくしたちは幾度も助けられたのですから」


 何度も怪異の謎を解き明かしてきたレンの冴え渡る知恵。

 もしも戦いの場にレンがいてくれれば、戦況に応じて的確な指示をくれたことだろう。

 だが、一般人であるレンを危険な場所に同行させるわけにはいかず、事前に立てた仮説や予想に頼り切るしかなかった。

 ……そう、これまでは。

 いまのレンなら、安全な場所から俺たちの戦いを見て、その知恵を発揮してサポートすることができる。

 熔さんから授かった、霊装によって。



    * * *



 場所は変わって、紫波家の客間。

 そこでレンは、目と指を忙しなく動かしていた。

 スマートフォンやPCを操作しているのではない。

 レンの目の前には、空中に浮かぶいくつもの御札があった。

 御札の一枚いちまいが、こことは異なる景色の映像をディスプレイのように映し出している。

 映像には、山林の中で無数の異形と戦う少年少女たちと女傑たちの姿があった。

 それはまさしく現在、辰奥山で起こっている激戦の状況を映したものだった。


「もう少し手数が欲しいな……『御札』を増やそう」


 呟き、レンは懐から空中に浮かぶ御札と同じものを取り出す。

 ……否、その御札だけには他の御札と異なり、宝玉のようなものが埋め込まれていた。

 レンが強く握ると、宝玉が光を発する。


「『天眼札てんげんさつ』!!」


 レンの声に応じて、空中に浮かぶ御札のひとつに変化が起こる。

 トランプが横にスライドして、新たなカードが顔を出すように、御札が新たに増えたのだ。

 すると、先ほどまでにはなかった角度からの映像が立ち上がる。


「もう一枚……『天眼札』!!」


 再び同じ呼びかけをすると、御札はさらに増え、新たな映像をレンの前に映し出す。

 いくつかの映像は、まるでドローン配信のように高所で移動を続けながら、俯瞰の様子を見せている。

 ……現場では、空中に浮かんでいるとの同じ御札が、鳥類のように自在に飛行しながら戦いの状況を確認していた。


「見落としたりするもんか……私が、皆のサポートをするんだ!」


 気迫の宿った眼力を向けて、レンは戦況の把握に勤しんだ。

 無数の『眼』を現場に送り込み、その状況を確認できる霊装……。

 それこそが、赤嶺レンに与えられた魂魄霊装『天眼札てんげんさつ』であった。


「ぶっつけ本番だけど……やっと使い方がわかってきた。この本体さえ無事なら、本当にいくらでもコピーが造れるんだ」


 また一枚、さらに一枚、眼球の絵柄が描かれた御札が増えていく。

 次々と追加される映像に、レンは素早く眼を動かしていく。

 すると、ひとつの御札に指をタップさせると……


「ダイくん! 後ろ! 避けて!」

『っ!? 助かったぞレン!』


 すぐさま別の御札に指を触れ、レンは声を上げる。


「キリちゃん! 無茶しないで! 処理しきれないやつは素直に紫波家の皆さんに任せて! ツクヨさん! お願いします!」

『くっ! 悔しいけど、仕方ないわね!』

『こんなところで意地張るな! 赤嶺の嬢ちゃん! それでいい! 遠慮なくオレたちにも指示を出しな!』

「は、はい!」


 天眼札のコピーを持った人間とは、こうして通信をすることも可能だった。

 該当する御札を指で触れると、その対象者とやり取りすることができる。

 レンは霊装の特性を活かし、絶妙なタイミングで各々に指示を飛ばしていた。


 戦況の瞬時把握。臨機応変で的確な指示。

 そのどれもが学生離れしており、傍で見守っている灰崎熔は驚嘆するばかりだった。


「……凄いな、赤嶺さん。それ、全部把握しながらやってるのかい?」

「慣れれば、なんてことないです。家でもスマホを弄りながら、複数のディスプレイでマルチタスクしてるんで。これも同じ要領で使えば、なんとか」

「マジか……」


 現代っ子ならではの特技……と、言い切ることはできなかった。

 これは、そんなレベルではない。

 霊力を持たない人間でも使え、そしてその使い手を本体そのものが選ぶ魂魄霊装──そのひとつである『天眼札』が、赤嶺レンという一般人の少女のもとに渡った。

 その時点で、証明されている。

 赤嶺レンは、とんでもない『ブレイン』の持ち主だと。


(天眼札……霊玉が装着された本体がある限り、いくらでもそのコピーを造り出せ、ある程度、空中移動の操作ができる。そして、その能力は送り出した現地の映像と音を拾い、御札を持った人間と通信することができる……言ってしまえば、それだけの霊装だ)


 突出した戦闘能力があるわけではない。

 現代ならば、代用可能の機械も造れるだろう。

 ……だが、この霊装の真価は『使い手』によって発揮される。


 SF作品には幾度とパイロットをサポートするオペレーターや指揮官が存在する。

 いかに腕の優れたパイロットでも、完璧ではない。

 頭脳として後方支援をしてくれるポジションがいることで、その力を存分に発揮できるのだ。


 天眼札は、まさにその戦士パイロットたちを支援するための霊装である。

 熔は目の前で繰り広げられている辰奥山の戦いの映像を見て、言葉を失っていた。

 端から見ても、絶望的な状況、圧倒的な戦力差……それにもかかわらず、ダイキたちは善戦していた。

 赤嶺レンのサポートによって、活路を開いていた。


「ミハヤさん! 奥にいる黒色の塊! ソイツが吐き出してる煙が仲間の再生をおこなっています! ソイツを潰してください! アイシャちゃん! その赤いやつ、アイシャちゃんの攻撃を見て怯んでた! きっと光が弱点! ダイくん! ソイツやたらと腹部を庇ってる! 腹部が弱点かも!」


 わずかな情報で、一瞬見ただけで、合成怪異の特性と弱点を見抜く観察眼。

 それも驚愕に値するが……何より凄まじいのは、その異様な情報処理速度。

 熔の眼からでは、ひとつの映像を注視するだけでも精一杯だというのに、レンはそれを複数確認し、尚且つ把握し、指示まで飛ばしている。

 いま、レンの頭の中では、とんでもない勢いの並列処理が行われているに違いなかった。


(天眼札は、優れた頭脳の持ち主しか使い手として選ばない。そして、その使い手は数十年現れなかったと聞く……なんてこったい。とんでもない子だよ、この赤嶺ちゃん)


 天眼札を生み出した何代か前の先祖。

 顔も知らない先祖は、さぞ喜んでいることだろう。

 ようやく、運命の使い手に巡り会えたことを。


 そして──


「……やっとだ。やっと私も、皆の戦いに役立てるんだ」


 赤嶺レン自身が、涙を流して喜んでいた。


 情報収集。交渉。考察。レンがこれまでやってきたことは、それだけ。

 肝心な戦闘は、いつだってルカとダイキたちに任せきりだった。

 戦闘能力のないレンでは、戦いの手助けなどできない。現場にいても足を引っ張るだけだ。

 やるべきことを終えた後は、安全な場所で仲間の無事を祈ることしかできなかった。

 適材適所。それはわかっている。

 それでもレンは、辛かった。

 いまだって、安全な場所で待機していることに変わりないが……しかし。


 己の頭脳を、戦場にいる仲間のために活かせる。

 己の眼が、仲間の危機を救える。

 己の言葉が、戦う仲間のもとに届く。


 それが、どれだけ大きな変化か。

 いまこそ、己の与えられた役割を存分に発揮するときだった。


「死なせない! 誰も! 私が皆の『眼』になるんだ!」


 誓いを新たに、レンは生まれ持った頭脳を全力で稼働させた。

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