ルカとの思い出
お隣に住む黒野大輝くんとは、物心がつく頃から一緒にいた。
周りから浮きがちな私をいつも庇ってくれる、ちょっと変わった男の子。
「ねえねえ、どうしてルカちゃんの髪っておばあさんみたいに白いの?」
「どうして目がウサギみたいに赤いの?」
同い年くらいの子どもは、よくそう言って私の見た目をからかってきた。
そのたび、ダイキは私を慰めてくれた。
「気にするなよルカ。銀髪と赤眼はソシャゲでは大人気属性なんだ。いずれ需要が追いつく時代が来るって」
ときどき意味不明なことを口にしていたけど、ダイキはよく私の髪と瞳の色を「好き」と言ってくれた。
それがとっても嬉しかった。私にとっても、お母さん譲りの髪と瞳は大切なものだったから。
「周りの言うことなんて気にするなよ。それに、この世界には金髪とか青髪とか若草色の髪とか、変わった髪色の人がたくさんいるんだから。……そうだよ! ルカの見た目だけからかわれるのおかしいだろうがよ! おい、ガキども! 街中に行ってみぃや! 赤とかピンクとか紫とかいくらでも変わった髪色の人間で溢れてるからよ!」
ダイキは人一倍怖がりなのに……私みたいな不気味な女の子を怖がったりしなかった。
私は生まれつき怖いものがたくさん見える。お母さんと同じように『霊力』を持っているから、普通の人には感じ取れないものが感じ取れてしまう。
家でも、公園でも、そして通う幼稚園でも……。
「わーい、ご本読もっと~。どれにしよっかな~? あ、これおもしろそう!」
「ダメ」
「え?」
「この本は、読んじゃダメ」
幼稚園の本棚に挟まっている本の中に、一冊だけおかしな気配があるのを私は感じ取った。
同じ組の女の子はその本を手に取ろうとしたので、私は慌てて奪い取った。
「……せんせい~! ルカちゃんがまたおかしなこと言ってま~す!」
女の子は私に本を横取りされたと思ったようで、一気に不機嫌になって先生に言いつけた。
先生は「またか……」と心底めんどくさそうに溜め息を吐いて私の前に来た。
「ルカちゃん? 絵本は皆のものなのよ? 読みたかったら順番! まずはユウカちゃんに読ませてあげなさい!」
「そうだそうだ! ひとりじめなんてズルいんだ~」
違う。違うんだよ先生。この本は、開いたらマズいものなの。
この幼稚園には絵本を買う予算がないから、いろんな場所から古い絵本を貰っているのを私は知っている。
……その中に、きっと危険な絵本も混じっていたんだ。
──あけて……あけて……おいでよ? 君も絵本の世界へ……きひひひ……
胸に抱きしめた絵本から不気味な声が響く。
でも先生たちには聞こえていない。
きっと私がどれだけ説明しても「嘘をつくんじゃありません!」といつものように信じてもらえず、叱られるだけだろう。
どうしよう。いったい、どうすれば……。
「……わ~! この絵本めっちゃおもしれえええ! やべえ! こんなおもしろい絵本読んだことねえええ! 楽しいな~! こんな楽しい絵本読める俺って幸せ者だな~!」
とつぜん、周りの皆に聞こえるように大声を上げる男の子がいた。
ダイキだった。
一冊の絵本を広げて、さもおもしろそうに笑っている。
「ええ!? ダイキくん、その絵本そんなにおもしろいの~?」
「ボクも読みた~い!」
「わたしにも見せて~!」
子どもたちは、ダイキが持つ絵本が気になってしょうがなくなったようで、我先にと集まっていく。
私が抱える絵本を読みたがっていた女の子も、ダイキが持つ絵本のほうに興味が移ったようで、気づけばいなくなっていた。
「……ルカ、こっちこっち。その絵本、ヤバイやつなんだろ?」
皆が夢中で絵本を奪い合っている間に、こっそりとダイキは私を物陰に連れ込んだ。
ダイキは気づいていたんだ。私が困っているから、あんなお芝居をして皆の興味を引いたんだ。
「この絵本、こっそり家に持ち帰ってお母さんに何とかしてもらわないと」
「うん、そうしよ。おっかない絵本がある幼稚園に通うなんて俺、絶対いやだもんね!」
先生に見つからないように、私たちは絵本をカバンに詰め込んだ。お母さんに見せれば、きっと何とかしてくれる。
これで、ひと安心。
ホッとしていると、ダイキが私の頭に手を置いた。
「また皆を守ってくれたんだな? 偉い偉い。ルカはとっても偉いな~。優しいな~」
ニコニコと笑顔でダイキは優しく頭を撫でてくれた。
……なんだろう。お胸がとってもドキドキしちゃう。
ダイキは私と同い年なのに、ときどき私をうんと小さい子相手にするみたいに接してくる。
でも、不思議といやじゃない。むしろ、もっとそんな風に褒めてほしいって思っちゃう。
この世界には、悪い怪異がたくさんいる。
なのに、誰も私の話を信じてくれない。
先生も、子どもたちも、私を「嘘つき!」と呼ぶ。
でも、ダイキだけはわかってくれている。私のすることを「偉い」って言ってくれる。
だから悲しくなっても、平気でいられる。
諦めずに、人助けをしようって、そう思える。
もしもダイキがいなかったら……私はきっと毎日泣いていたと思う。
「ほら、ルカ。帰ろうぜ?」
「うん」
いつものように手を繋いで帰る。
とってもあったかい。
体も心もポカポカする。
ダイキ……お願い。私の傍から、いなくならないで?
私がずっと、怖いものからダイキを守ってあげるから。
ダイキはとっても怖がりさんだ。
怪異絡みの事件に巻き込まれると、真っ先に私の家にやってくる。
「助けちくり~ルカ~! 呪いの人形が出たよ~! 捨てても戻ってくるよ~! 怖いよ~!」
「ね♡ 抱いて♡」
「抱かねーよ! 呪いの人形のくせに媚びた声を出すんじゃないよ!」
お母さんいわく、ダイキは特に霊や怪異に好かれやすい体質みたいで、たぶん普通の人よりも怖い目に遭う頻度が多い。かわいそうに。
「およよ。ルカ~。こんな怪異だらけの生活もうコリゴリだよ~」
「ヨシヨシ。大丈夫、私が絶対にダイキを守ってあげる」
怪異が出たときのダイキは、とっても甘えん坊さん。
涙を流しながら、私に縋り付いてくる。
男の子なのに情けない、とは思わない。むしろ、かわいく感じちゃう。
ダイキには申し訳ないけど、私にとってはウキウキしてしまう時間だ。
こうして頼りにされるのは、やっぱり、とっても嬉しいから。
だから、私はもっと強くならなくちゃいけない。
私もお母さんみたいに、いろんな人を救える凄い霊能力者になるんだ。
たとえ、それで余計に周りから怖がられたとしても、私にはお母さんとダイキがいる。
それだけで、私は頑張れる。
なのに……。
「大丈夫よルカ? 私が全部、終わらせてくるから」
ある日、お母さんはそう言い残して、二度と帰らぬ人となった。
本当に、とつぜんのことだった。
「ごめん……ごめん、ルカ! 俺、璃絵さんを止められなかった! 『行かないでくれ』って言ったのに、気づいたら眠らされてて……ごめん。ごめんよぉ、ルカ……」
ダイキはそう言って泣きながら、私に深く頭を下げた。
ダイキは、何も悪くないのに。
でも……この一件を機に、私はより一層ダイキと一緒にいる時間が増えた。
怖かったんだ。ダイキまで、いつかとつぜん私の傍から消えてしまうんじゃないかって。
想像すると、怖くてしょうがなくて、一秒だって傍を離れたくなかった。
何度も何度も、お互いの家にお泊まりをした。
ひとりで眠るのも怖くて、しばらくダイキと同じベッドで眠るようになった。
もうお互い、一桁から二桁の年齢にさしかかっていたけど、そんなのは関係なかった。
ダイキの温もりを感じないと、私の心はいまにも壊れてしまいそうだった。
「ダイキ……お願い……どこにも、行かないで……私を、ひとりにしないで……」
布団の中で、ダイキにしがみつく。
そんな私をダイキは深く抱きしめてくれた。
「……うん。約束する。俺はずっと、ルカの傍にいるよ」
ダイキの胸元に顔をくっつけると、彼の心音が聞こえた。
生きている証。ここにいる証。
その音を聞いて、私はようやく安心して眠ることができるのだった。
ダイキ。
私にとって、世界で一番大切な人。
このまま、一緒に溶け合って、ひとつの存在になってしまいたい。
自分でもおかしいんじゃないかってくらい、頭の中はいつもダイキのことでいっぱい。
あなたを私の色に染めたい。そして私も、あなたの色に染まりたい。
そんなことを、いつも考えてしまっていた。
やがて、そんな願望に近しい行為があることを、オマセな私は知ることになる。
……ダイキも、私のことをそういう目で見てるのかな?
そう考えると、胸のドキドキはいつも以上に激しくなった。
そういえば膨らみ始めた私の胸を、ダイキはチラチラと見ている気がする。
どんどん女らしい体つきに育っていく私に、戸惑っている様子を見せる。
……私は、ちゃんとダイキに女の子として見られているんだ。
そのことが、とても嬉しかった。
それからかな? ダイキと、より密接に触れ合おうと企むようになったのは。
たとえばダイキがお風呂を使っているとき。
私は躊躇いなく生まれたままの姿になって、浴室に入った。
「ダイキ。一緒にお風呂入ろ?」
「わっ! ダ、ダメだよルカ! 俺たちもう小五だぞ!?」
「どうして? 昔はよく一緒に入ったじゃない?」
「それはルカがツルツルペッタンコだったからで! いまのルカは立派なロリ巨乳だから、けしからんというか! ……いや、俺がしっかりと我慢していればいいのか?」
「よくわからないけど、つまり一緒に入っていいんだね? それじゃあ……えい♪」
「どわああああ! ちょっ、ルカ! 素っ裸でくっつくのはさすがにダメぇぇぇ!」
「ふふ♪ ダイキ照れててかわいい♪ ほら、素肌同士で洗いっこすると、気持ちいいよ?」
「確かに気持ちいいよ! 特に小学生らしからぬフワフワのふたつのスポンジが……ああ! そこはさすがにダメぇ!」
「えへへ。一緒に綺麗に綺麗になりましょうね~♪」
ダイキのこと、もっともっと深く知りたい。
同じくらい、ダイキにも私のことを知ってほしい。
何も知らないことがないくらい、ぜんぶ、ぜんぶ、心も体も裸にして、深く繋がりたい。
私、とっても欲張りだ。
ダイキはこんなにも私のことを大切に思ってくれているのに、もっともっと、欲しくなってしまう。誰にも渡したくないって、ぜんぶ独り占めしたいって思っちゃう。
いろんな女の子が、ダイキの素敵なところに気付いていくと「そうでしょ?」と誇らしい気持ちになるけど……。
でも、やっぱり、ダイキの素敵なところは、私だけが知っていたいな。
ダイキは優しいから、私以外の人にも手を差し伸べる。
この先もきっと、いろんな人がダイキの魅力を知っていくと思う。
その中には……もしかしたらダイキにとって特別な相手ができるかもしれない。
ダイキが選んだ人なら、私は祝福するし、その幸せを願いたい。
けれど……ダメだ。やっぱり自分に嘘は吐けない。
ダイキ。お願い。私を、一番にして?
独り占めしたいなんて、欲張りなことは言わないから。
あなたの傍に、いさせて?
ダイキ? ねえ、ダイキってば……。
泡沫がはじける。
懐かしい出来事がアルバムを捲るように流れていき……私は目を覚ました。
「お? 起きたかルカ。おはよう。そろそろ起きないと遅刻だぞ?」
「ダイ、キ?」
小鳥のさえずりが聞こえる。
……そっか。いつものようにダイキが起こしに来てくれたんだ。
「……」
懐かしい夢を見たな。
ダイキとの思い出は、数え切れないほどある。
夢に見た出来事も、ほんの一部に過ぎない。
それだけ、私の人生はダイキという存在で満たされている。
……そう考えると、私はとっくにダイキの色に染め尽くされているのかもしれない。
「ん? 何だよルカ? 俺の顔ジッと見て。何か付いてるか?」
「……世界一かっこいい顔がついてるよ?」
「か、からかうなって。ほら、椿さんが朝食作ってくれてるぞ? 早いところ食べて学園行こうぜ?」
「……えい」
「ん? ちょっ、おい、ルカ!」
ダイキを見ていたら、何だか辛抱たまらなくなってしまった。
油断している彼の首元に腕を回し、ベッドに引きずり込む。
「ル、ルカ? 何す……わっ!」
「んー……ちゅっ。ダイキ……ちゅっちゅっ」
戸惑った表情を浮かべているダイキがかわいくて、顔中にキスの雨を降らす。
「なななな何だ? どした? 今朝は随分と甘えんぼモードですねルカさん」
「んぅー。何かそういう気分なのだ。ちゅっちゅっ」
「わ、わかったからチューはおやめなさい。顔中がキスマークだらけになっちゃうでしょうが」
「見せつけてやればいいもん。んぅー」
「ストップストップ! そろそろ起きないとマジで遅刻するって」
「いいじゃん学園なんて。今日は一日中ベッドの中でイチャイチャしてよ?」
「そういうわけにいくか! キリカに何て言われるか……」
ベッドの中でダイキとゴロゴロしていると、家政婦さんの椿さんが入ってくる。
「お嬢様? そろそろ登校のお時間ですよ……あら~♪ 失礼しました~♪ どうぞごゆっくり~♪」
「椿さん!? そこは大人として止めるところじゃありませんか!?」
「椿さんも了承してくれたみたいだし、ダイキ♪ 覚悟決めて♪」
「何の覚悟じゃい!?」
「女の子の口から言わせないでよ。エッチ♪」
「そう言いつつ俺の服を脱がせるんじゃない! どっちがエッチじゃい!」
そうだよ。
特別な人を前にすると、女の子はどんどんエッチになっちゃうの。
だからね、ダイキ……責任取ってね?
ダイキなしじゃ、私もう、生きていけないんだから。
……ちなみに、いいところでキリカからモーニングコールが来て「早く登校なさ~い!」と、こっぴどく叱られるのだった。
ちぇっ。
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