アイシャとの出会い②

「あっ、あああ……あああああぁ!」


 アイシャは思わず身を抱きしめながら、後ずさりをした。

 先ほどまで自信に満ちた少女はどこへ行ってしまったのか? そう指摘せざるを得ないほどまでにアイシャは頼りなさげに足をプルプルと震わせ、色白の顔を桃色に染め、口をパクパクとさせている。


「え? ど、どうかしたの?」

「いけないダイキ! 彼女に近づいてはダメ!」

「何で!?」


 とつぜん態度が急変したアイシャを心配して近寄ろうとしたダイキだが、飛びついてきたルカによって止められた。


「な、何てことなの! いくらダイキが世界一かっこいいからって……この女! たったひと目見ただけで!」

「な、何の話だよルカ……」

「ダイキ! いまはとにかく家の中に戻って! あの女に前に立つのは危険だよ!」

「どういうこと!?」


 ルカはまるで怪異と遭遇したときのようにワナワナと震えながら、アイシャに警戒心を剥き出しにしていた。


「……く、くうぅぅぅぅ~!」

「近づいちゃダメって言うけどさ~。あの子あんなに苦しそうにお腹抑えてるぞ? 具合悪いんじゃないか? あのぉ、君さ大丈夫? 良かったら胃薬持ってこようか?」

「……う」

「う?」

「産まれる!」

「何が!?」


 下腹部を抑えながら、アイシャは叫んだ。


「わたくしの中から未知なる感情が産まれ出ようとしていますわ! 何ですの!? この感情はいったい何ですの!? わからない……わからないですわ~!!」


 正体不明の感覚から逃れようとするように、アイシャは涙目で体をくねくねとよじる。

 そのたびにアイシャの細腕の上にのった爆乳がバルンバルンと盛大に弾む。


「……デッカァ」


 暴力的なまでに発育したアイシャの爆乳を眼前にしてダイキは思わず呟いた。


「あふぅ!?」


 自分の胸元に少年が意識を向けている。

 それを感じ取っただけで、アイシャはまた狂おしいほどの激情に翻弄された。


(ああ、どうして……どうしてこの御方を前にしただけで、こんなにもわたくし……)


 何らかの霊術? ……いや、彼からは霊力の気配は感じない。

 では、いったいこの状態はいったい何なのか? 自分はいったいどうしてしまったのか? アイシャはひたすら混乱した。

 ハッキリしていることはひとつ……このままでは、自分は壊れてしまう!

 彼を前にしていたら、何かが……決壊してしまうと!


「ダイキ! あんなおっぱいオバケに惑わされないで! 私のおっぱいだけに夢中になって!」

「え!? べ、べつに見てねえし~? ていうかルカ! こんなところでおっぱい丸出しにしようとするんじゃありません!」


 ルカはいまにもキャミソールからこぼれでそうな乳房を強調するように揺らす。

 ついには服をズリ下げようとするので、ダイキは必死にルカを止めた。


 少年の意識がアイシャからルカに移った。

 その機をアイシャは見逃さなかった。


「はあああああああん!! わたくしはこれにて失礼しますわあああああん!!」


 全力疾走でアイシャは白鐘家から退散した。

 逃げなければ。いまはとにかく彼から離れなければならないと本能が語っている。


(ああ! わたくしとあろうものが、こんな情けなく逃げ去るだなんて! こんな……こんなぁ~!)


 未知なる脅威に挑まず逃げるなど、アイシャ・エバーグリーンのプライドが許さないはずだった。

 ……だがいまは不思議と悔しさはない。

 アイシャはただひたすら怖かった。

 自分をおかしくする、この未知の感情が!

 壊れてしまう。

 いままで築き上げてきた、何かが崩壊してしまう予感をアイシャは感じていた。


「はああああん!! とりあえず宿で体を休めますわ~!!」


 アイシャは事前に予約していた高級ホテルに駆け込んだ。

 最上階の一室に入り、ベッドに横たわって呼吸を落ち着かせる。


「フー、フー……いったい、わたくしはどうしてしまったの? あの御方のことを考えると、胸が苦しくなって……ああっ!」


 ちょっとだけでもダイキの顔を思い浮かべただけで、アイシャは体をビクビクと跳ねさせた。


「どうして? どうして~? 歳の近い殿方と初めて話したからでしょうか?」


 教会育ちのアイシャは女性たちに囲まれて育ったため、異性への耐性が低い。

 かといって、極端な男性恐怖症というわけでもない。

 任務の際、大人の男性とは何度か関わったことがあるし、普通に会話もできる。

 ……だが、ダイキのように若い異性とは、あまり縁がなかった。

 そのためだろうか? こんなにも気が動転してしまっているのは……。


 そうだ。きっとそうだ。

 慣れない異性の存在を前に、自分は少し緊張しただけに過ぎなかったのだ。

 そうとわかれば、もう大丈夫だ。

 ほら、もう一度彼のことを思い浮かべてみよう。

 今度はきっと冷静になれるはず……。


『ええと、初めまして。黒野大輝って言います。どうぞよろしく』


「はあああああああああああああああああああああああん!!!」


 握手を求めてきたダイキの顔と声を脳内で再生させると、やはりアイシャはベッドの上で体をくねらせた。


「あああ! いけませんわアイシャ! 落ち着くんですのよ! シスターであるわたくしがこんなに乱れて、はしたない! とにかく深呼吸ですわ! イッ、イッ、フーッ! イッ、イッ、フーッ! ですわー!」


 どれだけ呼吸を落ち着かせようとしても、体の余熱は引いていかない。

 むしろ下腹部を中心にしてどんどん熱が高まっていくではないか。


「ハァ……ハァ……熱い……熱いですわぁ……」


 我慢しきれず、アイシャはベッドの上に横たわったまま、衣服に手をかけだした。

 黒いベールを取り、修道服とスカートを脱いでいく。


「ああ……ダメ……まだ熱いぃ……」


 艶やかに吐息をこぼしながら、アイシャは白のオーバーニーソックスをスルスルと抜き取り、二の腕まで伸びる長手袋も解いていく。


「んぅ……あっ……あぁん……」


 紫色のブラとショーツだけの姿となり、アイシャは身をよじる。

 ムチムチに育ったふたつの巨峰がブラの中で窮屈そうに波打ち、細いくびれに反して豊かに実ったヒップが、体をくねらせるたびにプルンと揺れる。

 童顔に見合わぬ淫らな肢体をベッドの上に投げ出しながら、アイシャはますます、なやましい声を上げる。


「ハァ……ハァ……もうダメぇ……苦しい……お胸が苦しいのぅ……」


 これだけ脱いでも、まだ熱は引かない。

 ブラのフロントホックに手を伸ばし、プチッと外す。

 解放を待ちわびたかのように巨大な膨らみがバルルンッ! と弾み、パチン、パチンと乳肌同士がぶつかり合う音を立てた。

 ショーツも躊躇いなく脱ぎ捨て、アイシャはとうとう生まれたままの姿になった。


「ああっ……はぁん……どうしてぇ? まだ熱いのぉ……」


 さすがに全裸になれば体も冷めると思ったが、むしろ気持ちは昂ぶるばかりだった。


「はぁ、はぁ……そうですわ、シャワーを浴びましょう。冷たいシャワーを。この国の方々も冷水で心身を鍛えると聞いていますわ……」


 息を荒くしたまま、アイシャはホテルのバスルームに入った。

 冷たい水を流し、頭から被る。

 アイシャは深く息を吐く。

 心なしか、気持ちが落ち着いてきた気がする。


(いけませんわアイシャ。あなたは悪魔を滅するという使命を背負っているのですよ? こんなことで心を乱してはいけませんわ)


 そう自分に言い聞かせながら、アイシャはいつもの調子を取り戻そうとする。

 謎の昂ぶりは冷水と共に流れ落ちていった。もう問題ない。

 これなら冷静に任務に当たれるはずだ。


「ふぅ……ついでですから、このまま身を清めてしまいましょう」


 冷水を温水に変え、ボディーソープを泡立ててる。

 小柄ながらも、強烈なまでに女性らしい裸体を素手で洗っていく。

 特に汗で蒸れやすい下乳の部分を念入りに洗っていく。

 泡立てた手で上下にこすると、柔らかな乳肉がぷるぷると揺れる。


「また大きくなってしまったでしょうか? 困りましたわね。こんなに大きいと任務に支障が出てしまいますわ」


 アイシャにとっては悩みの種でしかない胸の膨らみ。

 霊術で常時重みを軽減したり、対策はしているが、いくら何でもこれ以上育つのは困る。

 ……そういえば、男性は豊かな胸を好むと聞く。

 彼も、そうなのだろうか? 思えば、この異常なまでに育った膨らみを彼は注視していたような……。


『……デッカァ』


「おおおおおおおおおおおおん!!!?」


 ダイキが己の胸に向けて無意識に呟いた言葉。

 それを思い出した瞬間、アイシャはまた未知の激情を呼び起こした。


「あああああっ!? なぜ!? なぜですの~!? さっきよりも凄いのが来ちゃう~!!」


 アイシャは内股になりながら、両腕でも包みきれない胸を抑えつけた。

 そうしなければ、何かが破裂してしまいそうな気がしたのだ。


「あぁん! 熱いィィ! お胸が熱いですわぁ! これな~にぃ~? わたくしの体どうしちゃったんですの~!?」


 アイシャは慌ててシャワーを再び冷水に切り替えた。

 水圧も最大にして、その刺激で冷静さを取り戻そうとする。

 しかし……。


「んひいいぃぃぃぃぃぃ!!?」


 いまのアイシャの体にシャワーの水圧は逆効果だった。

 特に胸元にぶち当たる水圧は、過敏なほどの刺激となって、そのまま未知の感覚が総身に走り抜ける。


「あひっ……おっ……オオッ……オオオッ……」


 シスターらしからぬ、だらしない声を上げながらアイシャはペタリと腰を抜かす。

 シャワーのノズルに手を伸ばそうとしても視点が定まらず、うまく掴めない。


 ふと、鏡に映る自分の顔が見えた。


(ああっ、わたくしったら、なんてはしたない顔を……)


 自分でも生まれて初めて見た表情を浮かべていた。

 顔中が桃色の染まり、口からだらしなく舌を出して、気を抜くと目があさっての方向に向いてしまう。


 黒野大輝。

 彼のことを考えるだけで、アイシャはどんどん清廉潔白なシスターからかけ離れていった。


(こ、壊れちゃうぅ……わたくし、このままじゃ……壊れちゃううぅぅ♡)


 自分が自分でなくなる感覚。

 だが、なぜだろう。それをどこか心の中で歓迎している自分がいることにアイシャは気づいた。

 ずっと自分の中に封印されてきた何か。

 それが歓喜の産声を上げて、どんどん大きく育ち始めるのをアイシャは感じていた。


「ヒッ……ヒッ……おひッ♡」


 アイシャは無意識に己の乳房を鷲掴んでいた。

 彼が注目していた膨らみ……それはつまり、黒野大輝が自分に対して、あられもない感情をいだいていたわけで……。

 本来シスターならば忌避して、嫌悪し、戒めるべきところだ。

 しかし、アイシャから湧き上がってきた感情は……。


「オッひいぃぃぃん!!!?」


 貞淑とはまったく真逆のものだった。


「オッ! オオッ! す、すっご……あの御方を考えながら体を触ると……オッ! オオッ! し、知らにゃぁい♡ こんにゃのアイシャ、知らにゃぁい♡ オッ! オオオン! で、出ちゃう! はしたない声、出ちゃう! こ、こんなの、わ、わたくしじゃにゃい~♡ オッ! オオッ……やっ、やっべ……これ、すっげ……あ、ああああっ! 熱いぃ! お胸が熱いぃ! 溢れちゃう~! 何かが溢れちゃうのぉ~! おひいいぃぃぃん♡」


 バスルームで、少女の高らかな叫びが広がる。

 同時に「ぷしゃああああっ!」と飛び散るように激しい水音が長らく響いた。

 無論、シャワーの音である。

 シャワーったらシャワーである。



   * * *



 シャワーを浴び終えたアイシャはベッドに腰掛け、静かに瞳を閉じていた。

 たっぷりと冷水を浴びたおかげで、心は無事に落ち着きを取り戻した。

 途中からは意識が混濁し、何が起きたのか自分でもよく覚えてはいないが……随分と清らかな気分であった。

 邪念が消え、思考がいつも以上に冴え渡っている気がする。

 あたかも『賢者』になったような心地だ。

 いまの自分ならば、どんなことも冷静沈着に対処できることだろう。


「……っ!」


 アイシャは目を見開く。

 首元に下げたロザリオが震えている。

 それは、近くに悪魔の気配を感じ取ったことを意味している。


「……どうやら、探す手間が省けたようですわね」


 長年、悪魔と戦ってきたアイシャにはわかった。

 ……向こうから、誘ってきていると。

 余程、己の実力に自信があるのか。宿敵であるエクソシストにわざと己の位置を知らせている。


「……いいでしょう。その挑発、のってさしあげますわ」


 アイシャはホテルの窓から夜の街へと飛び出した。

 『讒謗ざんぼうの悪魔』……必ず、今夜で決着をつけてみせる。

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