キリカとの出会い⑥

  * * *



 キリカは、深い愛に包まれているのを感じた。

 自分の頭を優しく撫でる存在がいる。


「よかったのうキリカ。お前にもようやく、仲間ができたんじゃな。真に心を許せる仲間が」


 いったい誰だろうか。

 この温もりを自分は知っている。たった一度だけ、感じた……そうだ、確か昔、友達の女の子を助けるときにも……。


「どうして儂がお前に宿ったのか、それは儂にもわからん。じゃが、この縁には、きっと意味があるのじゃろう。キリカ、お前が生まれたことにも、もちろん意味がある。だから泣くな。もうお前はひとりではないのだからな」


 温もりが離れていく。

 寂しさを感じて、手を伸ばす。


「悲しむことはない。儂はいつでもお前を見守っておる。本当はいつでも駆けつけてやりたいが……きっと、それにはお前の心が関わっているのじゃろう。よいかキリカ? 儂はただの力に過ぎん。力を使いこなせるかどうかは、使い手の心次第じゃ。キリカ、お前ならきっと乗り越えられる。なにせお前は──いままでどの巫女も実現できなかった、儂の剣技を唯一使えた、特別な存在なんじゃからな」

「あ……」


 特別な存在。

 実家の誰にも言われなかった言葉。

 思わず、涙が出た。

 そうだ。こんな風に、自分を認めてくれる存在がずっと傍にいてくれたことを、キリカは思い出した。

 なのに自分は意地になって、耳を塞いで、ずっと逃げ続けていた。

 自分は無力だと言い訳ばかりをして。

 でも……もうそんなことをする必要はない。

 キリカは決めた。

 一度は目を背けたこの道を、再び歩むことを。


「さあ、行っておいで。儂の可愛い子孫よ。新しい世界が、お前を待っておるぞ?」

「……ありがとう、凪紗様」


 深い感謝を胸に秘めて、キリカは意識を現実に引き戻した。


「……ここは」


 目が覚めると、キリカはベッドに横たわっていた。


「藍神さん!? 良かった、目が覚めたんだね!?」

「赤嶺さん? ここは……」

「霊能力者専用の病院らしいよ。あの後『機関』の人たちがやってきて、手配してくれたの」


 レンから説明を受け、キリカは納得しながら起き上がる。

 そこでハッとした顔でレンに詰め寄った。


「白鐘さんと黒野君は!?」

「落ち着いて。二人とも無事だよ。治癒霊術で集中治療を受けて、何とか傷も塞がったって」

「ほ、本当に? 良かった……けど、あんな重傷だったのに。さすが『機関』ね」

「いや、どうやらね。病院に運ばれる前の時点で、ほとんど回復していたらしいんだよ」

「え?」

「『何か凄まじい力が彼らの生命力を呼び覚ました』とか何とか言ってたけど……これって、やっぱり藍神さんのおかげ?」

「……いえ、アタシのご先祖様のおかげよ。本当に、感謝しなくちゃね」


 しばらくすると、キリカの病室にルカとスズナがやってきた。


「藍神さん、良かった。無事だったんだね」

「それはこっちの台詞よ白鐘さん。もう動いて大丈夫なの?」

「うん。むしろ前よりもずっと元気だよ。藍神さんの『守護霊』様のおかげだね」

「ルカさん? 『守護霊』とはいったい……」

「そこからは、アタシが説明するわ」


 スズナの疑問に答えるように、キリカは廃病院で起きたことを語った。

 そして自分が藍神家の落ちこぼれであること。その代わり、最強の先祖の力を引き出せること。

 今回のことは、その『守護霊』である凪紗のおかげなのだということを話した。


「……皮肉な話よね。『最弱』と言われたアタシに『最強』の『守護霊』が宿るだなんて。でもそのおかげで、白鐘さんたちを助けられた。アタシ自身は、ただの器に過ぎないから、あんまり偉ぶれないけどね……」

「そんなことありません」

「黄瀬さん? きゃっ!? ちょ、ちょっと何で抱きしめてくるのよ!?」

「藍神さん。あなたがいなければ、ルカさんもダイキさんも、配信者の女性も死んでいたのです……どうか胸を張ってください。どうか感謝させてください。ありがとうございます。あなたのおかげで、スズナの大切な人たちは、救われました」

「──ぁ」


 涙を流して深い抱擁をしてくるスズナに、キリカは戸惑いながらも胸が温かくなるような心地がした。


「私からもお礼を言わせて藍神さん。ありがとう、助けてくれて。あなたがいなかったら、今回は乗り越えられなかった。誰もが悲しむ最悪の事態になるところだった。……本当に、ありがとう。ダイキの言うとおり、あなたは『希望』だったんだね」

「ぅ──ぁ──」


 深く頭を下げるルカを、キリカは当惑した顔で見る。

 自分よりも遙かに優れた霊能力者であるあの白鐘瑠花に、こんなにも感謝される日がくるだなんて思いもしなかった。


「あれ? 何で、アタシ……」


 気づくと大粒の涙が出ていた。

 そんなキリカの肩に、レンが優しく手を置いた。


「……事情は知らないけれど、藍神さんにも、いろいろあったんだよね? ひと言じゃ語りきれないことがたくさん……でも、これだけはわかるよ? 藍神さんは誰かのために命を張れる、優しい人だって。ありがとね? 私のお友達を守ってくれて」


 キリカは、生まれて初めて感じた。

 ありのままの自分を受け入れ、認めてもらえることへの安心感を。

 藍神の娘としてではない。学園の委員長としてでもない。

 彼女たちは、藍神キリカというひとりの人間を見てくれている。その在り方を、行動を、讃え、感謝の言葉をくれた。

 それだけのことが、キリカにはどうしようもなく、嬉しかった。

 涙が止まらないほどに。


「おーい、みんな~! 藍神さん目が覚めたんだって~? おう、本当だ良かった良かった!」


 呑気な顔をして、ダイキが病室に入ってきた。


「見てくれ藍神さん! 俺の腹、風穴あいてたのにすっかり塞がってるぜ! 藍神さんの『守護霊』が生命力をくれたおかげとか何とか! マジですげえな藍神さん! おかげで助かったぜ! いや~本当に皆が無事で良か……ぶべらぁ!?」


 快活に笑いながら腹を見せてくるダイキに、キリカは拳骨をお見舞いした。


「バカバカバカァ! 逃げろって言ったでしょ!? 何で戻ってきたのよ!? 何でアタシを庇ったのよ!? バカバカバカァ! このドアホー!」

「だ、だって……やっぱり放っておけなくて……」

「だからって死んじゃったらどうすんのよ!? というかトラウマにさせる気!? 本当に本当に本当に死んじゃったかと思ったんだからあああああ!!」

「わ、わかった。すみません。俺がバカでした。だから頭シェイクすんのやめて……一応病み上がりなんで……」


 涙目でキリカはダイキの胸元を掴み、ブンブンと上下に揺する。

 キリカの額には青筋が浮かんでいる。結果的にこうして全員無事だったからいいものの、危うく少女たちに一生もののトラウマにできるかもしれなかったのだ。キリカが怒るのも無理はなかった。

 そんな悲劇を、この先も起こすわけにはいかない。だからこそ……。


「まったく何て危なっかしい人たちなのかしら! この先もこんなことが起きないように……アタシもオカ研に入部するわ!」

「え?」


 とつぜんのキリカの言葉に少女たちは驚く。


「もうあなたたちの活動に文句を言うことはしないわ! ……それでもあなたたちが夜な夜な廃墟に行くような問題児であることに変わりはないんだからね! よって委員長であるアタシがあなたたちを監視します! 学業に影響が出るような依頼の組み方も禁止! 今後は依頼のスケジューリングはアタシが担当するからね!」


 ビシッと指を突きつけて、キリカは宣言をする。


「何か文句あるかしら!?」


 少女たちは顔を見合わせ、やがてゆっくりと微笑んだ。


「良かった! ちょうどスケジュール管理を担当してくれる副部長候補を探してたんだ! 藍神さんがいてくれれば安心だね!」


 レンは嬉しそうに手を合わせた。


「お仲間が増えて嬉しいです! 歓迎いたします! 共に怪異から人々を守りましょう!」


 スズナも快くキリカを迎え入れた。

 あっさりと新部員を受け入れる少女たちの様子に、キリカは若干躊躇った顔を浮かべる。


「うっ……か、勘違いしないでよね!? アタシはあくまで自分のやりたいと思うことに従っているだけなんだから! べつにあなたたちが心配だから入部するとか……そんなんじゃないんだからね!?」

「凄い。本物のツンデレ初めて見た」

「誰がツンデレよ!?」


 顔を真っ赤にして叫ぶキリカの手を、ルカがキュッと握ってきた。


「し、白鐘さん?」

「ルカでいいよ。あなたがいてくれたら、きっとたくさんの人を救える。私じゃ太刀打ちできない相手でも……これから、よろしくね? キリカ」

「ひゅっ!?」


 変な声を上げて、キリカはますます顔を真っ赤にした。

 ルカの直球な言葉に照れたのか、体をモジモジとさせ、しどろもどろと言葉を探す。


「あ、あうあう、べつにアタシはあの力を自由に使いこなせてるわけじゃないし、肝心なところで役に立てないかもしれないし、そんなに期待されても……ま、まあ、アタシにできることなら精一杯努力するけど……ごにょごにょ」

「……キリカさん! とっても可愛らしいです!」

「きゃあああ!? だから何で抱きついてくるのよ黄瀬さん!?」

「スズナとお呼びください! 親愛の印として是非ハグをさせてください! さあ、キリカさんもご一緒に! むぎゅうううう~♪」

「ぎにゃああああ!?」


 スズナに思いきり抱きつかれて、猫のような声を上げるキリカ。

 そんな様子をルカたちは微笑ましげに見ていた。


「これでオカ研も五人──また賑やかになりそうだね♪」


 レンは楽しげにウインクをした。

 一癖はあるが、頼もしくも優しい少女の参入を、オカ研の面々は心から歓迎するのだった。

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