キリカとの出会い⑤

   * * *



「藍神さん、地下に行こう。たぶん、ルカはそこにいる」

「それも神様に教えて貰った知識?」

「自由に受け取ってくれればいいよ」

「そう……信じるわ。正直、アタシも感じていたの。──この廃病院のおぞましい瘴気は、地下から来ているって」


 ダイキとキリカは慎重に廃病院の最下層を目指した。

 やがて、地下に繋がると思われる階段へ辿り着く。

 明かりが失われた廃病院……それにも関わらず、地下に繋がるその階段は、毒々しく赤い光を発していた。

 歓迎するよ? と客人を招くように。


「強い霊力を感じるわ。一方は白鐘さん……もう一方は……きっとこの廃病院の地縛霊。──いるわ、この下に白鐘さんと、諸悪の根源が」


 キリカは強張った顔をダイキに向けた。


「あなたはここに残って……って言っても、聞かないんでしょうね」

「当たり前だ。ここまで来たら、一緒に行く。配信者の女の人も助けないといけないしな。ひとりを担いで逃げるだけなら、俺でもできる。大丈夫、足手まといにならないって約束するよ」


 ダイキの言葉が根拠のない過信ではなく、経験則から来るものだと理解したキリカは静かに頷いた。

 どちらにせよ、この廃病院に安全な場所などない。

 団結して行動したほうが、生存率は上がるだろう。

 二人は恐る恐る、地下へ続く階段に一歩、足を踏み入れた。


 ……生ぬるいプールに浸かるような感触がした。

 浸水などしていない。それにも関わらず、重々しい泥濘の中に落ちてしまったかのような、薄気味の悪い感覚が付きまとった。

 地下の空気はより一層、淀んでいる。

 まだ上階の空気がマシだと思ってしまうほどに、地下は濃密な瘴気を帯びている。

 建物の中というよりも、何か巨大な生き物の腹の中を歩いているような気がした。


 ダイキは目眩がした。

 ただ立っているだけで正気を失ってしまいそうだった。


「うぐっ……」


 キリカが口元を抑え、壁に向かって蹲る。


「藍神さん、大丈夫か?」

「ごめんなさい、こっち見ないで……見苦しいものを見せちゃうから……ごほっ!」


 キリカは咳き込みながら胃液を吐き出した。

 霊力を持たないダイキですら目眩を覚えるほどの瘴気だ。霊能力者のキリカが平気でいられるわけがない。


 キリカの背中をさすってあげていると……激しい爆音が轟いた。

 次いで、グシャっと音を立てて、何かがダイキとキリカの横に墜落する。

 ルカだった。

 最初は、水浸しになっているのだと思った。

 だが少女の体を濡らす液体が赤黒いことに気づいたとき、ダイキの中で激情が弾けた。


「ルカあああああああ!!!」


 全身を血で染めたルカのもとに駆け寄り、ダイキは必死の形相で抱き起こす。

 辛うじてまだ息はあった。

 だが、それも風前の灯火のように感じた。


「……ダイ、キ……ごめん……私……ダメ、だった……」


 ひゅーひゅーとか細い息を漏らしながら、ルカは血で染まった瞳で少年を見やる。


「お願い……逃げて……この怪異は……私の手に、負えない……」


 切に告げて、ルカは意識を手放した。


「ああ……あああああっ!!」


 ダイキは絶望の雄叫びを上げた。

 自分は知っていたはずだ。ルカがこの廃病院の怪に追い詰められることを。

 ルカをひとりにしてはいけなかった。いち早く、合流しなければならなかったはずだ。

 なのに……。


(俺は……何を、やっているんだ!? 何のためにここに来たんだ!?)


 ダイキは己を責めた。

 せっかくの原作知識をまったく活かせていない無能ぶりを嘆いた。

 良かれと思って行動したことが、すべて裏目に出てしまった。

 防げなかった。結局ルカを原作通り負傷させてしまった。


「く、黒野君……」


 キリカの震える声が耳に届く。


「……こっちへ、ゆっくり来なさい。向こうを、見ては、ダメ……」


 キリカの言葉を拍子にダイキは顔を上げた。

 地下室の最奥……ルカの体が飛んできた先の、扉が開け放たれていた。


 ……ダイキは知っていた。

 この廃病院の地下にあるおぞましいものを。

 原作漫画を読んだときも、あまりのおぞましさに何度も失神しかけた。

 漫画を薦めた親友のヤッちゃんですら、その回に限っては眉をしかめていた。


 事前知識さえあれば人間には耐性がつくのだろうか?

 ……否、そんなことは断じてない。

 平面でモノクロの漫画と異なり、色づいた三次元の現実は、より一層の狂気と恐怖を交えてダイキの神経を襲った。


 病院は「白」をイメージとする場所だ。

 だが、その一室はすべてが「赤」だった。

 地獄という表現も生ぬるい。

 悪魔が考え得る限りの「絶望」を瓶に詰め込んだかのような空間がそこにあった。


 ホルマリン漬けにされた脳みそがあった。

 脳みそには無数の眼球がついていた。

 眼球はギョロリと一斉に動いて、睨み付けてきた。

 五体満足の人間が羨むように……あるいは、助けを求めるように。


 無数の臓物を触手のように繋げられた肉塊があった。

 もはや人のカタチの面影はなく、宇宙から飛来した生物のように、ウネウネと臓物を動かしている。


 頭だけが異様に肥大化した人体があった。

 剥き出しにされた頭部には、いくつもの脳みそが埋め込まれている。

 重そうな頭部には電極が差し込まれており、「うーうー……」と苦しそうに呻き声を上げている。


 体中に眼球が埋め込まれた人体があった。

 等間隔に瞬きを繰り返し、そのすべてが涙を流している。

 人体は涙でびしょ濡れだった。

 大量の眼球のせいでい、見たくもない体のあちこちが見えてしまう。その絶望を嘆くように。


「人間とは脳だけでも生きていける生物なのか? 眼球を直接埋め込んでも、視神経は残り続けるのか? 知りたい、知りたい」


 不気味な声がした。

 部屋の最奥で、何か大きなものが蠢いていた。


「人間の触覚とはどこまで拡張できるのか? 腕や足を追加で付け足しても、それを動かせるのか? 動かせるとしたら、他の動物が持つ器官でも同じなのか? 知りたい、知りたい」


 正気を失った声だった。

 まるで加減を知らない子どものように、心底楽しげに、そして残酷に、歌うように嗤っていた。


「脳みそを増やせば人間の思考力は上がるのか? 人の身でありながらコンピューター並みの演算能力を得られるのではないか? 知りたい、知りたい」


 大きな生き物が言葉を話している。

 膨れ上がる欲望を抑えきれず、そのまま肥大化してしまったかのように。


「人間の視神経はどこまで広げられるのか。視界三百六十度の光景とはどんなものか。知りたい、知りたい。──全部、知りたい!」


 巨大な生首だった。

 黒々とした皮膚をしていて、首から先はない。

 まるで樹木が根を下ろすように、首から先はドクンドクンと脈動する触手が床に広がっていた。


「素晴らしい。この姿は素晴らしいよ。人の身を超えた存在となったことで、寿命を気にすることもなく、無限に人体実験ができるのだから! 君たちには感謝しているよ、モルモット君たち! ありがとう! 私を呪い殺してくれて! ありがとう! 私をこの土地に縛り付けてくれて! 私はこの上なく幸せだよ!」


 生首が嗤う。歪に、邪悪に、残虐に。

 嗤い声と共に、脳裏に幻影が映る。

 それはこの地下室で行われた凄惨な人体実験の数々。

 医院長の男は知識欲の赴くままに患者の体を切り刻み、新たな器官を付け加えて狂気の笑みを浮かべている。

 やがて医院長の男は患者の怨霊たちによって呪い殺されるが……尽きることの無い欲望は男をより凶悪な真の化け物へと変えた。いまや、この土地に住まう怨霊を支配する主と化した。

 訪れる生者を引きずり込み、いま尚、人体実験を繰り返す化け物。

 それこそが廃病院の怪の正体。


 幻影が消え、ダイキは胃の中のものを吐き出した。


(コイツが……コイツがルカを!)


 ルカを傷つけた怨敵。

 許せない。この手で始末してやりたい。

 ダイキの中で怒りが燃え上がる……はずだったが、彼の生存本能が告げたのは「報復」ではなく「逃走」だった。

 勝ち目は無い。逃げるしかない。全滅するぞ。

 悔しさと情けなさでダイキは歯噛みする。

 こうして対峙している時点で理解してしまった。

 ここで、自分ができることは何もないのだと。


「君たちも歓迎しよう! 新たな実験のモルモットとして!」


 生首の開いた口からモゾモゾと虫のようなものが這い出る。

 あらゆる手術道具がついた触手だった。

 診察台の上に、配信者の女性が横たわっているのが見えた。

 触手は彼女の体を切り刻むことをワクワクするように蠢いている。

 助けなければ。そう思っているのに、足が動かない。

 総身が恐怖で支配されている事実に、ダイキは涙が出るほどに己を恥じた。

 そんなダイキの前に、キリカの背中が立ちはだかった。


「白鐘さんを背負って逃げなさい。アタシが囮になるから」

「え?」

「アタシに任せて逃げなさいって言ってるの。大丈夫、あの女の人には傷ひとつ付けさせない。機関からの支援が到着するまで、何とか持ちこたえてみせるわ」


 覚悟を固めた顔で、キリカは神木刀を構える。


「アタシ、霊能力者としては落ちこぼれだけど、体力だけは自信があるから。何とかうまいこと生き延びてみせる。だから、気にせず行って」

「で、でも!」

「行きなさいってば! 白鐘さんは、あなたにとって大切な人なんでしょ!? いま彼女を守れるのはあなたしかいないの!」

「っ!?」

「怪異が許せないって言ったわよね? ええ、アタシも同じよ。こんな風に人間を弄ぶコイツが許せない。これ以上、理不尽な犠牲が増えるのは耐えられない。だから……アタシも自分の心に従うわ」


 迷いを断ち切った少女の姿が、そこにはあった。


「アタシでも、救える命があるかもしれない……だったら、アタシはもう逃げない。落ちこぼれってバカにされようと、『』って罵られても……アタシは自分にできることをする。だって……アタシはずっと怒っていたんだから! 人の命を軽々と奪っていく化け物たちに!」


 キリカはやっと己の気持ちを自覚した。

 ずっと、ずっと、許せなかった。

 無力な自分以上に、怪異が蔓延る絶望的な世界そのものが。

 どれだけ願ったことだろう。

 人々が怪異の恐怖に怯えることなく、安心して暮らせる世界になったらと。

 それを実現するための力を使えないことが、ずっと腹立たしかった。

 だが、ようやく悟る。

 力の有無は関係ない。

 ただ許せない。ただ救いたい。それだけで良かったのだと。

 それを、オカ研の皆が教えてくれた。

 たとえ、この身を犠牲にしてでも……いまここにある命を、キリカは守りたかった。


「あなたたちに感謝するわ。あなたたちに出会えて、やっと自分の本当の気持ちに気づけた。だから……悔いはないわ」

「藍神さん……君は……」

「さあ、早く行って! ……お願い。アタシにも、何かを守らせてよ」

「……ごめん!」


 ダイキはルカを背負って退散した。

 心の中で、何度も同じことを反復させながら。


 彼女なら大丈夫だ。だって『』があるのだから。それを目覚めさせれば、きっと……。


 ダイキが去ると、キリカは安堵したように微笑んだ。

 すぐに顔つきを変え、触手を伸ばす巨大な生首と向き合う。


「さあ、こっちよ! 実験をするならまずアタシからにしなさい!」

「ほう! 自らご所望するかね! では遠慮なくその健康的な肉体を弄くり回させてもらおうか! ごぱぁ!」


 無数の触手がキリカに襲いかかる。

 変則的になだれ込む触手の中をキリカは見事な回避で躱していく。

 少しでも時間を稼ぐ。

 彼らが逃げ切れるまで。自分の命は、そのために使ってもいい。

 何も残せなかった人生だったが……構わない。

 きっと、彼らが代わりに自分の望みを実現してくれるはずだから。


 特別な力が無くても、怪異から人々を救う……そんな彼らの活動を守りたい。


「あ……」


 鋭利な刃物がついた触手が迫る。

 直感で理解する。

 ダメだ、これは躱せない。

 ここまでのようだ。

 死が迫り来る中、キリカの心は不思議と穏やかだった。


(アタシが死んだら……レイカも、少しは悲しんでくれるかな?)


 キリカは瞳を閉じる。

 最期まで思い浮かべるのは、双子の姉のこと……かに思えたが、次に浮かんできたのは、なぜか黒髪の少年だった。


『……藍神さんが一緒にいてくれて良かった』

『君は命の恩人だ。本当にありがとう』


 ちょっとしたやり取りが、キリカの心に深く刻まれていた。

 それは、きっと……。


(……嬉しかったな。あんな風に、感謝されるの、初めてだったから……)


 終わりが訪れる。

 だが……キリカの体に痛みは走らなかった。

 パシャッと頬に生温かい飛沫がかかっただけ。


「え?」


 キリカは瞳を開ける。

 逃げたはずのダイキが目の前にいた。

 その腹部に……触手が貫かれていた。


「どう、して……」

「……やっぱり、ダメだ。俺、向いてないわ、裏方に」


 口から血を滴らせながら、ダイキは言う。


「わからないじゃないか。なにもかも、原作通りにいくかだなんて……もうコリゴリだ。わざと危険を放置したり、起こるかもわからない奇跡を期待したり……そんな自分が、やっぱり許せないよ」


 奇妙なことを口ずさみながら、ダイキは倒れ伏す。


「ごめん……藍神さん……ルカを、頼む……」

「あ……ああっ」


 目の前の現実を受け入れられず、キリカは打ち震える。

 いまさっきまで、彼と話していたのに。

 いまさっきまで、彼の言葉に救われたのに。

 いまさっきまで……生きていたのに!


「おやおや、君も自らモルモットになることをご所望かい? うーん、これはいままでに見たことの無いほどに素晴らしい肉体だ!」


 触手を蠢かしながら、生首が歓喜に震える。


「どれどれ! まずは彼の体でいろいろ試し……」


 青白い一閃が触手を断ち斬った。


「っ!?」


 斬り離された触手は、青白く光る粒子となって散っていく。

 生首は混乱した。

 何だ? いまの一瞬で何が起きた?


「……それ以上、彼に触るな。穢らわしい」


 ダイキを守るように、キリカが前に出る。


「いい加減にしろ……いったい、どれだけ命を弄べば気が済むの……お前たちは……どうしてそこまで残酷になれる!?」


 少女が激昂する。

 握る木刀が、感情に合わせるようにバチバチと霊力の唸りを上げる。

 一度は謎の脅威を感じた生首だったが、キリカの貧弱な霊力を感じ取って、すぐに余裕を取り戻す。

 なんという微少な霊力か。この程度の霊能力者に怒りをぶつけられたところで、何の問題も……。

 違和感は、すぐに訪れた。


「許せない……お前だけは、絶対に!」

「っ!?」


 少女の髪が変色していく。

 紺青色の長髪が、光を放つ青白い色に。

 変わったのは髪の色だけではなかった。

 彼女の周囲に……霊力の奔流が起こる。


「……守るんだ。アタシが。もう、誰も……傷つけさせない!」

「なっ!?」


 地響きが起こる。

 キリカの周囲だけ、まるで稲妻がほとばしるように、凄まじい霊力が生じる。

 生首は打ち震える。

 どういうことだ? さっきまで貧弱だった霊力がまるで炎が燃え上がるように増えていくではないか。

 増える。まだ増える。……いくらなんでも、多すぎる!

 地下室が瞬く間に光で満たされるほどの霊力の輝き。


 ……感じる。怪異としての本能が告げる。

 己と遙かに格を異にする、強大な存在が、いまここに降臨したことを。


「……数年ぶりじゃな。やっと儂を受け入れてくれたか、キリカよ」


 少女らしからぬ古風な口調で、キリカは言葉を発する。

 霊力どころか、その気配も、貫禄すらも、少女は一変していた。

 まるで、歴戦の戦士のような……。


「……可哀相にのう。『異界化』するほどまでに強い怨念が漂うておるではないか。じゃが安心せい。儂がいま楽にしてやるからのう」


 少女の姿をした何者かは、木刀を天にかざす。

 淡い光を発していた刀身に、凄まじい霊力が集まっていく。

 もはや刀身が見えなくなるほどの激しい輝き。

 高圧の霊力で構成されたソレは、バチバチと稲妻を放ちながら、元の刀身よりも長く、太く、巨大化していく。

 それは、まさに光の刀剣だった。


 刀剣から光の波動が放たれる。


「ギギャアアアアアアア!!!?」


 焼き付くような激痛に生首は悲鳴を上げる。

 これは……霊力の余波。

 ただの余波だけで、こんなにも苦しみを感じるとは、いったいどういうことなのか!


 一方、苦痛に悶える生首と違い、人体実験で体を弄くられた霊たちは、次々と光に包まれ静かに消滅していく。

 ようやく解放されることを感謝するように。


「そうじゃ。もう苦しむ必要はない。安らかに眠るのじゃ……」


 狂った医者によって変貌させられた憐れな怨霊たちを、彼女は慈悲深き顔で見送っていく。

 一瞬にして起きた奇跡。

 霊力の余波だけで怨霊を浄化し、成仏させるなど、上位の霊能力者でも不可能だ。

 それを、霊力に乏しいはずの藍神キリカがおこなった。

 異様な光景を前に、生首は恐怖に震える。


「な、何なんだ貴様は!? いったい何者だ!?」

「儂か? 儂はこの可愛い子孫の先祖じゃよ」

「先祖、だと?」

「儂らの世界ではそういった存在をこう呼ぶらしい──『守護霊』とな」


 守護霊。

 人の身で神域へと至った、霊の最上位。

 生前のように人格を保ちながら、その強大な力で子孫を守護する存在……。

 魂としての『格』が人智を越えた次元に位置する、超越存在そのもの。


 先祖霊の加護。

 それこそが『歴代最弱の巫女』と称された藍神キリカが唯一持つ特異能力。

 しかも、その先祖霊は……。


「終わりじゃ悪鬼。報いを受けるときが来たぞ」


 かつて『歴代最強』と謳われた巫女がいた。

 もしも彼女に千年の寿命があれば、この国に存在する怪異を殲滅できたのではないか?

 誇張抜きに、そう言えるほどに次元違いの強さを誇っていた退魔巫女……その名は。


「藍神家三代目当主──藍神凪紗なぎさ、参る」


 たった一度だけ、キリカ自身に起きた奇跡。

 友人の少女を邪霊から救うため、キリカは秘められた力を目覚めさせた。

 歴代最強の先祖を守護霊として憑依させ、見事に怪異を滅した。

 そのときの力が、数年の時を経て、いまここに解き放たれる。


 ──剣舞一式・椿の舞『流閃一刀りゅうせんいっとう


 神速の勢いで繰り出される、踏み込みの斬撃。

 ……事はそれだけで終わった。

 稲妻そのものが過ぎ去ったかのような斬撃は、獣のごとき唸りを上げて巨大な生首の全体を薙ぎ払う。


(き、消えるだと? 私が、たった一撃で! これが『守護霊』の力……こんなの、次元が違うどころの話じゃッ!)


 悲鳴を上げる間もなく、人の命を弄び続けた廃病院の怪は、霊力の光に飲み込まれていった。


 凄まじい斬撃の余波は、建物の外にも影響を与えた。


「きゃっ!? な、何!? 何が起きたの!?」

「あれは……」


 廃病院の外でずっと待機していたレンとスズナは見た。

 廃病院の天井を貫いて、夜空に伸びていく光の柱を。

 轟音を鳴らし、星の果てまで昇っていく霊力の奔流。


「す、凄い……何なの、あのバカデカイ霊力の塊? ルカ、じゃないよね?」

「まさか……藍神さんが?」


 夜を昼のように明るくするほどの光を、レンとスズナはただ呆然と見つめていた。

 やがて光の粒子が雪のように舞い落ちて、陰鬱な廃病院を包み込んでいく。

 その光景にレンとスズナは思わず見惚れた。


「綺麗……」

「なんて、力強く、温かく、優しい光……これが、藍神さんの力……」


 霊力を持たない少女たちにも感じ取れた。

 その光が、邪悪なものを祓い、穢れなきものへと浄化していく力であることを。

 廃病院の怪は倒された。

 少女たちはそのことを確信するのだった。



 

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