キリカとの出会い②

   * * *



『どーも、廃墟大好きボッタンです~。今回はですね~、最近話題の廃病院に来ています~。なんかガチめに「出る」って噂で~、この廃病院に入った同業者の動画配信者さんとかがネタでなく行方不明になってるとかなんとか。うん、実際こうして外観だけ見てもやっべえオーラ出てますもんね~……で! これは廃墟マニアの僕が行かないわけにはいかないと! 今回も命知らずなボッタン、廃墟に突撃配信していきます~!』


・安定の命知らずで草

・どうなっても知らんぞ~?

・期待

・いや、ここはマジでやめとけ

・ネタじゃなくてガチでやめとけ

・ここに行った配信者マジでその後、音沙汰ないもんな


『はいはい、いつもの脅かしコメントありがとうございます! 今回も鋼メンタルで乗り切っていくんでよろしく~! ……うわ! びっくりした! なんだ、薬品の瓶が落ちただけじゃん。ビビった~!』


・お早いフラグ回収乙

・え? いまなんか不自然に落ちなかったか?

・瓶が勝手に動いたような


『キタキタ~、恒例の怪異現象目撃コメント~! いいよ~、どんどん盛り上がっていっちゃってね~!』


・いや、ネタじゃなくてガチなんだけど

・おいおい、何か呻き声みたいなの聞こえない?

・どーせ演出だろ


『ん~? 何も聞こえないけど~? ……ザザザザ……あと何度も言ってますけど僕の配信はヤラセとか……ザザザ……じゃないからね! ソロで……キヒヒヒ……ず~っとやってるから! そこんところよろしく!』


・は? 何いまの?

・映像、一瞬バグったよな?

・待て待て、笑い声も聞こえたんだけど

・おいボッタン、何か今回マジでヤベえ感じだぞ

・もしかして、噂ガチなのか?

・なあ、これ引き返したほうがよくね?

・ボッタン、今回は冗談抜きでやめたほうがいいぞ

・悪いことは言わない、引き返しとけ


『みんな僕を脅かすの本当に好きだね~。じゃあコメントが熱狂してきたところで奥に進んでいこうか~!』


・いや、マジでネタじゃなく……

・ヤバイヤバイヤバイ! 呻き声が増えてるって!

・もっと奥へおいで

・おいボッタン! マジで聞こえてねえのコレ!?


『なんにも聞こえませんよ~? 空気はどんよりしてるけどね~』


・ひえっ

・おいおい、どんどん声が大きくなってるじゃん!

・こっちだよ?

・映像荒れすぎだろ!?

・早く早く早く

・怖い怖い怖い! 俺もう無理!

・ボッタン! マジで逃げて!

・こっちにおいで?

・ちょっ、待て待て、コメントまでおかしくなってね?

・おい、いまは悪ふざけのコメントは自重しとけよ!?


『はいはい、喧嘩はしないでね~? ……いやでも何かマジでヤバめな空気あるな~。寒気してきたもん。ちょっと体も重いっていうか……』


・捕まえた

・は?

・え? 嘘だろ?

・ボッタン、おい! 後ろ!

・何で気づかないんだよ!

・新しい仲間、新しい仲間、新しい仲間


『は? 後ろ? べつに何も……うわあああ!? なになになに!? なにコレ!? なんだよおい!? 意味わかんねえ! どうなってんだよコレ!?』


・うわあああああ!!

・え? 演出だろ? 演出だよなコレ?

・ヤラセと言ってくれ、頼む

・逃がさないよ?


『知らねえよこんなの! おい! こんなの予定になかっただろ!? 冗談よせよ! 洒落じゃ済まねえって! 手筈通りやれって! おい! 返事しろよ!! どこ行ったんだよ!? 中止だ中止!』


・これガチでヤバいやつ?

・オレら見ちゃいけないもの見ちゃった系?

・ヒェッ……

・おいおい、マジでヤバいんじゃないかコレ!?

・アハハハハ

・ザマァ

・だから言ったのに

・かわいそうだね

・もう帰れないね


『ざけんなよマジで! ぶっとばすぞテメェ! ……はぁ、はぁ……な、何なんだよアレ!? あ、ヤベ、配信まだ繋いだまま……いや、違うんですよ皆さん? いまちょっとトラぶっちゃって気が動転してただけで!』


・いまから死ぬよ?

・もうすぐ行くからね

・皆で歓迎するよ


『いやいや、そんな怖いこと言わないでよ皆……ちょ、ちょっと今回はごめんね!? いったん中止にするね!? また次の配信でお会いしましょ~! ……は? 何で切れないんだよ?』


・おいでおいでおいで

・逃がさないって言ったでしょ?

・お前も来い

・一緒になろう


『ハ、ハハハ……こんなときまでコメントで怖がらすのやめてよ~……おい、やめろって!』


・来い、来い、来い

・新しい肉だ

・お前も苦しめ

・お前も弄られろ

・お前も自分たちと同じになれ

・斬られろ

・裂かれろ

・抉られろ

・縫われろ

・埋め込まれろ

・ヒトをやめろ

・もう戻れない


『な、何なんだよォ……何なんだよコレええええ!?』


・見つけた


『ひっ……いやだ……いやだあああああああああああああ!!!』





 プツン、と音を立てて、動画の再生が終了する。


「……これが先日、動画サイトで生配信されていた廃病院の映像らしいの」


 動画データを見せ終えたルカは、オカ研のメンバーにそう説明をする。


「う、うわぁ……思いっきり怪異っぽいのが映っちゃってるじゃん……」

「はわわわ……スズナ、腰が抜けちゃいそうでした……」


 おぞましい映像を見て、レンとスズナは怖さのあまり震えながら身を寄せ合った。


「元の動画と関連動画は『機関』の手配で全部削除されてるから、一般人の目に触れられる心配はないけど……問題は、この生配信を当日見ていた動画配信者が、同じ真似をしかねないってこと」


 噂の廃病院での生配信によって、自分のチャンネルの人気度を上げようとする過疎配信者がいないとは限らない。

 社会の秩序を保つ『機関』としては、怪現象がハッキリと映し出される動画配信の連発を放置するわけにはいかなかった。


「すると今回の依頼は、その廃病院にいる何かを退治するってことだね? ルカにその依頼が来たってことは……」

「そう。この廃病院はこの辺りにある」


 ルカの言葉で、部室の空気に緊張が走った。


「こういった廃屋は足を踏み入れなければ基本無害だから『機関』としては対策の優先順位は低かったんだけど……いまはこういった場所を撮影配信したり閲覧する一般人が急増したから、今回のことで全国各地にある危険な廃屋の対処に動くことになったみたい」

「時代ってやつだね。いまだと、そういった曰くつきの映像とか、すぐにネットに拡散されちゃうもんね」


 ルカから事の経緯を聞いて、レンはうんうんと頷く。

 情報化社会が年々と進む現在、対怪異組織である『機関』も時代の変遷に合わせ、慎重に動かざるを得ないということだろう。


「そういうわけだから私たちも今夜辺りにでも現場に……ダイキ?」


 ルカは先ほどからやたらと静かなダイキに気づく。


「──ぴぎぃ──」


 ダイキは白目を剥いて立ったまま気絶していた。

 ビビリな彼が恐怖映像を前に耐えられるわけがなかったのである。


「ダイキ!? しっかりして!」

「ま~た立ったまま気絶してるよこの人。ある意味で器用だな~」

「ツンツン。あらま~。ダイキさん、ぜんぜん目覚めません。よほど怖かったのですね~」


 銅像のように硬直したままのダイキをルカは心配し、レンは呆れ、スズナは楽しそうに頬を指で突いた。


「ほ~ら、ダイくんいつまでも気絶してないの。話聞いてた?」

「……ハッ!? あああ! ついに来てしまったのか廃病院に行く日が! 究極のトラウマ製造機である回が!? いやだああああ!!」

「うわっ、びっくりした。ダメだ、まだ錯乱しているねダイくん」

「お労しやダイキさん……」

「ダイキ、怖いなら私の胸においで?」


 目を覚ましたものの、いまだ恐怖で震え上がりながら奇妙なことを呟くダイキに女子陣は憐れみの目線を投げる。


 ……少女たちは知る由もない。

 ダイキの錯乱が単にビビリな性格によるものではなく、この後に起きる展開を知っているがためだということを。

 ホラー漫画『銀色の月のルカ』序盤のトラウマ回……『廃病院の怪』。

 転生者であるダイキは、これから向かう廃病院がどれほど恐ろしい場所かイヤでもわかっていた。


「どうするどうするどうする? さすがに今回ばかりは家で大人しくして……いやいやいや、ルカがピンチになるってわかりきっているのに俺だけ安全な場所にいるわけには……でも『彼女』がいてくれれば……いや、原作通りの展開になるかはわからないんだし、やはり俺も同行するしか……」


 少女たちに聞こえないようにブツブツと独り言を呟きながらダイキが葛藤していると、


「失礼するわ! ここがオカルト研究部ね?」


 荒っぽいノック音がしたかと思うと、部室の扉が勢いよく開かれる。

 紺青色の長髪をポニーテールにし、青色のツリ目を勝ち気に光らせた少女が、キッと鋭く部員たちを見回す。


「あなた……藍神さん?」

「ルカさん、お知り合いですか?」

「うちのクラスの委員長」


 スズナに尋ねられ、ルカが淡々と答える。


「あ~、いつもルカたちの教室に行くと誰かしらに注意しまくってる、あの委員長ちゃんだね」


 レンの記憶では、教室でイチャつくルカとダイキを顔を真っ赤にして注意していたり、何かと規律にうるさい女生徒だった覚えがある。


「で、私たちに何のようかな委員長ちゃん?」


 部長であるレンが話しかけると、少女はただでさえ鋭い目を険しく細めた。


「委員長じゃなくて、藍神キリカよ。……あなたたちの噂を聞いてね、こうしてやってきたのよ」

「私たちの噂? ああっ! ということは怪異関連の依頼?」

「そんなはずないでしょ。アタシはあなたたちを注意しにきたのよ!」

「ちゅ、注意?」


 キリカはビシッと指を突き出し、首を傾げるオカ研の面々を睨みつけた。


「あなたたち! 怪しい部活動を理由に授業をサボって遊んでいるようね!? アタシの目が黒いうちは、そんな真似は許さないわよ!」

「あー……」


 レンは思わず天を仰いだ。

 ここ最近、確かに怪異退治のために学園を抜け出していたので、いつかは指摘されるとは思っていた。

 決して遊んでいるわけではないが、学業を疎かにしているのは事実なので、レンは言い訳のしようがなかった。

 しかし、キリカの正論に対して真っ向から挑む少女がいた。

 ルカに心酔するスズナである。


「遊び、ですって!? いいえ、違います! 我々オカ研は怪異という見えざる脅威によって苦しむ人々を救うべく日々命がけで活動しているのです! ここにいらっしゃるルカさんこそ、我々人類の希望! 恐ろしい怪異が現れたとあらば、たとえ火の中水の中! 人々を窮地から救ってくださるのです! きゃー! 素敵ですルカさん!」

「スズナ……恥ずかしいからやめて……」


 紙吹雪があればいまにもパラパラと撒かん勢いで囃し立ててくるスズナに、ルカは赤面した。

 その様子を見て、キリカはまるで苦虫をかみつぶしたような顔を浮かべたかと思うと、


「怪異ですって? ……バカバカしい。そんなオカルト染みたこと、現実にあるはずがないでしょ」


 まるで自分に言い聞かせるように、沈んだ声色でキリカは言った。


「……」


 そんなキリカを、ルカは意味ありげな沈黙を貫いたまま見ていた。


「とにかく! 学生は学業が本分よ! 放課後の活動までとやかく言うつもりはないけど……霊能力者ゴッコのお遊びはいますぐやめなさい!」

「ですからゴッコ遊びではありません! 今夜だって我々は呪われた廃病院に向かい除霊をするという使命があるのです!」


 余計なことまで口にするスズナに、レンはギョッとした顔となる。


「あっ、こら、スズちゃん! そんなことバラしちゃメ~っでしょ!」

「ハッ!? 私ったらつい……」

「廃病院、ですって?」


 行く先をキリカに告げてしまったことで、ますます彼女の注意が厳重になってしまうと慌てる一同だったが……。


「……っ!? まさか、あの廃病院に行くつもりだっていうの?」


 キリカは小さく独り言を呟き、冷や汗を掻きだした。


「……めなさい」

「藍神さん?」

「やめなさい! 行ってはダメ!」


 切迫した勢いで大声を上げるキリカに少女たちはビクッと驚いた。


「いい加減にしなさいよ! 自分たちがどれだけ危険なことをしているかわかってるの!?」


 その言動は非行を注意する委員長のソレであったが……キリカの様子はまるで事情を知っているかのような焦燥と恐怖が滲んでいた。


「白鐘さん! 止めようとしないあなたもどうかしているわ! 普通ならこんな活動、いますぐやめるべきだってわかるでしょ!?」


 キリカの矛先はルカへと向いた。

 激しく叱責してくるキリカに、ルカは確信めいたものを覚えた様子で向き合った。


「……どうして私だけにそんなことを言うのかな、藍神さん?」

「え? あ……」


 キリカは「しまった」とばかりに口元を抑えた。

 部長であるレンに言うならばともかく、一部員であるルカだけを責め立てるのは、明らかに不自然であった。

 ルカの赤い瞳が、キリカをとらえる。


「藍神さん。やっぱり、あなたはあの藍神家の……」

「……伝えたいことは伝えたから、これで失礼するわ」


 ルカの言葉を遮るように、キリカは背を向けた。


「いいこと? 絶対に廃病院に行ってはダメよ? ホームレスが住んでいたり、不良が溜まり場にしているかもしれないんだから。それじゃ……」


 最後に念押しをして退室しようとしたキリカの前に、立ち塞がる影があった。

 ダイキである。


「黒野君? 何? アタシに文句でもあるの?」

「……」

「黙ってちゃわからないでしょ! 用がないならソコをどいてちょうだい!」

「……ありがとう」

「は?」

「ありがとう……来てくれて、ありがとう」


 ダイキはとつぜんキリカに感謝の言葉を述べる。

 瞳からはボロボロと大量の涙が溢れ、キリカはギョッとした顔を浮かべて後退りをした。


「良かった、ちゃんと辻褄通りだ……藍神さん。君こそが希望だ。どうかその心に従ってくれ。それが皆を救う結果に繋がるから。どうかなにとぞ。なにとぞ~」

「え? なに、怖っ。なんでアタシ感謝されてんの? ちょっと!? なんで土下座なんてするのよ!?」


 奇妙なことを口ずさみながら土下座までしだすダイキにキリカだけでなく、他の少女たちも「うわぁ」とドン引きしていた。


「たまにダイくんっておかしな行動するよね……」

「特に最近のダイキ、変。べつに何かに取り憑かれている様子はないんだけどな……」

「ダイキさん……やっぱり、おもしろい人ですね♪」


 スズナだけダイキの奇行を肯定的にニッコリと見ていた。




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