キリカとの出会い①


 仲良しの双子は何をするにも一緒。

 遊びも、食べるものも、眠る時間も。

 二人で一緒にいることが、一番の幸せ。

 大人になっても、アタシたちは一心同体で生きていくんだ。

 そう信じていた。

 だけど……。


 同じように動いているはずなのに、一方は温かくなって、一方は温かくならない。

 同じものを握っているはずなのに、一方は光って、一方は光らない。

 同じ早さで走っていたはずなのに、いつのまにか、置いて行かれている。

 だんだんと、双子の足並みが揃わなくなっていく。


(待って……置いて行かないで!)


 双子の妹は必死に姉に追いつこうとする。

 でもどれだけ努力しても、差は縮まらない。それどころか、自分よりも後に生まれた妹たちにすら先を行かれてしまう。

 向けられるのは、憐れみの視線。

 ああ、どうしてこの子だけ、こんなにも■に愛されていないのか。


(やめて……そんな目で見ないで! アタシは……アタシは必死にやってる!)


 どれだけ人一倍、血の滲むように修行をしても……やはり姉妹たちのように祝福は訪れない。

 見放されている。家族の中で、自分だけが。

 その事実に、少女の心は折れた。


 せめて……せめて双子の姉だけには、受け入れて欲しかった。

 こんな自分でも、昔のように隣にいてもいいんだと。そう言ってもらいたかった。

 でも……。


『いまでも私と対等だと思っているのか? ……ふざけるな!』


 最愛の片割れが放ったのは、失望と断絶の言葉だった。


『お前じゃ誰も救えない。お前なんて藍神家にいらない。消えろ、無能』


 同じ顔をした姉が、虚ろな表情を向けて去っていく。


(待って……待ってよレイカ! アタシは……アタシはただ!)


 姉の背を追いかけたところで……藍神キリカは悪夢から目覚めた。


「ハァ……ハァ……」


 ベッドから飛び起きたキリカは、胸元を抑えながら荒く呼吸を繰り返した。


(またあの夢……最近は見ていなかったのに……)


 実家から出て、親戚の家に厄介になって、いまは学費免除の特待生になったことを条件に、マンションの部屋でひとり暮らしをしている。それからは久しく見ていなかった夢。どうしていまさらになって……いや、理由はわかっている。


 白鐘しろがね瑠花ルカ

 同じ教室にいるクラスメイトの存在が、キリカの中に眠る劣等感を、再び目覚めさせたからだ。

 べつにルカ自身がキリカに何かをしたわけではない。

 ただ、一方的に意識してしまっているだけ。


 ──自分以上に強大な霊力を持つ、霊能力者であるルカを。


 キリカは激しく首を振った。

 ダメだ。考えるな。

 自分は決めたはずだ。

 もう、霊能力者の世界には関わらないと。


(そうよ……アタシはもう……普通の人間として生きるんだから)


 只人として生きていけば、自分は幸福でいられる。

 劣等感に苛まれることもない。

 それが退魔巫女の家に生まれながら凡庸な霊力を持って生まれてしまった藍神キリカの、選んだ道だった。



   * * *



 清く正しく、生きること。

 それが幸福への近道だとキリカは確信している。

 私生活においても、もちろん学園生活においても。

 そうすれば、この世界には自分の居場所がたくさんできる。


 優等生であれば、教師は褒めてくれる。


「さすが藍神さんね! 今回のテストも満点よ! いつも勉強を頑張っていて偉いわ!」

「いえ。特待生として当然のことですから」


 委員長として風紀を守っていれば、信頼を得られる。


「さすが藍神だな。お前が厳しく注意してくれるおかげか、うちのクラスは他のクラスと比べて素行が良いって教頭に褒められたよ。いつもありがとうな」

「いえ。委員長として当然のことですから」


 部活動の助っ人をすれば、生徒たちから感謝される。


「藍神さん強すぎ! ねえ、やっぱり剣道部に入部してくれない?」

「ありがとう。でも他の部でも助っ人を頼まれているし、勉強もしないといけないから」

「そっか~残念。でも藍神さん、やっぱり凄いな~。美人でスタイル抜群で、勉強もできてスポーツも万能だなんて……完璧じゃん!」

「……アタシが、完璧ね」


 完璧。そんな言葉を貰える日が来るだなんて、キリカは思いもしなかった。

 実家でキリカが浴びせられていたのは、どれも真逆な言葉ばかりだった。

 落ちこぼれ。凡人。役立たず。恥さらし……厳しい祖母に何度も言われた言葉。

 そして、双子の姉に最後に言われた『無能』という称号……。


 だが、この学園でならキリカを軽んじる者はいない。

 やはり自分の選択は正しかった、とキリカは痛感する。

 身の丈に合った生き方をする。それだけで随分と気持ちは楽になる。

 もっと早く、こうしていれば良かったのだ。

 霊能力者であることに拘らず、一般人として生きていけば、自分にはこんなにも居場所と理解者ができるのだから。


 ──本当にそうかしら? 周りが見ているのは所詮『優等生の皮を被ったあなた』だけじゃないの? ありのままのあなたが受け入れられたわけじゃない。それを本当に居場所と言えるの? 理解者ができたと言えるの?


 意地の悪い、陰気な心の声が、ときどきキリカに囁く。


 ──もしも優等生でなくなったら……やっぱりあなたには、何も残らない。どこへ行っても、所詮あなたは空っぽなのよ。


 不穏な空想をキリカは必死に振り払う。

 ……大丈夫。自分はうまくやれている。何も問題ない。

 只人であれば自分は平穏に生きられる。

 今日も、いつものように夕飯の買い出しをして、帰ったらちゃんと明日の予習をして、規則正しい生活をする。それだけでいいんだ。

 ノイズは振り払おう。この穏やかな生活を脅かすノイズはすべて。だから……。



 怪異の気配を感じても、自分には関係ない。



「……っ」


 スーパーマーケットからの帰り道で、キリカは立ち止まった。

 路上の向こう側に、ヒトならざるものがいる。

 ソレが敵意を持っているのが感じ取れる。

 たとえ凡庸な霊力しかなくとも、それぐらいは察知できる。


(……やめてよね)


 キリカは歯噛みした。

 いっそのこと、霊感などまったく無い人間として生まれれば良かったのに。

 そうすれば、こんな葛藤もいだくこともなかったのに。

 怪異がいるとわかっている。誰かが襲われているかもしれない。真っ先に助けに行くべきだ。

 ……キリカが真っ当な霊能力者であればの話だが。


(アタシじゃ何も、できないのに……なんでっ!)


 危機は感じ取れる。でもそれを解決するための力はない。

 なんと中途半端な素質だろう。まるで天による嫌がらせだ。いかに自分が無力な存在か、突きつけられているようだ。

 この場でキリカができることといえば、ひとつしかない。


「……藍神です。ポイント【J124】に怪異の気配を確認。すぐに向かってください」


 対怪異秘密組織である『機関』。霊能力者たちの間だけに知らされる番号に連絡を取り、キリカは報告を終える。

 これでいい。この区域の支部に連絡を取ったから、すぐにエージェントが辿り着くだろう。

 あとは任せよう。自分は最善の選択をした。これ以上できることはない。

 そう言い聞かせ、キリカは帰路につく。

 だが……キリカの足は気づけば帰り道とは真逆の方向に向かっていた。


(何をしているのアタシは? 行ってどうするの? アタシが行って何ができるって言うのよ?)


 そう自問しながらも、足は止まらない。

 行ったところで無力だというのに。仮に誰かが怪異に襲われていても、救える手段なんてないのに。


 ……いや、正確にはひとつだけある。

 自分の意思でコントロールできない不安定なものだが、もしも「あの力」を引き出せたのなら──のように自分でも誰かを救うことが!


「さあ──悪夢を終わらせましょう」

「……あ」


 だが、やはり無駄足だった。

 そこにはすでに怪異を滅する手段を持つ霊能力者がいた。


【 《生霊》 よ 《この世》 から 《消滅》 せよ 】


 霊能力者の言葉で、怪異がおぞましい悲鳴を上げて消滅していく。

 アレは、言霊。そして、その霊術を行使しているのは……。


(……白鐘、瑠花ルカ


 銀髪赤眼の霊能力者の力を、キリカは目の当たりにした。

 並外れた霊力。優れた霊術。変幻自在の霊装……どれもキリカが望んでも手にできなかったもの。


 ──わかったでしょキリカ。ここでも、あなたの居場所なんてないのよ。


 心の中で、もうひとりの自分が囁く。

 イメージの中で、侮蔑と呆れの滲んだ顔を浮かべている。

 ……それは、自分と瓜二つの顔をした双子の姉だった。


 ──無様ねキリカ。あなた……本当に何のために生まれてきたの?


 どうやって帰宅したのかは覚えていない。

 気づくとキリカは電気も点けず自室のベッドに顔を埋め、涙を流していた。

 あまりにも情けない、未練がましい自分に恥じ入りながら。


 わかりきっていたことだ。

 あの世界で、自分にできることなどない。

 できる者に託せばいい。この街にはあんなにも凄まじい霊能力者がいるのだから。

 そう思っていたが……。


「出席取るぞ~。……ん? 白鐘と黒野はまた欠席か? この頃しょっちゅういないな~あの二人」

「へへへ、サボってどっかでイチャついてんじゃないですかね先生~? 羨ましいこったぜ~……本当に羨ましいなチクショー!」

「おいおい田中、勝手に妄想しておいて号泣するなよ~……先生だって羨ましいぞ!?」

「先生~、いい大人が高校生のイチャイチャ妄想して泣かないでくださ~い」


 立て続けに欠席を繰り返す男女二人に、クラスメイトたちはあらぬ想像を膨らませては勝手に盛り上がっている。

 ……だがキリカだけはわかっていた。

 あの少女と、そして幼馴染である少年が学園に不在なのは、何らかの怪異事件に関わっているからだということを。

 二人だけではない。別のクラスにいる赤嶺レンと黄瀬スズナも、その活動に協力しているらしい。


 オカルト研究部。

 怪異事件を解決する部活動として、その噂と名声は徐々に広まりつつあった。


「……」


 キリカはオカルト研究部の活動内容に、ひとつの感情をいだいていた。

 気に入らない、と。

 怪異事件の解決……霊能力者である白鐘瑠花ひとりだけがこなすのならば、まだわかる。

 だが残りの三人は一般人だ。なぜ一般人が、そんな危険な真似をする必要がある?

 ……認めない。認めたくない。だって、もしも認めてしまったら、いまこうして教室で授業を受けている自分はいったい……。


(アタシが、止めないと)


 彼女らが遊び半分で危険な世界と関わろうとしているのなら、委員長として止めなければならない。

 ……そう、あくまで委員長として。



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