スズナとの出会い③
* * *
「皆さん、今夜は泊まっていってください。決行は今夜にいたしましょう」
任務遂行のため、俺たちはスズナちゃんのお言葉に甘えて黄瀬家でお泊まりすることになった。
「皆さん、こちらの方々とスズナはとても親しい友人となりました♪ 盛大にお持て成しをしてくださいね!」
「「かしこまりました、お嬢様」」
スズナちゃんの言葉に従った執事とメイドさんたちに、そりゃもう手厚いお持て成しをしてもらった。
「さあ、お夕飯の準備ができました♪ どうぞたっぷり召し上がれ♪ 『腹が減っては戦はできぬ』といいますから!」
「……ルカ、ダイくん。どうしよう。私たち、この後、普通の生活に戻れるかな?」
「ここは天国かな? どうしよう、ダイキ。私、帰りたくない」
「同感だ。これが天上人の生活ってやつなんだな……」
高級ホテルでも味わえないであろう超VIP待遇を受けて、俺たちはすっかり夢見心地でいた。
口にするものすべてが、あまりにも美味で、舌がどんどん肥えていく。
とうぶんの間、スーパーやコンビニの食材では満足できないかもしれない。
宇宙生物退治は先延ばしにしてもいいんじゃないかな~とちょっとだけ考えてしまったが、もちろんそういうワケにはいかない。
屋敷の人々が寝静まった頃に、俺たちは行動を開始することにした。
とりあえず、ここまでは原作通りだ。
「皆さん、こちらをどうぞ」
スズナちゃんに用意してもらった特殊サングラスを装着する。
ヤツらが光を利用してこちらを洗脳をしてくるのなら、こういった対策は必要だ。
「……はわわわ! こうしていると、まるでスパイ映画のようですね! こんな夜更けに屋敷をコッソリと歩き回るの、スズナ初めての経験です。なんだかワクワクしてきました!」
未知の体験に、スズナちゃんはすっかりウキウキしている。
サングラス越しでも、金色の瞳の中に星が瞬いているのが見える。
うん、だんだんと俺の知るスズナちゃんらしさが出てきたな。
「先頭は私が引き受ける。皆はここで待機して。私が合図をしたら、火を絵にぶつけて」
ルカがゆっくりと絵に近づく。
俺たちはガス管とライターを構えて、ルカの合図を待った。
「……何をしているんだ、君たち」
「っ!?」
振り返ると、幸司郎氏が虚ろな表情で立っていた。
「お、お父様……」
「スズナ、こんな夜中に何をしている? その手に持っているものは何だ? まさか……あの絵を燃やす気じゃなかろうな?」
幸司郎氏の目が憤怒の色に染まる。
実の娘をまるで仇敵を見るかのような鋭い目だった。
きっと生まれて初めて向けられるであろう、父親の敵意を前に、しかしスズナちゃんは怯むことなく向かい合った。
「……はい。スズナは、あの絵を燃やします。お父様は、あの絵の魔力に魅入られているのです。どうか目を覚ましてください! いまのお父様を見たら、お母様が悲しみます!」
娘の必死な訴え。
だが、それが通じるほど『呪いの絵画』の洗脳は甘くなかった。
「……許さんぞ」
「お父様?」
「許さんぞ、スズナあああぁ!! あの絵を燃やすのなら、お前だろうと許さん!」
「っ!? お父様!」
「父親に逆らうとは、なんて親不孝な娘なんだ! お前は私の言うことだけを聞いていればいいんだァー!!」
凶暴な顔つきで幸司郎氏が腕を振り上げる。
原作ではここでスズナちゃんは父親に殴られるが……さすがにそこまで傍観するような真似はしない。
瞬時に幸司郎氏の腕を握りしめる。
「ぐっ! この、小僧……何を……」
「黒野さん!?」
「いくら操られているからって……娘に暴力をふるうことだけは、しちゃいけないだろうが!」
「ぐっ!」
そのまま勢いをつけて、幸司郎氏を向こう側へ投げつける。
「お父様!」
「離れていろ黄瀬さん。いまの彼は正気じゃない」
投げつけられた幸司郎氏は「ううぅ……」と獣のような唸り声を上げながら立ち上がる。
その目は極彩色に光っていた。
「許サン……ソノ絵ヲ、燃ヤスコトダケハ……」
父親の変貌に、スズナちゃんは「ひっ」と息を呑んだ。
「何事ですか!?」
「旦那様!? どうされました!?」
騒ぎを聞きつけて、執事の人たちが慌てた様子で集まってくる。
まずい。原作だとこの後は確か……。
「ルカ! レン! いますぐ絵を燃やすんだ!」
俺の指示を聞いて、ルカとレンが絵にガス管とライターを向ける。
その瞬間……絵に異変が起こる。
「なっ!?」
絵の中の赤ん坊たちが身動きを始め、ドロリとヘドロのように額縁から垂れ落ちる。
流動体はやがて、四体の巨大な赤ん坊の形を取った。
文字通り、絵から飛び出てきた。
「う、嘘ぉ!? こんなのってアリ!?」
絵のまさかの異形化に、レンは困惑している。
「アアア……ダァ……!!」
不気味な鳴き声を上げて、その体が極彩色に発光する。
「ア、アァ……」
「絵ヲ、燃ヤス者ハ……始末スル」
サングラスをかけていなかった執事たちは、幸司郎氏と同じように目を光らせ、操り人形と化した。
原作ではここで少女たちが操られた幸司郎氏と執事たちに襲われるが、そんなことはさせない!
俺が壁となって皆を守る!
「ルカ! 絵のほうを頼む!」
「わかった! 来い、紅糸繰!」
霊装の紅糸繰を鎌に変えて、ルカは四匹の異形の赤子に飛びかかる。
俺も襲い来る執事たちを次々と薙ぎ払っていく。
対怪異はルカ。
対人は俺が。
いつものフォーメーションで危機に対応していく。
「アガァ! 絵ニ、手ヲ出スナァ!」
「ええい! いい加減に目を覚ませ! スズナちゃんが可哀相だろうが!」
「ウゴォ!」
いつまでも正気を取り戻さない幸司郎氏に怒りが湧き、拳を叩き込んだ。
父親なら娘への愛情とかで自力で目覚めんかい!
俺の拳を浴びた幸司郎氏と執事たちは、ピクピクと痙攣しながら、そのまま気絶した。
【 《紅糸繰》 よ 《異形》 を 《手繰り寄せよ》 】
「ミギャアアアアア!!」
ルカのほうも異形の赤ん坊たちを紅糸繰の糸で一カ所に集めることに成功した。
「お、お二人とも、すごいです……」
一連の出来事を、スズナちゃんは放心した様子で見ていた。
「レン! ダイキ! 私が紅糸繰で捕縛している間に、早く火を! 黄瀬さん! あなたも!」
「っ!? は、はい!」
拘束された四体の異形に向けて、俺たちは火を付けたライターにガス管を噴射する。
三カ所から噴き上がる炎の放射。
【 《紅糸繰》 よ 《炎》 を 《広げよ》 】
ルカの霊術である言霊によって、紅糸繰が着火剤の役割を果たす。
火は瞬く間に異形の全身に燃え広がっていった。
「ヒギッ! ヒギィィィ!」
断末魔の雄叫びを上げながら崩れていく異形。
それはどこか、故郷に帰れないことを嘆く、啜り泣きのようにも聞こえた。
「……なんて、悲しいお声でしょう……」
燃え崩れる異形に、スズナちゃんは憐憫の眼差しを向けていた。父親をおかしくさせていた憎き相手にも関わらず、その瞳からは涙が出ていた。
スズナちゃんは感受性が強い。そんな少女は、異星から来た彼らの悲しみすら、感じ取れてしまうのだった。
「……あなたたちは、ただ故郷に帰りたかっただけなんですよね。でも、ごめんなさい。そのためにお父様を利用するのは、やはり見過ごせません。許してください。せめて、どうかその魂が安らかであることを……」
スズナちゃんは手を組み、切に祈りを捧げた。
* * *
「ん……ここは……?」
「お父様! 目が覚めたのですね!」
「スズナ……っ!? すまない、スズナ。すべて覚えている。私は、なんてことを……」
「いいのです、お父様。元に戻って良かった、本当に……」
『呪いの絵画』を焼き尽くしたことで、操られていた幸司郎氏と執事たちは無事に意識を取り戻した。
「君たちが、助けてくれたんだね? 何とお礼を言ったらいいか……」
「いいのです。私たちは任務を遂行したまでです」
「任務……そうか、あのような恐ろしい存在がいるのだから、対応する組織もあるということか。……この恩は決して忘れない。どうか今後、君たちの活動を支援させていただきたい」
本来の義理堅い紳士に戻った幸司郎氏は、迷いなく誓いの言葉を立てた。
「……そこの君、確か黒野君と言ったか?」
「え? あ、はい」
「あんな風に、人に思いきり殴られたのは初めてだったよ。良い拳だった」
「その、あれはつい……すみません」
「いや、責めているわけではないんだ。むしろおかげで二重の意味で目が覚めたよ。君の言うとおり、娘を本気で思うのなら自力で目覚めるべきだった……スズナの幸せを考えない日はなかったが、実際はこのザマだ。危うく娘を不幸にしてしまうところだった」
深く恥じ入りながら、幸司郎氏は立ち上がった。
「すまないスズナ、お母さんの肖像画のところまで連れて行ってくれないかい?」
「はい、お父様」
まだフラつく体を娘に支えてもらいながら、幸司郎氏は妻の肖像画の前に立った。
「カエデ……君が残してくれた宝物を守ると私は誓ったのに、魔物につけ込まれてしまった。すまない、もう二度とスズナを傷つけないと誓うよ」
「お父様……大丈夫です。お母様ならきっと許してくださいます。それに、お父様を守りたい気持ちは、スズナも同じです。本当にご無事で良かった」
「スズナ……ありがとう。いつのまにか、私を支えられるほどに立派になっていたんだね」
母の肖像画の前で、親子二人は絆を確かめ合いながら寄り添った。
「……お母様、聞いてください。スズナ、やっとやりたいことが見つかりました。どうか、見守っていてください」
* * *
かくして『呪いの絵画』の一件が片付いた、その後日。
「失礼します! 黄瀬スズナ、オカルト研究部に入部希望します!」
「え!? 黄瀬さん!? なんで私たちの学園にいるの!?」
「転校してきました! どうしても皆さんと一緒にいたくて!」
「お嬢様の行動力パねぇ!?」
原作通り、スズナちゃんは俺たちの学園に転校してきた。
「以前でしたらきっと反対されたと思いますが、あの一件で父は私のやりたいことを応援してくれるようになったのです!」
「黄瀬さんの、やりたいこと?」
「はい! 私、決めたんです! 私も皆さんのように、恐ろしい怪異から人々を救うことを! ああ、あの夜は、本当に刺激的でした。あんなにも心が奮い立ったのは、スズナ初めての経験です♪」
うっとりと頬を紅潮させながら、スズナちゃんは誤解されそうな発言をする。
「特に……ルカさん! 怪異と戦うお姿、とてもかっこよかったです! スズナ、すっかりあなたのファンになってしまいました! ああ、世界を守るために戦うヒーローは実在したのですね! スズナにもどうか、あなたの活躍を支えさせてください!」
「え? あ、ありがとう……」
目をキラキラさせながら全力で迫ってくるスズナちゃんに、ルカは困惑しながらお礼を言った。
どうやら原作通りスズナちゃんはルカに惚れ込んだご様子だ。
原作崩壊が起きず、ひと安心である。
スズナちゃんがこうしてパーティーに加わったことで、今後は遠距離の任務でも移動手段や宿を用意してくれるはずなので、オカ研の活動はよりスムーズになることだろう。
「そして……ダイキさん! あなたもとても素敵でした!」
「はい!?」
俺の眼前にもお嬢様のキラキラとした顔が迫ってきた。
顔近っ!?
「たったひとりで、あの人数の大人を武力ひとつで無力化できるだなんて……かっこよすぎます! 凜々しいお姿に、スズナはドキドキしてしまいました! 獅子奮迅とはまさにあのことですね!」
「え、えーと、ど、どうも」
「お二人は私のヒーローです! 全力でサポートいたします! 何でもおっしゃってくださいね?」
あれれ~? まさか俺までスズナちゃんにヒーロー扱いされるとは、予想外。
だ、大丈夫かな? これ原作崩壊の伏線になったりしないよね?
「……お二人がヒーローね~。私だって謎解くために頑張ったと思うんだけどな~」
「ハッ!? も、もちろん鋭い知恵を持つレンさんのことも尊敬していますよ! 今後も頼りにさせていただきます部長様! あの、実家から紅茶を持ってきましたので良かったら淹れさせてください!」
「あの激うま紅茶!? また飲めるの!? よっしゃ! 黄瀬スズナくん、入部を許可する!」
自分だけ蚊帳の外にされてフテ腐れていたレンだが、また高級紅茶が飲めると知るやアッサリとスズナちゃんの入部を許した。
現金なヤツめ。
さて、これでルカの仲間となる少女はあと二人……。
それまでは、正史が狂わないように慎重に行動をしなければならないのだが……こんな調子で大丈夫かな?
「どうしたのダイキ? 最近、難しい顔ばっかりしてるよ?」
ルカが心配そうに声をかけてくる。
「いや、俺はつくづく裏方に向かない人間だと思ってな……」
このホラー漫画の世界で三十一巻中、三巻までの知識しかないことに絶望していた俺だが、全巻の内容を把握していたらそれはそれで原作崩壊を終始気にしてしまう余裕のない毎日だったかもしれないな。
「ふぅん、よくわからないけれど……何か頑張ってるわけだねダイキは。それじゃあ……えい」
「むぎゅっ!?」
ルカの豊満な胸の中に抱き寄せられた。
柔かああああい!
「よしよし。頑張ってる人にはご褒美をあげなきゃね?」
蕩けそうな声色で、ルカはパフパフとオッパイの中で俺を甘やかすのだった。
転生者として気を遣うことが多い最近だが……このオッパイのおかげで頑張れちゃいそうな気がするな!
そんな現金なことを考える俺だった。
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