スズナとの出会い②

   * * *



「じゃあ改めて自己紹介するね。こっちは怪異退治専門の霊能力者である白鐘瑠花ルカ。私は情報収集と仲介専門の赤嶺レン。で、こっちは人間相手には無双できるけど肝心な怪異相手だと、とことん役立たずなビビリの黒野大輝ダイキくんです」

「おいコラ」


 なんて酷い紹介をするんだレンのやつめ。

 ……まあ事実だから否定できないのが悔しいけど!


「怪異退治を専門とする部活動……素晴らしいです! 皆さん私と同学年ですのに、人のため世のため、影ながら恐ろしい化け物たちと戦っているのですか!?」


 話を聞いたスズナちゃんは目をキラキラとさせる。


「すごいです! まるで映画や小説に登場する正義の味方ではないですか! 特に黒野さん! あなたは怖いものが苦手でありながら、人々をお救いするため、このような活動を続けていらっしゃるのですよね? なんと気高く尊き志でしょう! スズナ、感動しました!」

「え? い、いや~、それほどでも~。成り行きで続けているといいますか、ほぼ日常的に怪異と遭遇する運命だから逃れようがないっていうか……」

「ご謙遜なさらないでください! お心がお優しく、お強くなければ、到底できることではありません! スズナ、黒野さんのこと尊敬します!」

「い、いや~、あははは」


 スズナちゃんに直球で褒められ、照れくささから頭をかく。

 こんな可愛い女の子に尊敬の眼差しを向けられるなんて、初めてオカ研を続けていて良かったと思ったよ。


「……あっ、窓に女の幽霊が貼りついてる」

「ひいいいいい!? どこおおおおおお!? ……って、いないじゃないか! ルカ! 幽霊ネタで俺を驚かすのはやめちくれ!」

「プイッ。ダイキのバァカ。さっきからデレデレばっかりして」


 ご機嫌ナナメな幼馴染は悪びれることもなくそっぽを向いた。

 レンと出会ったときといい、俺が他の女の子にデレデレしているのがおもしろくないようだった。


「でも、皆さん本当にすごいです。スズナはまだ、自分が何を為すべきなのか、どう生きるべきなのか、いまだにその道を見つけることもできず、何となく日々を生きているだけですのに。お恥ずかしい限りです」


 スズナちゃんは恥じ入るように苦笑を浮かべた。


「亡き母に言われたんです。『自分が正しいと信じた道を進みなさい』『あなたが信じて進む道なら、多くの人を救い、幸せにすると私は信じています』と──でも、わからないのです。自分が何をしたいのか、どんな人間になりたいのか……母のご期待に添えないまま、歳月ばかりが経ってしまいました」


 スズナちゃんは部屋に置かれた写真立てを手に取る。

 そこには、先ほど見た肖像画と同じ女性と、幼いスズナちゃんが写っていた。


 ……そうだった。初期のスズナちゃんは自分の将来のビジョンが思い浮かばないことで悩む女の子だった。

 黄瀬家の娘として、幼い頃から英才教育を受け、どんなことも優秀にこなしてきたスズナちゃん。

 その一方、彼女自身は何か夢中になれるような、情熱をいだけるものと出会えず、そんな自分に後ろめたさを覚えていた。

 まだ若いのだから、将来やりたいことが決まらないのは当たり前……なんて言葉は慰めにはならない。

 スズナちゃんにとって、お母さんと交わした約束はとても大事なものだからだ。


 自分は『何者』になればいいのだろう?

 そう思い悩む少女の未来を、俺は知っている。

 心配ない。だってスズナちゃんは、ようやく自分が心からやりたいと思えるものに出会うのだから。


「大丈夫だよ、黄瀬さん」

「白鐘さん?」

「いまは、やりたいことが見つからなくても、人は必ず何かしらの望みや情熱を秘めているものだよ。私のお母さんが言ってた」

「白鐘さんの、お母様が?」

「うん。『人間は自分自身のことをわかっているようで、よくわかっていない。だからいつも心の声に耳を傾けて、自分と向き合わないといけない。そうしていくうちに、自分が本当に望むものが見えてくる』って……だから、黄瀬さんも自分の気持ちに素直でいれば、いいんじゃないかな? 誰かに言われたことじゃなくて、自分がそうしたいと思ったことに目を向ければ……」

「っ!? 母にも昔、似たようなことを言われました。『心の声に耳を傾ける』……そうですか。白鐘さんのお母様も、そのようなことを……」


 ルカの言葉に感じ入るものがあったのか、スズナちゃんは祈りを捧げるように瞳を閉じた。


「自分の気持ちに素直に……そうですね、いまのスズナにとって、やりたいことは、お父様をお救いすることです! ずっとお父様の言いつけを守ってきましたが、今日ばかりはスズナ、聞き分けの悪い子になります! あの絵を退治しましょう!」


 迷いを断ち切った明るい顔で、スズナちゃんはどこか楽しそうに言うのだった。

 俺たちもつられて笑い合う。


「よし! それじゃあ、本格的に調査を始めようか! 全員で『呪いの絵画』の謎を解こう!」


 レンが高らかに宣言し「おお~」と全員で拳を突き上げた。



   * * *



「とりあえず、あの絵に関する資料がもっと欲しいな。作者のインタビュー記事とか、怪現象について書かれたゴシップ記事とか、とにかく何でも」

「わかりました。執事とメイドに頼んでみます」


 レンの言葉に従って、スズナちゃんは早速執事さんやメイドさんに『呪いの絵画』に関する資料を集めるようお願いをした。

 やはり当主が芸術に関心があるためか、もともと黄瀬家の書庫には美術に関する書籍や雑誌がふんだんに保管されていた。

 そのため、ものの数分で該当の資料はレンの手元に集まった。


「『絵柄が変わる生きた絵』……本当だ、こっちの写真とこっちの写真では赤ん坊の人数が違う。製作者は絵を描き上げた数年後に精神を病み、自殺……これもやっぱり関係があるのかな?」


 複数の資料を見比べながら、レンはうんうんと唸っている。

 ……さて、原作知識を持っているならばここで「あれれ~? おかしいぞ~?」と謎を解くヒントをわざとらしく伝えるのが親切だろうと思うが……そんなものは必要ない。

 なにせレンの頭脳は、冗談抜きで探偵並みの閃きを見せるからだ。

 たぶん、そろそろだ。


「……ん? 『絵の具の一部に土を使った』? 確かに土を利用した画法もあるけど、何のため? ……『そうしなければならないと思った』と製作者はその土地の土をかき集めた……これって、もしかして製作者自身も黄瀬さんのお父さんみたいに、何かに突き動かされているんじゃ……描き手じゃない。もしかして、本当の原因は絵そのもの……その土地の土……」


 レンはスマホを取り出し、SNSで情報を集め出した。


「……あった。絵描きが土を採取した場所には、隕石が落ちてる。作者はもともと、その隕石の落ちた場所を見るために向かったんだ。そこできっと……」

「赤嶺さん? 何か、わかったのですか?」

「……黄瀬さん。お父さんはさっき、宇宙開発局と商談するって言ってたよね?」

「え? はい。最近のお父様はどうも宇宙技術の発展を意識されているようで……それまで行っていた事業を放置して、宇宙に関連したことばかりにご執心なのです」

「宇宙技術の発展……意識が変質した人間が、宇宙に拘っている……それはつまり……?」


 レンは瞳を閉じて、ぶつぶつと独り言を呟く。


「霊力は感じ取れない。なのに怪現象は起きる。……つまり。この星とは異なる物理法則を持った存在。隕石と一緒にやってきた生き物……」


 レンはひと息を吐いて、俺たちに向き合った。


「皆、聞いて。これは、あくまで推測だけど……あの『呪いの絵画』は怪異じゃない。たぶん……隕石と一緒にやってきた、宇宙の生き物なんだ」

「宇宙の生き物?」


 やはり助力は必要なかったようだ。

 原作通り、レンは真相に辿り着いた。


 そう、あの『呪いの絵画』は怪異ではない。

 正確には、隕石と一緒にやってきた宇宙の微生物だ。

 隕石が墜落した土地に、宇宙の微生物は根強く生き残っていた。

 あの絵の作者は、その微生物が含まれた土を採取し、絵の具として使用した。

 なんのために?

 それは、画家もまた幸司郎氏のように微生物に操られていたからだ。


 微生物の目的は、ただひとつ。

 故郷である宇宙に帰還すること。


「夜な夜な絵が光るのは、それがヤツらの洗脳手段だからだと思う。色彩は、人の五感に作用する。サイケデリックに変動する色彩と光波は、見る人の精神に悪影響を与える。ヤツらはそれを巧みに利用して、特定の人間の意識を操っているんだ。黄瀬さんのお父さんが『呪いの絵画』に魅了されたのも、きっと財閥の主である彼の力を使って宇宙に帰還する手段を探しているからだよ」


 レンの説明に、ルカとスズナちゃんは驚きの表情を浮かべた。


「宇宙から来た外生物……なるほど、確かにそれなら霊力を感じ取れないのも頷ける。怪異現象も異能の力じゃなくて、それがヤツらがそもそも保有している生態能力なんだ」

「あ、赤嶺さん。この僅かな情報で、その答えに辿り着いたのですか? す、すごいです!」

「まあ、あくまで予測だけどね。ただ……ヤツらが霊的なものじゃない物理的に存在している生き物なら、退治の仕方はシンプルだよ。──火で燃やしちゃえばいいんだ。映画でもそうでしょ?」


 パニック映画において火は万能の武器だ。

 宇宙から来た生物とて、それは例外ではない。


「だけど闇雲に突っ込むのは危険だね。ひょっとしたら火に耐性を持っている可能性もあるから、やっぱりもう少しだけ検証を……」

「いやいや! 大丈夫さレン! レンの予測なら絶対に正解だから! うんうん! さすが我らが部長! 天才! 名探偵! 大丈夫! 絶対に火で燃えるよ! だからちゃっちゃっと燃やそう!」

「うわっ、びっくりした! 何で急にそんなに私のこと持ち上げてくるのダイくん?」

「こんなこともあろうかとガス管とライターを大量に持ってきたぞ! 準備は万全だ! さあ燃やそう!」

「多過ぎでしょ!? よく職質されなかったな!?」

「備えあれば憂いなしだろうが! さあ、悪夢を終わらせましょう! ファイヤー!」

「ここで火を出そうとするなおバカ!」

「ダイキ、私の決め台詞取らないで~」


 やっと退治できる段階になったためにテンションがハイになってしまった。

 だって早いところ終わらして帰りたいもん!


「……うふふ♪ 黒野さんって、おもしろい人♪」


 俺の様子を見て、スズナちゃんがクスクスと笑っていた。



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