レンとの出会い③

  * * *



「私の霊術は『言霊』。言葉に霊力を込めることで、怪異そのものを『まやかす』ことができる」


 事を終えて、白鐘さんは私に説明をしてくれた。

 言霊……要は強力な暗示のようなもので、相手に自滅を強いる霊術らしい。

 ただし、その力は人間相手には使えないとのこと。

 らしいんだけど……。


「生霊を生み出すには素質がいる。そして、その素質を持つ者は霊能力者に覚醒しやすい。今回の生霊の宿主も、『念写』の霊能力を身につけていた。霊能力者相手なら、私の言霊が通じる。だから……ちょっと脅かしてやったの」


 生霊の宿主は念写で盗撮した私の写真を眺めていたらしい。

 そんな男に対して、白鐘さんは言霊で、とある暗示をかけたという。


「赤嶺さんを見ると、恐ろしいものが見える……そう認識を狂わせたの。だから二度とあなたに付きまとうことはないよ。そもそも、もう表社会には出られないだろうけど」


 ストーカー男は、あまりの恐怖で発狂し、部屋の中で暴れ始め、近所の人が通報。

 家宅捜査が行われ、部屋中に際どい盗撮写真が複数見つかり、男はそのまま逮捕されたそうだ。


「というわけで、この一件は終了。報酬のスイーツは、まあ都合のいいときでいいから……赤嶺さん?」

「……」


 沈黙する私を見て、白鐘さんは一瞬だけ悲しげな表情を浮かべた後、何かに失望するように顔を逸らした。


「……まあ、あんなものを見たら、普通は恐ろしいと思うわよね。あんな力を使える人間と、関わりなんて持ちたくないでしょ? ……べつにいいよ。私を不気味に感じるなら、報酬もいらない。……ただ、二度と私に関わらないで」


 消え入りそうな声で白鐘さんは言った。「結局、この人もいままでの連中と同じだ」と嘆くように……。

 恐ろしい? 不気味に思う?

 冗談じゃない。

 むしろ私は……。


「……っごい」

「え?」

「すっごおおおおおおおおい!!!」


 私は感動のあまり叫んだ。

 すごい! 白鐘さん、すごくない!?

 本物だよ!

 本物の霊能力者だよ!


「ありがとう白鐘さん! ヤバい! ヤバいヤバい! 私めっちゃ感動してる! こんなにすごい人が同じ学園にいただなんて!」

「え? ……え?」


 ガシッと白鐘さんの手を握ってブンブンと振り回す。

 白鐘さんは困惑しているけれど、私は込み上がる興奮を抑えきれなかった。


「さっきの白鐘さん、本当にかっこよかった! 何あの糸!? 白鐘さん糸使い!? しかも言霊なんてチート技も使えるの!? やばああああ!!! 白鐘さんかっこよすぎいいいい!!!」

「べ、べつに、他にもすごい霊能力者はいるし……私はただ、依頼で助けただけだし……そんな褒められるようなことはしてない」

「でもでも、私のことを思ってやってくれたんでしょ? だって……私を見たら怖いものが見えるっていう暗示──これって、あなたなりの意趣返しでしょ!?」


 ここ最近、私はずっと心霊写真に悩まされてきた。本当に怖かった。

 白鐘さんは、私が味わった恐怖を、諸悪の根源である男にも味わわせたんだ!

 私は、そう解釈している。


「……偶然だよ。そのほうが、効率いいと思ったから……」

「嘘だぁ! 他にも効率いい方法あったでしょ! わぁ! 白鐘さん優しい! 私の代わりに仕返しをしてくれたんだね! ありがとう~!!」

「むぐっ! ちょっ、苦しい……離せ、私を抱きしめていいのはダイキだけ……」

「そんな寂しいこと言わない! 素直に受け取って私の感謝の抱擁! むぎゅ~!」


 なになに? 白鐘さんに助けられてきた人たちは、こんなかっこいい彼女を怖がって遠ざけてたの?

 節穴かな? どう見たって、子どもが憧れるような正義のスーパーヒロインそのものじゃない!


「ダ、ダイキ……助けて……何かこの人、めっちゃテンション高くて怖い……何でそんなに微笑ましそうに見てるの? 何で泣きながら『うんうん』って頷いているの? ねえ、ダイキってば」

「白鐘さん!」

「ひぅっ。は、はい」

「私、決めた! 白鐘さんが本当はすごい人だって、周りに知ってもらえるように協力する!」

「……はい?」


 皆、彼女を誤解している。

 確かに無愛想で、口調はキツいけれど、でも……彼女はこうして人知れず、悪い化け物たちから私たちを守ってくれていたんだ!

 そんな人が一方的に不気味に思われて、疎まれるだなんて……私、黙って見てられない!

 幼馴染くんのように、私も白鐘さんの味方になるんだ!


「白鐘さん! ううん……ルカって呼ばせて! 私、あなたと仲良くなりたい!」

「ふえ!?」


 思わぬことを言われて驚いたようで、ルカは目をまん丸にして顔を赤くした。

 やだ、この子めっちゃかわいいんですけど!?

 めっちゃ庇護欲くすぐられるんですけど!?

 こんな子を見たら、放っておけるわけないじゃない!

 うおおおお! 絶対に仲良くなってやる!



   * * *



 その後、私は考えた。

 どうすればルカに相応しい活躍の場を用意できるかを。

 熟考の末、私はひとつの案を採用した。


「部活を設立します!」

「は?」


 後日。

 ルカと幼馴染くんを呼び出し、さっそく勧誘をした。


「ずばり、怪異退治を専門とする部活……『オカルト研究部』だよ!」

「……私の知ってるオカルト研究部と違う気がする」

「名前はこの際どうだっていいんだよ! 要は、今回の私みたいに怪異関連で困っている人たちを助ける部活動だよ! あっ、基本的に無償だからね! なんせ部活動ですから!」

「え~……」


 きっと、私みたいに怪異に悩まされている人は、たくさんいる。

 誰にも相談できずに困っている中で、もしも救ってくれる存在がいたら……。

 きっと、多くの人がルカに感謝をするんじゃないかな?

 私がそうだったように、ルカに対する誤解が、徐々に解けていくんじゃないかな?


「ルカ! あなたなら、もっといろんな人たちを救うことができるはずよ! 私たちで世の中の怪異事件を解決していきましょ! そうすれば、あなたを認めてくれる人たちがたくさんできるはずだわ!」

「え、えっと……ダ、ダイキ~」


 何と返事をすればいいのか、困り果てたらしいルカは幼馴染くんに目線を投げ、助けを求める。

 けれど幼馴染くんは穏やかに微笑むばかりだ。

 彼はとても嬉しそうだった。やっと、見たかった光景が見れたとばかりに。


「いいんじゃないか? ルカにピッタリだと思うぜ?」

「ダ、ダイキまで……」


 うんうん。幼馴染くんは話が早くて助かるね。

 ええと、確か彼の名前は……。


「黒野大輝くん……だったよね? あなたも是非オカルト研究部へ!」

「え? 俺も? ……入っていいの?」

「ん? 何で不思議そうな顔してるの? あなただって私のこと助けるために頑張ってくれたでしょ?」

「ま、まあ、成り行き上、そうなったかもしれないけれど……」

「だったら、私たちもうお友達じゃない!」

「そういうもんかな? ……でも、俺が入部しても役に立つかな?」

「いやいや、あの怪力を見せておいて何をおっしゃるか」


 確かに実体のない怪異相手には何にもできないかもしれないし、気絶ばっかりするかもしれないけれど……あの途轍もないパワーはきっと私たちの助けになってくれる。

 私としては、是非とも彼にも入部してほしかった。


「それにほら、ルカが『一緒じゃなきゃやだ~』って感じに袖掴んでるし」


 きゅっと彼の制服を掴んで縮こまるルカ。

 まるで小動物みたいだった。


「うう……ダイキも一緒なら、入ってもいいよ?」

「あっ、ルカってば照れてる~。やだ~超かわいい~。にゃはは、怒らない怒らない。もう~、ルカにこんな一面があるって周りが知ったらスグに誤解が解けるのに。──ね? 私たちきっと良いチームになれると思うんだ? せっかくの部活なんだし、大勢いたほうが楽しいよ!」


 かくして、私たち三人による怪異退治専門ボランティア……『オカルト研究部』が創設されることとなった!


「実は、もう依頼を一件受けてるんだ。クラスメイトの子がね……『見たら七日後に連れて行かれてしまう白い女』を見たらしいんだけど……」

「ひいいいい!? 『白い女』!? まさか次はあの怪異……いやだァ! 俺は関わりたくないぃぃ!」

「どうどう、落ち着いてダイキ」


 怖い話を聞くなり、またしても悲鳴を上げるビビリくん。

 本当に怖がりだな~。私を守って戦ってくれたときはあんなにかっこよかったのに。

 ……って、なにそのときのこと思い出してドキドキしてんだ私?

 違うから。私、そんなにチョロくないもん。


「『白い女』……その噂は私も知ってる。でも、あまり情報がないから私もそこまで詳しくは……」

「その辺は任せてルカ!」

「え?」

「こういうときこそ、私の出番だよ!」


 インフルエンサーとして無事に活動を再開した私は、早速スマホで記事を投稿する。

 ……でも今回は宣伝目的じゃない。


「……来た来た! さっそくこんなに集まったよ! 『白い女』に関する噂!」


 情報をください、とお願いをしたら、フォロワーの多くから怪異に関する情報が届いた。

 真偽はともかく、この中から有益な情報が見つかるかもしれない。


「情報収集は、この赤嶺レンに任せてね!」

「……はあ~。なんか釈然としないけど……いいよ、付き合ってあげる。じゃあ、頼りにしてるから──レン」


 ルカはそう言って、薄く笑ってくれたような気がした。


 天国のおばあちゃん。

 私に新しいお友達ができました。

 彼女と出会ったことで、とっても怖い、刺激的な日々が始まったけれど……私は、とっても素敵な縁が結べたと思っています。

 きっと、ルカを必要とする人は、まだたくさんいる。

 そして、その人たちはきっとルカの凍り付いた心を癒してくれると信じている。

 私は、そんなルカと誰かの縁を繋ぐ、橋渡しになれればいいと思っているんだ。

 インフルエンサーとして、出会いのきっかけを作るように。

 だから、やることは変わらない。

 私は、私なりの方法で、人のために、そしてルカのために、頑張りたいと思います。


「ぶくぶく……いやだぁ。やっぱり怪異はもうコリゴリだぁ。俺は退部するぅ……」

「早いな退部!? もう、しっかりしてよ~少年~。やれやれ、これじゃ先が思いやられるな~」


 ついでに、変な男の子とも知り合いました。

 泡を吹いて気絶寸前の彼の頬をツンツンと突く。

 助けてもらったときは不覚にもちょっと、かっこいいなと思っていたけれど……うん、やっぱり気のせいだ!

 こんなにもビビリな男の子に惚れるワケないよ!

 レンちゃんの理想は高いのだ!

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