過去編
レンとの出会い①
昔、祖母からよく怖い話を聞かされた。
蜘蛛を殺したら祟られる。
夜に爪を切ったら親の死に目に会えない。
私はおばあちゃんっ子だったから、幼い頃はその話を聞いてよく怯えていた。
おばあちゃんが言うなら、本当なんだと。
おばあちゃんは私の憧れだった。
いずれ年老いるなら、おばあちゃんみたいな人になりたいと思っている。
いつまでも元気で、お洒落で品性があって、どんな相手にも気負いせず堂々としていて、いろんな人に慕われていた。
……そして、不思議な話をたくさん知っていた。
夜の海に行ってはいけない──海にいるナニカに引きずり込まれる。
古いエレベーターに乗ってはいけない──別の世界に連れて行かれてしまう。
面白半分で廃墟に行ってはいけない──ヒトじゃないものが住み着いている。
そういう怖い迷信の数々。
……もちろん高校生になったいまでは信じていない。
たぶん、おばあちゃんが亡くなってから、そういう話を信じなくなったと思う。
そもそも怖い迷信には、だいたい由来があるものだ。
蜘蛛は害虫を食べてくれる益虫だから殺すのは勿体ないからだし。
夜に爪を切ってはいけないのは、昔は明かりが少なかったから暗闇で爪を切ったら怪我をするから。
いつしか、そうやって理屈付けをして考える子どもになっていた。
迷信は所詮は迷信。ただの脅し文句のための作り話でしかない。
でも……それが決して作り話ではなかったことを、私は思い知ることになる。
いまなら、よくわかる。
亡き祖母は、本気で私のことを心配して、そういう話を聞かせてくれたのだと。
この世には、科学では証明できない怪現象がある。その数々を、いやでも私は体験することになる。
そう──銀色の美しい髪を持つ、赤い眼をした少女と出会ったことで。
私こと、赤嶺レンの日常は、大きく変わることになるのでした。
* * *
『どーもRenRenです! ごめんなさい! スマホのカメラ機能が故障しちゃったみたいでしばらく写真を投稿できません(えーんえーん)! 新しいスマホに買い換えたらまた活動開始するのでしばらくお待ちください!』
活動の一時停止の報告を終えて、私は教室で溜め息を吐く。
「まいったな~……」
私、赤嶺レンは『RenRen』というハンドルネームでインフルエンサーをやっている。
投稿するレビューはどれも好評で、私が呟いた商品やお店は即バズる。インフルエンサーとしては、かなり成功しているほうだと思う。
しかし残念ながら、活動を休止するしかなくなった。
原因はスマホの故障……ではない。
「……」
私は試しに今朝コンビニで購入した新作スイーツを撮ってみた。
カメラ機能は問題なく動いている。でも……その写真はとてもSNSに投稿できるものではなかった。
「うわ~、やっぱり写っちゃってる~……」
写真には、スイーツを覆い隠すような靄のようなものがかかっている。その靄は……まるで人の顔のような形をしていた。
ここ最近、ずっとこうだ。
どこで写真を撮っても、不気味なものが写ってしまう。
心霊写真。
信じがたいことではあるけれど、そう表現する他ない。
まさか自分がこんなオカルトの被害者になってしまうとは!
むむ~。やっぱり除霊とかしてもらったほうがいいのかな~?
でもその手の専門家について調べてみると、どれも胡散臭いものだったり、びっくりするくらいお値段が高かったりする。
まあ、インフルエンサーの稼ぎのおかげで高校生にしてはお金を持っているので、払えないわけじゃないんだけれど……もしも失敗したときのことを想像すると、とても依頼する勇気が湧かない。
「レン~、おはよう~。どした~? 朝から暗い顔して」
「せっかくの美人が台無しですぜ~大人気インフルエンサーさ~ん?」
クラスメイトの女の子たちが話しかけてくる。
そりゃ暗い顔にもなりますって。
信じてもらえるかわからなかったけれど、彼女たちに写真を見せて事情を説明した。
「うわっ、こわっ! これマジ? コラとかじゃなくて?」
「マジもマジだよ。はぁ~、本当にどうしよ~。別の人のスマホで撮ってもこんな感じなんだよね~」
机の上でグデーと脱力しながら愚痴付く。
「あ~あ~、どこかに本物の霊能力者とかいないかな~?」
私が冗談交じりにそう言うと……。
「……いるみたいだよ? ウチの学園。ガチな霊能力者が」
「え?」
クラスメイトの発言に、私は耳を疑った。
いる? ウチの学園に、霊能力者が?
「レンは知らないの? 情報通なのに意外だな~」
「いや、私はどっちかっていうと市場メインの情報通だから……それより本当なの? 霊能力者がいるって話」
「まあ噂だけどね。滅茶苦茶、霊感が強くて、怖いものがいっぱい見えるんだって」
「何か不思議な言葉を呟いてオバケを追っ払ったとか……そんな話があるらしいよ? 確か名前は……」
本物の霊能力者だという彼女のいる教室に、私は真っ先に向かった。
* * *
──たぶん、行けばすぐわかるよ。すごい目立つ見た目してるから。
──うん、なんせ銀髪に赤い眼だからね。……あと、めっちゃオッパイがデカイ。
──何ですと? 私のオッパイよりも?
──うん。レンのオッパイよりも。
クラスメイトの証言を頼りに目的の人物を探す。
むう、まさか私よりもオッパイの大きい女の子がいるとは。
こちとら98cmのJカップですよ? それより大きいってもしかして100cmオーバーってこと?
くぅ~、スタイルには自信があったけど、何か負けた気がする。
謎の対抗心を芽生えさせて、私は白鐘さんのいる教室に辿り着いた。
入り口からひょこっと顔を出して、教室内を覗いてみる。
「……わっ」
思わず声が出た。
目的の人物はすぐに見つかった。確かに、すごく目を引く女の子だった。
目立つ髪の色をしていることもそうだけど……なんというか、強烈に印象に残るほどに、とんでもなく綺麗だ。
白銀色の長い髪は絹糸のようにサラサラで、見ているだけでウットリしてしまう。
お肌も艶々としたミルク色だ。いったいどんな美容品を使っているのだろう? もしもあの艶肌が天然ものだというのなら、私は敗北感から思わず天を仰ぐだろう。
赤い瞳はまるでルビーのようで、白銀色の髪と色白な肌によく映える。横顔から見ても、思わず吸い込まれてしまいそうなほどに美しい瞳。真正面であの赤い瞳に見つめられたら、どうなってしまうのだろう。
スタイルも抜群で、女の私ですら思わずドキドキしてしまいそうなほど刺激的な体つきだ。
青色のブレザー越しでもわかる大きな胸の膨らみは……なるほどすごく大きい。なのにウエストはとてもくびれていて、黒タイツに包まれた足もとても長く、形も美しい。
これまでの人生で、こんな綺麗な女の子に出会ったことがない。
あの子が……白鐘瑠花。
綺麗だけじゃなくて、とても神秘的な女の子だった。
あの美しさに触れていいものか。そう躊躇させるほどに、白鐘瑠花は美しすぎた。
異質なまでの美しさは、人を萎縮させてしまうのだろうか? あんなにも目を引く美貌を持ちながら、白鐘さんには、人を近づかせない壁のようなものを感じさせる。
……実際、白鐘さんは入学初日から誰とも馴れ合おうとしなかったらしい。
『私と関わっても、いいことなんてない』
そう言って、話しかけてくる人たちを
そんな態度を取る上に、霊能力という不思議な力を持っているという噂も手伝って、誰もが彼女を腫れ物のように扱い、不気味に思っているそうだ。
……ただひとり、ある男子を除いて。
「いや、だからねルカ? そんな自分から壁を作らないで、いろんな子と仲良くしてみようぜ?」
「いいもん。私にはダイキがいれば充分だもん」
「またそんなこと言って……。いいかルカ? この一年はお前にとって特別な一年になるというか、むしろここから本番っていうか……そう! お前の人生はこれから本格的に始まるんだぜ~?」
カリオストロのラストシーンみたいなことを言ってる男子と白鐘さんは親しげに話していた。
どうやら白鐘さんの幼馴染らしく、彼女が唯一心を許している相手らしい。
「ダイキのこと言ってることよくわかんない。友達なんて、いらないもん。私はダイキさえいてくれれば幸せなんだから。ぴとっ」
「ちょっ、こらっ! 教室でくっつくんじゃありません! 皆見てるだろ!」
「スリスリ。見せつけてやるもん。ダイキに悪い虫がつかないように。ぎゅ~」
「こ、こらっ! あんたたち! また教室でハレンチな真似して! 委員長であるアタシが許さないわよ!」
堂々と人前でイチャつきだした二人に、委員長らしき紺青色の髪の女の子が注意をしている。「また」って……もしかして、これが日常的な光景なわけ?
「むう~。ダイキも抱き返してくれなきゃヤダ~」
「無茶言うな! ……あと、その……胸が当たってるからもうちょい離れて」
「当ててんだよ」
なんだ、あのバカップル?
教室でくっつく二人の様子に周囲の女子たちは顔を真っ赤にして気まずそうに、あるいは興味深げに観察している。男子たちは「あの爆乳を味わえるなんて……羨ましすぎる!」と号泣していた。
……あれが本当に噂の霊能力者なのだろうか?
というか、さっきまで感じた神秘的な雰囲気はいずこへ?
はたして彼女に頼っていいものか。
とはいえ、他にあてがあるわけでもないので、一か八か話しかけてみよう。
「え、えーと、お取り込み中ごめんね~? あなたが白鐘さん、だよね? ちょっとお願いしたいことがあるんだけど~」
「……誰、あなた?」
幼馴染の男の子の前では、そりゃもうデレデレな顔になっていた白鐘さん。
……しかし、私が声をかけた途端、その表情は氷のように冷たくなった。
うわ、なんて露骨な態度の急変。
本当に幼馴染相手にしか心を許していない感じがひしひしと伝わってくる。
──私と彼の時間を邪魔するな。
……そう射貫くような目線だ。
一方、幼馴染の男の子ほうはと言うと……。
なぜか私を見て、感激しているような顔を浮かべていた。
「赤嶺レン……すげー、本物だ」
「え?」
「あ」
あれれ? 私、自己紹介したっけ?
なぜか男の子は私の名前を知っていた。
「えっと、どこかで会ったことあったかな?」
「あ、その……超人気インフルエンサーのRenRenさんだよね!? うわぁ~、本物だ! 同じ学園にいるのは知ってたけど、こうして会えて光栄だよ! あっ、本名は先生から聞いたんだ!」
あ、な~るほど。つまり私のファンか。そりゃ芸能人に会えたときのような反応を見せるわけだ。
自分でも言うのはなんだが、私は顔もスタイルも整っているので、男性のファンが多い。
街を歩いているとよくスカウトをされるくらいで、実際に読モも何度か経験している。
周りの男子たちも「赤嶺さんだ!」「やっぱ可愛いよな~」「あのぶっとい太ももが俺を狂わす」とチラチラと私を見てきている。
ふっ。私ったら、罪な女。
でも私のコンプレックスである太ももに言及した男子は後でツラ貸せ。
「良かったらサインとかいる? ついでに握手も」
「いいのか!? じゃあせっかくだし記念に。このノートに『黒野大輝くんへ』って書いてもらって……イテテテ!? 何で耳をつねるんだルカ!?」
「ダイキ、他の女にデレデレしないで。というか、ダイキがその人のファンなんて、いま初めて知ったんだけど」
「いや、その……SNSで偶然見つけてずっとフォローしててさ。ははは!」
「ふ~ん。赤嶺レン、さんね」
白鐘さんは『ギロリ』と私を睨んでくる。明らかに私を警戒している目だ。
やば~。ヤキモチ焼かせちゃったかな? 白鐘さん結構、独占欲が強いタイプみたい。
こりゃお願い事をしても聞いてくれるかどうか。
「……ハッ!? こ、この流れはイカン……もしも俺のせいで辻褄が狂ったりしたら……」
幼馴染くんは何やら顔を蒼白にして慌てだした。
なぜか彼は私以上に焦った様子で白鐘さんのご機嫌を気にしている。
いや、そりゃ彼女さんが嫉妬で怒っていたらハラハラするのはわかるけど……ちょっと焦りすぎじゃない?
「ええと! 赤嶺さん! ルカに話があって来たんだよね!? ルカもさ! せっかくお前を頼って来たんだから、話だけでも聞いてあげようぜ!?」
ありがたいことに彼が仲介役になってくれた。
白鐘さんも「ダイキがそう言うなら……」と渋々といった様子だけど、耳を傾けてくれる気になってくれたようだ。
私は早速、要件を彼女に伝えた。
「これがその心霊写真なんだけど、何かわかるかな?」
噂が本当なら、この時点で白鐘さんは原因を見抜くかもしれない。私が心霊写真ばかりを撮ってしまう、その原因を。
「……ひいいいいいい!!! リアル心霊写真だあああ! 怖っ! 生で見るとマジで怖っ!」
「うわっ、びっくりした!」
心霊写真を見た途端、幼馴染くんは悲鳴を上げて飛び上がった。
「無理むり! やっぱ予備知識があったって怖いもんは怖い!」
大粒の涙を流しながらへっぴり腰になる幼馴染くん。
……え? 何? もしかしてこういう怖いの苦手なビビリってやつ?
「あっ……ヤバッ……目眩が……」
「ダイキ!? しっかりして! よしよし、大丈夫。私がダイキを怖いものから守ってあげる」
恐怖のあまり幼馴染くんがフラッと倒れそうになると、白鐘さんは瞬く間に彼をその豊満な胸元に抱き寄せ、まるで赤子にするようにあやし始めた。
幼馴染くんは、おっきなオッパイの中で顔を埋めながら「あ゙あ゙~、落ち着くんじゃ~」とだらしない顔を浮かべている。
……うわぁ~、せっかくそこそこカッコイイ顔してるのに、これは台無し。あまりの情けなさに、思わずドン引きしてしまう。
……惜しいな~。ちょっと好みかな~? と思ったのに。
「ええと、それで……白鐘さん、この心霊写真ばっかり撮っちゃう体質、何とかできるかな?」
「……できるよ」
私がおずおずと尋ねると、白鐘さんは何てことないような顔で頷いた。
「ほんと!?」
「……でも、私はべつに慈善活動家じゃない。あなたを助ける義理だって、私にはない」
「え?」
白鐘さんは、とても冷めた態度で言い切った。
「報酬がない限り、依頼は受けないから」
そう言って白鐘さんは金額が表示されたスマホの画面を見せてくる。
……とても一般の高校生では払えそうにない額だ。
「そういうわけだから、払えないようなら帰ってくれる?」
「ルカ……お前、またそんなこと言って……」
「ダイキは黙ってて。私はもう、この力を安売りしないって決めたの……」
深刻な顔で俯く白鐘さん。
むう。何か、踏み込んではいけない事情を感じさせるね~。
とは言え……彼女の言い分は一理ある。
そりゃ、そうだよね。
こっちは助けてもらう側なのに、何のお返しも無しというわけにはいかない。
「いいよ。払う」
「……え?」
「心配しないで? 私、インフルエンサーと読モで結構稼いでるから。何なら口座の金額見せよっか? ほらほら」
「いや、あの……本気?」
なぜか条件を提示してきた白鐘さんが困惑している。
「え? だって白鐘さん、ビジネスでやってるんでしょ? だったら報酬を払うのは当然だよ」
「そ、そうじゃなくて……私のこと、信じるの? 本当は霊能力なんて持ってなくて、あなたを騙そうとしてるかもしれないのに……」
「人を騙す人は、そういうこと言わないと思うよ? それに……」
ひと目、彼女を見て思った。
きっと彼女は本物だ。
だって、あからさまにタダ者じゃないオーラが出てるもの。
少なくとも、私がいままで体験したこともない壮絶な世界を彼女は見てきている。
そう感じさせる何かが、彼女の赤い瞳から感じ取れた。
そして……白鐘さんは、簡単に困っている人を見捨てられる子じゃない。なんとなく、そんな気がするんだ。
「私、人を見る目は自信あるんだ。白鐘さんは、きっと良い霊能力者さんだって♪」
「……うっ」
白鐘さんはたじろいだ様子だったが、しばらくすると「はぁ~……」と深い溜め息を吐いた。
「……スイーツ」
「え?」
「スイーツ、奢ってくれればいいよ。直接お金貰うと、いろいろ手続きとか面倒だし……」
そう言って白鐘さんは頬を赤くして、そっぽを向いた。
「大人気インフルエンサーさんなら、おいしいお店とか知ってるんでしょ? ……期待させてもらっていいんだよね?」
「……うん! 任せて! とびっきりおいしいお店に連れて行ってあげる!」
うん。やっぱり私の目に狂いはない。
白鐘さん、口も態度も冷たいけれど……きっと、根はすっごく良い子だ!
「うぅっ……良かった。ちゃんと、引き受けてくれて……ルカ、成長したなっ!」
後ろで幼馴染くんがまるで保護者みたいに白鐘さんを見つめて号泣していた。
なんか、この男の子、見てて……おもしろっ!
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