素敵な写真を撮ろう【後編】
* * *
俺たちは商店街にあるお店に足を運んだ。
「ここか」
「へえ、こんなところに写真屋さんがあったんだ」
随分と寂れた写真屋だった。きっと古くから経営してきたお店なのだろう。
レトロな雰囲気が残るお店に、俺たちは踏み込んだ。
「ごめんください」
「はい、いらっしゃいませ~」
入店すると、女性の店員さんが迎えてくれた。
……あれ? この人、どこかで見たような……。
「ご用件は何でしょうか?」
「あっ、その、現像をお願いしたいんですが……」
藤木さんから預かったカメラを差し出す。
それだけしてくれれば、後は大丈夫と彼女はそう言った。
「まあ、現像! 珍しいですね、学生さんがカメラの現像をお願いするだなんて! 最近は昔と違ってほとんどデータで保存してますから、わざわざ写真に焼かれるお客さんは本当に少なくて」
久しぶりの現像依頼だったのか、女性の店員さんは嬉しそうにしていた。
「お預かりしますね! 現像はだいたい三十分後に……あら、このカメラって」
カメラを受け取ると、女性の店員さんはマジマジと観察する。
「これって、もしかして……織絵のカメラ?」
「あっ……」
織絵……藤木さんの名前だ。
店員さんがその名前を口にした瞬間、俺は思い出した。
亜麻色の髪……そうだ、彼女は藤木さんの写真のモデルだ!
確か写真屋の娘だと言っていた。すると彼女が……。
俺たちは事情を話した。
もちろん藤木さんの霊の話は伏せて……部室を整理していたら、かつての写真部が所有していたと思われるカメラを見つけた、ということにした。
「そうだったの……このカメラの持ち主、藤木織絵って言うんだけど、私の同級生だったの。本当に写真が好きで、コンクールにも入賞したこともあるのよ? でも……もともと心臓が弱くて、卒業を間近にしてとつぜん亡くなってしまったの。あの子なら、きっと素敵なカメラマンになれたのに……」
店員さんは切なげな瞳を浮かべて、カメラを優しく撫でた。
「そう、写真部はいまはないのね……やっぱり、時代なのかしらね~。このお店もね、しばらくしたら閉めることになったの」
「え?」
「やっぱり、このご時世じゃ写真屋は厳しいみたい。さっきも言ったけれど、写真の現像するお客さんはどんどん減ってて……。写真はスマホで充分って人がほとんどだし、証明写真もいまは自販機でも充分に綺麗に写るし、カメラ自体も電気屋さんやネットで買えるしね。曾おじいちゃんから継いだお店だから、できることなら残したかったんだけれど……」
店員さんは寂しそうに店内を見回した。
「でも、嬉しいわ。久しぶりに来てくれたお客さんが、あなたたちのような若い人たちで、しかも友人のカメラを届けてくれるなんて。本当に……ありがとう」
店員さんは、いまにも泣きそうな顔で頭を下げた。
俺たちは写真ができあがるまで店内で待つことにした。
素敵な写真がいっぱい飾ってあった。もしかしてこれは……。
「その写真、全部織絵のよ? お客さんたちに好評だったから、ずっと飾っているの」
やはりそうだったか。
藤木さんは、きっと何度もここに通って、心から写真を楽しんでいたのだろう。
思い出が詰まった場所だったに違いない。
そんな場所が、無くなってしまうだなんて……。
「お待たせしました。できあがりましたよ」
できあがった写真を受け取る。
「あの、ここで見てもいいですか?」
「もちろんです。よろしければそちらのテーブルに広げてください」
皆で写真を見る。
どれも、やはり素晴らしい写真だった。
「素敵……」
「本当だね。生きていれば、有名なカメラマンになれたかもしれないね、藤木さん……」
一枚いちまい眺めていると、亜麻色の髪をした少女の写真が出てくる。
俺は、それを店員さんに渡した。これは、この人が持っているべきだと思った。
「織絵……」
店員さんは胸元に写真を引き寄せて、静かに泣いた。
「あの……この店を閉じたら、どうなさるんですか?」
「ええ、実はね……私、結婚するの。お父さんたちの勧めもあってね、専業主婦になることにしたわ。本当は、写真屋の仕事を続けたかったけどね。私も、やっぱり写真が好きだから……」
……彼女がこのお店を続けていたのは、もしかしたら藤木さんとの思い出の場所を残したかったから、という理由もあったのかもしれない。
「そういえば、織絵言ってたな。私が結婚するときは、きっと最高の一枚を撮ってあげるって」
「っ!?」
もしかして、藤木さんの本当の未練は……。
* * *
結婚式はちょうど休日に行われた。「これも何かの縁」ということで俺たちも式に参加させてもらえることになった。
式場から新郎と新婦が出てくる。
「綺麗……」
「いいなぁ。やっぱり教会での結婚式って憧れるなぁ」
「幸せになってほしいですね!」
「西洋式の結婚式、初めて見たわ。こんな感じなのね」
「ああっ。いつかわたくしも、このように……」
ルカたちはウットリと式の様子を眺めている。
さて、俺はやるべきことをやろう。
ポラロイドカメラを新郎新婦に向ける。
……彼女が結婚する直前に、このカメラを見つけたのは、単なる偶然だったのだろうか?
いや、俺はきっと、必然だったと信じたい。
きっと優しい神様が、この縁を繋いでくれたのだと。
──こうだ、黒野君……うん、その位置がいい。
背後から手解きを受けながら、シャッターを押す。
写真が映し出される。
……うん、指導者が優秀だからか、俺にしてはいい写真が撮れた気がする。
「どうですか、藤木さん?」
──うん。至高の一枚だよ。……ありがとう。
彼女はそう言って微笑んで……ゆっくりと光の粒子となって、天に昇っていった。
その様子を、俺たちはずっと見守った。
……このポラロイドカメラは、これからも部室に残しておこう。
きっと、このカメラでないと残せない、素敵な思い出をたくさん残せると思うから。
女性たちがきゃっきゃっと騒ぎ出す。
どうやら花嫁がブーケを投げるようだ。
「むむっ!? こうしちゃいられない! ブーケは私がゲットする!」
「お待ちなさいルカ! ブーケを手にするのはわたくしですわ!」
「抜け駆けはズルイよ二人とも! 見てなさい! 私がキャッチしちゃうんだから!」
「こればかりは皆さんでも譲れません! スズナ、いきます!」
「べ、別にあたしは興味ないけど……い、一応ね、お約束ってやつだから!」
ルカたちは我先にとブーケを受け取ろうと、群がる女性たちの中に突っ込んでいく。
女の子たちにとっては、やはり見過ごせないイベントのようだ。
俺は苦笑しながら空を見上げる。
藤木さん、無事に行けたかな?
どうか来世では、丈夫な体に生まれて欲しい。そしてきっと、今度こそ世に羽ばたく写真家に……。
考え事をしていると、目の前に何かが飛んできて、思わずキャッチする。
なんと花嫁の投げたブーケだった。
激しい争奪戦の末、俺のほうに飛んできてしまったらしい。
「え? あ? その……なんというか、すみません!!」
未婚女性たちの夢を野郎が奪ってしまった申し訳なさから反射的に頭を下げる。
「ダイキがブーケを……つまり、これは可能性があるってことだね」
「そういうことですわね。でも勝つのはわたくしですわ!」
「ふふん。わかんないよ~? 未来は無限大だからね~?」
「うふふ♪ スズナ、引く気はまったくありません♪」
「ちょっ!? ア、アタシは違うからね!? 勝手に巻き込まないでよ!?」
非難を浴びるかと思ったが、意外にもそんな様子はない。
むしろ会場の皆さん、なぜか微笑ましいものを見るように穏やかな笑顔を浮かべているのだった。
* * *
ブーケを受け取った可愛い後輩たちの様子を眺めながら、花嫁は微笑んだ。
ここにもしも織絵がいたら……本当に最高の日になったのに。
そんなことを考えているときだった。
──おめでとう。
「え?」
懐かしい声がした。
空から、何かが落ちてくる。
ポラロイド写真だった。花嫁の自分が写っている。
……どうしてか、わかる。
この写真が、かつての親友が撮ったものだと。
おかしなことを考えているのは承知だ。
でも、この撮り方は……やっぱり、彼女だ。
「……ありがとう、織絵」
花嫁は涙を浮かべて、写真を抱きしめた。
親友は、ちゃんと約束を守ってくれた。
* * *
オカ研の部室に、新しいアルバムが加わった。
その中には、五人の花嫁と、ひとりの新郎が写っている。
後に、成長したひとりの少女が、この写真を見て語る。
この写真は私たちの未来を暗示していたのかもしれないね、と。
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