ミニミニパニック【前編】
早朝、軽くお茶でもしようかと皆とオカ研の部室に入ったのだが……。
「うわっ!? 何だ!?」
扉を開けた途端、何か目の前に黒い影がよぎった。
瞬間、全身が生暖かい生地のようなものに覆われた。
わぷぷ。何事だ~? 真っ暗だぞ。
手探りで出口を探し出し、何とか抜け出す。
ふぅ……いったい何が起きたんだ?
……あれ? ここ、どこだ? 異様に広い空間だ……いつのまにこんなところに来てしまったんだ? でも何だか見覚えがあるような……。
「ん?」
……って、俺ってば素っ裸じゃねえか!? なぜに!?
「ダイキ!? どこ行っちゃったの!?」
「ダイくんったら! すっぽんぽんのまま行方不明はまずいよ!?」
「ダイキさ~ん? いたら返事してくださ~い!」
「制服脱いだままいなくなるとか破廉恥よ!?」
うわっ! 何だこのバカでかい声は!? 鼓膜が破れそうな声量に思わず耳を塞ぐ。
何やら上から響いてきたな。頭上を見上げてみると……。
「ぶっ!?」
真上には、ピンクやら白やら黄色やら水色やら色とりどりなショーツ!
女の子たちのスカートのローアングルが丸見えであった!
なんじゃ~この盗撮カメラみたいな視点は!? あまりにもアダルティーな光景を前に毎度のように鼻血が噴き出す。
「……あっ。ダイキいた」
「え?」
俺を見下ろしてきたのはルカだった。
なぜか俺の何倍も巨大化している!
ルカ!? いつのまにそんなに大きくなっちゃったんだい!?
「わっ!? 本当だ! ダイくんいた!」
「あらまあ! ダイキさん! 何てお姿に!」
「ちょ、ちょっと! そこからだとスカートの中が丸見えじゃない! あんたたちも隠しなさい!」
ルカだけじゃない! オカ研女子の皆が巨大化している!
……いや、待て。まさかこれって……。
改めて自分の状態を確認する。
素っ裸の身。その周りには巨大な布……というか見覚えのある学ラン制服が転がっている。
やっぱり、これって……。
「……俺、小さくなってる~!?」
「わぁ、ダイキ、声まで小っちゃくなってる。かわいい~」
絶叫すらも、いまやルカたちにとっては小声同然のようだった。
* * *
「はい、どうぞダイキさん♪ 簡単ではありますが服をご用意しました」
「ありがとうスズナちゃん」
いつまでも素っ裸でいるわけにもいかないので、スズナちゃんの裁縫道具で簡易的な衣服を作ってもらった。
「……なんか童話の小人になった気分」
即興で用意してもらった手前、贅沢は言えないが……野郎が身につけるには随分とファンシーなデザインで、それこそメルヘンな世界の住人みたいな格好になっていた。
「ダイキ、かわいい~」
「よかった♪ サイズぴったりですね♪」
「あら~♪ ダイくんったらすっかり愛らしい姿になっちゃって~♪」
「ぷっ。け、結構似合ってるわよ?」
部室のテーブルに乗った小人状態の俺を、皆が興味深そうに見てくる。
う~、なんだよ皆して好き放題言いやがって~。見せもんじゃないぞ~?
「それにしても、どうしてダイキさんは縮んでしまったのでしょうか?」
「さっきまで妙な気配があった気がするけど……小さすぎてよくわからなかったな」
ルカが首を傾げながらそう言う。
部室に入った瞬間、俺に飛びかかってきた黒い影……。
とても素早かったので視認できなかったが、俺が小人化したのは間違いなくアレが原因だろう。
おのれ~、何が目的か知らんがよくも俺をこんな惨めな姿にしおって!
しかも今朝買ったカツパンもどっかに行っちゃったし!
朝から散々だ!
「許さんぞ怪異! 絶対に見つけてとっちめてやる! 皆! 協力してくれ!」
「何言ってんのよ黒野! これから授業でしょうが!」
「いやいやキリカさんや? こんな状態で授業を受けられるわけないでしょうが」
「だからってサボるのは委員長であるアタシが許さないわよ! 怪異探しは後回し!」
「そ、そんな~……」
俺をこんな状態で放っておくつもりか!?
「ん~……どの道、原因がわからない以上、いまのところは何も打つ手はなさそうだし、ダイキには申し訳ないけど解決法がわかるまで、その姿で過ごしてもらうしかなさそうだね」
「そ、そんな、ルカまで……」
「大丈夫。ダイキのことはちゃんとお世話してあげるから。ほら、おいで?」
「え? わわっ」
ルカの両手に優しく包まれ持ち上げられる。
「とりあえず、今日一日はここにいようか?」
「お、おう……」
ルカのブラウスの胸ポケットにスポンと入り込む形になった。
なるほど。確かにここなら安全に移動できるな。誰かに見られそうになってもブレザーで隠せるし。
……背後からぷるぷるとした感触が押しつけられるのは精神衛生上、よろしくないがな!
「……えへへ♪ いまのダイキ本当にかわいい♪」
緩んだ表情を浮かべて、ポケットの中にいる俺をツンツンと指でつつくルカ。
「ちょっ、よせってルカ。は、恥ずかしいから……」
「あ~ルカずるい~。私も小さいダイくんのことツンツンしたい~」
「ルカさん! しばらくしたらスズナと交代してください!」
レン、スズナちゃん! 何でちょっと羨ましそうにしてるんだよ!
「ああ、もう! 黒野で遊ぶのは後になさい! そろそろ予鈴が鳴るから教室に行くわよ!」
「「「は~い」」」
キリカの言葉に従って渋々と部室を出るルカたち。
その拍子に……。
「どわっ!?」
ぷるんぷるん、と激しい揺れが俺を襲う。
ルカの乳房が縦に大きく波打ち、その揺れは当然胸ポケットに入っている俺をも巻き込む。
「ル、ルカ! もうちょっとゆっくり歩いてくれないか!?」
「え? 普通に歩いてるつもりだけど……」
嘘だろ!? 歩いてるだけでオッパイってこんなに揺れるの!?
「ごめんね? できるだけ揺れないように歩くから」
「お、おう」
ルカはバストを下から両腕で抱え、なるべく振動が起きないよう配慮しながら歩き出すが……。
ぽよんぽよん。
「あっ」
「わわっ!」
ばるんばるん!
「んっ」
「あばばっ!」
ダ、ダメだ! どれだけ支えようとも、オッパイというこの世で最も柔らかい膨らみは盛大に弾むものらしい!
知らなかった。ルカは普段からこんなにも乳を揺らしながら歩いていたというのか!
「ひゃん。ダイキぃ~、ポケットの中であんまり動いちゃダメ~」
「そ、そんなこと言われても、程良い足場がないから……わわわ!」
うおおお! 足で体を支えようにも柔らかいオッパイの感触で押し返されてしまう!
しかも俺が乳肉を踏むたびルカが「あっ♡ やん♡」と悩ましい声を上げる。
い、いかん。このまま教室まで行ったら、周りの生徒たちからルカが意味もなく喘いでいるエッチな娘だと勘違いされてしまう!
何とかバランスを取るんだ俺!
……ん? お! 何だか急に程良い固さの足場を見つけたぞ!
きっとブラジャーに付いた金具か何かだろう!
よし! 踏み込むんだ! そおい!
「あんっ♡」
「あれ~?」
おかしいな。
固いのを足の裏で踏んだら、ルカが余計になやましい声を上げてしまったぞ?
「……はぁ、はぁ……もう♡ ダイキの、エッチ♡ く、癖になっちゃうよ♡」
なぜに~?
「……ルカ、貸しなさい。アタシが預かるわ」
ルカの様子を見かねてか、キリカがひょいと俺を胸ポケットから取り出し、ブレザーのポケットに仕舞い込む。
「とりあえず昼休みまでそこにいなさい。いいわね?」
「ア、ハイ……」
最初からこうすれば良かったね……。
* * *
とりあえず俺は欠席扱いということにしてもらい、何事もなく午前を乗り切った。
昼食をオカ研の部室で取る。
「はい、ダイキ。卵焼きあげる」
「スズナのハンバーグもどうぞ?」
「じゃあ私はお米を集めてと……はい、ミニサイズおにぎり♪」
「こら、ちゃんとバランスも取らないとダメでしょ? はい、ブロッコリー。ありがたく食べなさい」
「おお! こんな特大サイズで弁当が食べられるとは!」
皆が弁当のオカズを程良いサイズに切り分けてくれた。
それでもミニチュアサイズのいまの俺には、目の前のオカズはデカ盛りもびっくりの質量だった。食べ盛りの男子高校生にはたまらん!
「がつがつ! うまい! いまだけは小さくなれたことに感謝だぜ!」
「現金な男ね……ほら、お茶。ちゃんと水分も取るのよ?」
「おー、ありがてー」
キリカがペットボトルのキャップを器代わりにお茶を注いでくれた。
口を直接つけてグビグビと飲んでいく。ぷはー、生き返るぜ!
「何だかハムスターに餌付けしてる気分になってきたわ……」
「え?」
「あはは。もしも元のサイズに戻れなかったら私たちが責任持って飼ってあげるからね? ミニダイくん?」
ちょっ、怖いこと言うなし。
特大サイズの食べ物を食べられるのは確かに幸せだが、いつまでもこのままじゃ困るぞ。
「ダイキを、飼う……ちょっと、いいかも……」
いや、ルカさん……何ちょっとウットリとしているんですか?
「それにしても、いったいどんな怪異の仕業なのでしょう? 人が小さくなる噂や怪異事件の話は、いまのところありませんよね?」
「うん、掲示板の依頼にもそういったのはないね。……ただ最近、食べ物がよく消えるって話は聞いたことあるよ」
食べ物が消える?
……そういえば、俺のカツパンも今朝どっかにいっちまったな。
俺と一緒に小さくなって見落としてしまっただけだと思ったが。
「……あれ? 私のプチトマト、どこいっちゃったんだろ?」」
ふとレンが弁当箱の中を不思議そうに見る。
「変だな~? まだ食べてなかったのに……」
「無意識に食べただけじゃないの? ……って、あら? アタシのピーマンの肉詰めどこ?」
どうやらキリカもオカズのひとつが消失したらしく慌てて周りを見回す。
「……あっ、ルカ! まさかつまみ食いしたんじゃないでしょうね!?」
「失礼な。私が大嫌いなピーマンを盗み食いするはずがないでしょ」
「偉そうに言うな!」
「……というか、私のデザートのミカンがない。楽しみにしてたのに。えんえん」
「はれれ~? スズナのハンバーグもなくなっています」
な、何だ?
急に食べ物が消えるなんて……。
「っ!?」
そのとき、俺は見た。
弁当箱の中からオカズの一品がフワフワと浮かび、一瞬にしてミニチュアサイズになるのを。
「なっ!?」
小さくなったオカズは宙に浮かびながら、視界から消えていく。
俺は慌てて、オカズの行く先を目で追う。
その先には……。
「な、何だアイツは!?」
部室の扉に、何かがいた。
リス……いや、違う! 凄く小さいが、アレはタヌキだ!
ミニチュアサイズのタヌキの周りには、同じく小さくなったプチトマトやピーマンの肉詰め、ミカンやハンバーグがグルグルと浮いていた。
とつぜん食べ物が消える現象……そうか、全部ヤツの仕業だったのか!
「皆! あそこだ! 見ろ! 食べ物を小さくして盗んでる!」
「え!? あっ、本当だ!」
俺のかけ声で皆もタヌキの存在に気づく。
「な、何よアレ、ミニサイズのタヌキ? ……ちょっとかわいいじゃないの!」
「言っとる場合かキリカ!」
俺たちに気づかれたことで、タヌキは慌てた様子で、食べ物と一緒に扉の隙間から逃げていく。
「あっ、逃げた!」
「追うぞ! くそっ! さては今朝のカツパンもアイツが取ったな! 食い物の恨みは恐ろしいぞコラぁ!」
怒りのあまりテーブルから跳躍。
紫波家の武術でうまく受け身を取り、そのまま俺も部室を出る。
「ちょっ! ダイくん! そんな姿のままで外に出たら危ないよ!」
「あんな小さい相手だぞ! 皆の目だとすぐに見失っちまう! 俺が捕まえる! ──『瞬走』!」
紫波家の技のひとつである超高速移動を使い、タヌキを追いかける。
タヌキの後ろ姿はすぐに見えた。
動物なだけあって、かなりすばしっこい。
だが紫波家の武術は四脚動物と同じ速度が出せるよう編み出されたものだ。追走は容易い。
「逃がさねえぞ! あと俺を元のサイズに戻せ!」
モノを自在に小さくする能力を持ったタヌキ……。
食べ物ばかりを集めている辺り、恐らく俺が小さくなったのは単なる偶然だったのだろう。
最初からあのタヌキは俺の持つ食べ物が狙いだったのだ。それを小さくして盗む拍子に、俺も一緒に小さくしてしまっただけなのだろう。
まったく、とんだトバッチリだ! 悪いタヌキは懲らしめてやる!
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