原初の闇


   * * *



 この世には闇しかなかった。

 すべてが、ひとつだった。

 それで世界は完成し、完結していた。

 幸せだった。とても幸せだった。

 それなのに……あるとき、光が生まれた。

 光を浴びたことで、あらゆるものが己の姿形を初めて知った。己が何者であるかを自覚し、名を欲し、別個の存在になることを望んだ。

 やがて、すべてが自我を持って散っていき、世界はバラバラになった。


 ……だが、たったひとつ、光を浴びなかった闇があった。

 どんな闇よりも、ずっと深く、ずっと暗い、光すら届かない奥深くで、ソレだけが取り残された。

 闇は泣いた。

 どうして、皆バラバラになってしまったの?

 どうして、自分だけを置いて行ってしまったの?

 あんなにも幸せだったのに。

 自分たちはひとつの存在として完成し、完結していたのに。

 どうして、どうして、どうして……。


 ああ、憎い。

 光が憎い。

 自分からすべてを奪った光が憎い。

 光すら届かない深淵の奥で、闇は怨みを募らせた。


 いらない。

 姿形なんて、いらない。名前なんて、いらない。

 自分たちはただ、ひとつの闇としてあればいい。

 それが一番の幸せだというのに……。


 寂しい。寂しい。寂しい。

 戻りたい。あの頃に戻りたい。闇が満ちていた、最初の頃に。

 闇は慟哭した。

 だが悲しいかな。

 どれだけ声を張り上げても、この慟哭が何者かに届くことはない。


 ……そのはず、だった。


 ──お願いです、神様。

 ──私に家族を……素敵なお友達をください。


 ふと、どこからか、声が聞こえた。

 光すら届かない深淵で、少女の声が……。


 闇は嗤った。

 奇跡が起きた。……いる。感じる。自分と波長を同じくする者が。

 届く。いまなら、自分の声が、光のある世界に届く!


 ──あなたは、だあれ?


 闇は歓喜に震えた。

 少女が自分の呼びかけに応えた。


 ……ああ、見える。孤独に苛まれ、涙を流す少女の姿が。

 同じだ。

 彼女は、自分と同じなのだ。


 闇は誓いを立てた。

 この子の望みをすべて叶えてあげよう。

 そして自分の望みを、彼女に叶えてもらおう。


 この世を闇で満たそう。

 光すら呑み込むほどの、たくさんの闇を。

 さあ、生まれておいで、愛おしい仔たちよ。

 世界をあるべき形にするために、光からすべてを取り戻そう。

 そして最後には……。


 ミンナ、ヒトツニナロウ。


 闇が嗤う。

 世界の創世より存在した──『原初の闇』が、いずれ訪れる未来を夢見て。




  束の間の懺悔・了

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