星気霊
式神の力を借りる『召喚術』こそが、白鐘家の本来の戦い方だと?
言霊で怪異を操ることだって充分脅威的だとは思うが……そもそも、そんなことに労力を使うのなら、はじめから式神という上位存在の力を借りたほうが手っ取り早いと、そういうことなのだろうか?
「……え? ちょっと待ってくれ。じゃあ何か? 白鐘家はずっと神様の力を借りて戦ってきたってことか?」
神はこの『銀色の月のルカ』において絶対的な力を持つ最強の存在だ。
もしそんな存在を式神として使役していたというのなら、そんなのもう無敵じゃないか!
しかしレンは首を横に振って「そういうわけじゃないみたい」と俺の発言を否定する。
「ダイくん、式神っていうのはそもそも荒御魂とか位の低い霊的存在のことなの。さっきも言ったように、鬼や精霊とか、妖怪変化の類いね?」
「神様とは、違うのか?」
「うん。式神って名称のせいで誤解しがちだけど、この本にも『神格を持つ神々とは異なる存在』って書いてある。だから霊能力者たちの間では、別の呼び名があったみたい」
「別の呼び名?」
「星に宿る霊……『
星気霊。
はじめて聞く用語が登場した。
「それは、私も聞いたことある。星気霊は、その星の万物に宿る『意思を持ったエネルギーそのもの』。神様ほどの力は持たないけれど、あらゆる超常現象を可能とする存在だって、お母さんが言ってた」
ルカがそう解説をする。
意思を持ったエネルギーそのもの?
……ど、どういうことだ?
「『
「そうだね。神様は『無』から『有』を創造したり、霊体化や受肉化を自在に切り替えたり、世界そのものの在り方さえ変えてしまう、本当に何でもアリな存在だけど……星気霊は完全に星そのものに依存した存在。その星で起こる自然現象を自在に操り、ときには神罰にも匹敵する災害を引き起こすけど……それでもやっぱり神様ほど無敵な存在じゃない。星に宿るエネルギーである以上、仮に星が滅んだら星気霊たちも一緒に死んでしまう。でも異なる次元に住まう神様には何の関係もない。そういう意味でも、両者の存在の間には大きな隔たりがある」
「なるほど。神様がクリエイターなら、星気霊たちは限定的な世界でしか存在できないデータみたいものか」
なるほど。わからん。
レンとルカは熱く議論しているが、俺はとても話に付いていけない。
俺の頭の中がクエスチョンマークだらけなのを見抜いたのか、レンがジト目で見てくる。
「よく、わかってないでしょダイくん?」
「はい……」
「はぁ~……おバカなダイくんにわかりやすく説明してあげると、星気霊はファンタジーゲームに登場するような妖精ってことだよ。火の妖精とか、水の妖精とか、風の妖精とか、土の妖精とか」
おう~、好きなゲームに例えられると急にイメージしやすくなったぞ。
「妖精とお話をして仲良くなれたら、彼らはプレイヤーである人間に力を貸してくれる。そうすると火の魔法や水の魔法、特別な力が使えるようになるわけだね」
「……なるほど。つまり陰陽師たちは、そうして戦っていたわけか」
「そう。星気霊の力が強ければ強いほど、とんでもない現象を引き起こすことができたみたいだね。大火災、大津波、大嵐、大地震、とか」
「そう聞くと、神様に匹敵するくらい強そうに思えるけど……それでも星気霊は神様とは違う存在なのか?」
「そうみたいだね。地域によっては神として崇められた星気霊もいたみたいだけど……でも、やっぱり神様ほどの力は持っていないみたい。星気霊はあくまでこの自然界で起こせる現象を、大規模なレベルで発生させているに過ぎない。……でも神様は違う。神様は世界の法則性すらも弄れてしまう絶対的存在。さっき私が『神様はクリエイター』『星気霊は特定の世界でしか存在できないデータのようなもの』って言ったのはそういうことだよ。ゲームで言うなら、星気霊はそのゲームの中でしか活動できない存在。でも神様は……」
……ああ、だんだんとわかってきた。
「神様は、そもそもゲームを作った存在ってコトか……」
「そういうこと。作り手なら、何でもできちゃうでしょ? ゲームのシステムを改ざんすることも、自分の分身を作ってゲームの中で遊ぶことも、気に入ったキャラクターを贔屓して強くすることも、気に入らないキャラクターを消去することも……その気になればゲームそのものを破壊してしまうことも」
レンの言葉に思わず冷や汗が出る。
……やっぱり『銀色の月のルカ』の世界における神は、とんでもない存在らしい。
文字通り、次元が違う。
俺たち人間が手に負える存在じゃないってことが改めてわかった。
「そりゃどの神様も短気なわけだな……」
「そうだね。神様の視点からすれば、私たちはただのゲーム世界のキャラクターに過ぎないもの。そんな下位存在に『ああしろ』『こうしろ』って命令されたら、そりゃ不愉快にもなるよ。……まあ気に入ったキャラクターのお願いだったら、また話は別かもしれないけど」
「ああ……『推しキャラ』ってやつだな」
藍神家が神に愛されているのも、その神にとって藍神家がいわゆる『推し』の一族だからだ。
……なるほど、キリカが卑屈な性格になるわけだ。一族の中でただひとりだけ、神の恩恵を授かれないキリカ。自分だけ神様に「あ、お前は推せねーわ」と言われているようなものだ。
まあ、その代わりご先祖である『守護霊』に激推しされているわけだが。
……あれ? というかいままでの話から考えると、人の身で神の座まで辿り着いた『守護霊』ってマジでやばくない?
ゲームのキャラクターがクリエイター側に行ったってことでしょ?
……キリカ、お前そうとう凄い御方に贔屓されているぞ? もっと自信持て。
「……と、まあ、ようするに、もしもルカがいま以上に強くなりたいっていうのなら、ご先祖様の陰陽師のように星気霊たちに力を貸してもらう必要があるってことだね」
レンはそう言って話をまとめた。
自分の力だけで戦うには限界がある。
だから自分よりも強い力を持つ存在の助けを借りる。
……言うなれば、怪異に対して怪異をぶつけるようなものか。
確かに、それが可能になればルカの負担は格段に減るだろう。
「星気霊の力を……」
レンの言葉を聞いて、ルカは思案に耽っているようだった。
強くなるには、いままでの戦闘スタイルを思いきり変えないといけない……そう言われたわけだからな。そりゃ思うところもあるだろう。
しかもその強くなる方法が、星気霊との交渉ときた。
大丈夫かな~? ルカって口下手だからな~。うまく交渉できるか心配だぞ俺……。
「レン、他には何かなかった? たとえば……紅糸繰のこととか」
「紅糸繰? ううん、霊装について書かれた資料はいまのところ見つかってないかな……」
「そう……なら、今度はそっちをメインに探そう」
どうやらルカは己の霊装である紅糸繰について知りたいようだ。
でも、なぜ今更、紅糸繰のことを?
俺の目には充分に使いこなしているように見えるが……。
「紅糸繰は、代々白鐘家の娘に引き継がれてきたって話だけは聞いてる。でも、それがいつ頃から始まったことなのか、製作者が誰なのか、そういったことが知りたい」
「おっけー。じゃあ、その辺を詳しく調べていこう」
途中でコンビニで買ってきたサンドイッチやおにぎりで腹を満たしてから、俺たちは再び探索を開始した。
秘伝の書らしきものに紅糸繰について書かれたものがないか慎重に確認していくが、なかなか見つからなかった。
時計を見ると、結構な時間が経っていた。
「今日はもうお開きにしよう」
ルカの提案に俺は頷いた。
根を詰めすぎても良くない。
「……お母さんの日記、結局見つからなかったな」
やはりルカとしては亡き母の手記を見つけたかったらしい。
有用な情報を抜きにして、ただ純粋に文字を通して母と触れ合いたかったのかもしれない。
「きっと見つかるさ。時間はいくらでもあるんだ。じっくり探そうぜ」
「……うん。そうだね。ご先祖のこととか、星気霊のことがわかっただけでも、今日は大きな進歩だった。レンに感謝だね」
いや、本当にレン様々だな。
今後も彼女の知恵にはお世話になりそうだ。
「しかし……まさか千年も前から怪異との戦いが続いてるなんてな」
今回得た情報で俺が一番驚いているのは、これだけの歳月が経っても尚、人類が怪異を滅ぼしきれていないということ。
それどころか【常闇の女王】とかいう、ワケのわからない怪異の長まで現存している。
星気霊の力を借りても、倒せなかったということなのだろうか?
「いっそ神様たちが何とかしてくれればいいのにな。世界を改変できるほどの力を持ってるんだから、怪異なんてあっという間に全滅させられそうなのに……」
「……ダイキ? どうしたの?」
何気なく発した自分の言葉で、俺はひとつの懸念を起こした。
「……ルカ。神様は、本当に何もしてこなかったのかな?」
「え?」
「いや、そんなはずないよな。現に藍神家の神は怪異退治のために巫女に力を与えているんだから」
神が気まぐれで、理不尽な存在なのはわかっている。
そこまで人間に義理立てする必要がないことも承知だ。
でも……一柱くらい、いたんじゃないのか?
人間に愛着を持ち、その人間を脅かす怪異を抹消しようとした考えた神が。
その親玉である【常闇の女王】を滅ぼそうとした神が。
本当に、一柱もいなかったっていうのか?
いたんだとしたら……。
……まさか。
いや、そんなまさか。
自分の発想に思わず震え上がる。
違う。ただの思い込みだ。
そんなことが、あってたまるものか。
「ダイキ? どうしたの? 何でそんなに震えて……」
「……ルカ。俺の考えすぎだよな?」
「え?」
「そんなこと、ないよな? まさか【常闇の女王】が……神様でも滅ぼせない存在だなんて……そんなわけないよな?」
「っ!?」
本当に神がクリエイターとして、この世界の有り様を弄れるのなら、できるはずじゃないか。
怪異なんて存在しない平和な世界を、いくらでも創造できたんじゃないのか?
それが、できないんだとしたら……。
「ダイくん! ルカ! ちょっと来て!」
切羽詰まった声色でレンが俺たちを呼ぶ。
「どうしたんだレン!」
慌ててレンのもとへ駆ける。
レンは顔面を蒼白にして、古い冊子を見ていた。
本を握る手が震えている。
「レン、何かわかったの?」
「……紅糸繰のことじゃないけど、気になる文章が見つかって……たぶん、ルカのご先祖様の手記だと思うんだけど」
「……何が書いてあったんだ?」
恐る恐る尋ねる。
レンは唾を飲み込んで、冊子に目線を落とす。
「……『私は聞いた。アヤカシの一族たちに「この世の始まり」のことを。彼らには原初の記憶があった。自分たちはどこから来たのか、何者であるのか、生まれ出でたその瞬間から、彼らは知っていた』」
本の内容を恐らく俺たちでも理解しやすいように現代語訳しながら、レンは音読する。
アヤカシの一族?
それってもしかして……絵巻に載っていた「百鬼夜行」と何か関係があるのだろうか?
「『ゆえに彼らは恐怖した。人ならざるものでありながら、その心が我々と同じように人に近づきすぎたがゆえに、己の発生の根源となった存在を恐れた。その支配から逃れるために、彼らは叛逆の道を選んだのだ。……「闇の長」に逆らう道を』
「っ!?」
『闇の長』、だと?
……まさか、それって!
「……これさ、【常闇の女王】のことを言っているんじゃないかな?」
手記の内容はまったく理解できないが、それが【常闇の女王】について言及している可能性は、大いにありえる。
……だが、どういうことだ?
人ならざるものでありながら、心が人に近づいた?
叛逆の道を選んだ?
それって……怪異の中には、人間と同じ精神を持った怪異もいたってことなのか?
「それでね? 私が一番気になっているのはここなの。もし、ここに書かれていることが本当なら……」
レンは途中で口を噤み、再び本と向き合った。
「『アヤカシの
「っ!?」
俺もルカも息を呑んだ。
この世に怪異が溢れた諸悪の根源?
まさか……怪異は自然に発生した存在じゃないっていうのか!?
「『原初の闇は望んでいる。再びこの世が始原の形に戻ることを……ゆえにヤツは契約を交わした。己を知覚する童女を器として。孤独な童女を「闇の長」として祭り上げ……地獄を生み出した。怪異とは、原初の闇より生まれし眷属である。原初の闇がある限り、この戦いに終焉の時は訪れぬであろう』」
「……」
言葉が出なかった。
……何なんだ?
俺たちは、いったい、何を相手にしているんだ?
怪異の長【常闇の女王】……。
ソイツを倒しさえすれば、すべてが終わると思っていた。
だが……。
違うのか?
まだ、何か、別の存在がいるのか?
ソイツはもしかして……。
神でも滅ぼせない存在なのか?
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