白鐘家の書庫

   * * *



 明かりを点けると、そこは想像以上に広い書庫だった。


「すっご~い! もうちょっとした図書館じゃん!」


 情報収集が好きなレンは、膨大な専門書の数々にすっかり目を輝かしている。


「これは腕が鳴るね~! さあ、どこから調べようかルカ!」

「とりあえず、ノートみたいなものがあったら集めてきてほしいの。母さんの手記とかが、ここにあるかもしれないから」


 ルカの指示に従って、早速探索を始める。

 ……なるほど、これは確かにひとりがかりで探すには厳しい。

 気分的にはほとんど宝探しに近かった。


「それにしても、見たことのない本ばっかりだな」


 どれもこれも聞き馴染みのない単語が書かれた専門書ばかりだ。

 やはりほとんど霊術に関する本なのか、降霊術や口寄せといったタイトルがチラチラと見える。

 試しに何冊か捲ってみたが、到底俺の頭では理解できないような内容だった。

 頭脳労働は素直にレンに任せるとして、俺はとにかく力仕事に専念しよう。

 真新しそうな手記は見つからなかったが、代わりに肉筆で書かれた古い冊子があったので、その辺りをまとめてテーブルに運んだ。


 いくつかの資料を集め終えると、ルカとレンは調べ物に集中し始めた。


「えーと……ふむふむ、なるほどね~」

「……あの~、レンさん? その本、かなり大昔の字で書かれた本みたいだけど、もしかして翻訳しながら読んでるの?」

「え? うん。中学のとき選択授業で『源氏物語』の原文を現代語訳してたら嵌まっちゃってさ。他の古い物語も趣味で訳してたから、だいたいの古語は読めるよ?」


 レン、やっぱりスゲー……。

 古語で書かれた冊子を、レンはあっさりと現代語訳してスラスラと読んでいく。

 俺とルカだけだったら、この作業だけで一日が終わっていただろう。やはり彼女を呼んで正解だったらしい。

 結局、調べ物はほとんどレンに任せる形となり、俺とルカはまた役立ちそうな資料がないか探して回った。


「お、見てみろルカ。巻物まであるぞ」

「ほんとだ。開いてみよ?」


 古い巻物が見つかったので、そのひとつを手に取って慎重に開いてみる。


「……うわっ!?」


 俺は思わず飛び上がった。

 巻物の中には、異形の化け物の姿がびっしりと!


「落ち着いてダイキ。ただの絵だよ」

「え? あ、ほんとだ……」


 びっくりした。あまりにも生々しいから一瞬本物の怪異かと思ってしまったが、ルカの言う通り、それはただの絵だった。

 ……というか、何だか見覚えのある絵だった。


「なあルカ、これって……」

「うん。『百鬼夜行』だね」


 既視感を覚えるわけだ。それは教科書などにも載っている有名な絵だった。

 おどろおどろしい姿をした妖怪たちが何匹も、同じ方向に向かって大進行しているところを描かれた絵巻、「百鬼夜行」。

 凄い描き込みだ。何やら絵師の執念みたいものを感じる。


「……けど、あんまり見たことのない画風だな」

「そうだね。『百鬼夜行』には時代や絵師によっていろんなバージョンがあるけど……確かにこれはあんまり見たことがないかも」


 ひょっとしたら世に出回っていない希少な「百鬼夜行」なのかもしれない。

 だとしたら、とんでもない文化遺産だったりするんじゃないか? 素手で触って大丈夫だったかなこれ?


 ……しかし、見れば見るほど風変わりな「百鬼夜行」だ。

 記憶にあるものよりも異質な雰囲気がある。

 何というか、こう……『進行』というよりも『』しているような、鬼気迫った雰囲気を感じる。

 まるで長年の宿敵と決着をつけるべく、一族が一丸となって何者かに挑んでいるような……そんな印象をいだくのだ。


 先頭に立っているのは天狗だろうか?

 まるで大軍の総大将のように後方の妖怪たちを引き連れている。

 まあ、天狗と言えば妖怪でも代表的な存在だし、様々な逸話や伝説を考慮すれば、妖怪の親玉として抜擢されても不思議ではない。

 そこから続いて……九本の尻尾を生やした狐やら、大量の目玉がくっついた化け物やら、巨大なドクロやら、稲妻を纏った大蜘蛛やら、水を滴らせた巨人やら、炎を吐く百足やら、氷柱を握った鬼女などが描かれている。


「……あれ? そういえば……俺たち、これだけいろんな怪異と遭遇しているのに、こういったメジャーな妖怪たちを見たこと、一度もないんじゃないか?」


 懺悔樹みたいな木霊は、まあ妖怪と言えるかもしれないが……記憶を辿ってみても、これまで戦ってきた怪異たちはどちらかと言うと『都市伝説』に分類されるような連中ばかりだった。

 一つ目小僧とか、傘オバケとか、河童とか、ろくろ首とか、一般の間でも知られている有名な妖怪とは会ったこともない。

 ……まあ、いたとしても会いたくはないけどね!


「不思議だよなぁ。これだけいろんな妖怪が大昔から絵として描かれている以上、きっと原型になった怪異とかいたと思うけど。なあ、ルカ? ……ルカ?」

「……ハァ……ハァ……」


 ルカの様子がおかしいことに気づく。

 息が荒く、顔を真っ赤にして、床にへたり込んでしまった。


「お、おい、どうしたんだルカ!?」

「わからない……その絵を見ていたら、急に体中が熱くなって……」


 絵を見ていたら?

 なぜかはわからないが、ルカの体に良くない影響を与えているのなら、これ以上見ないほうがいいだろう。俺は慌てて絵巻を綴じた。


「大丈夫か?」

「ん……少し、落ち着いてきた。どうしちゃったんだろ、急に」

「……ずっと調べ物してたから、きっと疲れが出たんだろう。少し休もうか」


 ルカを支えながらテーブルのほうへ戻る。

 ……確かに、熱い。こうして密着していても高い体温が伝わってくる。

 今日はもう切り上げて休んだほうがいいのではないだろうか?

 しかし、レンが座っているテーブルに着く頃には、あっという間に熱が引き、平熱に戻ったようだった。


「……なにベッタリしてるんすか二人とも? 見せつけてんの?」

「あ、いや、ちょっと事情があって……」


 レンにジト目で睨まれたので慌てて離れる。「……もうちょっとくらい、いいのに」とルカは名残惜しそうに唇を尖らせた。


「こほん。それじゃあ、調べていくつかわかったことがあるから、要点をまとめて伝えるね」


 どうやら、あらかたの資料を読み終えたらしいレンの説明を聞くべく、俺たちは席に着いた。


「まず一点目。どうやらルカのご先祖様は……陰陽師だったみたいだね」

「陰陽師?」

「そっ。平安時代とかだと朝廷の官職として重要なポジションにいた人たちだね」


 平安時代!

 そんな大昔から続く霊能力者の家系だったのか。

 となると白鐘家も、藍神家や紫波家にも負けない歴史の深さを持っている、ということだな。


「この時代の陰陽師の役割としては基本的に星や天候を見て占うことがメインだったけど……それは表向きの歴史。実際のところはやっぱり現代でも同じように怪異退治を専門とする戦闘機関だったみたいだね」


 平安時代といえば約千年前……そんな時代から人間は怪異と戦っていたのか。

 人類と怪異の闘争の歴史は、相当に長いらしい。


「それでね? ルカのご先祖様もやっぱり言葉の力で戦っていたみたいなんだけど……実はそれは副次的なものらしいんだ」

「副次的?」

「そう……じゃないってこと」

「なん、だって?」


 あれほど驚異的な言霊の力が、副産物だっていうのか?


「レン……それじゃあ、私の本来の力って、いったい何なの?」


 衝撃的な事実に、さすがのルカも動揺している。

 そりゃそうだ。ずっと頼りにしていた力が、まさかのサブウェポンと言われてしまったのだから。


「ルカはいま、言霊を怪異を『まやかす』手段に使っているよね? でもね、それはどうやら正しい使い方じゃないみたいなの。確かに怪異を撃退する手段としても使えるけど……現代風に言うなら『コスパが悪い手段』みたいなの」


 コスパが悪い?

 じゃあ、もっと効率のいい戦い方があるって言うのか?


「言葉の力……それをうまく使えば、本来なら対話もできない存在と話し合うことができる。意思を伝え合って、協力を仰ぐことができる……そうして白鐘家は、人間とは異なる存在の力を借りて、悪鬼や怨霊たちと戦ったらしいの」


 人間とは異なる力を借りて?

 それってまさか……。


「陰陽師、からイメージができるものがあるよね?」


 レンの言葉に、俺はある用語を浮かべる。

 陰陽師が使役する存在……。

 きっとルカも、俺と同じ考えに至っただろう。

 そう、それは……。


「──『式神』と呼ばれる鬼や強力な精霊を喚び寄せる力。白鐘家の霊能力者の本来の戦い方は……『召喚術』だよ」

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