事を終えて……


   * * *



 帰宅後、ルカはこれまでの反動とばかりに俺にずっとベッタリだった。

 文字通りの、ベッタリである。


「ぴとー」

「……ルカ、その食べづらいからちょっと離れてほしいんだが」

「じゃあ私が食べさせてあげる。あーん」


 夕飯時でもルカは頬がくっつくほどに俺と距離を詰めてきて、ついには「あーん」をしてくる。

 ……さっきも一緒に風呂に入ろうとしたり、「今夜は一緒に寝よ?」と上目遣いでおねだりしてきたりと、何というかすっかり平常運転に戻りましたねルカさん。


「あらあら、すっかり元の鞘に収まった感じね二人とも。お母さん安心しちゃったわ~。ねえ、お父さん?」

「や~、賑やかで楽しいね~」


 母さんと父さんは、そんな俺たちを微笑ましげに見てくる。

 もう慣れたもんだが、やっぱり両親の前で幼馴染の女の子とベタベタするのはちょっと恥ずかしい。


「珍しくイチャイチャしてないから心配したのよ? 文字通りダイキのアレをルカちゃんの鞘に収めたのかしらね~♪」

「お願いだから黙ってくれ母さん。客人もいるんだから……」

「あら、いけない、そうだったわ! ごめんなさいねアイシャちゃん? ろくにおもてなしもできないで~」

「お気になさらないでくださいましお義母様! お義母様のお料理たいへんおいしゅうございます! 近い未来、この味を再現することになると思いますのでしっかりと味わわせていただきますわ!」

「あらあら~!? まさかあなたも……そゆコトなのアイシャちゃ~ん!? やだ~ダイキ! 本当にアンタの周りおもしろいことになってるじゃないの~♪ もっと早く言ってくれればいいのに~♪」

「……何の話だよ」


 品のないことを客人の前に口にしたり、急にテンション高くなって盛り上がったり

相変わらずマイペースな母さんだな~。


「や~、賑やかで楽しいね~」


 そしてのんびり屋な父さんは相変わらずスルースキルが高いな~。見習いたいぜ。


「……ていうか、何で普通にここにいるのアイシャ?」


 ルカがジト目でアイシャを睨む。

 うん、俺もツッコミ忘れたけど、さぞ当たり前のように家に上がってたね。

 父さんと母さんは歓迎している様子だからべつにいいけどさ。


「ルカだけクロノ様のご実家で寝泊まりだなんてズルイですわ! わたくしだってお泊まりというのを経験してみたいですもの!」

「……は? まさか泊まる気なの? 図々しいすぎるぞ淫乱シスター。ここは私とダイキの愛の巣ぞ?」

「なんですって~!? それが今日苦楽を共にした戦友に対する態度ですの~!?」


 ルカとアイシャの間で火花がバチバチと散る。

 おいおい、食事中くらい喧嘩するんじゃないよ二人とも。

 あと、ルカ。ここは別に俺たちの愛の巣ではないぞ?


「まあまあルカちゃん、べつにいいじゃないの~。そっちのほうがおもしろそ……げふんげふん! もう遅いんだからせっかくだし泊めてあげましょ? ねえ、お父さん?」

「や~、賑やかで楽しいね~」


 お人好しな父さんは相変わらずのほほんとした顔でOKサインを出す。

 まあ、ルカが泊まっている客間ならもう一人くらい寝泊まりしても問題はないだろう。


「……」


 ルカはまだ何か言いたそうにしていたが、思うところがあったのか口を閉ざし、大きく溜め息を吐いて……。


「……今日だけは許す。今日、だけはね」


 と珍しく引き下がるのだった。

 本当に珍しいな、アイシャのことになると極端に頑固になるルカが。

 アイシャと何かあったのだろうか?


「そうなると着替えどうしましょうかしらね~。アイシャちゃんの体すっごいエッチだから、合うサイズあるかしら~。いや~、それにしてもエッチね。本当にエッチな体ね」


 女性の言葉とは思えないぞ母さん。


「お着替えならご心配なさらずお義母様! わたくし寝るときは全裸ですので!」

「なら問題ないわね~!」


 よしっ! 今夜は絶対に客間に近づかないようにするぞ!

 万が一ラッキースケベが起こったら大変だからね!

 死んじゃうよ! アイシャみたいなドスケベボディの持ち主の全裸とご対面したら出血多量で死んじゃうよ!


 ……でも、ちょっとくらいならいいんじゃね? と俺の中の桃色の悪魔が囁く。


「……ダイキ」


 ルカがクイクイと俺の服を引っ張る。

 心の内を覗かれたのかと思い、俺はビクンと体を跳ねさせる。


「お、おう、何だ!? べつに夜な夜なアイシャのいる部屋に忍び込もうとか考えてないぞ!?」

「ア゙ッ?」

「あ、ごめんなさい、何でもないです……」


 めっちゃ目が据わったルカの恐ろしさのあまり反射的に謝った。


「そ、それで何か用か?」

「うん。ちょっと、お願いがあって……」


 改まった様子でルカは体をモジモジとさせる。

 お願い? 何だろうか? 「一緒に寝よ?」とはさっき言われたし、お風呂もすでに済ませたし。

 ……も、もしかして、それ以上に過激なお誘いだろうか!?

 そんな! 両親もアイシャもいるというのに!

 大胆すぎるぞルカ!


「あのね、ダイキ……」

「お、おう」

「……一緒に、私の家の書庫に来てほしいの」

「……いいよ」


 ごめんね、ルカ。

 下心まみれな俺をどうか許しておくれ。


「や~、賑やかで楽しいね~」


 笑顔を絶やさない父さんにちょっと癒された。



   * * *



 翌日、ルカの屋敷の修繕工事は一度お休みにしてもらって、俺たちは書庫のある地下室に向かった。


「わ~、何かダンジョンみたいだね~」


 同伴者にはレンもいる。

 調べ物をするには、やはりレンがいたほうが頼もしいと思ったので声をかけておいたのだ。

 それにしても日の当たらない地下はやはり寒い。ルカに言われた通り、厚着をしてきて正解だったようだ。


「……何か、幽霊が出てきても不思議じゃない雰囲気あるね?」

「やめろよレン! 本当に出てきたらどうすんだよ~!」

「あはは♪ 相変わらずだな~ダイくんは~」


 まったく笑い事じゃないぞレン。

 地下室と言っても、ここは白鐘家の地下室なのだ。

 本当に何か霊的なものが封印されていても不思議じゃないんだぞ!?


「……ここだ。この扉の先が書庫」


 ルカの案内で、書庫の入り口に辿り着く。

 重厚な木製の扉だ。

 試しにルカがドアノブを回すが、やはり鍵がかかっているようで開かない。


「……」


 すぐさまルカは紅糸繰で大鎌を造り、躊躇いもなくドアを叩き斬った。

 俺とレンもその様子を唖然と見つめる。


「……調べものが終わったら工事の人たちにここも直してもらう」


 そう言ってルカは書庫の中に入っていった。


「……ルカってときどき怖いくらい躊躇いないよね?」

「……そうなんだよな」


 たぶん一番怒らせちゃいけないタイプだと思う。




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