謎の霊術

 この気配……まさか、懺悔樹!

 ありえない。さっき確かに言霊で消滅させたはず。

 それでも生き残っているということは……。


(まさか、撒き散らせた霊力の中に紛れ込んで!)


 そうとしか考えられない。

 寄生先が崩壊するとわかった途端、懺悔樹は漏れ出る霊力の中に混じって、こうして霊体だけの存在と化したのだ。

 なんという執念か!


 ダイキが振り返る。

 だが霊体である存在に、ダイキに対抗する手段はない。

 アイシャが慌てて霊装を構える。

 だが間に合いそうにない。


 ルカも急いで言霊を綴る。

 だが敵のほうが動きが速い。


 殺される。

 殺されてしまう。

 ダイキが。

 奪われる。

 この世でたったひとりの、大切な存在が!


(やめろ)


 手を前にかざす。

 焦燥は怒りに。

 怒りは炎となって、あるいは氷のように冷ややかとなって、憎らしき怪異に向けられる。


(やめろ……私から、ダイキを奪うな!)


 感情が爆ぜる。

 それが火種となって……ルカの中に再び変化が起きる。

 身の内に宿る紅糸繰。紅色の糸の一本が、青白い光を放って変色する。


 ──あなたの強い気持ち、しかと感じ取ったわ。さあ、使いなさい。私の力を……。


 瞬間、ルカの中にこれまでとは異なる力が湧き上がってくる。

 だが、ダイキを守ることで頭がいっぱいのルカにその正体を突き止める暇はなく、ただ衝動のままに、込み上がってくる力を揮った。


   * * *


 絶望的な状況の中、スズナは見た。

 ルカの背後に一瞬だけ、何か白い影が現れたのを。

 それは、まるでルカと同調するように手を前にかざした……かのように見えた。


   * * *


 まずい。死ぬ。

 冗談じゃない。こんなところで、ルカを残して死ぬワケには……。

 そう思った矢先、異変はすぐに起こった。

 季節は間もなく夏に差し掛かろうとしているのに、肌を刺すような寒気が襲った。

 大地に霜がはっていく。

 吐息が白く染まる。

 一瞬にして真冬のような寒気が満ちていく。


 そして……怪異の周りにだけ、荒れ狂う吹雪が巻き起こった。


『グオオオオオオオ!?』


 極寒の嵐は、霊体であるはずの怪異を瞬く間に氷漬けにした。

 霊体すらも凍てつかせる吹雪。

 その異質な現象を前に、俺を含め、誰もが言葉を失っていた。

 力を行使した、ルカでさえも。


「っ!? ダイキ! いまのソイツなら……打ち砕ける!」


 だが、ルカはすぐに意識を切り替えて、咄嗟に叫んだ。

 いまや氷塊となって物理的存在となった怪異。それが、意味するところは……。


 ルカの言葉に、俺もすぐに反応した。

 正拳の構えを取り、渾身の一撃を氷塊にぶつける。


「餓狼拳!」


 氷塊は砕け散った。

 懺悔樹の残留思念とも言える霊体ごと、破片となっていく。

 一陣の風が吹くと、氷の破片はすべてパキンと割れて、塵一つ残らず消えていった。

 静けさが戻る。


「……気配が消えましたわ。今度こそ本当に、滅んだようですわね」


 アイシャの言葉に、俺は安堵の息を吐いた。

 倒した。今回も何とか無事に、怪異を倒せた。


「でも……いまのは、いったい」


 ルカが放った、見たこともない霊術。

 あれを、本当にルカが使ったというのか?

 だが、言霊使いであるルカとは明らかに系統が異なる霊術だった。


「ルカ、あの霊術は……うわっ!」


 問いかける前に、ルカが思いきりしがみついてきた。


「ダイキ! 良かった……良かったよぉ!」

「ちょっ、ルカ。落ち着けって、大丈夫だから」


 涙ぐんで顔を押しつけてくるルカ。

 何か悩んでいる様子だったが、どうやら吹っ切ることができたのか、いつも通りのルカに戻っていた。

 何だか、その姿に安心してしまう自分がいた。


「……ありがとな、ルカ。助けてくれて」


 しがみついてくるルカを俺は優しく受け止める。

 とりあえず、いまは生き残れたことを喜ぼう。

 いろいろ気になることはあるが、あとでいい。


「ダイキ……ダイキィ」

「ああ、ちゃんとここにいるって」

「……もうダメ。我慢できない」

「え?」

「一週間以上……一週間以上も耐え抜いた。ダイキだ。生ダイキが目の前におる……この鎖骨も、エッチな鎖骨も手に届く範囲に!」

「あの? ルカさん? 何でそんなに鼻息荒いんですかね?」

「むふー。辛抱効かぬ」

「おわー!?」


 挙動のおかしいルカに押し倒されたかと思うと……。


「……むちゅー」

「ぎゃあああ!? 何しとるんですかルカさん!?」


 ルカは俺の首元の衣服をズリ下げて、鎖骨に口づけをしてきた!

 何で!?


「ちゅー、ちゅー。えっち。この鎖骨、本当にえっち。責任取れ。誘惑した責任を取るのだ」

「お、俺は誘惑した覚えは一度も……アーッ! ダメ! そんなに吸いつかないで~!」

「暴れるでない。吸われるのだ。大人しく私に鎖骨を吸われるのだ。ぶっちゅううう」


 我を忘れたかのように、ルカは俺の鎖骨を吸いまくる。

 ちょっと離れている間にルカに何があったというのだ!?


「あー!? ルカ! どさくさにまぎれて何て羨ましいことしてるんですの! わたくしにも吸わせなさい!」

「何でアイシャまで!? ちょっとスズナちゃん! この二人止めて!」


 理由はわからないが暴走しているルカたちを大人しくさせるべく、スズナちゃんに助けを求める。

 大天使のスズナちゃんなら何とかしてくれるはずだ。


「ん~……除け者は寂しいのでスズナも参加しま~す♪」

「何でじゃ~!? アーッ! そこはらめぇ~!」


 更地と化した元森林に、俺の誰得な嬌声が響き渡るのだった。

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