愛こそ最強の力
討伐の宣言と同時に、ルカの隣にシスターの姿が現れた。
「さすがはわたくしのライバル。どうやらあなたも自力で意識を取り戻したようですわね!」
アイシャであった。
彼女もルカと同様、懺悔樹の術から逃れたらしい。
──何ナンダ、貴様ラハ!? ドウシテ罪悪感ニ押シ潰サレナイ!?
術中に嵌まらない少女二人を、懺悔樹は異質なものを見るように困惑している。
「フッ。愚問ですわね怪異。懺悔などわたくしにとっては日常行為でしてよ! それに人は元より原罪を持って生まれし者。大事なことは己の罪と見つめ合い、認めた上で、清く、正しく生きることなのですわ! わたくしは決して自分の罪から目を背けません!」
「アイシャ……」
珍しくシスターらしいことを口にするアイシャに、ルカは思わず感銘を受けた。
「……そう! たとえ『シスターのくせにおいしいもの食べすぎ』と言われようとも! 『アニメや漫画やゲームばっかり買って遊びすぎ』と指摘されようとも! 『聖女のくせに姦淫に堕落しすぎだろ』と責められようとも! このアイシャ・エバーグリーンは決して動じませんわ! だって、それがわたくしなんですも~ん! 一切合切、恥じ入ることなどありませんわ~!!」
「うわぁ……」
あ、違う。これただ開き直ってるだけだ、この堕落シスター。
ちょっとでも感心した自分をルカは恥じた。
「や~い、や~い、残念でしたわね~。この程度の誘惑で屈するようなわたくしたちではなくってよ! ねえ、ルカ!」
「え? あ、うん」
さすがに自分はアイシャほど図太い精神は持っていないので一緒にされたくなかったが、面倒なのでとりあえず頷いておくルカだった。
「……それに、罪の意識で己を責め続けても、何も生まれはしないのですわ」
「っ!?」
「ルカ、あなたも気づいたのでしょ? 過去は所詮、過去でしかありませんわ。どうあっても起こってしまったことは変えようがない」
ルカの中で起きた変化を、アイシャは感じ取っているようだった。
それを踏まえた上で、アイシャはライバルの少女に向けて熱のこもった言葉を送る。
「変えられるのは現在と未来だけ。ならば……より良き現在のため、未来のために、わたくしたちは進むしかないのですわ!」
霊装の聖十字を構えて、アイシャは懺悔樹と向かい合う。
「……思うに、ここで懺悔樹に魅入られた人々は、きっと孤独だったのですわね。すべてを捨てても悔いるものは何もない……だから躊躇いなく人であることをやめてしまえた」
アイシャの言葉に、ルカは「そうかもしれない」と思った。
実際、ルカはダイキのことを思い出さなければ、危うく懺悔樹に取り込まれているところだった。
「人は孤独の前では脆いものですわ。それがたとえ『孤高の強さ』と呼ばれるものであっても……ルカ、あなたがわたくしにそう教えてくれたんですのよ?」
「え?」
「だから今度はわたくしが教えてさしあげますわ。どうすれば人は強くなり、成長できるのか……その方法を!」
アイシャは『聖剣』を展開し、懺悔樹に向かっていった。
「ルカ! この国に来るまで、わたくしは自分を『完全な存在』と疑っていませんでしたわ! どんなこともひとりで解決できると! ……でもそんなことはなかった! わたくしも、不完全な人間のひとりでしたわ!」
蠢く植物の触手を断ち斬りながら、アイシャは叫ぶ。
「オカ研の皆さんを見ていて、やっと気づくことができましたわ。人はお互いに足りないものを補って、初めて完全になれるのだと! だからルカ! ひとりで悩んではいけませんわ! あなたには頼りになる仲間たちがいるのですから!」
「アイシャ……」
ルカは驚いた。
かつて、あれほど傲慢不遜だった少女から、そんな言葉が出てくるなんて。
「この出会いに、感謝しますわ! おかげでわたくしは母国にいるときよりも強くなれた! そして、その強さの秘訣とはずばり……」
聖十字を大きく揮いつつ、アイシャは空高く声を張り上げる。
「愛! ですわ!」
空中で謎のポーズを取りつつ、アイシャは真顔で口にする。
触手が迫る。だがアイシャは実に華麗な剣捌きで薙ぎ払っていく。
「苦境の中、人を奮い立たせるもの……それは、愛!」
再び、空中で謎のポーズを取りながら、アイシャは『聖剣』を生成し、懺悔樹に突き立てる。
「心を、体を、より強固にするもの……それも、愛!」
奇妙なポーズを取りながらも、アイシャは確実に懺悔樹に攻撃を加えていく。
「隣人への愛! 友への愛! ……そしてそして愛おしい愛おしい愛おしい異性への愛♡ はああああああん! 愛こそが、人をどこまでも成長させるのですわ~~!!! 愛! 愛! 愛! とにかく愛! 愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛!!! 愛こそ最強の力の源なのですわ~!!」
アイシャは全身から凄まじい翡翠色の輝きを放出する。
光はそのまま懺悔樹を焼き尽くし、おぞましい悲鳴を上げさせる。
この時点で、アイシャは懺悔樹に致命的なダメージを負わせていた。
「そして何より、わたくしをここまで成長させてくれたのは……『ライバルへの愛』、ですわ」
ルカの前に降り立ったアイシャが、手を差し伸べながら、柔らかな笑顔を浮かべる。
それは、『聖女』の称号に恥じない、慈しみに満ちた笑顔だった。
「ルカ、あなたはわたくしを嫌っているかもしれませんけれど……わたくしは、あなたに『親愛の情』をいだいていますのよ?」
「アイシャ……」
顔を合わせれば、いつも喧嘩している相手。
何かとすぐに張り合ってしまう相手。
こいつだけには絶対に負けたくないと思う相手。
……それもまた、ある意味で、ひとつの『愛』の形と言えるのかもしれなかった。
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