消えない罪(きずあと)

「っ!?」


 ピシリ、とルカの中の何かが、ガラスのようにひび割れる。

 踏み込まれたくない深部に土足に上がってきた者に対する感情は、怒りではなく焦りだった。


「わたくしが、唯一あなたに対して気に食わない点があるとしたら、ソコですわ。……あなたは、自分の力に誇りをいだいていない。恐怖し、忌避し、むしろ憎しみすらいだいている……そうではなくて?」

「違う……私は……」


 そんなことはない。

 大切な人を守れるこの力を、自分はちゃんと誇っている。

 そう、ダイキのおかげで……。


『ダイキがありのままの私を受け入れてくれたから、私も自分のことを受け入れられるようになったの』

『だから今度は私が、ダイキを苦しめるものから絶対に守るって決めたの。私の力は、そのためにあるんだって、自分の生まれ持ったものを誇れるようになった』


 そうだ。

 以前キリカに伝えた言葉だって嘘じゃない。

 自分はもう受け入れているのだ。この力を。……霊力を持つ者として、ちゃんと向き合えているはずだ!


「……『禁呪』があるから、いまは安心して使えている……そういうことですわよね?」

「っ!?」


 アイシャは、どこまでもルカの深層心理を見抜いてきた。

 まるで自分が丸裸にされていくような錯覚を、ルカは覚えた。


「あなたにいくつかの『禁呪』がかけられていることは存じていますわ。そのせいであなたが全力で戦えないということも」


 禁呪。

 ルカの母である璃絵が娘にかけたいくつかの制約。

 母が仕込んだ術式は、いまも尚、ルカの中で働き、一部の力を制御している。


「だからこそ余計に腹立たしく思います。……あなたは、まだ一度も全力で戦っていないということですもの。これほどの膨大な霊力を持ちながら、素晴らしい素質を持ちながら……その力が十全に発揮されていないだなんて。宝の持ち腐れも極まりますわ」

「アイシャ……私は……」

「わたくしはね、ルカ。と本気で戦いたいのですわ」

「っ!?」

「なのに、あなたは自分の力を心の奥底で拒んでいる。『強くなりたい』ですって? ……なれるわけありませんわ。自分の力すら受け入れられず、恐れ、ものにすらできていない臆病者に、力など身につくはずがないでしょう!」


 生まれ持った力や素質は、宝であり、神からの贈り物であり、己の存在を証明するもの。

 それを拒み、否定するなど、自分自身を貶めるだけでなく、その才能を信頼してくれる周囲すらも侮辱することだ。アイシャはそう思っている。


「わたくしは常に自分の力を誇って生きてきましたわ。一度だって己の運命に憂いを感じたことなどありません。力をものにすべく、極めるべく、ずっと向き合ってきましたわ。ルカ、あなたはどうですの?」

「私は……」

「……『禁呪』をかけられるようなことが、過去にあったということですわよね? ルカ、それは何ですの? あなたがそこまで自分の力を恐れる原因はいったい何ですの?」

「っ!?」


 アイシャの問いを拍子に、忌々しい記憶が、ルカの中で蘇った。



『……どうして、どうして皆、私を怖がるの? どうしていつも、私ばっかり……この、力のせいだ……全部……ぜんぶぜんぶぜんぶ! こんな、こんな力があるから! 嫌い……キライキライキライ! ミンナ、キライ!』


 決して、消えない罪。

 どうあっても、忘れられない愚かな行為。


『ルカ! ダメだ! !』


 自分を心配して駆けつけてくれた幼いダイキ。

 母以外で、たったひとり理解者となってくれた大切な少年。

 そんな少年に、自分は……。


「……ルカ。あなた……」


 まるで子羊のように震え、頭を抱えて蹲るルカを、アイシャは当惑した顔で見ていた。


(……いったい、何があったというんですの? 昔のあなたに)


 生涯のライバルと認めた少女のあまりに弱々しい姿に、さすがのアイシャもどう言葉をかければいいのか、わからなくなった。



   * * *



「ルカ……どこに行っちまったんだろ……」


 メッセージを送ってみたが、既読は付かない。

 ひとりきりで大丈夫だろうか?

 もしやどこかで怪異に襲われていたり……いや、ルカなら心配はいらないとは思うが、でも……。

 なんとなく、いまのルカはひとりきりにさせてはいけない気がした。


「ルカ……」


 俺に対して余所余所しいルカを見ていると、昔のことを思い出す。

 以前にも一度、似たようなことがあった。

 ルカが、敢えて俺と距離を取ろうとしたことが。


『ダイキ……だめ、もう私に優しくしないで……私と関わらないで!』

『ルカ……』

『私に、そんな資格ないっ』

『……大丈夫だ、ルカ。俺は、大丈夫。こんなことで、ルカを怖がったり、嫌ったりしない』

『ダイキ……なんで? どうして、そこまで……』

『俺は平気だから。な? だからルカ。そんな悲しいこと言わないでくれ。俺はルカと一緒にいたい。だから、ひとりで抱え込むな』

『ダイキ……うぅ……うええええん!』


 泣きわめく幼いルカを安心させるべく、強く抱きしめた。

 とても悲しい事故があったから。

 ……そう、事故だ。

 だから誰も悪くない。

 もう俺も気にしていなかった。

 でもルカは……やっぱり、自分を許せなかったのかもしれない。


「……」


 洗面台に向かい、鏡を見る。

 そろそろ髪が伸びてきたな。近いうちに散髪に行かないと。

 いつも通り、前髪だけは程良く長いままにして……。

 長い前髪をかきあげる。

 ……べつにおデコにコンプレックスがあるわけじゃない。

 

 きっと、見るたびに自分を責めてしまうだろうから。


 額に残った深い、深い傷。

 怪異によってつけられた傷ではない。

 それは……。


 ルカに、つけられた傷だった。


『……ダイ、キ? ワタシ、ナニヲ? 血……血が、いっぱい……私が、ダイキを? ……いやっ……いやっ! イヤアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

『……大丈夫、だ、ルカ。俺は、大丈夫だから……頼む。もう、これ以上、周りを傷つけちゃいけない』

『ダイキくん!? これは……ルカ、やめなさい! 自分をしっかりもちなさい!』


 駆けつけてくれた璃絵さんのおかげで、事なきを得た。


 ……あの日からだ。

 あの日を境にして、ルカの強大な霊力に、璃絵さんの『禁呪』がつけられたんだ。


 ルカが、感情のままに霊力を暴走させ、周りを破壊し尽くしたことをキッカケに。

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