おや、ルカの様子が?


 肉啜りの一件から数日、俺たちは無事に退院した。

 あれから、特に大きな事件は起きていないが……安心はできない。

 怪異の長【常闇の女王】を信奉する勢力『常闇の侵徒』……。

 ヤツらが再び俺たちの前に現れ、良からぬ企てを仕掛けてくるかもしれない。

 警戒を怠らず、次なる危機に向けて鍛錬を積む必要があるだろう。

 俺も自宅での療養を終えて体が万全に整ったら、紫波家に赴き修行を再開する予定でいた。


 お互い、いまできることは可能な限りやっておこう。オカ研の皆とは、そう話し合った。

 ……そんな中、ひとつの懸念があった。


『ルカの様子がおかしい?』

「そうなんだ。ここ最近、どうも『心ここにあらず』って感じでさ」


 休日の朝、俺は電話でレンに相談をしていた。


『確か、いまルカってダイくんの家に泊まってるんだっけ?』

「ああ。肉啜りに木っ端微塵に屋敷を荒らされたからな。修繕が終わるまで、俺の家に泊まることになってる」


 退院してから俺の家にお泊まりしているルカ。

 理解ある両親はいつものように快くルカを迎え入れてくれた。

 特に母さんはすっかりルカを娘のように可愛がっているので「ルカちゃんなら、いっそこっちにずっと住んでくれてもいいのよ?」と、ご機嫌にそんなことを提案するほどだ。


『……なんて羨ましい』

「え?」

『ううん、何でもない。でもさ? ルカって学園だといつも通りな気がするけど……つまりダイくんの家だと様子がおかしいわけだよね? どうおかしいの?』

「ああ、それがな。お泊まりからもう何日も経ってるのに……まだ一度もルカが俺のベッドに忍び込んでこないんだ!」

『……は?』


 電話の向こうからレンの冷ややかな反応が返ってくる。

 そういうリアクションがあるのは予想していた。

 だが俺は至って真剣である。


「お泊まりするときはルカは必ずと言っていいほど夜な夜な俺のベッドに忍び込んでくるんだ! なのに今回は一度もそれがないんだ!」

『……何? 私、惚気聞かされてるの?』

「いや、深刻な話なんだよ! ベッドの忍び込みだけじゃない! ご飯のときだっていつもなら『あーん』って父さんや母さんに見せつけるように食べさせてくるのに、それもやらないし! お昼寝のときも、いつもなら膝枕をねだってくるのにねだってこないし! お菓子を渡すとだいたい口移ししようとしてくるのに素直に一人で全部食べちゃうし……とにかく、いつものルカじゃないんだ!」

『もう切っていいかな?』

「待ってくれ! 聡明なるレン部長のアドバイスを是非お聞きしたく……」

『知らん。たぶん倦怠期だよ』

「そんなザックリと済ませないで!」

『だいたい本人に直接聞けばいいことでしょうが』

「いや、そうなんだけど……何かこの頃、俺に余所余所しいっていうか……」


 うまくは言えないが、最近のルカは俺と距離を取っているような気がする。

 話しかけても「あ、うん……」と、どうも返事にも覇気がない。

 一応「映画を見よう」と誘えば一緒に見てくれるし、ゲームにも付き合ってくれるが……やはり以前と比べると無言の間が多くなった。

 いつもなら必要以上にくっついて「映画ロマンチックだね? 私たちも同じことしない?」とラブシーンに合わせて迫ってきたり、ゲームだとやたらとペナルティを設けて際どい要求をしてくるのに……最近はまったくそれがないのだ!


 俺、ルカに何かしてしまったのだろうか?

 正直、理由がまったく思いつけない。

 ……だが心のどこからか最悪の予想が浮かび上がる。


「も、もしかして、俺、ルカに愛想尽かされてしまったんじゃ……」

「ようやく気づいたようね息子よ!」

「母さん!? ちょっ!? 電話中に話しかけてこないでよ!」

『え!? ダイくんのお母さん!?』


 俺の話を盗み聞きしていたのか、洗濯籠を抱えた母が何やら強面で立っていた。


「ダイキ! ルカちゃんがあんなにも『好き好きアピール』をしているのに、あなたときたらそのアピールを無下にするような素っ気ない態度ばっかり取って! 女からしたら『自分に魅力ないのかな?』とショックを受けるに決まってるでしょ!? 愛想尽かされてもしょうがないわよ!?」

「か、母さん! まだ電話繋がってるから大声で恥ずかしいこと言わないでくれ!」

「あら、もしかしてお相手はオカ研の部長さん? ど~も~♪ 息子がいつもお世話になっております~♪」

『い、いえ、こちらこそ……』


 とつぜんクラスメイトの母親に話しかけられて、電話の向こうでレンが動揺しているのがわかる。


「ごめんなさいね~。うちのバカ息子ったらこんなことで女の子に相談しちゃって~。本当に女心がわからない子に育っちゃってお母さん悲しいわ~」

「やめてくれって母さん! す、すまんレン! また時間改めるから!」

「ちょっと~、お母さんにもお話しさせなさいよ~」

「レンが困ってるだろうが!」

『い、いえ! 是非お話させてくださいお母様! その……ダイくんの昔のこととかいろいろ聞きたいし……』

「レン!? お前まで何言ってんの!?」


 瞬間、母さんの目がピキーンと光ったような気がした。


「あら? あらあらあら? ……ふ~ん、ダイキ、あなたったらいつのまにこんな罪作りな男になっちゃったのね?」

「な、なんだよ、そのニヤけ顔は……」

「べっつに~? ええと、赤嶺レンさんだったかしら? 良かったら連絡先交換しない? バカ息子のあんなことやこんなこと教えてあげるから♪」

『喜んで!』

「なに勝手に話進めてんだ!?」


 俺の今世の母は、とにかくマイペースな人だ。

 一度こういうテンションになると、もう俺では太刀打ちできない。


「さて、話を戻すわよダイキ! ルカちゃんの様子がおかしい理由!? そんなのあなたが原因に決まってるでしょ!」

『はいお母様! 私もそう思います!』


 レンとの電話はスピーカー通話にされ、母も交えて説教される形となった。

 なんだ、この状況は?

 しかし、ルカの様子がおかしい原因に思い当たるものがない以上、ここは素直に大人の意見を聞くべきかもしれない。


「や、やっぱり俺が悪いのかな?」

「そらそうよ! 私はず~っとルカちゃんを璃絵さんの代わりに見守ってきたのよ! あの子の気持ちはよくわかっているわ!」


 確かに母さん、璃絵さんが亡くなってからというもの、ずっとルカの母親代わりとばかりに接してきたもんな。


「いまのルカちゃんはね……敢えて素っ気ない態度を取っているのよ! ダイキの気を引くために!」

「なに!? 敢えて素っ気ない態度を!?」

「そうよ! もうストレートに攻めるだけではダメだとルカちゃんは悟ったのよ! 実際、あなたいまルカちゃんのことが気になってしょうがないでしょ!?」

「た、確かに……」

『ふむふむ。敢えて素っ気ない態度を取るのも手と……メモメモ』

「レンは何をメモしてるんだよ……」

「思えばあの子に『うちの息子は鈍感のアホだからとにかくストレートに押して押しまくるのよ!』と伝えて早数年! あの子は教えのとおりにそりゃもう攻めに攻めてお母さん感動しちゃったわ!」

「あんたの差し金だったのかよ!?」


 数年経って明らかになった、まさかの真実であった。


「でもうちの息子のアホさときたら尋常じゃなかったわ! まさかここまで根性無しだったとは! ダイキ! あなたいつになったらルカちゃんに手を出すの!?」

「母親の言うことかソレが!?」

「私は早く孫の顔が見たいのよ!」

「だからって未成年相手に言うことじゃねーだろ!?」

「こういうのは早いうちに仕掛けておくのが吉なのよ! お母さんだってお父さんをオトすために、そりゃもう若い頃から緻密な計画を……」

「聞きたくないわ、そんなこと!」

「もう~あんなに可愛くておっぱいの大きい女の子に迫られて何が不満だって言うの? それでも男なの? ちんちん元気?」

「股間に向けて呼びかけないで!」

「ほら、見なさいこのルカちゃんのブラジャーを! 片側だけでお母さんのお顔包めそうなくらい大きいわよ! このおっぱいを好きにしたいと思わないの!? ……あら、マジマジと見ると本当に大きいわね。もう璃絵さんよりも大きく成長しちゃってるんじゃないかしら。羨ましいわ~」

「やめないか!」

『あ、あはは。ずいぶん個性的な人なんだね、ダイくんのお母さん……』


 さすがのレンも苦笑いしている。

 はい、こういう人なんです。

 お恥ずかしい……。


「とにかく! あなたはもうちょっとルカちゃんの気持ちに応えてあげなさい! 女の子はね、口にしなくとも自分の辛さや苦しみに気づいてほしいものなのよ!」

『そうそう。そういうものだよダイくん』

「ぐぬぬ……」


 女性陣の指摘に思わず唸る俺。

 アカガミ様の一件以降、ルカと最後の一線を踏み込むのは俺の気持ちがしっかりと固まってからと、そう決めていた。

 だからといって、ルカの気持ちを蔑ろにしていいわけじゃない。

 ひょっとしたら、本当に俺の気づかないところでルカを傷つけるような真似をしてしまったのかもしれない。

 ……であるならば、こうしちゃおれん!


「よしっ! 俺ちょっとルカと話してくるよ!」

「その意気よ息子! さあ行きなさい! でも学生のうちはちゃんと避妊するのよ!」

「話すだけって言ってんでしょうが!?」

「客間の棚の二段目に入ってるわよ!」

「いらんわ、そんな情報!」


 これ以上、母さんに変なことを言われる前に、俺はルカが寝泊まりに使っている客間に向かった。


   * * *


「あ、ちなみに赤嶺さん? 私、あなたのこともちゃんと応援したいと思ってるから、いくらでも相談しちゃってね♪」

『っ!? な、なんのことですかお母様?』

「誤魔化しても無駄よ~。おばさんはそういうの敏感にわかっちゃうんだから~」

『あ、あはは……お見事ですぅ。で、でもいいんですか? お母様的にはルカを応援したいんじゃ……』

「もちろんルカちゃんには幸せになってほしいけど……残酷だけれど、こういうのは戦いですからね! 最終的には自分の力で勝ち取らないとダメよ! 息子の心を射止めた相手でないと、お母さん認めないわ!」

『は、はあ……』

「つまり息子が選んだ相手なら、誰でもウェルカムってことよ♪ いいこと赤嶺さん!? こういったものは早い者勝ちよ! お父さんをゲットするため数十人のライバルとの激闘を勝ち抜いた私が言うんだから! 秘訣はコレよ……『最後に自分が隣にいれば良かろう!』っていう精神よ~!」

『な、なんと頼もしいお言葉!? というかダイくんのお父さんそんなにモテモテだったんですか?』

「そりゃもう~凄かったわよ~。イケメンな上に優しくて、いざというときは男らしいところ見せるもんだから周りの女の子たちなんて次々とコロッとオチちゃってね」

『へ、へぇ~。つまりダイくんはお父さん似ってことなんですね~』

「そうなの。血は争えないみたい。……だから、きっとアッチのほうも凄いわよ?」

『ゴ、ゴクリ……あ、あの! よろしければお二人の馴れ初めとか聞かせていただけませんか!? 今後の参考に』

「いいわよいいわよ! いくらでも話しちゃう! は~! ダイキったらいつのまにこんな面白い状況になってるだなんて! 誰か勝者になるのか楽しみだわ~!」


 ダイキの母、黒野ユウ。

 趣味、恋愛相談と昼ドラ視聴(特にドロドロとした多角関係のものが大好き)。

 少女の一人が、またしても母にいらぬ入れ知恵をされているなど、ダイキは知るよしもなかった。


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