束の間の懺悔
闇が生まれた日
少女はひとりだった。
誰もが少女を恐れた。
少女には、他の人間にはない特殊な力があったからだ。
少女には、普通の人間では感じ取れないものが感じ取れるようだった。
少女が「雷が来る」と言えば、本当に暗雲が垂れ込めたちまち雷雨となり、「あそこ、燃えるよ」と指を差した家屋は火事となり、「食べるものがなくなっちゃう」と言えば作物が枯れ、飢饉となった。
少女が生まれてからというもの、村には良くないことばかりが起きた。
少女がいる村に限って日がまったく差さなくなり、不幸な事故で何人もが大きな怪我をし、ついには不治の病が村中に蔓延した。
人々は言った。
アレは化け物だ。
ヒトの子ではないのだ。
少女の死んだ母親は、きっと化け物の子を孕んだのだ。
少女の母は若い頃に神隠しに遭っていた。
無事に見つかったときには、彼女の胎にはひとつの命が宿っていた。
父親は不明だった。
だが、きっと良くないモノに魅入られ、種を植え付けられたのだ。
村人たちはそう確信していた。
あの少女がいる限り、村に災いが起こる。
母親の命を奪って生まれ落ちた、化け物の血を引く少女を、村人たちは石を投げて追い出した。
それから、少女はずっとひとりきりだった。
森の中に逃げ、木の実や虫を食べて暮らした。
少女は寂しかった。
ひとりきりはイヤだった。
森の中にいる動物たちと仲良くなろうとしたが、鳥も、犬も、クマも、イノシシも、少女を見ると、どうしてかたちまち怯えて逃げてしまった。
少女は森の中でいつも泣いた。
『どうして皆、わたしを嫌うの? わたしは、こんなにも皆のことが大好きなのに』
少女は、世界のすべてが好きだった。
ヒトも、動物も、草木も、目に見えるすべてが愛おしかった。
でも、向こうは自分を恐れて遠ざける。
悲しい。悲しい。悲しい。
どうすれば、皆と仲良くなれるのだろう?
ああ、寂しい。欲しい。
自分も、皆のように家族が欲しい。
お父さんやお母さん。たくさんの兄弟姉妹と、たくさんの友達が欲しい。
自分を愛してくれる家族や友達が欲しい。
それ以上は望まない。
少女は神様に祈った。
お願いです、神様。
私に家族を……素敵なお友達をください。
少女のひたむきな願い。
いったい誰が想像できただろうか?
無垢な少女の、その祈りがまさか……。
地獄を生むことになるなど。
──そんなに欲しいかい?
ふと、少女に語りかける声があった。
周りには誰もいない。
だが、少女だけにはわかった。
何も無い空間……そこから、自分に語りかけてくる存在がいることに。
『あなたは、だあれ?』
少女は尋ねた。
──ああ、君は、私の声が聞こえるのかい?
声の主は嬉しそうに言った。
──やっと、やっと私の声が届いた。ずっと、ずっとこの瞬間を待っていたんだ。
声の主がとても喜んでいるので、少女も嬉しくなった。
お話ができる相手と出会えて、胸が弾んだ。
『あなたも、ひとりなの?』
──そうさ。ずっと、ずっと、ひとりなんだ。皆、遠くへ行ってしまった。私だけを置いて……私たちは、ずっと一緒だったのに。とても幸せだったのに。皆、皆、離ればなれになってしまったんだ。
とても悲しそうに言うので、少女は泣いてしまった。
ああ、同じだ。
自分たちは似たもの同士だ。
少女は、声の主と心から仲良くなりたいと思った。
『もう寂しくないわ。わたしがいるもの。ねえ、わたしとお友達になりましょ?』
──ああ、君はとても優しい子だね。嬉しいなぁ……嬉しいなぁ……よし、じゃあ大切なお友達の望みを私が叶えてあげるよ。
望み?
いったい何だろうと少女は首を傾げた。
声の主は、ここではない遠い遠い場所で「ニタァっ」と嗤った……ような気がした。
──君に、家族を作ってあげる。たくさん、たくさん……この世の皆を、君の家族にしてあげる。
『本当に!? そんなことできるの!?』
少女が顔を輝かせて聞くと、声の主は「もちろんさ」と不気味なほどに優しい声で応えた。
──君の欲しいものは、私がすべて手に入れてあげるよ? ……だからね? 私の望みも叶えてくれるかい?
声の主の、気配が増す。
何も無かったはずの空間に、徐々にナニかが生じる。
黒い、黒い、霧のようなものが、少女の前に現れる。
少女は、ソレを見て恐れる様子はない。
少女の顔はどこまでも無垢な優しさに満ちあふれていた。
『あなたの望み? うん! もちろん、いいよ! だってお友達のお願いだもの!』
少女は喜んで頷いた。
黒い霧の向こう……闇の中で、ナニかが歓喜の雄叫びを上げた。
──君は優しいなぁ。本当に優しいなぁ。嬉しいなぁ、嬉しいなぁ……。やっと、やっと私の望みが叶うんだ。
闇が嗤う。
空間を歪ませながら。
この世にあってはならないナニかを滲ませながら、ソレは己の望みを語る。
──それじゃあ、約束をしよう。私は君に家族を作ってあげる。その代わり……。
闇が囁く。
無垢な少女と盟約を交わすために。
その日、出会ってはならないモノたちが出会ってしまった。
それゆえに、始まってしまった。
本当の災いと、絶望が。
──私に……。
キミノ 体 ト 名前 ヲ チョウダイ ?
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