「○○しないと出られない部屋」ルカ編

【キスしないと出られない部屋】


「……」


 おい。

 おい、ちょっと待て。

 よりによって。

 よりによって、五回目でこうくるか?

 何で、何で、一緒に閉じ込められた相手が……。

 ルカのときに限って!


「……」


 ルカは看板の指示をジッと見つめている。

 幼馴染の綺麗な横顔……ついつい、薄桃色の唇に目が行ってしまう。


 キス。

 ルカと、キス。

 心臓が激しく鳴る。いまにも口から飛び出しそうなほどに早鐘を打つ。


 ……マジか?

 俺、しちゃうのか?

 こんな形で、ルカと初めての……。


「ダイキ」

「っ!?」


 ルカと目が合う。

 いつも見ている幼馴染の顔が、今日は異様に眩しく映る。

 ……綺麗だ。

 本当にルカって、なんて綺麗な女の子なんだろう。

 そんな美少女と、俺はいまからキスをするのだ。


 ゴクリ、と唾を飲む。

 全身が熱を帯びて、いまにも沸騰しそうだ。


 与えられた条件を満たさないと出られない部屋。

 それをしない限り、ここから抜け出せないことは、もうすでにいやというほど経験している。

 閉じ込められたが最後。俺たちがここを脱出するためには……キスをするしかない。


「いや、その……ままままま参っちゃたなぁ! でもでもでもでも! しょしょしょしょうがないよな! やらないと出られないんだもんな! ああ、でもやっぱりこういうのって雰囲気が大事だと思うからもうちょっと時間をかけて……」

【迷うなヘタレ。潔くヤレ】

「黙ってろ! 俺たちにとっては一大事なんだよ!」


 そうだ。

 おっぱいを揉むとか、抱きしめ合うとか、恥ずかしい秘密をバラすとか、コスプレ動画を撮影してエッチなところを指摘するのとはワケが違う。

 キスだ。唇と唇の触れ合いだ。粘膜接触だ。究極の愛情表現だ。

 それを、俺にとって最も特別な女の子とするのだ。

 どれほどの覚悟が必要だと思っていやがる!?


 それに……ここでキスをしたら、きっと俺たちの関係は変わる。

 もう、ただの幼馴染には戻れなくなる。

 ……本当に、ここにきて、とんでもない爆弾を仕掛けてくれたものだ。


 改めて、ルカの顔を見つめる。

 ずっと、ずっと一緒に育ってきた大切な少女。

 とめどない感情が溢れてくる。

 ああ、やっぱり俺は……。


「ルカ……俺は……」

「……ジッとしててダイキ」

「え?」

「大丈夫。私に全部任せて?」

「なっ!?」


 ルカは、まったく動揺の気配も見せず、俺と距離を詰めてくる。

 そんないきなり!?

 ちょっと待ってくれよルカ! 俺、まだ心の準備が!

 それに全部任せてって……いやいや! 男の俺だけが受け身に徹しろとか、それはないだろう!?

 やっぱりここは、ゆっくりと見つめ合って、思いの丈を共有しつつ、目を閉じてお互いに少しずつ唇を近づけるのが理想的で……。

 ああ、そんなことを考えている間にルカはもう間近に!


 ……ええい! こうなったらしょうがない! 覚悟を決めろ黒野大輝!

 皆さん! 俺はいまから、男になります!


「ルカ……」


 俺は瞳を閉じ、唇を突き出す。

 ……しかし、いくら経っても唇が何かに触れる感触はない。


「……あれ?」


 目を開けてみると、目の前にルカの姿がない。

 振り返ると、ルカは俺を通り過ぎて、何やらあちこちをウロウロしていた。


「え~と、ここでもない。ここでもないな~」

「あ、あの~? ルカさん?」

「あ、もうちょっと待っててねダイキ。そろそろ見つかるはずだから」

「見つ、かる?」

「……あ、ここだ。えい」


 ルカは紅色の大鎌を取り出し、何もない空間に向けて一閃。

 すると紙が引き裂かれたような黒い切れ目が発生し……。


【ぎゃあああああ! 見つかってもうたあああああ!!】

「よし、本体見~っけ。では、ここに入りなさい。吸収~」


 ルカは懐から水晶玉のようなものを取り出し、何事か言霊を呟くと……一瞬、黒い切れ目から何かが出現し、あっという間に水晶玉に呑み込まれてしまった。


【ぶるあああああああ!!? 我は滅びぬ! 何度だって蘇るさ! てぇてぇカップリングとイチャイチャを見続けるために! アーーーッ!!】


 宙に浮く看板も形を留めることができず、文字と共に崩れ、瓦解していく。

 白い異空間も溶けるように消えていく。

 そして引っ張られるような感覚と共に、俺たちは異空間から脱出する。


「……あれれ~?」


 かくして、俺たちは無事に元の場所へ帰還した。

 ルカの部屋へと。


「よし、任務完了」

「……あのぉ、ルカさん?」

「なぁに?」

「そのぉ……先ほどの怪異は、どうなったので?」

「この『霊晶石』に閉じ込めたよ。皆から聞いた話を一応機関に報告したら『手懐ければ有用な怪異になるかもしれない』って理由で、もしも遭遇したら回収しろって指示があったの」

「へ、へえ~……」


 機関は怪異退治のために、怪異の力さえも利用するのか~。

 ま、まあ、危険度はそこまで高くないように思えたし、確かに手懐ければどこかで役立つ力かもしれない。


「い、いや~、さすがルカだな~! 俺たちは条件満たさないと出られなかったのに、ルカは力ずくで解決しちゃうんだもんな! あはははは!」


 な~んだ。ルカと一緒なら、最初からキスする必要はなかったワケか~。

 やだな~、俺だけ一人で盛り上がっちゃって~恥ずかしいぜ~。

 あははははは! ……ハァ。


「ダイキ……キス、したかった?」

「え!?」


 コテンと首を傾げて問いかけてくるルカ。


「すごく、残念そうな顔してるよ?」

「そそそ、そんなことないぞ?」

「ふ~ん?」

「ル、ルカ? うお、ちょっ、近っ……」


 ニヤニヤと意地の悪い顔を浮かべて、ルカが急接近してくる。


「想像しちゃったの? 私と、唇をくっつけ合うところ……」

「っ!?」


 どこか魔性な雰囲気を滲ませて、ルカが俺の頬にそっと触れる。

 一度は落ち着いた心臓が再び激しく脈動する。

 ルカの宝石のように綺麗な紅色の瞳に、いまにも吸い込まれそうになる。


「……したい?」


 意識がルカの唇に集中する。

 いま、この部屋にいるのは俺とルカだけ。

 邪魔する者はおらず、人目も無く、野次を飛ばす存在もいない。

 ある意味、あの白い異空間とシチュエーションは変わらない。


 自然と体が前に傾いてく。

 ルカとの距離はもう僅か。


 できてしまう。

 しようと思えば、ルカとキスが……。


 俺の唇に、そっと触れるものがあった。

 だがそれはルカの唇ではなく、ルカの人差し指だった。


「でもダ~メ」

「え?」

「ダイキとの初めてのキスは、とっても大事だから。誰かの命令でするのは……私ヤダな」


 ルカは苦笑を浮かべて、俺を諭すように優しい声色でそう言った。

 俺は思わず「あ」と声を上げた。

 ……ルカの言う通りじゃないか。

 状況にかこつけて、普段できないことをしようとするだなんて……そんなの卑怯じゃないか。

 ルカにとっても、俺にとっても、初めてのキスは本当に大事なもののはずじゃないか。


「ダイキとのキスは、素敵な思い出にしたいから……だからね? まだ、おあずけ」


 俺の唇に触れた人差し指を、ルカの自分の唇に持っていき、ちょんと軽く触れる。

 頬を桃色に染めて、ルカは艶っぽい笑みを浮かべた。


「お互い、どうしてもしたくなっちゃったときに……しようね?」


 ズキュン、と心臓を打ち抜かれるような衝撃で、思わず倒れそうになった。

 ああ、ダメだ。

 やっぱり、俺はルカには敵わない。

 熱い気持ちがどんどん溢れ、腰が抜けそうだ。


「ん~、でも……皆とはいろいろしたのに、私だけ何もしないのはちょっと悔しいな」


 ルカはそう言うと、怪異を閉じ込めた水晶玉に手を触れた。


「ねえねえ。ダイキはあの四人と何をしたの? ……ふ~ん、なるほどね。そんなことしたんだ?」


 ルカがジト目で俺を見てくる。

 ……もしかして、俺が女の子たちと、あの異空間でしてきたこれまでのことを怪異から聞いたのだろうか?


「……お詫びってワケじゃないけど。ダイキ」

「な、何だ?」

「えい」

「なっ!?」


 ルカは俺の手を掴み、そのふくよかな胸に導いた。

 ボリュームたっぷりな柔肉の感触が掌に広がっていく。


「なななななな何だ急に!?」

「……三十秒だよ?」

「え?」

「三十秒、揉まなきゃダメだよ?」

「っ!?」


 それはレンと閉じ込められたときに課せられた条件……。

 ルカのやつ、まさか……。

 あの異空間で起こったこれまでのこと全部、ヤル気か?


「いやいやいや! もう閉じ込められているワケじゃないのに、わざわざそんなことする必要は……」

「んっ……ダイキ……触り方がエッチ……」


 ああ! イカン!

 手は本能に従って動いてしまっている!

 幼馴染の爆乳をむにゅむにゅと揉みしだいてしまう!

 柔かああああああああい!


「じゃあ、次。おいで、ダイキ♪」

「むぎゅ」


 続けてルカは特大バストに俺の顔を抱き寄せる。


「よしよし。五回もあの部屋に閉じ込められて大変だったね~? 抜け出すためにいっぱい頑張ったね~? よく我慢しましたね~? 偉い偉い♪」


 いつものようにおっぱいでパフパフとしながら、幼児にするように俺を褒めちぎってくるルカ。

 あ、ああ……満たされる。なんて素敵な心地だろうか。


「ん~と、次は『恥ずかしい秘密を話す』か……えーとね? ダイキ……実は、私ね?」


 俺を抱き寄せたまま、ルカは甘い声色でそっと耳打ちをしてくる。


「……おっぱい、また大きくなっちゃったの」

「っ!?」


 鼻から熱いものが噴き出そうになるのを堪える。

 何だか前よりもボリューム感が増していると思っていたが……マジか?

 ルカのおっぱいはまだ成長するといのか!?

 もはやアイシャと並ぶ大きさに育ってるんじゃないのか!?


「ん……じゃあ最後だね。ちょっと待ってて?」


 ルカは俺から離れると、いきなり服を脱ぎだした。


「お、おい!」


 俺は慌てて目を逸らす。

 純白の下着姿を思いきり見てしまった。

 ……うん、確かにめっちゃ大きく育ってましたね、おっぱい。


「べつに見てもいいのに」

「そ、そういうわけにはいかないだろ」

「真面目だな~。そこがダイキらしいけど」


 衣擦れの音が響く。

 どうやらクローゼットから衣服を取り出しているらしい。


「いいよ、こっち見ても」


 恐る恐るルカのほうを見る。

 ……そこには、息を呑むほどに美しい光景があった。


「コスプレとは言わないと思うけど……似合うかな?」


 真っ白なサマードレスを身につけたルカがそこにいた。

 普段は黒や青色の服を好むルカにしては、珍しいチョイスだった。

 それだけに、インパクトが凄かった。

 清楚を体現したような姿。

 それでいて、幼さと色香が同居した美しさ。

 ルカが立っているところだけ、まるで光が集まっているように見えた。


「綺麗だ。凄く……」


 無意識に言葉が漏れていた。

 ルカは機嫌良さげに微笑んで、くるりとその場で一回転する。

 柔らかなスカートが踊るように捲れ上がる。


「レンに勧められて買ったけど……やっぱり少し恥ずかしくて着れなかったの。だから……ダイキだけに見せてあげる」


 はにかんだ笑顔を向けながら、ルカはそっと俺の傍に寄ってくる。

 まるで妖精のように、ステップを踏みながら。


「いっぱい見て? ダイキだけの、私の特別な姿」

「……ああ」


 カメラは必要ない。きっとしっかりと目に焼き付くだろうから。

 目を瞑れば、いつだって思い返せるだろう。

 世界で一番美しい、幼馴染の姿を。


「……」


 数秒、俺たちは見つめ合っていた。

 ゆっくり、ゆっくりと、その距離が縮まっていく。


「……ふふ」


 ルカは悪戯っ子のように微笑んで、俺の頬にそっと唇を「チュッ」とつけた。

 顔に熱が集中する。


「ル、ルカ」

「ほっぺなら、いいかなって思って」


 そう言って、ルカは今度は逆の頬に口づけをする。

 どんどん顔が熱くなる。


「お、おい」

「昔だって、よくしたじゃない?」

「それは、そうだけど……」


 幼い頃、ルカは『怪異から守るおまじないだよ?』と言って、俺のほっぺによくキスをした。

 特にルカの家に遊びに行ったときの帰り際、立て続けに『チュッチュッ』されたものだ。

 顔中をキスマークだらけにして帰宅する俺を、母さんはよくからかった。


「久しぶりに、いっぱい『おまじない』してあげるね? ん~……チュッ」


 愛おしげに、ルカがまた頬に唇を落とす。


「……昔から気になってたけど、本当にこれ効果のある『おまじない』なのか?」

「ぷくー。ダイキは私の言葉を信じないの?」

「そうは言わないけど……」


 何か、ズルイじゃないか。俺だけこんな照れくさい思いをするのは……。

 ……よ~し。仕返してやろう。


「お返しだ、ルカ」

「え? ひゃん!?」


 隙を見て、俺もルカの頬に唇を落とす。

 ……つい、やってしまったが、かなり恥ずかしいなコレ。

 だが、ルカに一杯食わせてやったぞ。

 ふふん。俺だっていつまでも昔みたいにやられっぱなしじゃないんだからな?


「んううううううう!!」

「おっとっと」


 ルカは頬を膨らませて、真っ赤になった顔を隠すように俺の胸元に押しつけてくる。


「もう~。不意打ちは、ダメぇ」


 うるうると瞳を滲ませて、ルカが見上げてくる。

 相変わらず、俺の幼馴染は攻められるのには弱いみたいだ。


「むぅ~。ダイキのバカァ。こうなったら百回ほっぺにチュウするまで帰してあげないんだから」

「ちょっ、悪かったって」

「ダメ。許さな~い。この部屋はいまから【私が百回ほっぺにチュウするまで出られない部屋】になりました~」

「おいおい」


 その後、ルカは本当に俺のほっぺに百回キスをするまで、部屋から出してくれなかった。

 実に数年ぶりに、顔中をキスマークだらけにして帰宅する俺であった。

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