「○○しないと出られない部屋」スズナ編


【抱き合ってお互いを褒めないと出られない部屋】


 看板にはそう書かれていた。

 見覚えのある白い空間。

 明らかに前回、閉じ込められた異空間と同じものだった。

 またかよ!

 しかし、今回一緒に閉じ込められたのはレンではなく、スズナちゃんだった。


「これがダイキさんたちがおっしゃっていた異空間ですか……確かに出口が見当たりませんね」

「ああ、前回と同じ怪異の類いなら、あの看板に書かれている条件を満たさないと出られないはずだ……」


 そして相も変わらず、ここから出る条件が男女でやるには際どい内容だった。

 しかも今回は前の曖昧だった指示と違って、具体的なものとなっている。

 ……まさか怪異のヤツが学習しているなんてことないだろうな?


「こうなった以上、致し方ありません! さあ、ダイキさん! スズナと抱きしめ合いましょう! さあ! さあさあ!」


 乙女ならば異性と抱き合うことに抵抗を見せるものだが、メンタルの強いスズナちゃんに躊躇う様子はなかった。

 両腕を広げてジリジリと迫ってくるスズナちゃん。

 脱出する方法がひとつしかない以上、積極的になるのはわかる。

 しかし……気のせいかな? スズナちゃんの瞳がキラキラと光っているのは。


「スズナちゃん……何かウキウキしてない?」

「そんなことは断じてありません! いまは非常時なのですから! さあダイキさん! 遠慮する必要はございません! どうぞスズナを抱きしめてください! それはもう強く! 激しく!」


 フンス、と鼻息を荒くして満面の笑みを浮かべるスズナちゃん。

 う~ん、やっぱりこの状況を楽しんでいるように見えなくもないが……まあスズナちゃんの言う通りいまは非常時だ。

 それに前回のような不埒な指示と比べれば、抱きしめ合うくらい、まだ健全な部類と言える。

 我ながら感覚が麻痺しているとは思うが、とにかく条件を満たさなければいつまでも閉じ込められたままなのはハッキリしているので、俺も腹を括ろう。


「よし、じゃあ行くぞスズナちゃん」

「はい♪ どうぞ♪」


 一度深呼吸をして、スズナちゃんに近づき、華奢ながらも発育良好なお嬢様の体を抱きしめた。


「ふわぁ~♪」


 小柄なスズナちゃんは俺の胸の中にスッポリと収まる。

 わぁ~、やっぱりスズナちゃん小っこいなぁ~。おっぱいはこんなに立派なのに。

 むぎゅうううと間で押し潰されるバカデカイ乳肉の感触を努めて意識しないようにしながら、俺はスズナちゃんの背に手を回す。


「えへへ♪ それでは私も……むぎゅうううう♪」


 スズナちゃんも俺の背に手を回し、ぎゅっとしがみついてくる。


「おふっ」


 さらに密着することで形を変える大きな乳肉。

 や、柔らかい。

 抱きしめ合うくらいなら健全と思っていたが……大きな間違いだった。

 抱擁することで、スズナちゃんの体の感触が全身に伝わってくる。

 こ、これはすごい。

 柔らかいのはおっぱいだけじゃない。女の子の体はどこもかしこも柔らかい。

 触れ合っているだけで、幸せな気持ちになる。

 それに、すごくいい匂いもする。

 香水とかつけてないのに、何でこんなにいい香りがするんだろうな、女の子って……。

 いかん。すごくドキドキしてきた。


 スズナちゃんと目が会う。

 彼女はニッコリと、照れくさそうに微笑んだ。


「……えへへ♪ ダイキさんのこと、捕まえちゃいました~♪」


 かわいい~♪

 天使だ。天使がここにいるぞ。

 スズナちゃんマジ天使。

 え? ヤバくね?

 スズナちゃん、かわいすぎない?

 こんなにかわいい子がこの世に存在していいの?

 ありがとう神様。

 ありがとうスズナちゃんのお母様。

 大天使スズナちゃんをこの世に生んでくださってありがとうございます。

 やべえ、スズナちゃんがかわいすぎてテンションがおかしくなってきた。


「ええと、それであとは、このまま褒め合えばよろしいんですよね? では、私から始めますね?」

「う、うん」


 抱き合っているだけでも幸せな心地だというのに、さらにここからスズナちゃんに褒めてもらえるのだ。

 え? 大丈夫かな俺?

 幸せすぎて卒倒しちゃわないかな?


「ダイキさんは……偉いです♪ 人一倍、怖がりですのに、見知らぬ人のために怪異に挑める。そのお優しいお心と果敢なお姿……スズナ、とても尊敬しています♪」

「あふっ!」


 途方もないカタルシスが胸を満たす。

 な、何だこの感覚は!?


「いつもいつも私たちを怖い方々から守っていただき、感謝しております。ダイキさんの頼もしい背中に、何度救われたことでしょう。誇張ではなく、ダイキさんはスズナにとってのヒーローなのです♪」

「あ~っ……」


 美少女に全肯定されるのは、こんなにも至福に感じることなのか?

 多幸感で力が抜けていく。

 脱力した俺はいつのまにか下にズリ落ち、スズナちゃんの豊かな胸に抱きしめられる状態になっていた。

 スズナちゃんはそんな俺の頭をヨシヨシと撫でながら、いつまでも優しい声をかけてくれる。


「うふふ♪ もちろん普段ビクビクしているダイキさんも、こんな風に甘えんぼさんなダイキさんも、スズナは好きですよ? とっても愛らしくて、甘やかしたくなってしまいます♪ ぎゅ~♪」


 そう言ってスズナちゃんはさらに俺を抱き寄せ、ふくよかな胸の中に導いてくれる。

 あ~、癒されるんじゃ~。


「いいこいいこ♪ ダイキさんはとてもいいこ♪ いつも頑張っていて、偉い偉い、です♪」


 なんと慈しみ深きお声と抱擁か。

 天使……いや、聖母に抱かれる赤子の気持ちとはこういうものだろうか?

 ああ、いけない……このままでは退化してしまう。

 心がまるで幼児に戻ってしまう。


「ママ」

「はい♪ スズナママです♪ いくらでも甘えていいんでちゅよ~?」

「ばぶ」


 いつぞやの赤ちゃんプレイの続きをするかのように、スズナちゃんのフワフワおっぱいに甘える至福の時間が過ぎていった。




「こ、こほん。じゃ、じゃあ次は俺がスズナちゃんを褒める番だね?」

「はい♪ よろしくお願いしますね? うふふ♪」


 冷静さを取り戻して顔が熱くなっている俺を、スズナちゃんはクスクスと見つめている。

 散々みっともない姿を見せたというのに、彼女の瞳に軽蔑の色は微塵もなく、どこまでも慈しみに満ちていた。

 ……本当に天使の類いなんじゃないかなこの娘さんは?


「はう。何だか緊張してしまいます。私、あまり褒められた経験が無いので……」

「え?」


 そんなバカな。

 スズナちゃんほど良い子なんて滅多にいないというのに。


「小さな頃からたくさん習い事をしてきましたが『黄瀬家の娘なら、これくらいできて当たり前』……そういう環境で育ちましたので。自分もその通りだと思っていたので、特に苦ではありませんでしたが……やはり憧れはしましたね。身近な相手に『いいこだね』『偉いね』と言ってもらえている同級生を見ると……」

「……」


 黄瀬財閥ほどの家にもなると、やはり娘への教育方針も厳しいのだろう。

 お金持ちにはお金持ちなりの事情がある。

 それはわかってはいるが、でも……あんまりじゃないか。スズナちゃんはこんなにも真っ直ぐに、優しい子に育ったのに、それを『当たり前』と斬り捨てるのは。


 ……よし、だったら俺が、とことんスズナちゃんを褒めてあげよう!


「……スズナちゃんは、やっぱり偉いな」

「ダイキさん?」

「そんな厳しい家庭でも腐らずに、こうして立派な人間になって……偉いな。本当に」

「そ、そんな。黄瀬家の娘として、当然のことですから……」

「そうそうできることじゃないよ? 偉い。スズナちゃんは偉い」

「ふ、ふわぁ。な、なんだか不思議な気分ですダイキさん。スズナ、ちょっと恥ずかしいですぅ」

「スズナちゃんはどこに出しても恥ずかしくない娘さんだよ。きっと天国のお母さんも喜んでくれているはずさ。こんなにも思いやりに満ちた、素敵なお嬢さんに育ったんだから」

「はう」


 スズナちゃんの頭をヨシヨシと撫でる。

 スズナちゃんは小動物のように縮こまって、顔を真っ赤にしてモジモジしだす。


「あ、頭ナデナデ……初めてされましたぁ」

「そうか。じゃあ俺がスズナちゃんの初めての人だな」

「はい……ダイキさんが、スズナの初めての人ですぅ……」


 スズナちゃんはきゅっと俺にしがみついて、頭をグリグリと押しつけてくる。


「ダイキさん……スズナ、もっとしてほしいですぅ」

「いいよ。ほら、おいで」

「ダイキさぁん♡」


 蕩けた声色でスズナちゃんがスリスリとしてくる。

 普段の淑女としての立ち居振る舞いは薄れ、まるで幼い少女のように。

 きっとこんな風に誰かに甘える経験もしてこなかったんだろうな……。

 俺でよければ、いくらでも甘やかしてあげたかった。

 だってスズナちゃんは、本当に良い子なのだから。


「偉いなスズナちゃんは。まだ高校生なのに、もうお家のお仕事を手伝ったりして……俺にはとても真似できないよ。偉い偉い」

「そ、そんな。黄瀬家の娘として当然の勤めを……ん♡」

「ありがとうな? いつもおいしい紅茶を淹れてくれて」

「み、皆さんに喜んでほしくて……はう♡」

「困ったときは、いつも車や宿とか、いろいろなものを貸してくれて本当に助かってる。おかげでたくさんの人たちを怪異から救えてる。スズナちゃんのおかげだぜ?」

「ふわ~♡」


 普段なら改まって伝えにくい感謝の気持ちを、いい機会と見て、遠慮なく打ち明けていく。


「スズナちゃんが傍にいてくれるだけで、とても穏やかな気持ちになれるんだ。感謝してるよ」

「はうはう~♡」

「偉い偉い。スズナちゃんは偉い。本当に君はいいこだ。よしよし。よしよし」

「にゃ、にゃあ~♡ ダイキさぁん♡ ……もっと。もっとぉ♡ もっとスズナのこと、褒めてくだしゃぁい♡」


 いまにもトロンと溶けてしまいそうな緩んだ顔でスズナちゃんが抱きついてくる。


「幸せ……幸せれすぅ~♡ 尊敬している御方に、褒められることが、こんにゃにも嬉しいことだなんて~♡」


 スズナちゃんの顔は喜悦に満ちていた。

 うんうん。こんなにも喜んでくれて俺も嬉しいぞ。


【ええもん見れたわ】


 看板に書かれた文字を見た瞬間、白い異空間の景色が薄れ、どこぞへと引っ張られる感覚に呑まれる。

 おお、どうやら今回も無事に条件を満たしたことで脱出できるようだ。


「やったぞスズナちゃん! 成功だ! もう離れても大丈夫だぞ!」

「ダメですぅ♡ 離れませーん♡ もっとダイキさんとくっつくんですぅ♡」

「え!? スズナちゃん!?」


 脱出の条件を満たしたというのに、スズナちゃんはギュッと俺にしがみついて決して離れようとしなかった。


「ダイキさぁん♡ もっと褒めてぇ♡ スズナ、もっとダイキさんに、いいこいいこされたいですぅ♡」


 何かの枷が外れてしまったかのようにスズナちゃんは目の色を変えて、むぎゅうううと密着を深める。


「ちょ、ちょっとスズナちゃん! このままの状態で元の場所に戻ったら……」


 前回と同様、俺たちは街中で買い出しをしている途中で異空間に連れ去られた。

 なので帰還場所は当然、人目が思いきりある路上のど真ん中である。

 公の場で堂々と抱きしめ合っている俺たちに、通行人たちが好奇の目線を投げる。「まあ大胆ね」「まったく近頃の若いもんは……」「リア充爆発しろ」……実に様々な反応が見受けられた。


「スズナちゃん! ほら、もうここ元の場所だから! 離れよ!? ね!? いいこだから一回離れようか!?」

「やーですぅ♡ 今日のスズナは悪い子になるって決めましたぁ♡ ダイキさんのせいですからね~♡ 責任取ってくださぁい♡」

「誤解を招かれるようなことをこんな場所で言わないの!」


 すっかり褒められることに病み付きになってしまったスズナちゃんは我を忘れ、なかなか俺から離れようとしないのであった。


 そして、この一件があってからというもの……。


「ダイキさん♪ 紅茶をどうぞ?」

「おう、ありがとうスズナちゃん」


 いつものように部室でスズナちゃんから紅茶をいただく。


「……♪」


 するとスズナちゃんは何かを期待するように、ニコニコと笑顔を向けて、ジッと俺を見つめる。


「ああ……ええと……い、いいこだなぁスズナちゃん。よしよし」

「はう~♡ 至福ですぅ~♡」


 頭を撫でると、スズナちゃんは心底嬉しそうな反応をする。

 その様子を、他の部員たちは唖然とした顔で見る。


「なーんか、最近のスズちゃん、随分とダイくんにベッタリだね~……」

「なぜかしら? べつにそこまでハレンチなことじゃないのに、妙にいかがわしく感じるわ……」

「ぷくー。スズナばっかり、ずるい。ダイキ、私も撫でてー」

「ダメですぅ♡ ダイキさんの頭ナデナデはスズナが独り占めしちゃうんです~♡」


 こんな感じに、しばらくの間、俺に褒められることがスズナちゃんの中でマイブーム化してしまうのだった。


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