「○○しないと出られない部屋」レン編



【相手のおっぱいを三十秒間、揉まないと出られない部屋】



 看板には、そんなフザけた一文が書かれていた。

 どこまでも果てしなく広がる白い空間。

 出入り口らしき扉は見当たらない。

 それにも関わらず、俺とレンは突然この空間に引きずり込まれ、完全に閉じ込められていた。


「ダイくん、そっちはどうだった?」

「ダメだ。どんだけ歩いても同じ空間が続いてるだけだった」

「そっかぁ……じゃあ、やっぱり出口を探すのは無駄ってコトか」


 レンと手分けして出口がないか探したものの、扉どころか壁にも突き当たらない。

 というか、ある程度歩くと元の場所に戻ってきてしまう。

 この無限に続く白い異空間にポツンと用意された、生活拠点に。


「……とりあえず当分の間は衣食住に苦労しなさそうだね」


 そう言ってレンは冷蔵庫から取り出したオレンジジュースをグイっと飲む。


 謎の空間には生活に必要な設備が十全に揃っていた。

 巨大な冷蔵庫の中には大量の食料が入っているし、調理ができるようにキッチンや電子レンジもある。

 衣服や下着もそれなりに用意されており、洗濯機や乾燥機もあった。

 トイレとお風呂といった水回りも完備されており、なんならテレビやゲーム機、スマホの充電器まである。

 もはやちょっとした宿泊施設だ。レンの言うとおり、慌てて出口を探さなくとも、しばらくの間は生命の危機が脅かされる心配はなさそうである。


「ふぅ~、でも参っちゃったね~。ネットは通じてるけど、なぜかこっちから連絡する手段はないみたい。これじゃルカたちに助け呼べないね」


 そうなのである。

 スマホの回線は繋がっているが、できるのは受信だけで、送信といった行為はまったくできない状態だった。

 救援は望めそうにない。


 何てことだ。

 ちょっとレンと一緒に買い出しに出かけただけだったのに、いきなりこんな空間に閉じ込められてしまうとは。


「ヘタしたら今日はここでお泊まりかぁ」


 レンはベッドに身を投げて溜め息を吐く。

 そうだな……他に出る手段が見つからない以上、今日はここで寝泊まりすることになるだろう。

 でも、それだと……。


「……ふふん♪ どうしたのダイくん? ダイくんも疲れてるならここに横になっていいんだよ?」


 意地の悪い笑みを浮かべてレンは「ほれほれ」と手招きする。

 ……ひとつしかないベッドに。

 そう、この空間にはなぜかベッドはひとつしかない。しかも二人用のダブルベッドである。

 なんだろうな。宿泊施設というより、寧ろこれは……。


「ねえ、ダイくん! ここなんかラブホみたいだね!」

「思っても言おうとしてなかったことをサラッと言うんじゃないよ!?」

「あ、見て見て! ナース服とかブルマとか旧式のスク水とかあるよ! 着てあげよっか?」

「やめなさい!」


 なんで女子のほうがウキウキなんだよ!?

 もうちょっと危機感を持ちなさい!


「と、とにかく! いくら衣食住に困らないからって、いつまでもこんなところにいるわけにはいかないだろ!? 早くここから出ないと!」

「え~? せっかくなら満喫しようよ~。タダでホテルに泊まれるみたいなもんなんだから~」

「なんでそんなに呑気なんだよ!? こっちと向こうの時間の流れが同じとは限らないだろ!? 俺いやだからな! 浦島太郎みたいなことになるのは!」

「しかしですよ~ダイくん~? いますぐここから出たいってコトは、アレをしなきゃいけないワケだよ?」


 ピッとレンは看板に指を差す。


【相手のおっぱいを三十秒間、揉まないと出られない部屋】


 と書かれた看板に。

 汗がダラダラと垂れる。

 そう、ここを出たいと言うのなら……俺はやらねばならないのだ。


 ……レンのおっぱいを揉むということを!

 ベッドに寝そべっていても存在を主張する、その大きな膨らみを、三十秒間も!


「……いや、でもその……あの指示通りにやったとして、本当に出れるかわからないし……」

「この空間が怪異の仕業だっていうなら、たぶん条件を満たさないと出られない系だと思うよ? これまでの怪異だってそうだったでしょ? 条件さえ満たせば……ヤツらはちゃんと見逃してくれる」


 確かに、怪異は理不尽ではあるが、こういった限定条件に関しては絶対的で、ある意味で嘘をつく人間よりも律儀な存在とも言える。

 ……そのぶん、その条件を満たす方法が鬼畜染みているわけだけどね!


「さてさて……ヘタレなダイくんはできるのかなぁ? 私のおっぱいを三十秒間も揉むなんてこと」


 レンは挑発的な笑みを浮かべて、そのご立派なおっぱいをドタプンと弾ませる。

 ……ゴクリ。

 色白の谷間が眩しいレンの大きい美乳……とうぜん多くの男子が目を奪われ、あわよくば心ゆくまで揉みしだきたいと夢想していることだろう。

 そんな思春期の男子にとってたまらない若々しい爆乳を……俺はいま揉める立場にある!


「だ、だが、やはり嫁入り前の娘の乳房を揉むなんてこと……」

「これまで散々ハプニングで鷲掴まれたり、大事なところに顔突っ込まれたり、なんならもっと過激なことされてるんですけどね私たち」

「……おっしゃるとおりで」


 はい、ラッキースケベイベントで普段から散々ハレンチなことしてますね俺たち……。

 だが、今回は不可抗力で触ってしまうのとはワケが違う。

 自ら率先して揉みにいくのだ!

 しかも他に誰もいない、ベッドがひとつしかない、二人きりの空間で!


「……」

「……」


 お互い、奇妙な沈黙が続く。

 先ほどまでウキウキだったレンも、顔をほんのりと赤くして、モジモジし始めているではないか。


「……まあ、ダイくんの言うとおり、いつまでもここにいるワケにはいかないもんね。うん、思いきってやっちゃおうか」


 レンは両腕を背に回して、胸を前に突き出す。

 たわわに波打つ大きな胸が、眼前に差し出される。


「ほほほほ本気かよレン?」

「だって、どの道そうしないと出られないっぽいんだから。……べつにいいよ? ダイくんになら」

「え?」

「普段から触られまくってるようなものだし、もう今更でしょ?」

「あ、ああ、そういう意味ね……」

「……むしろ、おっぱい揉むだけで我慢できる?」

「っ!?」


 場所のせいだろうか。何やら、いかがわしい空気が漂い始めてきた。

 というか……。

 白い空間の照明がとつぜんピンク色に切り替わり、何やらムーディーな音楽まで流れ始めてるんですけど!?

 何だよ、この謎仕様!?


「……んっ……何だか、私……エッチな気分になってきちゃった……」

「落ち着けレン! これはタチの悪い怪異の策略だ!」


 照明と音響の影響で、トロンとした顔を浮かべて色っぽく息を吐くレンを何とか正気に戻そうとする。

 しかし、すっかり雰囲気に呑まれたレンは実にエッチな表情を浮かべて俺の首元に手を回す。


「ダイくぅん……早く触ってぇ?」

「あばばばば」


 いかん。こんな状況でレンの爆乳なんて揉んだら確実に理性が崩壊する。

 仮に条件を満たして出口が出現しても「そんなの知らん」とばかりにこのベッドで過ちを起こしかねない。

 それはまずい!

 いかんぞダイキ! 雰囲気に呑まれるな!


「ん?」


 俺が渋っているせいか、横からフッと看板が出現する。

 看板にはこう書かれていた。


【はよ揉め】


 うるせえ! 急かしてくんじゃねえよ!?


「ダイくぅん」


 すっかりできあがってしまったレンは胸をぶるんぶるんと揺らして迫ってくる。

 ああ、もうエロかわいいなレンは! そんな顔されたら、こっちだって辛抱たまらなくなってくらぁ!


「……ちくしょう! やってやんよおおおお! 三十秒間、揉みまくってやらぁ!」


 かくして俺は覚悟を固めた。

 やってやる! やりきってみせる!

 そしてここから二人で無事に脱出するんだ!

 許せレン! これも、この異空間を抜け出すために致し方ないこと。

 後でいくらでもお詫びはするからな!

 うおおおおおお!


「……あっ、ちょっと待って? ひとつ気づいた」


 うわあああ! 急に冷静になるなあああ!?


 何か閃いたらしきレンは看板に書かれた指示を改めてじっくりと見る。


【相手のおっぱいを三十秒間、揉まないと出られない部屋】


「……思ったんだけどさ? これ『』とは書かれてないよね?」

「あ」

【あ】


 おっぱい、というワードでついつい女性の乳房を連想してしまったが……確かにレンの言うとおり、べつに性別の指示はされていない。

 つまり……。


「……あああああっ! ダメ! やめてレン! そんなに強く揉まないで!」

「ぐふふ。良いではないか良いではないか~? こんな立派な大胸筋で私を誘惑しおって~」

「ああっ! らめぇ! 筋肉が変な快感に目覚めちゃうウウウ!!」


 おっぱいであれば、男のおっぱいでもいいじゃない。

 という理由で俺は背後からレンの華奢な手で大胸筋を揉みしだかれていた!

 ああ、そんな! ルカにも揉まれたことないのに!


 カチッ、と鍵が開いたような音が響く。

 どうやら三十秒間経ったようだ。

 徐々に景色が薄れていく。

 ここに連れてこられたときと同じように、フワッと浮遊感に似た感覚がして、体がどこぞへと引っ張られる。

 成功だ。条件を満たしたので、脱出できるらしい。


【……チッ】


 看板には最後、そんな言葉が書かれているように見えた。




 俺とレンは無事に元々いた街中に戻ってこれた。

 時間からすれば、ほんの一時間の出来事であった。


「ああ~良かった良かった♪ 何とか戻ってこれたねダイくん?」

「う、うぅ……もうお婿に行けない~」


 散々揉みしだかれた大胸筋を庇うように腕で覆い隠す。


「大丈夫♪ 私が責任取ってもらってあげるから♪」

「こんなときまで、からかうなよ~」

「冗談じゃないんだけどな~……まあ、いっか! ほら、早く部室に戻ろダイくん。遅すぎると皆に変な誤解されちゃうかもよ?」


 そうするとしよう。

 とほほ。今回も散々だったな。二度と遭遇したくない怪異だ。


「……ねえ、ダイくん? おっぱい揉めなくて残念だった?」

「へあ!?」


 下から俺を覗き込みながら、クスクスと妖艶的な表情を浮かべるレン。


「私と付き合ったら……いつでも触り放題だよ?」


 魅惑的な谷間を見せつけて、レンは意味深な言葉を俺に投げた。

 何とも男心をくすぐる、色っぽい仕草であった。


「お、お前なっ! 男をからかうのもいい加減にしろー!」

「あはは♪ ダイくん顔真っ赤~♪」

「ま、まったく。いつか本気で襲われても知らないからな!?」

「大丈夫、そのときはダイくんの弱点を攻めるから。にしし。すっかり把握しちゃったもんね~。ほら、この辺が弱いんでしょ?」

「オオオオオン!? そこはらめぇ!」

「やぁん。ダイくんったら、かわいい~♪」


 からかい上手な小悪魔に、またしても弱みを握られてしまう俺であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る